05.20 「待っててね、母さん」

 ほらねっ、私が言った通りだったでしょ?


 とおるはお母さんに会えたんだ。今私の目の前で抱きしめてもらってる。とおるとおるのお母さんも凄い涙だよ。でも、二人とも嬉しそう。

 私も涙が止まらないんだけど。透華とうかちゃんも泣いちゃってるし。良かったね、とおる


 「どうすれば……、どうすれば母さんは……、助かるの?」

 「いいのよ、とおる。私にはもう思い残すことは無いわ」

 「良くないっ。折角会えたのに。いらない子じゃなかったのに居なくなっちゃうなんて……。何処が悪いの? 何を移植すれば助かるの?」


 ニット帽は抗癌剤の影響を隠すため……、かな。それで移植で治る可能性のある病気といったら……


 「白血病……、ですか?」


 それくらいしか思いつかない。別にその方面に詳しいわけでも無いから違うかもしれないんだけど。


 「ええ、そうよ。ところで貴女は?」

 「私はとおるの……、その……」


 義妹いもうとじゃなくなっちゃったし……、彼女……、でいいのかな……、でも女の子同士だから友達……、かな……


 「僕の彼女だよ」

 「か、彼女っ? 先日は義妹いもうとだと……」


 透華とうかちゃんが驚くのも無理ないか。でも、いいのかなあ。いいのか。とおるのお母さんならとおるが男の子だって知ってるんだし。


 「そう、素敵な人と出会えたのね」

 「お母様、よろしいのですか? お姉様にか、彼女が……、彼女が居るんですよ? 女の子同士なんですよ?」

 「透華とうかには言ってなかったわね。いいかしら? とおる

 「うん、じゃあ僕から。あのね、透華とうかちゃん。僕は元々男だったんだよ」

 「……お姉様が、お兄様……、だったと」

 「変な病気の所為でこんな姿になっちゃってるんだけどね。がっかりした?」

 「いえ、驚いただけで、決して嫌というわけでは……、お、お兄様……」


 俯いてモジモジしはじめる透華とうかちゃん。


 「白血病ってことは、骨髄移植で治るんだよねっ。だったら僕のを母さんに」

 「ありがとう、とおる。でも、未成年者はドナーになれないの」


 お義父とうさん、じゃないか。元お義父とうさんもそんな事言ってたから、気になって調べてたんだけど……


 「血縁者は例外みたいよ」


 たまたま見た白血病のサイトで、そんな事が書いてあったはず。


 「じゃあ、あいつと……」

 「あいつって?」

 「糞親父。来てないの?」

 「ええ。来てくれたら嬉しいのに、最後ぐらい……、でもたけしさんにも家庭があるんでしょうから無理は言えないわね」

 「あいつなら僕たちを捨てて出てったよ。母さんの側に居たいって。なのに、来てないだなんて……」

 「そう。たけしさんがそんな事を。それだけで嬉しいわ」

 「あんな奴……、それより、最後だなんて言わないで。あいつと籍を入れたら社会的にも家族ってことになるから、そしたら僕が――」

 「透華とうかとも型が一致しなかったの。寧ろ、一致しなくてよかったのかもしれないわ。透華とうかに全くリスクが無いわけでも無いのですから。だから、貴方も。貴方にも自分の体を大切にして欲しいの」

 「何言ってるの。待ってて、今検査してもらってくる」

 「そんな急に?」

 「大丈夫。大穴牟おおなむち先生なら何とかしてくれる」


 確かに、大穴牟おおなむち先生なら多少の無理も利いてくれるんだけど……、流石に急過ぎないかな。


 「その話、認めるわけにはゆかぬ」


 突然背後から声がした。いつから居たんだろう。その話しって……


 「あの男との入籍など、断じて認めぬ」


 そこから聞いてたんだ。


 「お祖父様」

 「じゃあ、お前が……」


 憎しみに満ちた眼差しを向けるとおる透華とうかちゃんの話だと、この人がとおるとお母さんを引き離した事になるから当然かもしれない。


 「口を慎め、小娘。これも下賤な者の血を引くが故か。嘆かわしい……。とはいえ、確かに良く似ているな。いいだろう、まずは血統を示せ。透子とうことの血の繋がりをな。名執なとり

 「畏まりました。ではとおる様、こちらへ。悪いようには致しません」

 「名執なとりさん、こちらって……」

 「DNA検査を行う手筈を整えてございます。併せてHLA型の確認の方も」

 「そう、わかった。待っててね、母さん」

 「先に言っておくが――」


 病室を出ようとするとおるが呼び止められる。


 「鳳凰院ほうおういんを名乗るつもりなら立ち居振る舞いを改めよ。それから、当主であるわしの言葉は絶対。いかなる命であろうが叛くことは許さぬ。努々、忘れるではないぞ」

 「そんな名前に興味はない。母さんを助けたいだけだ」

 「ちょっと、とおる


 興味ないって、そういうわけには行かないじゃない。入籍は認めないってことは、養子にでもするつもりなのかな。いずれにしても鳳凰院ほうおういん家の一員となるんだから、興味ないでは済まされないと思うよ?


    ◇◇◇


 検査の結果、とおるとおるのお母さんは親子であることが肯定され、さらには、白血球の型も一致していることが判明した。

 そして、とおる鳳凰院ほうおういん家に養子として迎えられ、鳳凰院ほうおういん とおるとなった。

 とは言っても、透華とうかちゃんやお母さんと一緒に暮らすってわけでも無く、当面は一人暮らしを続けるみたい。『糞ジジイと一緒に暮らすなんて絶対無理』なんだって。


 「おはよう、凜愛姫りあら

 「おはよう、とおる


 だから、朝は今まで通りこうして迎えに来てくれる。骨髄移植も成功して、不安も無くなって元気いっぱいの笑顔で。


 「姫花ひめか~、いい子にちてまちゅか~」

 「とー、うー」


 気の所為かな、姫花ひめかとおるって言ってるようにも聞こえる。姫花ひめかを抱きしめて、私にキスしてくれる。充電じゃないキスを。

 一緒には暮らせないし、名前も変わっちゃったけど、元気なとおるに戻ったし、ちゃんと私の所に居てくれた。

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