04.13 「うん。もう少しだけ」

 見渡す限りの銀世界。


 今日は健保主催のスノボ講習会に来てるんだけど、とおるは未経験みたいだから、心配で私も初心者コースを受講することにした。

 本音を言えば、一緒に居たいだけなんだけどね。


 講習内容は私には物足りないんだけど、心配してた通りとおるに近づいてくるオジサンが居て目が離せない。しかも、偶然を装ってとおるに抱きつこうとしてくるし、回り込んでとおるとの間に入ったりと、結構忙しい。


 「君は上級者コースでも大丈夫でしょう」


 ちょっと本気を出しすぎたかも。この人しつこいんだもん。だからこそ、ここを離れるわけにはいかない。


 「いえ、私はここで……」


 とおるを守らないと。


 「おーい、この人、上級者コースに移動させてー」

 「えっ、ちょっと」

 「上級者の人たちこっちに来てるから、ちょっとここで待ってて」

 「いや、だから私は――」

 「折角お金払って来てるんだから、上達して帰らないとね」

 「でも――」

 「はーい、初心者の皆さんはこっちねー」


 有無を言わさず私以外を引き連れて移動を始めるコーチのおじさん。


 「とおる、私――」

 「大丈夫。ちゃんと対策は考えたから。折角だから、伊織いおりも楽しんで……。折角の……楽しまないと……」

 「とおるっ、後ろっ」

 「おおっと」


 例のオジサンがわざとらしく転び、とおるに抱きつこうとしたんだけど、体を捻って繰り出されたの左肘がこめかみにクリーンヒットした。無様に腹ばいで横滑りしていくオジサン。


 「ねっ。大丈夫だから行ってきて」

 「うん。午後は一緒に滑ろうね」

 「それまでに上達しとかないと♪」


    ◇◇◇


 昼食は講習会で貰った割引券で簡単に済ませ、漸くとおると2人きりだ。お母さんはお腹が大きいから、お義父とうさんと温泉行ったりしてのんびり過ごすみたいだし。


 「きゃあ」


 えっと、全然滑れるようになってないんだけど……

 午前中の講習会でとおるが身につけたのは、抱きつこうとしてくる暴漢を左肘で撃退するスキルだけだったみたい。しょうがない、私が教えてあげようかな。うん、手とり足取りね。


 なーんて思ってた矢先……


 「うわー、どいて、どいて、どいてー」


    ドドッ


 「いたたたたた。もう、どいてって言った、の……に……」


 制御不能となった女の子がとおるに激突した。


 「可愛い……」

 「どいてって言われても、初めてなんだから無理だよ。っていうか、そろそろ離れてくれないかなぁ」

 「あっ、ごめんなさい」

 「大丈夫、とおるっ」

 「うん。ちょっと痛かったけど」


 とおるの手を引っ張って起こしてあげる。手を伸ばしてきたので、もう一人の女の子も。


 「かっこいい……」

 「えっと、手、離してもらえるかな」

 「あっ、ごめんなさい」


 ちょっとハプニングがあったけど、気を取り直してとおると――


 「きゃーーーーー」


    ドドドドッ


 「もう、何で私のところばっかり」

 「済みません、止まれなくて……、顔ちっちゃいですね」


 いいからとおるから離れてよ。って、また?


 「うわ〜♪ フゲッ」


    ドサドサドサ


 「鬱陶しいのよね、オジザン」


 午前中の講習会でとおるに抱きつこうとしてたオジサンだ。とおるの肘打ちを受けて吹っ飛んでいったけど……、うん、肘打ちスキルは完璧みたい。


 もう一度とおるの手を引っ張って起こしてあげる。今度こそ……、うん、誰も近づいてこない。


 「じゃあ、私の手につかまって」

 「うん。ゆっくりね、伊織いおり


 スケートの時とは逆だね。って、ちょっと――


 「ダメだって、そんなに力入れたら私まで――」

 「うわあっ」


    ドサッ


 「大丈夫、伊織いおり

 「まあね」

 「今どくね。……よっと。あれ?」

 「焦らなくてもいいよ」


 もう、このままこうしてようか、とおる

 やっぱ無理だよ。大好きで、大好きで……私、どうしようもないよ。


 「ちょっ、伊織いおり、それじゃ起き上がれないよ」

 「うん。もう少しだけ」


 もう少しだけこうしてたい。

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