第八章 デュロキ
第82話 試練の先
父さんに任された仕事。俺は嬉しくて小躍りしそうになる。難しい仕事だが、成功すれば領地の皆も農業が楽になるし、水が無くて困る事も無くなる。
「よし。やるぞ!」
その日から俺は水問題を解決しようと躍起になった。考えというのは簡単な話で、溜池を作るというもの。少し離れているが、川がある。そこから水を引いて溜池に水を溜めておくという作戦だ。問題は、川との高低差が殆ど無いという事。当たり前だが、水は高い所から低い所へと流れていく。川がありながら、この領地へ水を引いていない理由はそこにあった。つまり、高低差の無いこの地へ水を流し込もうとしても水が流れてこないのだ。
高低差が問題なのであればそれを解消してやれば水を運ぶ事はそれ程難しい事ではなくなる。では、どの様に高低差を作るか。これにはいくつかの方法がある。例えば水車を用いて高い所に水を運んだり。しかし、水車となるとそれなりの準備やノウハウが必要になってくる。そこで、簡単に作れて水を高い所へ運ぶ事が出来る方法を利用する事にする。
サイフォン効果。簡単に説明すると、隙間の無い管を用意し、その中を液体で満たす。出発点より目的地が多少でも低ければ、その間に高い地点があっても、中の液体はその高い地点を乗り越えて流れていくという現象だ。今回の場合、出発地点が川で、目的地が溜池になる。この世界にはゴムが無いためホースは使えないが、その代わりに魔法がある。イメージが出来れば木でも簡単に隙間の無い管を作る事が出来てしまう。川に管の先を沈め、高い位置にまで持ち上げる。その後なだらかに溜池まで管を降ろしてくる。それだけで水はこの管の中を通って溜池まで来るはずだ。管の中を水で満たすのも魔法を使えば良い。呼び水だけならば魔法で作り出した水でも問題は無い。
早速俺はこの装置の作成と設置に取り掛かる。ライラーとしての能力と、無属性魔法を使うことが出来るなら、それ程難しい作業ではない。一人で簡単に出来てしまう。張り切っていた事もあってか、計三日でその装置が完成してしまう。水が問題無く流れ込んでいる事を確認した後、父さんへの報告を行う。
「もう出来たのか?!」
「はい!」
父さん含め、色々な人達が考えてきた難題だ。それを数日で解決したと言うのだから驚くのも無理はない。
「直ぐに見に行く。」
何か仕事をしていたらしいが、父さんはその全てを中断して俺の仕事を見に来てくれた。
「これは…」
「どうでしょうか?これで少しはこの領地も楽になるでしょうか?」
「素晴らしい!よくやったぞグラン!我々が長年掛けても出来なかった事をお前がやったのだ!誇りに思うぞ!」
「父さん…」
「これはどうなっているのだ?!」
「これはですね!」
父さんとあれこれと話し合いを重ね、満足したところで我が家へ帰る。家に帰った所で待っていた母さんが俺達を迎えてくれる。
「グランがやったぞ!」
「そう。よくやったわね。グラン。」
とても幸せな日常。
笑顔を向けてくれる父と母。その言葉一つ一つが乾いていた心を潤して行くのを感じる。
今まで望んで止まなかった光景。
優しく暖かい毎日。
これ程までに幸せな日常を送れたらと何度夢に見た事か…
「父さん…母さん……」
「ん?どうしたグラン?」
「どうしたの?」
俺の言葉に二人が笑顔で俺の方を見る。
「ごめん。」
「何を謝っているの?」
「そうだぞ!よくやったではないか!」
「違うんだ。」
「違う?何が違うと?」
「確かに俺はこんな光景を望んでいた…いや。望んでいるよ。元気な母さんと父さんが目の前で微笑み掛けてくれる日常を。」
「何を言っているの?早く家に入りましょう?」
「……でも、これは違う。確かに幸せで、何にも変え難いものだよ。本当にここにずっと居られたら、これが現実でなくとも構わないとさえ思う。」
「「……………」」
「それでも、俺はここには居られない。」
「なんでそんなこと言うの?!グラン!」
「ごめん……ここには……凛…ティーシャが居ないんだ。」
「ティーシャ?誰の事なの?」
「何を言っているのだ?」
「それだけじゃない。健も、プリネラも、リーシャやシャルも。フィルリア達だって。
ここには父さんと母さん以外の人が居ないんだ。」
「それのどこがいけないの?私達三人で幸せに暮らせば良いでしょう?」
「…それじゃあ駄目なんだ。」
「酷いわグラン!そんな事言うなんて!」
「ごめん……俺には護るべきものが出来たんだ。」
「………」
「ここを出たら、辛い現実しか待っていない。それでも行くと言うのか?」
「辛くても、支えてくれる皆が居る。皆俺の事を待ってくれているんだ。」
「……」
「ごめん……でも、行くよ。」
幸せな時間を手放すというのは辛い。
この時間が、この先二度と訪れる事が無いと知っているからこそ、余計に。
この世界は、恐らく俺の中の記憶から読み取った、切に願う時間を再現した世界。タログが自分にも何が見えているかは分からないと言っていた。つまり記憶を投写しているだけなのだろう。
正直なところ、現実の世界に一つも未練が無く、希望も無ければ、この幸せな世界で朽ちていくのも悪くは無いと思っていただろう。しかし、今の俺には共に居たい仲間や、やるべき事がある。この世界を捨ててでも会いたい人達が居るのだ。
それに、この二人の姿が俺の記憶の中の二人なら。きっとこんな決意をした俺にこう言うだろう。
「グラン。お前にも大切なものが出来たのだな。」
「はい。」
「私達の事は気にしなくても良いのよ。私達はどこに居ても、グランの事を深く愛し、見守っているわ。」
「母さん…」
「行ってこい。やるべき事があるのだろう。フルカルト家の男なら、完璧にこなしてみせろ。中途半端は許さんぞ。そんなことをしたら、例えあの世からでも殴りに行くからな。」
「父さん…」
「行きなさい。」
「……はい!」
二人の笑顔がゆっくりと黒く塗り潰されていく。
寂しくはあるが、悲しくはない。
「………」
「真琴様。」
現実の世界に戻って来た俺の横には凛が立っている。
「遅かったじゃねぇか。」
「ケンもさっき帰ってきた。」
「それを言うなよなー。」
いつもの軽口を聞くと、帰ってきて良かったと心底思う。全員戻って来たらしい。
「一番難しい試練とか言う割には大した事無かったな。」
「私達はこんな試練を、もう何度も乗り越えてきましたからね。」
「へぇ。全員帰って来たんだね。」
暗闇の中からタログの姿がスゥっと現れる。
「こんなもん楽勝だっての。」
「ぷくくー。言うねぇ。まぁ帰ってきたのだから言う事はないけれどね。」
「……俺達が向こうに行ってからどれだけ経ったんだ?」
「そうだねー。大体一月くらいかな。」
「一月?!」
「それで楽勝だなんて笑っちゃうよ。ぷくくー!」
「いや、一月で帰ってこられたんだ。良かった。まだ間に合う。」
あの世界はあまりにも甘美な世界だった。戻って来たら一年経っていたとしてもおかしくは無かった。一月なら上々な成果だろう。
「詰まらない奴。まぁ良いや。」
ゴトッ…
黒色の鱗が落ちる。
「これで全ての試練が終了。龍王様がお待ちだよ。円の中心に向かって行きなよ。」
「ありがとう。」
「礼は要らないよ。」
そう言うと、タログは最初に見た位置に戻り眠りに着く。
「…行きましょう。」
タログを横目にクレーターの中心方向へと向かって歩き出す。
やっと龍王に会うためのお膳立てが終わった。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
ブラックリッパーの脅威を避けつつ、数日後、タログの縄張りを離脱する。
「こっから先が龍王の居る場所か…」
クレーター中央側は、平坦な陸地がずっと先まで続いている。木は生えていないが、背の低い草がずっと生えている。風が吹く度に草が揺れて、サワサワと音を立てる。
「どこまで続いているのでしょうか…?」
「かなり遠くまで続いているって事だけは分かるな。」
「ここまで約十ヶ月。残り二ヶ月を切りました。急ぎましょう。」
「そうだな……待てよ。この平坦で見晴らしの良い地形なら馬車で行った方が良さそうだな。最近乗ってなかったから忘れていたが…」
「久しぶりにシロに会えるのですね?!」
「準備して行こう。」
「グギャァァ!」
頭上を大きなドラゴンが中央に向かって飛んでいく。この辺りは天災級ドラゴンが行ったり来たりしているらしい。よく見るとチラホラと遠くを飛んでいるドラゴンが見える。
「またシロが嫌がるな…?」
「凛のモフモフ攻撃には勝てないだろ。」
予想通り、召喚したシロは最初こそ嫌がったが、凛にモフられて従順な馬車引きとなってくれた。
中央までの道程は予想通り平坦なもので、一日でかなりの距離を進む事が出来る。延々と同じ景色が続いていて、変わり映えはしないが…
数日かけて草原地帯を進むと、やっと草とドラゴン以外のものが目に映る。
草原の中に立っているのは、真っ白な巨木。葉を一切付けていない純白の木。気になった為、近付いて調べてみると、面白い事が分かった。
この白い木はとても硬い上に魔力を秘めている。俺の杖は黒木で出来ているが、それととてもよく似た性質の木だった。
白木は、草原地帯を進んで行くと数が増えていき、最終的には白木の森となる。この白木の先に目的地がある事は容易に分かること。馬車を収納して白木の森へと入っていく。
「魔力が満ち満ちていますね…」
白木から漏れ出ている魔力が周囲に充満しているのを肌で感じる。黒木の森で感じた事のある感覚だ。
「どんどん行くぞー!」
「止まれ!」
白木の森の奥から叫び声が聞こえてくる。白い肌、白色の角と尻尾、そして羽を生やした男性…というか人型のドラゴンだ。
「何者だ!?」
「龍王に会いに来た者だが。」
「龍王様に…?」
俺達の姿を見て
人種やエルフが龍王に会いたいなんて言ってきたら当然怪しいと思うだろうが…
名前持ちのドラゴン達は情報を共有していたみたいだが、他のドラゴンは知らないのだろうか?
「試練は全て終えてきた。文句は無いだろ?」
「お前達が試練を…?嘘を吐くな!そんな事が人型に出来るはずが無い!ここで討ち取って」
「大バカ者がぁ!」
ガンッ!
「ぬがっ?!」
目の前に居た白いドラゴンが真横に吹き飛んでいく。白木や地面を跳ねながら。
「だ、大丈夫か…?」
「…ぐふっ…」
ダメみたいですよ?
「気にするな。こちらの不手際だ。」
白いドラゴンを蹴り飛ばしたのは、真っ赤な人型のドラゴン。赤い肌と髭、深紅の瞳。刺々しい角に鋭利な尻尾と羽の大男。見た事がある。
「もしかして…カナサイスか?!」
「おう!久しぶりだな!」
「人化出来たのか?!」
「名前持ちは全員出来るぞ。」
「そうだったのか…
それより、なんでこんな所に?」
「お前達が試練を全て終えたと聞いてな!顔を見に来たんだ!」
「か、カナサイス様…」
吹き飛ばされた白いドラゴンがヨロヨロと戻って来る。
「試練を終えた者達が来ると伝えられていただろうが!この大バカ者が!」
「ひっ!も、申し訳ございません!まさか人型とは思っておらず!」
「久しぶりに俺に一撃を入れた奴らだ。お前なぞ片手で捻り潰されるぞ。」
「えっ?!この者達がですか?!」
「なんなら試してみるか?」
「い!いえ!」
「情けない奴め。まぁ良い。この者達は俺が連れていく。文句は無いな?」
「はい!」
「よしよし。」
満足気に頷いて俺達を連れていくカナサイス。
「良いのか?凄い落ち込んでいるが…」
「話を聞いてなかったあいつが悪い!気にするな!」
「そ、そうか…」
少し可哀想な気もしたが、ドラゴンの事はドラゴンに任せておこう。
「試練はどうだった?」
「どれも大変だったよ。ただ、どの試練も為になった。」
「そうかそうか!それは良かった!龍王様に会ったらまた一本やろうぜ!」
「やらないっての。」
「なんだよ。詰まらねぇなぁ…」
「これだから戦闘狂は…」
「くははは!」
「笑い事じゃねぇっての…」
「そろそろ着くぞ!」
マイペースに話を進めるカナサイス。呆れていたが、目の前に広がる光景に言葉を失った。
白木で作られた少し大きめの家々が立ち並ぶ、街があったのだ。
「街…?!」
「おう。俺達の街。デュロキだ。」
街の中を歩く人化したドラゴン達。北半球の様に店があったりはしないが、ちゃんとした街が出来ている。
このクレーター内がデュロキと呼ばれる場所だと思っていたが、デュロキというのは街の名前であった。当然、こんな場所に入れたのは俺達が初めて。デュロキが街の名前という事を知る者はいない。そもそも、ドラゴンが街を作っているなんて想像もしていなかっただろう。アライサルが湖で言っていた様に、人化出来るドラゴンはそれ程多くは無いらしく、街自体は大きくは無いが、街がある事に驚いてしまう。
「まさか街があったなんて…」
「くははは!驚いたか?驚いたろう?!」
「驚いたぜ…」
「くははは!」
街を歩くドラゴン達が、俺達を目にすると少し驚いた顔をするが、カナサイスの姿を見ると安心した顔を見せる。
「…信頼されているんだな。カナサイスは。」
「ん?なんだいきなり?」
「いや。名前を持つという事がドラゴンにとってどんな意味を持つのか、少し分かった気がしてな。」
「なんだそりゃ?」
「なんでもない。それで?俺達はどうしたら良い?」
「龍王様に会いたいって言って、簡単に会える様なお方じゃねぇ。時間を取って下さるまではこの街で大人しくしていろ。」
「それは構わないが…」
「そんなに長くは待たされないから安心しろ。待たされても数日だ。」
「そうか。分かった。だが、この街に宿なんて無いように見えるが…?」
「宿…?確かにねぇな!くははは!どうするかな!」
「考えてねぇのかよ…」
「マコト!」
「アライサル?」
悩んでいる所に声を掛けてきたのはアライサル。
試練の後、しこりの残る別れとなっていたが…
「アライサルも来ていたのか?」
「うむ!」
どうやらいつもの調子を取り戻している様だ。あの寂しそうな表情は消えている。
「マコト達がここに来ると聞いたからな!会いに来たのだ!」
「それはありがたい。」
「困っているみたいだが?」
「龍王と会うまでの時間をこの街で過ごせとカナサイスに言われたんだが、泊まる所が無くてな。
別に野宿でも構わないし問題という程でも無いがな。」
「くははは!すまん!」
「カナサイスはいつも大雑把だからな。反省もしておらんし。」
「くははははは!」
「よし。それでは私の所に来ると良い!」
「アライサル?!それは」
ドゴッ!
「ぐ…ほ……良い一撃…」
アライサルの拳がカナサイスの腹にめり込んでいる。衝撃で一瞬地面が揺れた…俺達のじゃれ合いとはレベルが違う。流石最強…
「私が良いと言っているのだ。カナサイスは口を挟むな。」
「ったく…分かったよ。好きにしろ。だが俺は知らないぞ?」
「なんの話だ?」
「気にするな。こっちの話だからな。」
「??」
「カナサイス。私がマコト達を預かるぞ。」
「へいへい。」
そう言うと、笑顔のアライサルが俺の手を引っ張って街の奥へと歩き出す。美女に腕を引かれるというのは嬉しいが、周りから浴びせられる好奇の目がなんとも…
「どうだ?!このデュロキの街は!」
「綺麗な街だな。」
「そうだろう!ふふふ!」
「どこに向かっているんだ?」
「私の家だ!」
「アライサルの家がこの街にあるのか?」
「うむ!」
ズンズンと進んでいくアライサルに着いていく。平坦な土地に立ち並ぶ白木の家。ドラゴンは翼や角がある為全体的な作りが少し大きい。
「ここだ!」
アライサルに連れて行かれた先に見えたのは他の家々より更に一回り大きな家。アライサル一人で住むには少し大き過ぎる気もする。
「一人で住んでいるのか?」
「住んでいる…という程ここに滞在した事は無いがな!」
「あー…いつもあの森に居るのか。」
「基本的にはな。ここに来るのは何か用事がある時だけだ。それより入ってくれ!」
「あぁ…」
促されるままに家の中に入る。
あまり住んでいないにしては手入れが行き届いていて綺麗な状態に保たれている。それなりに豪華そうな家具が揃っていて、生活する上では十分過ぎる。
「名前を持つとこんな家まで付いてくるかのか?」
「そうだな。他の名前持ちのドラゴンも皆家は持っているぞ。
私の場合は色々と家具を揃えたりしているが……他の奴らはそんな事に興味が無いからな。もっと殺風景だろうな。」
「ショルーテとかもか?」
「ショルーテの家は見た事無いから知らんな。」
「名前持ちのドラゴン同士では交流が無いのか?」
「無いという事ではないが、友達というものでもないからな。」
「そんなものなのか…」
「街に居る間はこの家を我が家だと思って過ごしてくれ!」
「助かるよ。ありがとう。」
「気にするな!」
少し強引ではあったが、アライサルの気遣いはありがたい。素直にここで龍王に会うまでの時間を過ごさせてもらうことにしよう。
「泊めてもらうのですから、食事は私が作りますね。」
「リンの料理が食べられるのか?!」
「迷惑で無ければ。」
「迷惑なものか!楽しみにしているぞ!」
「はい。」
アライサルの目が
コンコン…
「ん?誰か来たぞ?」
「訪問者か?珍しいな。」
アライサルが扉を開くと、そこには知った顔のドラゴンが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます