第69話 大木の森
幸いな事に今の所はまだモンスターに襲われてはいない。今後の方針を決める為にも、早めに野営の準備を始める。
「出ましょう。今すぐに。」
焚き火を囲んでの話し合い。凛による第一声がそれだった。
「出るって言ったって…南に向かうしかないだろ?」
「このまま進むと言うのですか?!鬼ですか?!人でなしですか?!筋肉バカですか?!」
「え、筋肉バカはその二つに対して同列の扱いなの?俺は今まで凄い罵倒を受けていたの?」
「落ち着け凛。」
「真琴様ー!」
「このまま進むしか無いことは分かってるだろ?」
「うー!」
「ほら、リーシャを見てみろ。既に全てを受け入れた顔をしているぞ。」
「あれは現実逃避している顔です!」
「同じだろ?」
「全然違います!」
凛がかなり渋ったが、それでも先に進むしかない俺達には選択肢は無い。泣く泣く了承した凛と共に翌日からも大木の森を歩く。
大木の葉は所狭しと空に向かって伸びている為、光はほとんど入って来ない。暗いという程では無いが、日陰だからなのか木々の間を抜けてくる風が少しだけ肌寒い。昆虫達には過ごしやすい環境なのだろう。特大サイズの昆虫がちらほらと見える。
「うわっ!デカい
「ひにぃーー!!」
「うねうね嫌ぁーー!!」
二人の淑女が奇声をあげて自分を抱き締めるように震え上がっている。無理もない。大きい百足の足の動きは虫が苦手でない俺や健でも身の毛がよだつ。
遠くで見えただけなので戦闘にはならなかったが、出来ればあれとは戦闘したくない。
そんな事を考えていると、嫌な事というのは何故かやってくる。
「ち、近付いてきます!!」
「何が?!」
「く…」
「く?」
「
木の幹に、ビッシリと細かい毛の生えた足がガサガサと現れ、その足の奥からぬっと現れたのは赤く反射する八つの目、ウニウニと動く口。そして紫と黒の縞模様の腹。あの巨大な蝶々を捕獲する大きさなのだから相当にデカい。
ガサガサと足を動かす度にゾワッとする。凛とリーシャは言葉を失っている。というか意識を失う寸前だ。
「蜘蛛は嫌いじゃ無ぇが、こんだけデカいと流石に気持ち悪いぜ…」
「糸には気を付けろ!鉛筆の太さがあればジャンボジェットを止められる程に強いからな!」
「えん…?」
「ジャン…?」
「めちゃくちゃ強いってことだ!捕まったら簡単には抜けられないぞ!」
言った傍から巨大蜘蛛が尻をこちらに向けて糸を放射する。
「触れるなよ!」
白い糸が周囲にベタベタと張り付く。木々の間に走った白い線の上をガサガサと凄い速度で移動し、また糸を放射する。
「速い!」
「ファイヤー…」
「火は使うな!大火事になる!シャルも雷は使うなよ!」
「分かった。」
「ゾワッとしますー!」
「あの蜘蛛に体液吸い尽くされる事を考えたら倒すしかないぞ!」
「蜘蛛……体液……」
「しまった…余計な事言ったか!?」
「いやぁぁぁ!!」
凛が叫びながら
「なんだ?急に大人しくなったな…」
「こういう時は何かしてくる前兆。」
シャルの言葉が正しかったらしい。巨大な蜘蛛は、一拍置いた後、尻ではなく口から紫色の液体を飛ばす。健とシャルが咄嗟に飛び退いて避ける。
「絶対触ったらヤバいやつだよな?!」
「ヤバく無くても触りたくない。」
「無理です!無理無理無理です!」
「落ち着け凛。そんなに速く無いから俺達でも回避出来る。」
戦闘の最中だった。先程見た蝶々が上空高くをバサバサと飛んでいるのに気が付いた蜘蛛は、突然俺達から標的を変えて木を駆け上がっていく。
「おいおい…食欲旺盛だな…」
「今のうちに逃げましょう!」
「あの速度で追ってくる蜘蛛から逃げ続けるのか?他のモンスターに出会ったら詰むぞ。」
「うぅー…結局戦うのですねー!」
蜘蛛は蝶々の近くまで寄ると、先程の紫色の液体を蝶々に向かって噴射する。避けきれなかった蝶々は体を強ばらせ、羽ばたきを止める。当然落ちてくるわけだが、それを空中でガッチリと捕まえると、糸で空中に固定してしまう。
「あの紫色の液体…
「やっぱり触ったらヤバいやつだったな…」
「嫌ですー!あんな死に方嫌ですー!」
「リーシャも落ち着け。来るぞ。」
俺達を食した後のデザートを確保したと言わんばかりに、上にいた蜘蛛は木をガサガサと降りてくる。
「防御力は高くねぇ。上手く攻撃を掻い潜って一発入れる事が出来ればそれで終わる。」
「かと言ってAランク相当の素早いモンスターに近付くのは難しい。」
巨大な蜘蛛は糸や痺れ毒で攻撃してくるが、こちらも負けじと魔法で攻撃する。いつも通り大きい魔法は控えてだ。魔法のほとんどは避けられてしまうが……野生の勘なのか、見えているか、風魔法を使っても上手く避けられてしまう。どうしようかと考えていると、前衛二人には何か考えが既にあるらしい。
「健…」
「あぁ。攻撃のタイミングだな。」
「マコト。次の合図で私と健の前にシールド出して。」
「分かった。」
「………今!」
俺は言われた通り二人の前にクリスタルシールドを展開する。シールドに向かって飛んできた痺れ毒がびちゃびちゃと音を立てる。攻撃のタイミングが掴めたのには驚いたが、二人はそのシールドを信じて攻撃に向かって既に走っていた。
「オラァ!」
「ここ。」
健の刀は蜘蛛の顔面に、シャルの石で作られたハンマーは腹に直撃する。二人は、蜘蛛が攻撃の際に必ず足を止める事に気が付いて、その隙を狙ったのだ。
顔面を二つに割られて、腹は半壊。流石の蜘蛛もそのまま逆さに倒れて息絶える。
「やっと終わったか。」
「なかなか手強かった。」
「もうこんな所嫌ですー!」
凛の叫びは残念ながらずっと続く森に吸い込まれていった。。大木の森は想像以上に広く、それから数日間は、昆虫型モンスターとの戦闘が続いた。
最初はあれ程に嫌がっていた凛とリーシャは、不思議な事にある日から突然叫ばなくなった。何か新しい極地に辿り着いたのかもしれない。
そんなある日、俺達はこの森で最も恐ろしい敵と出会う事になる。
その日は朝から雨が降り、頭上からポタポタと水滴が降ってくる。流石に水滴までは大きくならないので一安心。濡れて滑る木の根に気を付けながら南下を続けていた。
「マコト様……」
「どうした?」
「……あの木、何か変じゃないですか?」
リーシャの指の先にある大木を見ても、特に他と何か違いがある様には見えない。
「特に何か違う様には見えないが…」
「…私にも分かりませんね。」
「リーシャの違和感は大事。」
「そうだな。今まで何度も助けられて来ているからな。」
ベキッ…
枝の折れた様な、幹が割れた様な乾いた音がする。
「音…?気のせいか?」
森の中でそんな音はよく聞こえてくる。特に雨の日などの湿気が強い時は、木が湿気を吸って僅かに膨張し、表面を割る音だ。本来の木であれば聞こえない程の小さな音でも、ここまでの大木になると、規模も音も大きくなる為聞こえるのだ。
だが、どこが違うのかと問われても答えられないが、モンスターが小枝を折る時の音は、また違って聞こえる。感覚的なものだが、今の乾いた音はどちらかと言えばモンスターが出した様な音だった気がする。
ベキッ!
次は確実に自然のそれとは違う音が聞こえてくる。
「何か居るらしいな。」
ベキバキッ!
リーシャが違和感を覚えた木の幹の一部が、音を立てて割れる。
バキバキッ!
幹に入った亀裂はどんどんと大きくなり、それが何かの長い尻尾だと気が付いた。手足、長い首、そして
背中には木の皮に似た鱗が生え揃っている。こちらを見据える目は茶色。ウッドドラゴンが剥がれた木の幹にはドラゴンの形で窪みが残っている。穴を掘って嵌っていたというより、成長してウッドドラゴンを巻き込んだ様に見える。何十年もそこに張り付いていなければあんな事にはならない。擬態するタイプのドラゴンらしい。
「言葉を交わす気は無さそうだな…」
こちらを見る目も、ウッドドラゴンが放つ殺気も、俺達を食い散らかす為のものだろう。
「来るぞ!」
ウッドドラゴンは容赦する気も無いらしい。突然魔法を行使し、出現したのは第一位のウッドショット。第一位の魔法だが、あの巨体からしたら小さな物でも、俺達からしたら隕石が降ってくる様なもの。魔法の形成は雑だが、そんな事は関係無い程の威力とサイズ、そして数。飛んでくるウッドショットが至る所に当たりバキバキと抉りとっていく。
こちらに向かってくる物はクリスタルシールドで防ぐ事は可能だが、ウッドドラゴンが使っているのは第一位の魔法。どれだけでも撃ち続けていられるだろう。
「完全に殺しに来てるぜ!?」
マッドドラゴンの様な甘さは一切無い。皆無だ。確実に、間違いなく殺す為の攻撃を仕掛けてくる。天災級ドラゴンを相手にするのに温存なんて事は言っていられない。
「出てこいシロ!」
召喚魔法を使ってシロを呼び出す。
「マコト殿…某にあのドラゴンと戦えと…?」
「嫌か?」
「勝てる気がしないのだが…」
「勝てなきゃ俺達全員はあの世行き。二度お前を撫でる事も無いだろうな。」
「…む。それは由々しき事。参る!!」
いつもマスコットキャラの様に扱って馬車を引かせていたが、本来シロは聖獣白虎。むしろ戦っている方が自然だ。通常サイズのシロにはやはり威風堂々という言葉が似合う。
「シロ!助かった!」
「某の力が役に立つのか分からんがな!」
「雷と火禁止だから結構大変。」
「それで某が呼ばれたわけだな…」
飛んでくるウッドショットがシロの眼前で砕け散る。
シロの得意な魔法は風魔法。この場において最も効果の高い属性だろう。
「天災級のドラゴンとはいえ、某も精霊。その様なか弱き魔法では倒されぬぞ。」
「……」
白虎の姿を確認したウッドドラゴンは、攻撃の手を止める。
「行くぞ!」
健とシャル、そしてシロがウッドドラゴンへ向かって走り出す。
その姿を見下ろしていたウッドドラゴンが違う魔法を発動する。
第六位の木魔法、ウッドウィップ。その名の通り木の鞭だが、サイズが桁違いだ。マッドドラゴンの尻尾程はある。しかもそれが無数に生えてくる。
恐ろしいと感じる程の風切り音を響かせて迫ってくるウッドウィップを二人と一匹が避ける。
プリネラ、凛、リーシャ、そして俺もウッドドラゴンに向けて牽制程度の魔法は撃っているが、半端な魔法は全て背中の鱗で弾かれてしまう。ウッドドラゴンに至っては避ける気さえ無い。
「近付くことさえ出来ねぇのかよ!」
「腐らない。今は我慢。」
「これは流石に風魔法で壊すのは一苦労だな。」
「壊すよりどう近付くか考えないと。」
「近付けたとして、あれを斬れるかも怪しいがな。」
「さっきからマコト達の攻撃がまるで効いてない。」
「真琴様の攻撃が効かないとなると全力で行っても斬れるか分からんな…」
「シロならどう?」
「某の攻撃も効くかどうか…」
「シロ!」
「マコト殿?」
「奴の腹を狙え!」
「腹?」
「あれだけ背中をこちらに向けてるんだ。何かを守ってる様に見えないか?」
「…そういう事か。承知した!
ケン殿!シャル殿!」
「任せとけ!」
「背中は守る。」
三人が一丸となり正面突破に掛かる。
「ウッドドラゴンへの攻撃は意味が無い!俺達は援護に回るぞ!」
「はい!」
三人に襲いかかってくるウッドウィップを破壊するのは難しい。破壊出来ないのであれば逃げ道を用意するしかない。
土魔法を使って足場を用意したり、木魔法や闇魔法を使って捕まる場所を作ったりして援護する。
「あと少しだ!」
「気を抜かない。シロ。行ける?」
「任された!」
シロが健とシャルの援護を受けながらウッドドラゴンの元へと駆ける。ウッドドラゴンまであと数メートル。
シロが攻撃を仕掛けようとしたタイミングで、目の前にウッドウィップが襲い来る。死角に用意していたらしい。準備周到な奴だ。
「させるかよ!」
「させない。」
ケンとシャルがシロの目前に迫ったウッドウィップへとそれぞれの武器を振り下ろす。
バキバキ!!
けたたましい音と砂埃が舞う。ウッドドラゴンは無表情でその砂埃を眺めている。
砂埃の中から地面に向かって健とシャルが飛び出してくる。木に張り付いているウッドドラゴンに向かって走っていたのだ。重力に負けて落ちて来ているところだ。
「行けシロ!」
「後は任せる。」
「承知!!」
逆に砂埃の中から上に向かって抜け出したシロ。更にウッドドラゴンに向かって走り続けている。
落ちて来ている二人を魔法を使って受け止める。後はシロが上手く攻撃を当ててくれるかどうかだ。
シロが木の幹を蹴る度にグングンと距離が縮まっていく。行く手を阻む様にいくつものウッドウィップが現れる。そしてダメ押しにもう一つ。ウッドドラゴン自身の尻尾がシロの頭上から迫る。
ドゴンッ!!
全ての攻撃がシロの居た場所に集積し、そこに居たならば間違いなく木の幹と同化する程に潰されているだろう。
「グガッ!!」
今まで無表情だったウッドドラゴンが初めて苦痛に顔を歪める。
「掛かったな!某は風魔法の使い手!侮ったなドラゴンよ!」
ウッドドラゴンの腹の下から出てきたシロは空中を走っている。空中に風魔法で擬似的な足場を作り、その上を走っているのだ。
「グガァァ!!」
「おっと!危ない危ない。」
尻尾の振り回しを避けてウッドドラゴンの周りを走り回る。
「それだけ図体がデカいと回避など出来まい!」
シロがあっちにこっちにと走り回りながら柔らかい部分を狙って風魔法を連射し、その全てがウッドドラゴンに血を流させる。
「そらそら!どうしたドラゴンよ!」
「グ……グガァァァアア!」
ウッドドラゴンの堪忍袋の緒が切れた。
畳んでいた翼を広げ、大きく羽ばたく。
「うぉっ?!」
豪風に煽られて体勢を崩したシロが健達の居る地上まで降りてくる。
「調子に乗るから怒っちまっただろ…?」
「いずれにしろ勝つ気なら訪れていた事であろう?」
「ここを乗り越えねぇと先は無ぇって事か…」
バサバサと羽を振り下ろす度に地上まで吹き付ける風。羽を動かし飛び始めたウッドドラゴンの腹にピキピキと音を立てて背中同様の鱗が生えてくる。
「これでやっと本気だって事か。」
「私達の腕が試される。」
「やってやろうじゃねぇか。」
「グガァァァァ!!」
ウッドドラゴンの羽ばたきに合わせて、先の尖った木の塊が
「いきなり本気出し過ぎだろ?!」
「なんとか一撃入れるしかない!」
「ですが、半端な攻撃は全て跳ね返されますよ?!」
「リーシャ!掘削矢を使え!」
「良いのですか?!」
「このままじゃ殺られるだけだ!多少燃え移っても消せば良い!」
「分かりました!!」
リーシャが掘削矢を取り出し、構える。狙うは当然ウッドドラゴン。いつもより少しだけ長く呼吸を整え、一矢放つ。
宙に赤い線が描かれ、それは真っ直ぐとウッドドラゴンへと向かっていく。迷いの無い軌道。しかし、横からウッドドラゴンの尻尾が矢を撃ち落とさんと振るわれる。
「それで撃ち落とせる矢ではないですよ。」
尻尾を急角度で避ける矢。真っ直ぐに伸びていた赤い線がカクカクと折れ曲がる。そしてそのままウッドドラゴンの腹部へと突き刺さり進行は止まったかに見える。だが、俺が作ったのは掘削矢だ。ここからが本領。回転しながら飛んでいるとはいえ、固いものを削れるのはほんのわずか。矢の勢いだけでは限界がある。だからこそ、魔石を仕込んだのだ。爆発と共に強化して鏃に付けたキラーフィッシュの歯は高速で回転する。
ボンッ!!
ガリガリガリガリ!
硬いものを削り取る音がここまで聞こえてくる。
「グガァァ!!」
ボンッ!
ガリガリガリガリ!
しかもこの矢の原動力は魔石。つまり、空気中の魔力を取り入れる環境さえあれば何度でも削りながら奥へ奥へと入っていく。
「怖ー…リーシャ怖ー…」
「マコト様が作りましたよね?!使えと仰ったのもマコト様ですよね?!」
「二人共!そんな余裕は無いですよ!傷が出来たのですから魔法を撃ち込みましょう!」
「「はい!」」
「グガァァァアア!」
ブチブチブチッ!
「豪快。」
ウッドドラゴンは傷口に手を当てると、自分の肉ごと中に入った矢をむしり取る。ボタボタと血が地面に落ちるが、直ぐにまた表面を鱗で覆い尽くし、傷口が塞がる。肉が戻ったわけではなさそうたが、血が止まっているのは間違いない。
「グガ……ガァァ!」
「やっぱりブレス使えるよな…」
口を大きく開き、その口元に大量の魔力が集中していく。
「あんなデカいブレスを受け止めるのは無理だ!全員回避しろ!」
「言われなくても!」
全員の中心に向かって放たれたウッドドラゴンのブレス。恐ろしく暴力的な攻撃は、着弾と同時に周囲の全てを薙ぎ払う。
暴風、轟音、そして有り得ない程の衝撃と光が全てを包み込む。距離を取って伏せても尚この攻撃力。恐ろしいの一言に尽きる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます