第48話 魔法研究

「これ以上の会話は必要無いな。パラちゃんの事は全面的に信用するよ。」


「本当?!友達?!」


「友達だな。」


「いやったぁー!」


「くっつくな!」


「嫌だー!」


あまりにも流れるような自然な拒否に、言い返すタイミングを失った俺。パラちゃんに抱き締められ続けるという結果になってしまった。満足したのか、離れてくれたパラちゃんと今後の動向を相談することにした。


「俺達はジゼトルスの騎士に追われていてな。そいつらの目から逃れるためにここに入りたかったんだ。」


「ここなら簡単には入国出来ないからねー。賢い選択だと思うよ。それにしても、グラちゃん達は追われてたんだね。」


「魔力が人より多くてね。悪用したいみたいだ。」


「…僕はそういう人達は嫌いだな。」


「俺も嫌いだよ。」


「……そうなると、ここには最低でも一ヶ月は滞在したいのかな?」


「最低でもそれくらいは必要だと考えている。」


「分かったよ。それくらいの時間は稼げると思うから大丈夫。でも、その後はどうするの?」


「決めていない。またどこかを目指して逃げ回るしかない…かな。」


「……それなら僕の住んでいる所に来る?」


「パラちゃんの住んでいる所?」


「うん。追手の目から逃れるためなら持ってこいな場所だと思うよ。」


「……それは助かるけど…良いのか?」


「当然。というか、僕も一人は寂しいから来てくれると嬉しいかな。

それに、グラちゃんとは色々と気が合いそうだし。」


「迷惑にならないならお言葉に甘えようかな。」


「全然迷惑じゃないよ!決まりだね!」


正直パラちゃんのこの申し出はかなり助かった。バイルデン王国は他の国々からは離れていて、移動時に目立ってしまう。特に俺達のような子供が四人となると、誰でも不思議に思うだろう。

その点、大人が一人居るだけで、他人からの見え方は大きく変わる。それに、パラちゃんは悪魔種。争い事は嫌いだと言っていたが、それでもこの辺を一人で彷徨うろつく程度の実力は持っている。同行者としてはこれ以上無いだろう。


その日からバイルデン王国での生活が始まった。

と言っても、一ヶ月近い滞在期間中はその殆どを家の中で過ごしたので、街のことは一切分かっていないと言っても過言ではない。そもそも隠れる為に来ていて外に出るなんて馬鹿な真似はしない。

パラちゃんはと言うと、連日どこかに出掛けては一時間も経たずに帰ってくるという生活をしていた。

気になって聞いてみたところ、時間を稼いでいるとだけ返してくる。研究者として呼ばれているのだから、研究に関する事だとは思うが…これについては未だに謎だ。


家の中での生活はストレスが溜まって仕方が無い…ということは無かった。パラちゃんが研究している内容について色々と聞かせてもらったりしているだけで、俺は結構楽しかった。健とプリネラは頭から煙を出して目を回していたが…


そんなことをしていると一ヶ月という時間は想像よりずっと早く過ぎた。


「もう一ヶ月も経ったのか…」


「一ヶ月なんて直ぐに過ぎちゃうよねー。」


「パラちゃんの寿命だと余計に早く感じるだろ?」


「そうなのかな?寿命が短くなった事が無いから分からないな。

それより、決めていた通りに僕の住んでいる所に来るって事で大丈夫かな?」


「お願いするよ。」


「お願いされました。」


「結局どこに住んでいるか聞いてなかったけど、どこに住んでいるんだ?」


「僕が住んでいるのは、ここから南東に向かった所にある小さな村で、シュイナブ村って所だよ。」


「聞いた事がありませんね。」


「村とも呼べないくらいに小さな村だからね。」


「モンスターは大丈夫なのか?」


「シュイナブ村に住む人達は皆元Aランク以上の冒険者だった人達なんだよ。だからモンスターなんか逆に返り討ちさ。」


「凄い村だな…」


「未開の地へ向かう冒険者達が簡易的な拠点を作った場所がそのまま村になった場所だからね。」


「それでAランク以上の冒険者か。」


「未開の地に足を踏み入れるなら最低でもAランクは無いと一日も生きていられないだろうからね。」


「もしかして…パラちゃんも?」


「僕は行ってないよ。ただ単純に、あの村は他人に関わる必要が無いから住んでいるだけさ。」


「他人に関わる必要が無い?」


「あの村に住んでいる人達は皆自分の身は自分で守れる人達だからね。他の村や街と違ってあまり交流が無いんだよ。

僕の場合はその中でも特に交流が無いんだけどねー。」


「生活していく上で必要最低限の交流だけって事か?」


「その通りだよ。だから、僕みたいな研究に没頭したい人なんかにはうってつけの村なのさ。」


「俺達にはあんなに絡んできたパラちゃんが?」


「グラちゃん達は別だよ。他の人達には出来るだけ関わらない様にしているよ。信用出来ないからねー。」


「そっか…」


「そんな場所だから、下手に情報が漏れたりしないし、知る人も少ないから追手も気にする必要は無いと思うよ。」


「確かにシュイナブ村なら隠れる場所としてはうってつけだな。」


「でしょ?」


「改めてお願いするよ。」


「お願いされました!」


入る時と同様にパラちゃんの弟子に変装して外に出る。

信者達のパラちゃんに対する態度が、入る時とは真逆で劣悪だったのは気のせいだろうか…?滞在中、一体何してたんだパラちゃん…


パラちゃんはバイルデン王国を出る際に馬車を用意してくていて、それに乗ってシュイナブ村を目指す事になった。

人目を気にせずに馬車に乗れるという幸せを感じつつ、それを提供してくれたパラちゃんに感謝しながらシュイナブ村へと向かった。


道中、当然の様にモンスターとの戦闘が起きるわけだが、この時パラちゃんの実力を目の当たりにする事になった。


「ミノタウロスだ!」


俺達の馬車を狙ってミノタウロスが二体現れた。はっきり言って今の俺達には少々手こずる相手だ。俺が大火力で仕留めるにも、その間を三人に任せてしまうと厳しいものがある。普段ならさっさと逃げてしまう所だが、今回は違った。


ミノタウロスの姿を確認した途端、パラちゃんは馬車を飛び降り、一人でミノタウロスの前へと走り出る。声を掛ける暇さえ無かった。


いつも人種に化けているパラちゃんだが、見付かることなどお構い無しに悪魔種本来の姿へと変わる。

いつも飄々としているのに、ミノタウロスを見る顔はそんな事を感じさせない程に厳しいものだった。


「僕の友達に手を出すつもりなら、許さないよ。」


ミノタウロスの前に立ったパラちゃんの体が帯電し、バチバチと音を立てる。パラちゃんを脅威と判断したのか、ミノタウロス二匹はパラちゃんに向かって手に持っていた大木を同時に振り下ろす。

避けようともしないパラちゃんに息を飲んだが、要らぬ心配だった。


ドゴンと重たい衝撃音と振動が伝わって来たが、パラちゃんは片手でミノタウロスの大木を受け止めていた。ミノタウロスによる渾身こんしんの一撃を片手で受け止めるという非常識極まりない状況に言葉を失うしか出来なかった。

引き剥がそうと大木を引っ張るミノタウロスに対して微動だにしないパラちゃんの髪がブワッと逆立つ。閃光と共に増幅した電気がパラちゃんの体から大木を伝い、ミノタウロスへと走る。


「ブオオオオオ!」


プスプスと音を立てて痙攣するミノタウロス。それでも電撃は止まず、口や鼻から血が吹き出し辺りに散らばる。殆ど何も出来ずにミノタウロスは命を差し出す形となった。


「僕の友達に手を出すな!分かったか!」


凄い剣幕で死んでいるミノタウロスに声を上げるパラちゃん。死んでるから聞こえないと思うが…いや、それ以前にミノタウロスに言葉は通じないと思うが…


「想像以上の強さだな…」


「出会った時戦う事になっていたらと思うとゾッとするな。」


「これが悪魔種本来の力…という事ですね。」


「パラちゃんすごーい!」


「くふふ。凄いでしょ!」


「うんうん!」


振り返った顔はいつもの顔だったが、絶対に怒らせないようにしようと密かに誓った。


そんなパラちゃんとの旅路はかなり楽なものになった。襲ってくるモンスターの大半をパラちゃんがサクッと倒してしまうからだ。大抵のモンスターは、冗談ではなく、ヒュッと行ってバーンで終わり。

悪魔種が恐れられている理由がここにあった。ただ、別に怖いとか恐ろしいとは思わなかった。パラちゃんの敵意は俺達に敵意を向けるものにのみ向かうものだったし、頼もしいとしか思わなかった。


シュイナブ村には翌日の昼過ぎには到着した。パラちゃんの言っていた通り、シュイナブ村は村と言うにはあまりにも閑散かんさんとしていた。ポツポツとしか建っていない家。通り…と言うよりは道だが…には人は歩いていない。村と言うよりちょっとしっかりした拠点程度のものだ。話によれば一応商人が来るらしいが、それも月に二度のみらしい。

そんなシュイナブ村の端にポツンと一軒だけ離れて建っている家。それがパラちゃんの家だった。


「これは村の中と言えるのか?」


「微妙な所ですね。」


「良いの良いの!僕は気に入ってるからね!」


「それにしても……」


「汚いですね。」


「汚く無いよ?!……ちょっとだけ散らかってるけど…」


「これがちょっと…ですか。」


「少し…いや、結構…いや、かなり散らかってるけど…」


「まずは掃除からですね。」


「え?!いや、これはこれで分かるように…」


「掃除をするか、全て燃やされるか。どちらか選んで下さい。」


「掃除しましょう。」


「よろしいです。」


こういう時の凛は昔から有無を言わさぬ強さが有るんだよなー。


「ティーシャ…程々にな…?」


「程々で綺麗になると思いますか?」


笑顔が怖いです。薮をつついて蛇を出してしまった。よし。パラちゃんには悪いがそっとしておこう。


凛が怖くなるくらいに汚…散らかっていた部屋は、数時間を掛けてやっと人の住める状態まで回復した。

要らないものと判断されると容赦なく燃やされるので、パラちゃんは絶叫を繰り返していたが…


「はぁ……僕の研究成果が……」


「ちゃんと片付けていないからです。」


「姉様はこういう時容赦無いから。そこが…じゅる……」


「パラちゃんはこんな所で何を研究してるんだ?」


「基本的には全て魔法に関する事だよ。何かと言われると困るけど、色々と気になった事をねー。」


「例えば?」


「そうだねー。最近だと、何故魔法は人によって属性が違うのか…とかねー。」


「何か答えは出たのか?」


「僕なりの答えはねー。

子供の時に生成される魔力の根源は、母親のお腹の中に居る時に徐々に形成されていくんだ。そして、その時に、外の気候、温度、湿度、あらゆる環境によって変わってしまう。ただ、母親の魔力に引っ張られる傾向があるから、同じ属性になりやすいという事は分かったんだよ。」


「へぇ。よく調べたな?」


「この村の一人が子供を産んでね。その時に調べさせてもらったんだよ。」


「嫌がらなかったのか?」


「調べるって言っても経過を見せて貰う程度のものだからね。」


「それだけで分かったのか?凄いな…」


「それだけじゃないけどねー。色々と調べて辿り着いた答えがそれだったって事。」


「どちらにしても凄いと思いますが…」


「逆にグラちゃんはどんな事を調べていたりするの?」


「パラちゃんなら悪用はしないか…

この世界のもう一つの属性についてだな。」


「僕みたいな雷属性とか、稀有な属性とは違うの?」


「それとは別に魔法を使う者全てに使える属性だよ。いや、属性とは言えないかもしれないが…」


パラちゃんに無属性の魔法について俺の知る限りの情報を提供した。


「凄いよ!グラちゃん凄い!

そっか!確かに言われてみるとだねー!完全に盲点だったよ!」


「パラちゃんならいつか気付いただろ。」


「たらればの話に意味は無いよ!くふふ!研究魂に火がついたよ!」


鼻息を荒くするパラちゃん。折角凛が片付けたのにあれやこれやと出してきては研究を始めた。


「いや…違うな……うん!これだな!ってことは…」


凛の驚きを隠せない顔を全く見ずに研究に没頭するパラちゃん。後が怖い気もするが…今は多分話し掛けても取り合ってくれないだろう。

一度研究に没頭すると、暫くの間は何を言っても上の空。食事も満足に摂らずに一日を過ごしてしまう。根っからの研究者気質なのだろう。

そんな生活が暫く続き、満足すると魂が抜けた様に眠る。爆睡という言葉は、この様な時に使うという素晴らしい見本を見せてもらった気分だ。


「はっ?!てんこ盛り?!」


「どんな起き方だよ。」


「夢見てたー。」


「だろうな。」


「顔洗ってくるー。」


「マイペースな奴だな…」


一先ずの身支度を整え終わったパラちゃんと昼食を摂り、落ち着いた所で会話を始める。


「満足したか?」


「満足満足!くふふ。」


「なんでそんなに研究に没頭出来るんだ?病的な程だったけど。」


「それは簡単だよ。僕には果たさなきゃならない約束があるんだ。」


「約束?」


「エイブラとの約束だよ。」


「そんな昔の……どんな約束なんだ?」


「僕の研究で戦争の無い世界を作る。」


「それはまた…大きく出たな…」


「エイブラに言われたんだ。どうせ研究するならそれくらい大きな夢を持っていないと。ってさ。」


「その約束を果たすためにずっと?」


「研究自体はそれよりずっと前からやっているんだけどねー。明確な目標を立てたのはエイブラに言われてからだよ。」


「達成出来たら最高の目標だな。」


「当然!僕とエイブラの目標だからねー!」


自慢げに胸を張るパラちゃん。恥ずかし気もなくそう言えるのはきっと彼女だからだろう。それに見合うだけの研究を行っていると素人の俺でも感じる。そして、彼女と過ごしたここからの数ヶ月で、その後必要になる日本への渡り方と、記憶と魔力の切り離し方を共に作り上げることとなる。


「出来たよ!遂に出来た!」


「本当に出来るとはな…」


「異世界への扉に記憶と魔力の切り離し…凄いよ!」


「悪用されない様に気を付けないとな。」


「それは大丈夫だよ。異世界への扉は多分僕達も二度と作れないからねー。行きと帰りの分。それだけしか出来なかったよ。」


「偶然の産物だからな。」


異世界への渡り方については、召喚魔法をベースに考えた。精霊はこの世から少しだけズレた世界に生きている。それはつまり異世界と同じ事だ。フィルリアと作り上げた異世界を覗く魔法も、知らず知らずではあるが、これを元にしている。ただ、詳細な原理は結局分からなかった。

後に日本で襲われる事になる女は、全く別の方法で日本に来たのだと思う。あれは恐らくだが、異世界へ渡ると言うより俺の近くに無理矢理飛んできた。禁術の中に彼方の誓いという魔法があるが、それに似たものでもっと高位の魔法だ。

彼方の誓いは距離に関係なく約束を破った相手を殺すが、殺す為には魔法を送り付ける線が必要になる。この線を利用して、設定した魔力の持ち主の元に無理矢理、魔法ではなく本人を飛ばす。というものだ。莫大な魔力を必要とする上、完全な片道切符。そもそも本当に飛べるかも怪しい魔法だ。何人かで試してそのうちの一人が偶然成功したのだろう。


記憶と魔力の切り離し方は、パラちゃんが研究していた属性の成り立ちから発想を得ている。母親の腹の中にいる時に形成される魔力を生み出す元。これそのものを分割して保存するという考え方だ。そして記憶は日本を覗いてその発想を得ている。記憶をつかさど海馬かいばから魔法によって記憶を取り除き保存する。


「記憶と魔力の切り離し方も簡単には作れないからね。世に出さなければ大丈夫だと思うよ。それにしても、こんな魔法どうするつもりなの?」


「近いうちに記憶と魔力を切り離して、それを信用出来る人達に預けるつもりなんだ。」


「グラちゃんの記憶と魔力を?!」


「ここまで逃げて来たけど…このままじゃ永遠に逃げなきゃならない。異様にしつこく追いかけ回してくる連中もいるからな。」


「一度完全に姿を隠すつもりって事かな?」


「流石に異世界まで追っては来れないだろ?

記憶は無いから知らぬ存ぜぬを通せるし、魔力も無いから探知もされないし。」


「それはそうだけど…なんでグラちゃんが…」


「そういう愚痴はもう言い飽きたよ。」


「……」


「今の俺達じゃ対抗しようにも体も出来ていないし…とにかく時間が必要なんだ。」


「それならここに居れば!」


「いつかは見付かる。

それに、そろそろ向こうも追うのに嫌気が差している頃だと思う。強硬手段に出られたら酷い争いが起きる。それは嫌なんだよ…殺すのも殺されるのも…」


「………」


「直ぐに行くわけじゃ無いけど…その時は…パラちゃんに手伝って欲しい。記憶や魔力を切り離していくのは自分じゃ出来ないからね。」


「そんな酷いお願いなんて無いよ…」


「必ずいつか戻ってきて全てを取り戻すから。約束するよ。」


「……はぁ…分かったよ。」


「ありがとう。」


「約束はちゃんと守ってね?!」


「当然だろ。俺だってこのまま終わりは嫌だからな。」


「…うん。」


「暗い話はここまでにしよう。今すぐって話でもないしな。」


「そうだね。」


「そんな暗い顔するなって。」


「うん……」


「……そうだな。パラちゃんにお願いがあるんだけど、良いかな?」


「なに?」


「俺が帰ってくるまでに、他人を幸せにする魔法を研究して欲しい。」


「他人を幸せにする魔法?」


「俺も恩師に、それこそが魔法のあるべき姿だ。って言われて探しているんだ。パラちゃんなりの答えで良いから、帰ってきた時に教えてくれないかな?」


「…くふふ。凄く研究しがいのある課題だね。

分かったよ。必ず僕なりの答えを見付けておくよ。」


そう言って笑った彼女の顔が白い霧の中に消えていく。

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