ポストシーズン:第3クォーター
[Super Week] 木曜日-2066年2月11日
朝の散歩に、子供と犬が来ない。俺を危険人物と認識したわけではないだろう。しかし探しに行くこともないと思うので、放っておく。土曜日までは、散歩を続けよう。
「ヘイ、ディーン、どうした。契約が変わって、俺はスーパー・ボウルに出られなくなったのかい」
「
何のことだ? 話を聞く。今の契約はゲームへの出場のみで、ゲーム終了後、もし勝てば後日、祝勝パレードへの参加と、ホワイト・ハウス表敬訪問、その他諸々の行事に参加するための契約を交わす必要があると。
それってゲーム出場契約とどうして一体になってないんだ? あり得ないだろ、普通は。
「最初の、一週毎の契約更新ってのがずっと生きてるんだよ……つまりゲーム終了までしか契約ができないんだ」
「サラリー・キャップの関係か?」
「いや、プレイオフはキャップ対象外なんだが、とにかくお前の契約には細かい制限が付いてるんだ」
「解ったよ。全部任せてるんだから指示には従う。今日、その相談をするのか?」
「そうなんだが、俺は別件があるので代わりの者をやる。条件の確認をしてもらうだけだから、そいつに全部任せて大丈夫だ」
ゲームそのものの契約は重要だからディーン本人が来る必要があるが、その後のエクストラ・イヴェントのことだけなら
「ジゼル・ヴェイユという女性だ。もうスタディアムへ向かったと連絡をもらっている。ちゃんと
了解した、と言って電話を切ったら、テーブルの向かい側に誰かが立った。
「ボンジュール、ムッシュー」
見上げる。誰だよ、お前。優男……いや、女? 髪はブルネットで短くて、中性的な顔立ちで、背も高いし、パンツ・スタイルだし、男か女かよく判らない。女ならジャケットは身体にぴったりしたものを着るはずだが、ゆったりしているし、前の合わせは
「
「ムッシュー・アーティー・ナイトだね。向かいに座っていいかい?」
「……君がミズ・ジゼル・ヴェイユ?」
「そうだよ。もう連絡が来ていたんだね」
「座っていいかい?」
「構わないが、食べながらでもできる話なのかね」
「まず君と仲良くなりたいんだよ」
「俺が食べるところを見ていると仲良くなれるのかい」
「少食なんだね。アスリートなんだから、もっと食べればいいのに」
話がさっそく噛み合ってない。
「昼にたくさん食べるし、午後のフィールド練習の間にも摘まむので、朝はこの程度でいいんだよ」
「そういうことなのか。じゃあ、そのペカン・パイ、一つもらえる?」
ペカン・パイはせっかく毎日作ってくれているので、小さな欠片を取ってきている。糖分はエネルギーに変わりやすいので、本当なら身体を動かす直前に食べるべきだが。
皿を差し出すと、
「うん、独特の風味だね。南部の味という感じがするよ」
「ここで用件は話さないのか」
「話してもいいよ。気になる条項をいくつかピック・アップしたから、それについて意見を聞かせてくれれば」
「どんな条項でも、異議を申し立てたことはないよ」
「控えめなんだね。でも僕が全体を確認したところ、怪我をして欠席する場合の補償が不十分だと感じたんだ。そういうのは気にならない?」
「エクストラ・イヴェントに参加できなくても構わないし、補償のボーナスだって要らないさ」
「欲がないんだ! でも、そういうタイプは好きだよ。守ってあげたくなる」
「とにかく、俺の意見を言うより、君にアドヴァイスがあれば聞かせてくれ」
「もちろん、そうするよ。後でね」
「どうして後で?」
「まず君と仲良くなりたいって言っただろう?」
それは俺が食べているところを観察することで達成できるのか? 何かがおかしい気がするが、
そして食べ終わったら話をするのかと思いきや、「続きは今夜、君のホテルの部屋で」と言って帰ってしまった。契約は土曜日までに済ませればいいらしいのだが、全く訳が解らない奴だ。あんなのを部屋に迎えて、二人きりになってしまっていいものだろうか。
9時になったらメグのところへ行き、今日の予定の確認。昼休み中に、キッズ・クラブに関するミーティング?
「ゲーム中のいろいろなサポートをする役割を、子供たちに割り当てるのです」
「ああ、あるね。ボール
プレイヤーに渡すだけでなく、落ちているのを拾って片付けたりもする。他に、キック・オフの時に使うキッキング・ティーを、プレイの後で拾いに行くとか。
メンバーはキッズ・クラブからプロファイルを元に抽選で選ばれているのだが、今日はその“面接”をするそうだ。適不適を見るというより、遊びではなく仕事である――ヴォランティアだが――という意識付けをするため。子供たちは学校の授業を抜けて来ているはずだが、こうして社会学習の一環とすることで、許可されている。なお、ゲーム当日に誰が何をするのかは、土曜日に決める。
「ミズ・ジェシー・スティーヴンスもメンバーに入っています」
「それはよかったことだ。彼女の場合、何の役割を希望するかな」
「スポッターの
「そんなのもあるの?」
「あります」
彼女は頼まなくてもそれをやってくれている。プレイオフでも毎ゲーム後に、詳細な“レポート”送ってくれた。しかも分析がどんどん細かく鋭くなっている。彼女の場合、グラウンド・レヴェルで何か仕事をするよりも、スポッター・シートからゲームを見ることを希望するのは間違いないだろう。
「その希望を聞くのは今日なのか。でも何に当たるかは抽選だろう?」
「スポッター
まあ普通の子供はサイド・ラインにいるのを喜ぶだろうなあ。スポッター・シートからでは、ストリーム中継で見ているのとさほど変わりない。
「とにかく話をしてくるよ。俺の他に……」
「
またテディーか。まあ奴はジャガーズの
その後は普通にミーティングをして、昼休みに別の会議室へ。既に子供たちは来ていた。俺の姿を見て「アーティー!」と叫ぶ奴もいるが、概ね「テディー!」の声の方が多い。なかなか治まらないので、両手を広げて羽ばたくジェスチュアをする。鳥の真似ではなくて「静かに、静かに」の意味だ。終盤、逆転の期待がかかるドライヴの前には、スタンドが沸き立つのだが、それを抑えるためにいつもしている。その姿はスタディアムの大型ディスプレイにも映し出される。
「皆さん、この度はキッズ・クラブのスタディアム・ワーク
こんなに必要か、とも思うが、実は相手のカウボーイズのサイド・ラインで働くことになる場合もある。その場合でも嫌がらず、相手のために働いて欲しい、とジョーが諭す。それが“
女も含んでいるのにスポーツマンという言葉は、いまだにジェンダー・ニュートラルになっていない。しかし"man"は“男”ではなく“人”だと捉えればいいことだ、とも思う。
それはともかく、カウボーイズは全国的に人気のあるチームだから、ここにいる
「では一人ずつ順番に、
ジョーが訊くが、実はそれらは
前の方から一人ずつ発表していくが、練習バッチリですらすら言う奴もいるし、緊張してつっかえる奴もいる。つっかえた時はジョーが「落ち着いて」と声をかけることもあるし、笑顔で待つこともある。相手によって対応を変えている。プレイヤー相手にもそうしてくれるととても助かるのに。
そしてジェシーの番。やはり緊張していて声が小さく、聞き取りにくい。視線も宙をさまよっている。ここは俺の出番かな。テーブルを軽く叩いて音を出す。
「……ですから私は、サイド・ラインでの
最後、しっかり言えたのはいいが、なかなか誇大なことを申告したな。うちの
全員の発表を聞いてから、ジョーが最後の挨拶。もう一度「日曜日を楽しみにしていてください」と言って締めた。
あれ、ジェシーが駆け寄っていったのは? 彼女は13歳なので付き添いは不要のはずだが。女だな。しかしスティーヴンス夫人じゃない。もっと若い……昨日の旅行者じゃないか。確かデボラ。なぜ彼女が、ジェシーの付き添いで?
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