#18:第7日 (5) 必然の出会い
オンブラ川源泉の周りをまた半周してタクシーに戻り、フラニョ・トゥジマン橋を目指す。さっき来た道を逆行し、途中から分かれて坂を登る。7分ほどで橋のたもとに着いた。合流の脇に、港を見下ろすのにちょうどよさそうなスペースがあるので、タクシーにはそこで待っていてもらう。後で港も眺めよう。
歩いて橋へ。斜張橋特有の逆Y字の柱が天に伸び、そこから十数本のケーブルが路面まで伸びている。車専用橋かと思ったら、歩道もあるようだ。もちろん、歩いて渡る人はほぼ皆無に違いない。だが、例えば犬は?
先ほど、国境を越える川を見た。この橋は、国境ではないけれどもドゥブロヴニクと隣町の境で、その先にはプロチェ、スプリト、そして遥か遠くにザグレブがあり、さらに先に隣国との国境がある。そこを犬が越えてくる……?
「お客さん方、橋を渡りやせんか」
運転手が言いに来た。向こう側には展望台があり、橋と港を同時に眺められるらしい。「よし、行こう」と車に戻り、橋を渡る。両側を過ぎゆくケーブルを見るのは楽しい。やはり橋は見るだけではなく渡るべきものだった。
ほんの2分で“ヴィディコヴァツ・ロジツァ”に到着。ヴィディコヴァツは
ピレ門前に帰ってきたのは3時だった。さて、旧市街地の残りを見るか、それとも?
「城壁の上を歩くのはいい経験だろうけれど、海の景色は要塞の上からとさほど変わらないだろうし、旧市街の方はさっき見たものの角度が少し変わるだけで、あまり見栄えがしないと思うんだ。建物のデザインが画一的だからね」
「そうね。私もそう思うわ」
「だったら他の観光客が行かないようなところの方が面白いと思うんだ」
「あなたならそう言うと思っていたわ」
そこで地図を見る。歩いて行けそうなところを探す。グラダツ公園がよさそうだ。ここから南西に400ヤードほど。海に向けて張り出した崖の上にある。その西の崖下にはダンチェ・ビーチという穴場があり、夏場には人気だそうだ。ただしビーチといっても岩場の一部をコンクリートで固めたところで、波が荒く、泳ぎに自信のない人にはお勧めできないらしい。
そういうところを冬場に見に行くのも一興、ということで、タクシーで戻って来たばかりのブラニテリャ・ドゥブロヴニカ通りを西へ少し歩き、ドン・フラナ・ブリチャ通りと名が付いた路地へ入る。上り坂になり、歩くごとにどんどん角度が急になっていくが、100ヤードほどで広場に出た。海側が開けて、すぐ東にロブリイェナツ要塞、その向こうに遠くロクルム島が見える。
公園自体は丸い小さな噴水池があるだけのつまらないものだが、そこから見る景色が素晴らしい。南は海、東は要塞とロクルム島、そして北へ振り返るとオレンジ屋根の町並みの向こうにスルジ山。
「素晴らしいわ!」
風景を見ているうちに、期待していたものが来た。犬を散歩させている若い女。犬はもちろんダルメシアン。ところで、クロアチアでは犬の散歩は女か少年の役割なのだろうか。どうにもよく解らない。仮想世界の中だけと思いたいが。
「あら、可愛らしい」
その後は型どおり、牡か牝か、何歳か、名前は何かの問答。
「この辺りでは私のところだけね。散歩するところが少ないからだと思うわ。西の岬の方へ行けばもっとたくさんいるかも」
女が意外にも英語で話し始めた。サーニャといい、英語を話す人は案外多いのではないかという気がしてきた。
「岬というのは半島のこと?」
「ええ、ラパドやバビン・ククの辺り。広場は少ないけど、車通りが少ないから散歩には便利よ」
英語で訊いたら、英語で答えが返ってきた。地名は判らないが、地形だけ判っていればいい。
「この辺りだと犬が交通事故に遭ったりするのかい」
「事故は起こらないけど、
“
念のために、俺も犬に近付いてみる。吠えられた。「美人しか寄せ付けないのかね」とジョークを言うと、女が笑った。
犬と別れてからダンチェ・ビーチの方へ下りる。古い教会と墓地の脇を過ぎると、崖に階段が作られていた。その下が“ビーチ”。なるほど、岩場だったのをところどころコンクリートで平らにして、そこにシートでも広げれば
その
さてまだ4時前なのだが、太陽はだいぶ水平線に近付いてきている。今日の日没は4時45分頃。
ということで、「もうホテルに戻るかい」と提案してみる。
「ここから夕日が沈むのを見られたら、とも思うけれど……」
山の上から見るのとどちらがいいか。どちらでもいいかもしれないが、メグは俺の心遣いを察したらしく、「戻りましょうか」と笑顔で言った。
「夕日は夏の方が綺麗だと思うわ。次は夏に来ましょうね!」
二度と来ないとは思うが、「そうしよう」と答え、肩を抱きつつ階段を登る。広場からは坂を下り、ピレ門前に着いたら、ちょうど10系統のバスが出るところだった。シェラトン前へは行かないが、幹線道のバス停に停まる。そこから歩いて帰ればいいだろう。
バスに乗ると、知った顔がいた。
途中のバス停で客が数人ずつ降りていく。少年少女も降りる。わずか10分ほどで車内は閑散としてきた。サーニャの隣の少女も既に降りて、彼女は一人ぼっち。景色は見ず、本を読んでいるようだ。
スレブレノのバス停で降りる。その時になって、初めて気付いたかのように、サーニャは俺を見た。走りゆくバスのモーター音にも負けないしっかりした声で「
「ズドラーヴォ、サーニャ。学校の帰りかい」
「ええ、私の入っている特別クラスはこの時間に終わるんです」
特別か。そういえば朝に彼女が高校の話をしかけた時、犬の邪魔が入ったんだった。情報学、と言った気がするが。
「朝の話の続きをするかい?」
「家に帰って、ペネロパの散歩をしないと。日が暮れてしまうわ」
「私たちも付いて行っていいかしら?」
彼女の後に付いてこの2日間のランニング・コースを歩き、薬局の前まで来た時に
「マドモワゼルは、あなたが来ると察知してしまうのよ。たとえ姿が見えなくても」
ああ、そうだろうね。彼女の感覚は過敏と言っていいよな。でも今回の場合、何がいけないんだ。
「とにかく身体と共に気持ちも弱ってらっしゃるから、会う人を減らさないといけないの。気配だけでもダメ。もちろん、あなたにお礼をおっしゃりたいお気持ちは持ってらっしゃるでしょうけれど、まず心の準備をしてから」
まだるっこしいな。まあいいや、
空き地には子供が10人ほど。ヨシップもいるな。俺に気付かないようだ。たぶん
10分ほどして、
「マドモワゼルはシェラトンへ移ったそうよ」
「ティーラの部屋へ?」
「いいえ、電話してスタッフに尋ねたら、両隣にお客様がいない静かな部屋へ二人で移ったんですって」
そりゃよかったじゃないか。君は夜中に思う存分声を出せる。
ところで君の横でサーニャが俺と話したそうにしてるのに、気付いてるかい。気付いてないはずはないと思ってるけどさ。
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