#18:[JAX] 夢の選択
ジャクソンヴィル-2066年1月12日(火)
俺は起きているのだろうか。今何時か判らない。ここはどこだ。劇場の舞台のようでもあるし、写真撮影のスタジオのようでもある。周りは黒幕が下がったかのように真っ暗で、俺だけにスポットライトが当たっている。下は木の床。すぐ横にキャンバス地を張ったような椅子がある。何だ、訳が解らない。俺はここにいていいのか。
「ハイ、アーティー」
誰の声だろうか。聞き憶えがある。ベスかな。その姿が、暗闇の中から現れた。薄暗い光が当たっているかのように、ぼんやりしている。チアの冬用のウェアを着てるのか。先週見た最後の姿がそれだったような。
「ハイ、ベス、何をしてるんだ、こんなところで」
ここがどこだか俺自身が判らないのに、何を訊いてるんだ。
「アーティー、聞かせてちょうだい。あなたは誰を選ぶの?」
誰って? 何のことだ。どこから選ぶんだ。もう一つ光が降ってきて、女の姿が現れた。マギーだ。オフィスで見かけるような、きっちりとした服装。白いブラウスに紺のタイト・スカート。そしていつものように笑顔はない。が、それがいい。ベスよりは輪郭がはっきりしているような気がする。
「
おはようって、今は朝なのか? 「
また光が降ってきた。女の姿。ノーラ。黄と黒にティールのアクセントが入ったジャガー柄のビキニ・トップ、白のパンツ。チアのウェアだ。秋用。二の腕と太腿の肉付きが素晴らしい。
「ハイ、アーティー!」
彼女も選択肢に入るのか。今の外見だけならもちろん彼女を選ぶのだが、そういう趣旨ではないよな?
もう一人。リリーだった。ワイン・レッドのエプロン姿。白い腕、白い脚が見え……
「ハイ、アーティー」
待てよ、そのエプロンの下、何か着けてる? 着けてるよな? 輪郭がはっきりしなくてよく判らない。いや、むしろ判らない方がいい。どうしてこんなことで動揺しなきゃならないんだ。
で、4人の中から選ぶのか。なぜ選ばなければならないのか、理由を聞かせてもらえるか。あれ、どうして俺はしゃべれないんだ。
「アーティー、あなたは誰を選ぶの?」
だから、なぜか声が出ないんだって。おかしいよ、さっきは挨拶できたのにさ。行動で示せばいいのか? いや、その前に理由だ。
「俺が選んでいいのか。君たちはそれぞれパートナーがいるんじゃないのかい」
あれあれ、声が出せるようになった。そうだよ、マギーは既婚者だし、ベスとリリーには恋人がいて……ノーラだけがはっきりしないんだったか? いや、それはともかく、返事してくれよ、ベス。
「気にすることはないわ。あなたは選べばいいの」
いや、気にするって!
待てよ、そもそも何として選ぶとは訊かれてないんだよ。例えば朝の話し相手なら? それはもちろんマギー。次がベスか。ノーラは話すよりも観賞……いや、そんなに見てない。ものすごく魅力的だけど、見てないんだって。
光が二つ消えた。なぜだ。残ったのはマギーとノーラ。
「アーティー、あなたはどちらを選ぶの?」
今度はノーラが訊いてきた。いやいやいや、待てって。どうしてさっきの心の中の選択が反映されてるんだよ! それに4番目にしたのはリリーで、他の3人は選択肢に残したじゃないか。リリーだって、付き合っているうちにいいところがいっぱい見えてくるはず……
「答えを聞かせてくださいますか、ミスター・ナイト」
マギーとノーラが迫ってきた。待て、タイムアウトだ。もっと考える時間が欲しい。90秒じゃ全然足りない。少なくともあと1ヶ月以上は……
目を開けたはずなのに、そこは暗かった。俺は起きている……よな?
今、何時だろうか。時計を見る。6時50分。ここはどこだ。アパートメントの俺の部屋に決まってるじゃないか。この天井はさすがに見慣れたよ。
何だ、俺は夢を見ていたのか。
「はあー」
思わず声入りのため息をついちまった。やれやれ、驚いた。そして助かった。あんな厳しい選択を迫られて、1分やそこらで結論が出せるもんか。もう起きよう。
顔を洗って、着替えながら考える。いったいどういう心理から、俺はあんな夢を見たんだろうか。
夢が深層心理の表れ、などという説を、俺は信じない。夢の中で見たことは、俺の記憶にしかない。録画も録音もできない。それは内容を検証できないことを意味する。
そもそも深層心理というものからして胡散臭い。心の奥底にある真実など覗きようがないというのに。心理カウンセラーなんてのは、悩みを持つ奴の話を聞いて、経験則からアドヴァイスをしているだけだろう。アドヴァイスの当たり外れを検証した例だってないんだ。
とはいえこの夢は、俺がマギーとノーラのことを気にしている、ということだ。別にどちらを選ぶかに悩んでるんじゃなくて、マギーの悩みと、ノーラの……何だ? とにかく何かについて、俺が気にかけているということに違いない。ノーラの方は、単に俺の性欲を刺激しているだけかもしれないけれども。
そして最初に問いかけてきたのがベスというのは象徴的だな。彼女はリーダー的存在で、俺を話をすることも多いからだろう。そういえばヴィヴィが出てこなかったが……まあ、それはいいことにしよう。お互いに興味がないってことで。
スタジアムのレストランへ。今日は新メニューが出ているはずだ。俺が入ると……ほら、コックがすっ飛んできた。
「おはよう、アーティー! 今日の新メニューなんですが、ちょっと準備不足でね。まずは説明させてくださいよ」
別に説明なんていらんよ。俺がリクエストしたわけでもなし。しかしコックは俺を新メニューのところへ引っ張って行き、料理を皿に載せながら言う。
「まずはフィッシュ・タコスです。軽くソテーした白身魚とアヴォカド、野菜をトルティーヤで包みました。残念ながら魚は大西洋で獲れたやつですが」
別に魚の産地なんてどうだっていいだろ。で、これの何がカリフォルニア・スタイルなんだ。アヴォカドが入ってるところか? ふーん、あっさりしてていけるじゃないか。
「味が足りなきゃ、サルサなりチリ・ソースなりかけてもらえば。で、こっちがチリ・バーガー。辛味は抑えてあります」
小さめのバンズにパティーとチリ・コン・カーンが挟んである。チリ・コン・カーンが多いので、下手な食べ方をすると皿に落としてしまう。
「どうです?」
「俺はチリ・コン・カーンだけでもいいと思うけど」
「パティーは要りませんかね?」
「いや、チリ・コン・カーンだけ」
「ああ! そいつは気付きませんでした。……いや、しかしそれじゃあカリフォルニア料理じゃなくなっちゃう」
「カリフォルニアにこだわることないって。しかしたぶん好評だと思うよ。で、何が準備不足だって?」
「だから、材料や味付けが西海岸風じゃないんで。明日には何とかしますから」
好きにしろ。しかしタコスやバーガーは炭水化物好きのジョーも食べそうだな。
しかしそのジョーはなぜか来ず。ベスたちも来ない。これでは勧める相手がいない。まあ、うまければ噂になるだろう。キャットフィッシュと違って馴染みのある食べ物で、手が出しやすいしはずだし。
9時になったらマギーのオフィスへ。今朝の妙な夢のせいで、目が合わせづらい。しかしマギーの方も何か差し支えがあるらしく、目を合わせてこない。いつもより元気がないことだけは判った。
「昨日はどこかへ出掛けたのかい」
「いえ、どこにも……買い物は日曜に済ませましたので」
「ベスたちとも会わなかったのか」
「会っていません」
「料理でも作ってパーティーをしたら、と勧めたのに」
「ミス・チャンドラーのご都合が悪かったので」
ノーラとリリーではダメなのだろうか。それとも彼女たちも何かあったのかなあ。雑談をしつつ、マギーにメモ用紙をもらって"Some message?"と質問してみる。答えは"No."だった。俺の手伝うことがあまりないので、ちょっと申し訳なく思う。
「ところで今日もレストランで新しいメニューが出てるよ」
「はい、コックから教えてもらいました。タコスは似たものを作ったことがあります。バーガーはもっと大きなサイズのものを」
「それはよさそうだ。そのうち俺にも教えてくれ」
「はい。……あの、いつでも教えられますが」
いや、約束して欲しいわけじゃなくてだな。
「じゃあシーズンが終わった後にでも」
「……了解しました」
そんなに残念そうな顔をすることないのに。それとも、また俺の部屋に料理を作りに来たいのだろうか。あの夢のせいで、余計なことを考えてしまう。
夜のジムに、久しぶりにベスたちが来た。禁止令は昨日で解除されていたが、チア・リーダーは基本的に休日だったので、昨夜は来ていなかった。来ていたのはプレイヤーが俺の他10人くらい。そして今日はテディーも来ている。ヴィヴィと別れてトレイニングに打ち込むというのは本当だったようだ。
「ヘイ、アーティー、ノーラに恋人がいないってのは本当か?」
何だよ、ターゲットを変更するだけなのか? だとしてもいちいち俺に訊くな。いつもなら恋人がいようがいなかろうが関係なくアプローチするくせに。
「知らんよ。本人に訊いてみな」
「解った、そうしよう」
最初からそうすりゃいいんだよ。なぜ俺に訊く。俺がノーラと付き合っているという噂でもあったのか。あったのかもしれんな。
それはともかく、ベスと少し話をしておこうか。土曜日以来、顔も見ていない。いや日曜のゲーム中にチア・リーディングしているところは見たか。クロス・トレイナーを使っているところに近付いて「ハイ、ベス」と声をかけると、一瞬視線を合わせただけで「ハイ、アーティー」と素っ気ない。
「次はいつ報告が聞けそう?」
「明日と思っていたけど……じゃあ今、簡単に」
「済まないな」
「ジョニーはヴィヴィと、ということだったけれど、またちょっと作戦を変更中」
「そうか」
「チャーリーはサイモンが工作中。明日は動きがあると思うわ」
「解った」
「Gの件はうまくやっているから、心配しないで」
「つらくて耐えられなかったら言ってくれ。相談には乗るから」
サイモンにねぎらってあげて、と言われたので、せめて声かけくらいは。
「大丈夫よ。私にはもう一人、心の支えがいるもの」
サン・ノゼにいる恋人か。それで解決するならいいんだけど、俺にも何かさせてくれればいいのに、と思わないでもない。
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