ステージ#18:101匹目の犬 (The Hound of Jacksonville.)
#18:バックステージ (開始前)
マルーシャに訊きたかったことは二つ。
前者はほぼ間違いない。しかし後者はよく判らない。届けるなら、俺の腕時計や財布と一緒でもよかったはず。それとも、あの時はまだ取り返していなくて、ターゲットを探している間に入手したのだろうか。
しかし機会は訪れなかった。レストランでの夕食中も、その後ゼウス神殿へ行くタクシーの中でも、彼女はずっと
過去にここを訪れた時の記憶を元に話しているのだろう。それが嘘であっても、
夕食の後、タクシーで行ったのはまずハドリアヌス門。ゼウス神殿の北西に建っていて、そこから西にアクロポリスが見える。もちろんライティング・アップされている。
門のアーチしかない状態で、昼間見るとおそらく残念な遺跡なのだろうが、夜だとそれなりによく見える。
そこから広場を歩いてゼウス神殿へ。クレタや他のところで見たのと同様に、残っているのは神殿の柱の何本かで、建物の範囲を示す礎石が埋まっている。
その中へ踏む込むまでに、質問したかったのだが、
「ステージの結果について、クリエイターからのコメントをお伝えします」
礎石の内側に踏み込んだ瞬間、
幕が下りきったらアヴァター・メグとなって話し出す。崩れかけた神殿のライティング・アップなんかより何千倍も美しい。
「今回のステージではキー・パーソンズと適切に会話し、訪問が必須の場所を全て訪れたため、ターゲット同定に必要な情報を全て集めることができた。また余計なイヴェントに対応しなかったため、考慮の時間が十分にあったはずである。にもかかわらず、最終的にターゲットの所在場所の推定を誤ったため、獲得することができなかった。情報の重要度を読み違えたためと考えられる。パートナーが得た情報の重要度が高いことを認識すべきである。また最終盤、他の
「ビッティー、まず最初の質問だが」
「質問はまだです。先に補足をお聞き下さい」
あれ? 評価は終わったんじゃないのか。ターゲットを獲得できなかったから、話半分にしか聞いてなかったよ。
「失礼した」
「
「待機というのはどれくらい」
「最大3時間です」
その間にビッティーと通信したくなったらどうしたらいいのかな。まあいいや。
「補足は以上かい」
「はい。先ほどのステージに対する質問を受け付けます」
「まずコメントについてだが、ターゲットの所在場所が違うということは、ディクテオン洞窟じゃなかったのか」
「違います」
となると消去法でイデオン洞窟。しかしフェードラは言わなかったんだがなあ。
それともパートナーの情報の重要度が高いということは、イデオン洞窟のことを聞いてきた
「ターゲットを奪うことができる状況ということは、マルーシャが獲得していた」
「はい」
「
「拝覧を申し出て、返却せずに退出するということができます」
「そういう信義に
「理由がどうあれ、機会の放棄については否定的な評価となります」
ずっと前に言われたな、それ。久しぶりに聞いたよ。
「では次からは善処する」
「他に質問はありますでしょうか」
「ターゲットは古代の酒杯だろう」
「お答えできません」
前回はセットトップ・ボックスだって教えてくれたのに。
「香水は関連してるよな」
「ターゲットを獲得するにはそれが必須だったということだけはお答えできます」
名称を正確に言い当てないといけないのだろうか。
「盗んでいい理由は」
「過去に盗掘されて遺失したという設定だからです」
「迷路の洞窟は仮想世界の中だけのものだよな?」
「そのとおりです」
そりゃそうだ。あんな“いかにも迷路らしい”洞窟が自然に存在するわけない。やけに歩きやすかったし。
「他に質問はありますでしょうか」
今回は親しくしたキー・パーソンズが少ないので、時間稼ぎの質問も少なくなりそうだな。待てよ、その前に一つ確認しておくことが。
「マルーシャが
「噂というのは正しくありません。彼女と対戦した数人の
そんなに多くないということか。しかし今回で2人増えたぞ。もっとも、
「他に質問はありますでしょうか」
君、もしかして俺が余計な質問をするのを待ってるのか。そういう配慮は好きだぞ。
「フェードラの両親はどうしてフェードラにアリアドネという名を付けなかったんだろう」
「お答えできません」
「フェードラは本当に初めて男を好きになったんだろうか」
「お答えできません」
「フェードラは恋を知ったことで精神的な変化があるだろうか」
「お答えできません」
「身体的な変化があるだろうか。例えば胸が大きくなったり尻が大きくなったり」
「お答えできません」
「男の身体を知りたいと思うようになったり」
「お答えできません」
「俺が教えてやった方がよかったか?」
「お答えできません」
「せめてキスくらいはしてやった方がよかったかも」
「お答えできません」
俺がやってることは質問なのだろうか。
「アリアドネは香水の調合以外に何が趣味だったんだろう」
「お答えできません」
「目が見えないのに船の中をうろつき回ってるようだが、海に落ちたりしないのか」
「お答えできません」
「人工知能のアリアドネは、あの冷蔵庫みたいな本体の中に、人間の脳が入っていたりするのか?」
「お答えできません」
男3人やその他の関係者はどうでもいいや。財団の連中も。東洋人の女……も、どうでもいいなあ。一言も話さなかったし。
「よし、次に行こう」
「それでは、アーティー・ナイトは第18ステージに移ります。ターゲットは“ダルメシアン”」
「それは犬のことか」
「質問は後でお願いします。
回数制限があるのは久しぶりだが、最初の2回は3日目以降、6日目まで、という制限まで付いているのはいったい何なんだ。
「このステージでは、
おお、久しぶりに同行か。って、前のステージと何ら変わりないじゃないか。
「つまり君の自宅待機を選択できないんだな」
「いえ、アヴァターの造形にマーガレット・ナイト以外を指定することで、彼女を自宅待機とすることができます」
いや、それは不健全だ!
同行というのは確か、二人以上でないといけない制約があるはず。以前は船旅に参加するので二人用船室を利用するからということだった。つまり今回もそうなるのが必定。
財団の秘書が同行する、なんて形にすると、その女と同室することは、
「俺が今の君以外の造形を指定する可能性があると思うのか」
「補正が可能です」
「なるほど」
前回は年齢を変えられるか尋ねて、不可という答えだったんだよな。外見を調整しようとは思わなかった。しかし。せっかくだからちょっと遊んでみるか。
「試しに胸を限度いっぱいまで大きくしてみてくれ」
「5%大きくします」
……いや。いやいやいや!
ダメだ。これは
なぜだろう。確かに俺は彼女に対して「もっと胸が大きかったら」なんて思ったことがないんだよな、一度も。
彼女のプロポーションは、彼女にとって完璧だということか。
同じように、マルーシャのプロポーションも彼女にとって、いやそれはどうでもよくて。
「キャンセルだ。元に戻してくれ。以後、造形は一切変更しない」
「了解しました。続けます。ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出して下さい。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言して下さい。装備の変更は、金銭の補充の他、防寒着を追加します。前のステージであなたが入手した装備は、継続して保持できます」
「防寒着を追加ということは、また冬山のようなところへ行くのか」
「場所は言及できませんが、マイアミの冬よりも寒い気候の場所となります」
何という曖昧な表現。雪も降らないマイアミと比べてもしかたない。せめてシカゴと比べてくれないか。ブリザードが発生することだってあるんだぜ。
「ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」
「今回の肩書きも財団の研究員」
「デフォルトではそのとおりです」
変更すると
「出張の扱い? これほど出張が多い研究員なんて実際にいるのかね」
「
さすが仮想世界。集団催眠のようなものだな。
「よし、始めよう」
「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」
ディレクターズ・チェアからゆっくりと立ち上がる。アヴァター・メグが並びかける。腕を組むことまではしないんだなあ。
「ステージを開始します。
せめてその言葉の前に"Let's"を付けてくれないか?
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