#17:第7日 (10) シナリオ融合

「データベースどおり、それはキャセイの『三国志スリー・キングダムズ』で、日本に同様の逸話はないよ」

「そうでしたか。日本の話にしては戦争が多いと感じていました」

 人工知能なのに、感じるフィールんだ。なかなか高性能だな。

「俺は彼らの人相を見たが、たぶんキャセイ人キャセイアンだろう。この船で日本へ来いと誘われた? おそらく南キャセイ海あたりでキャセイの海賊に襲われるという筋書きシナリオだね」

「そうですか。それなら私が賛成しても、ソクラテスが反対するでしょう。彼は船が襲われるのをひどく嫌いますから」

 それなのにコンピューター室へは簡単に忍び込めるんだ。用心のしどころがアンバランスだな。まあ俺が気にするようなことでもない。ここでの犯罪を阻止するのが目的でもないし。

 さて、挨拶も済んだし、そろそろおいとましようか。

「夜分にお騒がせして申し訳ない。俺たちはここを通り抜けたかっただけなので、もう行くよ」

「おや、あなたも話をしに来たのではないのですか、アーティー。リーアがそう言いましたよ」

 隣に立っているアリアドネを見る。俺がいない間に何を言ったんだよ。澄まし顔してないで説明しろ。

「まだ帰らないで下さい、アーティー。私もあなたのお話がもう少し聞きたいです」

 そうか、話を聞きたいのは君か。

「見てのとおりメグを抱えているし、彼女を早くベッドへ寝かせてやりたいんだ。それにここは寒いよ」

「すぐ上に船員用の船室があります。きっと空きがありますよ」

「それにフィーは普通の服に着替えたがっていると思うね」

「船室に帰って着替えてくればいいんです。フィー、ここからなら一人で行けるでしょう?」

「僕は着替えなんかより、早く船を降りたいんだ。さっきからずっと気分が悪い……」

 フェードラが力なく呟く。そうか、俺にくっついてたのはそれもあったのか。

「そういうわけでミズ・アリアドネ、4人中3人が降りたがってるんだ」

「しかし今はタラップを上げています」

「下ろしてくれるよう船員に頼むよ」

「私が制御しているのです」

 そりゃないぜ、祖母グランマ。さっきのキャセイ人たちキャセイアンズも降りられないじゃないか。戻ってきたらどうするんだよ。

「話を聞くまでは降ろしてくれない?」

「ええ、歴史の話がいいですね」

 人工知能が歴史に興味を持つなんておかしいと思うんだが。

 しかし待てよ。このまま船を降りてしまうと、ターゲットに関する情報を何も得ていないことになる。アリアドネから香水でももらえるかと思ってたんだが、船倉から出てきてもらったのは失敗だったかな。

 あのまま広間で少し話をするべきだったか。だがそれだとフェードラを15分以上待たせることになるしなあ。

 ただ、今さらあの部分のやり直しは利かない。人工知能だってアリアドネだし、から何かヒントをもらえる可能性が残ってるんじゃないか。

「じゃあ、日本の神話について」

「おや、あなたはアメリカ人なのに、日本の歴史に詳しいのですか?」

「詳しくはないが、昨日たまたま日本人から面白い話を聞いたんでね」

 もちろん、黄泉比良坂のエピソードだ。ついでにオルフェウスとエウリュディケのエピソードとの相似についても言及しておく。アリアドネは適度に聞いてくれた。老人はたいてい自分が話がたるものだが、彼女は違うらしい。

「興味深いですね。私は先ほどの人たちから、そういう話を聞きたかったのです」

 人工知能をも面白がらせるとは優秀エクセレントなエピソードだ。後でナカジマに礼を言わなくてはならない。

「そろそろ帰らせてくれるかい」

「いいですとも。タラップを下ろしましょう。ところでフィーはなぜここにいるのです?」

 どうして今頃そんなことにんだ。

お祖母さまヤヤ、フィーとアーティーは、悪い人たちに捕まって、船倉に閉じ込められていたんです。先ほどの人たちの仲間だと思いますわ」

「まあ、そうでしたか。すぐに船長とソクラテスに報せなければ」

 アリアドネが余計なことを言う。別に報せてくれなくていいよ、ややこしくなるだけだから。

「それから、フィーはアーティーのことを愛してしまったんです。彼女が男性を愛せるようになったのよ。とても素晴らしいことだとお思いになりませんか?」

「まあ、フィーが男性を。ええ、もちろん素晴らしいことだと思いますよ」

 人工知能に愛が解るのか。それに言い方があまり嬉しそうでもないな。そりゃ感情的な物言いをする人工知能ってのも、嘘っぽくていけないが。

「リーア、そんな余計なことをお祖母さまヤヤに……」

「いいえ、フィー、私も素晴らしいことだと思うわ。たとえその愛が成就する見込みがなくても、愛することそのものが尊いと思うの。私もその気持ちが早く解るようになりたいわ」

 妹アリアドネはどうすれば解るようになるかね。もちろん教えてやるのは俺の仕事じゃないだろう。フェードラの役割じゃないか。

 そういえば、香水を作り直すって話はどうなった。フェードラが俺のことをアリアドネに詳しく話して作るんだよな。俺はそれを手に入れなきゃならないんじゃないのか。

 いつできるんだよ。もう最終日に入ってるぜ。今の時刻がよく判らないんだが、あと20時間かそこらしかないはず。

「とにかく、そろそろ退出するよ。ミズ・アリアドネ、

ごきげんようヤー・サス、アーティー、楽しい一時ひとときでした」

 こちらへ、とアリアドネに言われて部屋を出かけたが、廊下の向こうが騒がしい。まさかキャセイ人たちキャセイアンズが戻ってきたのか。



 私が理想の男性の造形について話し終えると、アリアドネは「とても興味深い人だわ。閃きが刺激される」と言って、調合を始めた。

 ベースとなる調合は、既にあると彼女は言っていた。それに何を加えるか。私はいくつかの答えを持っているのだが、彼女と同じになるだろうか。

 私が彼女に伝えたのは、アルテムのイメージ。時に力強く、時に優しく、常に冷静で、決して私の期待を裏切らない。本当ならどれほどの言葉を尽くしても語れないのだが、香水の調合のためだけなら、強調すべき言葉をもって伝えられる。

 アリアドネは、彼女のイメージする調合を次々に試し、私に試嗅テイスティングを頼んできた。最初から筋がよかったが、六つ目の調合で、私は及第を伝えた。

「よかった! 私も素晴らしい香水ができたと思うわ。今までの私にない発想コンセプトで! 私の兄たちとはイメージがかなり違っていたからかしら」

「ではこれをいただくわ。あなたの作った香水として販売しても構わない」

「いいの? でもフィーにも相談するわ。彼女が愛してしまったという男性にも、プレゼントしたいと言うかもしれないから。その場合、他の誰にも知られない方がいいわよね」

「それから、レシピを教えると言っていた二つの香水について」

「ええ、教えてちょうだい」

 実は二つとも、アリアドネがフェードラのために調合したものをベースとしている、と説明すると、アリアドネはひどく驚いていた。

「あれがベースだったなんて! 全く違うイメージで、気付かなかったわ。あなたはスパイカタスコポスなのに、どうしてこんなに香水に詳しいの?」

「私があなたより少しだけ年上で、少しだけ広く世界を知っているからよ、アリアドネ」

「とてもそうは思えないわ。でも、教えてくれてありがとう! あら、もう帰るの?」

「ええ、早朝に約束があるのよ。それから今夜のことは、誰にも言わないでくれると嬉しいわ。あなたの好きなフェードラにも」

「どうしようかしら。もし彼女がこの調合にとても興味を持ってくれたら、話すかもしれないわ。構わないかしら?」

 私は挨拶のビズをしただけで、答えなかった。同時進行の結末がどのように融合するのかは、私も興味がある。しかし私の方の進行が忘れられるのではないかと思う。

 迷路の外まで送るというアリアドネをその場に押しとどめ、広間を出る。彼女の香りを頼りに通路を抜け、船倉を出て、階段へ。

 エレヴェイターの扉を開け、中をケミカル・ライトで照らす。壁に点検用の梯子があった。飛び付いて、それを登る。アリアドネは普段ここを行き来しているのだろう。目が見えないのに。

 レヴェル4にカゴが停まっていた。その屋根に登る。救出口が開いている。昨夜、そこの横に拳銃を隠しておいたが……あった。

 救出口から中へ降りる。扉の隙間に両手をかけて広げる。内側は開いたが、外側が開かない。安全装置で止めているのではなく、扉の外から短い鉄片でビス留めしたのだろう。

 細い隙間を見ていくと、胸の高さあたりに鉄板が見えた。ビスの先端もこちらに出ている。その一つを銃で撃ち抜く。ドアが開くようになった。船員が音に気付かなければいいけれど。

 廊下に出て階段を探す。プロムナード・デッキに上がると、見張りの船員もいなかった。しかしタラップが上がっていた。これでは降りられない。

 その時、船尾の方から廊下を走る音が聞こえてきた。船員? 違った。船員服を着て、船員になりすました男が二人。もしかしたら?

「!!!」

 背の高い方が、キャセイ語キタイスカで叫びながら、私に襲いかかってきた。躱して、腕を掴んで投げ飛ばす。甲板にたたきつけた。失神しただろう。もう一人も躱して、延髄に肘打ちを入れる。床に倒れた。ちょっと強すぎただろうか。しかし死んではいないだろう。

 二人は片付けたが、どうやって降りようか。

 また足音。今度は本物の船員だった。一計を案じ、シーツで作った服を引き裂いて、その場に倒れる。

「大丈夫か!」

 駆け寄ってきた船員が、最初に私を助け起こした。声を震わせて「さっきまで船倉に監禁されていたのです……」と答える。

「隙を見て逃げ出してきたんです。その二人に追いかけられて、ここまで逃げて来た時に、見知らぬ男性が助けて下さって……でもその方は、下へ飛び降りてしまいましたわ」

 話している間に、何人も駆けつけてきた。一人が船縁を見に行った。飛び降りた男を捜しているのだろうが、見つかるはずがない。しかしなぜか皆、私を信用してくれたようだ。そして上級船員の一人が「ゼスピニザ・エレンスカでは」と気付き、電話をかけた。

 しばらくするとソクラテスと船長――肩章で判った――がやって来て、「どういうことです?」と私に尋ねる。

「あなたは降りたと聞いていたのに……」とソクラテスは当惑しながら言った。

「私にも解りませんわ。とにかく、手洗いの中で誰かに襲われて……」

 半分本当、半分嘘を交えて話す。ソクラテスは行方不明になった私とリタを探していたが、しばらくしてある船員が「ゼスピニザ・エレンスカとナイト夫妻は下船した」と伝えてきたので、捜索をやめたそうだ。

「そうするとナイト夫妻も本当は下船していないかもしれないということだ。船長、レヴェル3以下の船員室と船倉の捜索を頼む」

 ソクラテスは船長に指示したが、ほぼ同時に船長の携帯端末ガジェットに電話が架かってきた。船長は二言三言話した後で、ソクラテスに耳打ちする。ソクラテスは一瞬顔をしかめた後で、私に向かって言った。

「医務室であなたの手当てをしたいので、どうぞいらして下さい。私はレヴェル1へ行きますが、途中まで送ります。どうもコンピューター室でトラブルがあったようなのでね」

 もしかして、彼とリタだろうか。シナリオは無事融合したようだ。

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