#17:第6日 (8) 船内捜索

 五つのテーブルに分かれて座ったが、それぞれに傾向があるような、微妙な感じ。俺と同じテーブルには研究者の夫妻が二組。確か“連盟ザ・リーグ”と“評議会ザ・カンファレンス”だ。会議場で見た記憶がある。向こうも俺のことは憶えていたようで、さらには今日我が妻メグがモデルをしていたことも知っており――たぶんそっちの方が印象が強いだろう――、最初から比較的打ち解けた雰囲気。もちろん会話は我が妻メグが適切に仕切ってくれる。

 加えて、テオがいる。俺の右側に座っている。しかし付き添っていたはずのマルーシャとは引き離されて、一人だ。

 他の3兄弟もそれぞれ一人ずつテーブルに着いているが、年齢層が一番高いのがソクラテスのいるテーブルで、そこになぜかマルーシャが座っている。しかもソクラテスの隣に。まるで彼のパートナーのようだ。我が妻メグを指名されなくてよかったとほっとする。

 一つだけ、クロノス兄弟の誰もいないテーブルがある。重要視されていないのは明らかだが、そこに野郎ガイ東洋系オリエンタルがいる。ただし、他の四つのテーブルに囲まれた真ん中なので、そういう点で補完的に格を付けているのだろう。野郎ガイは意外にも社交家らしく、隣に座った他の女性と楽しそうに談笑している。

 ディナーを始める前にソクラテスが立ち、改めて挨拶をする。「国際会議が成功裏に終わったのも皆様のおかげで」などと話し、長めにならないよう要領よく切り上げて、「それでは今夜のディナーをお楽しみいただきたい」と締めた。すぐに前菜とスープが出てくる。手際がいい。

「今日の料理は何スタイルだい、テオ」

 右隣の夫人と話している合い間に、ちょっと割り込んでみる。笑顔で応対していたのだが、そちらの相手はちょっと気が進まない、という感じだったので。

「地中海風と聞いています。でもたぶん、ほとんどの方に食べやすい、イタリアンをメインにするでしょう」

「この船で地中海を動き回っているからか。今夜は出航するのか?」

「その予定はないです。ディナーは2時間くらいで終わりますし、外を見ることもないでしょうから」

 そしてちょっと曖昧な表情で付け加えた。

「それに、船が動いたら僕は酔ってしまいます」

「こんなに大きな船ならほとんど揺れないじゃないか」

 12週前のメキシカン・クルーズで乗った船よりも格段に大きくて、乗船した時から気付いてたが、ほとんど揺れていない。もちろん風もなく波が穏やかなせいでもあるが、船体が大きいとさらに安定するはず。

「そうなんですが、僕は特に敏感で」

「気分が悪かったらすぐに言えよ。医務室へ連れて行ってやる」

 俺の船ではないので立場が逆だが、ジョークのつもり。しかしテオはなぜか恥ずかしそうな表情を見せた。俺に抱きかかえられるところを想像したのかもしれない。

 その後は、また右側の夫人と話し始めた。夫人は三十代後半のようだが、テオの若々しさと初々しさをいたく気に入ったと見えて、盛んに話しかけている。そのせいで俺が割り込みにくいが、我が妻メグが左側の連盟ザ・リーグ研究者と話し、たびたび俺を引き合いに出すので、主にそっちと話すことになった。

 地中海風でイタリアンがメイン、とテオが言ったとおり、トマトとオリーヴ・オイル、そして魚介を使った料理が多い。イタリアンのスタイルどおり、皿の数も多い。我が妻メグは盛んに「美味しいわ!」と喜ぶ。彼女は普段、家で俺にどんな料理を作ってくれているのだろう。それがなぜか。そういうのも、第二仮装記憶に追加しておいて欲しい。

 ところで、料理は満足できるものなのだが、ソクラテスは俺と我が妻メグにツアーのガイドをやらせた件について「埋め合わせをする」と言った。しかしここには俺と我が妻メグ以外の客がたくさんいる。最初から予定していたディナーだろう。ならば、これ以外の“埋め合わせ”が必要であると感じる。それをテオに訊いても知るまいと思うので、訊かない。


 特に何事もなく、2時間ほどでディナーは終了。招待客は三々五々帰っていく。俺と我が妻メグも帰りかけたのだが、ソクラテスに挨拶すると「お二人はこの後も残っていただきたい」と言う。

「少人数で改めて飲み直したいと思っていてね。合衆国流のホーム・パーティーのような感じだ」

 それが埋め合わせか。人数は10人? しかしそれも俺たちだけ特別、という感じではないが、我が妻メグが早々に「喜んでお受けしますわ!」と答えてしまった。もう散々飲み食いしたのに。

 他の出席者は誰なんだろう。ソクラテスの横にマルーシャが立っているから、彼女も招かれてるんだろう。野郎ガイ東洋系オリエンタルは? 姿が見えないな。

 そういや、もう一人の競争者コンテスタント候補の記者ジャーナリストは招かれてなかったのか。嫌みったらしくて、来てたら辟易したろうけど。

「フィー、ナイト夫妻を上に案内しろ」

「はい、ソクラテス」

 テオが返事をして「どうぞこちらへ」と先導する。「フィー」って何だ。テオのニックネームだろうが、テオプラストスという名のどこにフィーと呼ばれる要素があるのか。

 レストランを出て、エレヴェイターに乗る。そこで「出席者は他に誰だ」とテオに訊いてみる。

「すいません、聞いてないんです。ディナーの後にこんなのをすることも、さっきまで知らなくて」

 そういえばディナーの終わり頃に、ウェイターがテオに何か囁いてたな。あの時に知ったのか。

「しかし君は同席するんだろう?」

「もちろんです」

 エレヴェイターを降りると、テオは「先にこちらをどうぞ」と言い、ホールから外のデッキへ俺たちを連れ出した。そこからイラクリオンの夜景が見える。船の最上部は11階相当の高さなので、結構広い範囲が見渡せるようだ。

「まあ、素敵!」

 我が妻メグは喜んでいるが、無秩序に光の島が広がっている感じで、それほどの景色でもない。

 それに俺は仮想世界に来てから、何度も夜景を見ている。一番最近はブダペストかな。それよりはドイツ近郊の架空の国で、山から湖越しに見た夜景が一番印象的だった。

 ああ、それから、トレドでマルーシャと見たなあ。あの時は頭を空っぽにして、ただ眺めてただけだけど。

「とても綺麗だわ。そう思うでしょう?」

 デッキの手すりにもたれながら夜景を見ていると、我が妻メグが身を寄せてきながら言う。日が落ちてから気温が下がったらしく、肌寒い感じだ。

 寒い時の夜景というのは身を寄せ合いながら見るのが楽しいのは解っているが、この状況では肩を抱くわけにはいかない。何しろ、左側に我が妻メグがいるが、右側からもテオがなぜか身を寄せてきている。なぜこんなサンドウィッチになっているのかと思う。

 そうして10分ほど夜景を眺めてから、中に入る。展望バーのようになっていて、そこに何人か来ていた。マルーシャ、アリストテレス、初老の男とその夫人らしき女、それと若い綺麗な女。

 初老の夫妻は全く見憶えがないが、テオが「アテネ工科大学建築学科のミハリス・ダフェルモス教授夫妻です」と紹介する。今回の世界会議の事務局長。そういう身分ならオープニング・セッションで挨拶くらいしているはずだが、どうして憶えがないのだろう。

 代わりに、若い綺麗な女は見憶えがある。どこのブースか忘れたが、プロモーショナルモデルだったはず。さすがに名前は知らなかったが、「ゼタ・パパゲオルギオウです」と笑顔で自己紹介。

 少し遅れて、ソクラテスがまた若い綺麗な女を連れてきた。たぶん彼女もプロモーショナルモデルだろう。ファースト・ネームのヴァシリキは聞き取れたが、ファミリー・ネームが難しすぎた。

 とにかくこれで10人揃ったが、席を勧められる時になぜか我が妻メグと離ればなれになり、俺の横にはゼタが。「会場で会いましたよね?」と、魅力的なギリシャ訛り英語で人懐こく話しかけてくる。

 改めて訊くと、クロニスのブースでモデルを務めていたとのこと。道理で容姿が一級品だ。カクテル・パーティーにでも着るような藤色ウィステリアのシフォン・ドレスで、深い胸の谷間と形のよい脛を露出させている。普通のステージならキー・パーソンかと思ってお近付きになりたいところだ。

「ドクターはどこの研究施設の? まあ、合衆国の財団ザ・ファウンデイション! ええ、もちろん知ってるわ。ブースも少しだけ見たの。あの赤い車が置いてあったところでしょう?」

「休憩時間に他を見て回ったのか」

「ええ、そうしなさいって言われていたの。でも言われなくてもするわよ。他のブースも参考になるものね。でも財団の展示はとても楽しそうだったから、よく憶えてるわ。あそこは確かエフゲニアの担当だったわね。私、彼女ととても仲がいいのよ」

 話しながら、他の状況を観察する。我が妻メグはソクラテスとアルキメデスのところにいて、そこにはマルーシャもいる。テオは教授夫人と話している。そして教授はもう一人のモデルに何やら一生懸命説明中だ。

 俺にゼタをあてがったということは、ソクラテスに何か狙いがあるのだろうが、何だろうか。まさか我が妻メグを奪おうとしているのか。

「まあ、ではあの車は、ドクターが考えた理論で走っていたの?」

「正確には映像の中の他の動きの制御だよ。あの車の動きに合わせて、他の車や歩行者の動きがどう変わるか……」

 我が妻メグのことは気になるのだが、ゼタがあまりにも聞き上手なのでつい話し込んでしまう。やはり彼女は一流のモデルで、知的好奇心も十分に持ち合わせているようだ。

 それだけでなく、カクテルを頼んではぐいぐいと飲み干してしまう。俺にも「美味しいから飲んでみて」と勧めてくる。食事の時からアルコールは一滴も口にしていないので――我が妻メグはいつもどおり飲んでいて、今も飲んでいるようだが――グラスに唇を付けて飲んだふりだけしていた。

 シミュレイターの説明どころか、その元になる『2.5次元』の論文の概要まで解説する。モデルが論文に興味を持つとは思えないのだが、解ったふりではなくテオ並みに質問までしてくるので、侮れない。


 気が付くと11時半を回っていた。そして我が妻メグがいない。ソクラテスにアリストテレス、そしてマルーシャもいない。

 ゼタとの議論を中断し、テオのところに行って、4人はどうしたと訊く。テオもいなくなったことに気付いておらず、驚きの表情を見せた。

「外に景色でも見に行っているのでは……」

「さっき君と一緒に見に行ったじゃないか」

「それはそうですが」

 もう一度ゼタに断って、我が妻メグを探しに行くことにした。まず外のデッキへ出てみたが、いない。他のフロアはどうなっているのか判らないので、いったんバーに戻り、テオに訊く。と、そこへソクラテスが戻ってきた。我が妻メグがどこへ行ったか尋ねる。

「ゼスピニザ・エレンスカと一緒に手洗いレストルームへ行ったんだよ。しかしなかなか帰ってこないで、私も見に行ったんだが、ルームにいないんだ。もう15分ほどになるが……」

 船の中で行方不明なんて、そんなことがあるかよ。「船員に命令して探させている」とソクラテスは言うが、心配なので俺も探しに行く。しかしまずデッキ・プランを聞いてからだ。

 デッキは全部で11層。

 今いるのがレヴェル11で、一つ下のレヴェル10はフィットネス・ルームやスパ、プールがあったのだが、改装時に閉鎖した。廊下以外は入れない。

 レヴェル9はオフィス。元のスイート客室などを改装した部屋が並んでいる。クロニス兄弟の寝室もある。

 レヴェル8はその他の従業員の寝室で、ほぼ元の客室のまま。ただし使っていない部屋がたくさんある。

 レヴェル7も客室だったが、閉鎖していて、エレヴェイターは停まらず、階段からも出入りできない。

 レヴェル6は劇場やサロンがあったが、ここも閉鎖中。

 レヴェル5が、レストランのあったプロムナード・デッキ。タラップを上がると入れるのもここだ。

 レヴェル4は医務室と船員用の部屋が並んでいる。

 レヴェル3も元は船員室だったが、閉鎖中。その下は倉庫あるいは機械室。

 我が妻メグが用もないフロアを見に行くとは思わないのだが、プロムナード・デッキまで下りてみることにした。そこより上は、ソクラテスに探してもらう。

 エレヴェイターで下へ。アリストテレスはどこへ行ったんだ、まさか彼が我が妻メグを、などと考えながら、エレヴェイターを降り……

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