#17:[JAX] 尾行者の自己紹介

  ジャクソンヴィル-2066年1月2日(土)


 6時40分に起床。今日は移動日。インディアナポリスへ向かう。しかし午後からだ。夕方かもしれない。正確な時間を憶えていない。……ということにしている。それがマギーのオフィスへ行く理由の一つ。

 着替えて来客に備える。ところが7時5分前にチャイムが鳴った。いつもなら時計の秒針を見ながら押したんじゃないかと思うほど正確に7時に鳴るのに。

 たぶん何か事情があるのだろうと考え、ドアには向かわず、インターフォンで返事をする。

「ハロー。どちらさんフー・イズ・イット?」

おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト。マーガレット・ハドスンです。今朝は朝食を作らないことにしていたのです。昨夜、お伝えするのを忘れていました」

 それはわざわざ訪問して言うことなのか。電話してくれれば済むことなのに。だって訪問するからには、たとえマンション内でドアの前までとしても、着替えて化粧したに違いないんだぜ。

おはようモーニン、マギー。了解した。ベスたちもまだ帰ってきてないからね。君一人で俺の部屋に入るのは、もちろん問題があると思うから、構わないよ。わざわざ来てくれてありがとう」

「予定よりも早くお起きになったのではありませんか?」

 いつも5分前より後に起きてると思ってるのかよ。そんなはずないだろ。

「いつもと同じだよ。しかし気遣ってくれてありがとう。君は今日も出勤だよな。後で君のオフィスで会おう」

「了解しました。ではまた後でシー・ユー・レイター

 インターフォンが切れた後、耳を澄ましてみたが、ドアの外から足音は聞こえなかった。どんな服で、どんな靴を履いてきたのかは、ちょっと気になる。ドアを開けて顔を見た方がよかったかな。

 久しぶりに一人きりの夜を過ごしたろうから、人恋しくなっていたかもしれない。しかしあと2時間後に顔を合わせることになってるのだから、さほど気にすることではないか。


 時間調整をしてから、スタジアムのレストランへ。例のコックが見守る中、鶏ささ身とアスパラガスの炒めを皿に山盛り載せる。コックが満足げな表情をする。その他の物も取ってテーブルに着くと、マギーが俺の前に立って、「おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト」。そうか、ここでも会うんだった。

おはようモーニン、マギー。たまには俺の前に座って食べるかい」

「いえ、間もなくHCヘッド・コーチのミスター・ブルックスがいらっしゃいますから……」

 奴が同席したって一向に構わないんだけどな。マギーとはどうせ当たり障りのない話しかしないんだし。

 マギーが去ると、しばらくしてその予言どおり、ジョーが現れた。皿に載っているのはクロワッサンにデニッシュにコーンフレーク。炭水化物、炭水化物、炭水化物だ。タンパク質はミルクだけ。

おはようモーニン、ジョー。新メニューの鶏ささ身炒めは食べないのか」

「チキンは好かない」

「苦手を作るのはよくないな。チキンがダメだから、レイヴンズにも勝てないんだぜ」

「シーホークスには勝ったさ」

「来年はイーグルスやファルコンズと対戦するんだっけ?」

「来年のことより明日のことだよ。スペシャル・プレイの用意はどうなった?」

アルバレス親方マスター・アルバレスから聞いてないのかよ」

「やらせる側よりやる側の仕上がり感を聞くのは当然だろう」

「それも親方マスターに言ったよ」

「できるんだな?」

「ブレットもやりたいってよ」

キッカーが何をするんだ。投げるのか」

 ブレットは練習するだけして親方マスターに言ってないのかよ。スナップ、ホルダーが持って走る、キッカーにバック・トス、キッカーがフォワード・パス、と説明する。

「誰が捕るんだ」

エンドウィングに決まってるだろ」

「だからそれは具体的に誰なんだ?」

 FGフィールド・ゴール隊形では両エンドにラインメン、両ウィングTEタイト・エンドを入れる。捕るのがうまいのは当然TEタイト・エンドだから、ブライアン・ローンかカイル・ウィルコックスのどちらか。

「まだ決めてない。何しろ昨日練習を始めたばかりだからな」

「明日に間に合わないじゃないか」

「来週には間に合わせるよ」

 ジョーは細い目をさらに細めた。そんなに呆れることはないだろう。ブレットはまだ15ヤードを投げるのがやっとで、狙いなんか定まらないんだぜ。それにスペシャル・プレイはそれなりの時間をかけて用意するものだよ。


 朝食の後、また適度に時間を潰してから、マギーのオフィスへ。9時ちょうどの2回ノックから一連のプロトコルを済ませて話しかける。

「今夜はベスたちが帰ってくるが、土産スーヴェニールは頼んだかい」

「買ってきて下さるとおっしゃっていましたが、私からは指定しませんでした」

「そうか。じゃあ、俺が予想しよう。C・J・オルソンのドライ・フルーツ」

「ドライ・フルーツがお好きなのですか」

「そういうわけではないが、砂糖がたっぷり入った菓子よりは健康的だろう。きっと俺にも買ってきてくれるに違いない。が、残念ながら入れ違いでインディアナポリスだ。代わりに受け取っておいてくれ」

「了解しました」

「ところで君は明日行くのか?」

 明日のゲームは昼1時キックオフ。ジャクソンヴィルを朝に出て、ゲームを見て、夜に帰ってくることが可能だ。4時間のフライトで往復という強行軍だけれども。

 ただ、シーズン終盤はフレキシブル・スケジュールによって時間が変わる可能性があった。注目度の高いゲームを昼から夜に変更、つまりSNFサンデー・ナイト・フットボールとして全国放送するのだ。

 シーズン前半に低迷していたジャガーズが躍進し、プレーオフがかかっているから、変更されるのでは、という予想もあったが、そのままに据え置かれた。

「そうです」

「朝はベスたちに見送ってもらいなよ」

「そういう約束になっています」

「何か心配事でも?」

「いえ……」

 マギーの表情が冴えないのはずっとだが、俺がインディアナポリスの話を出してから微妙に表情が変わったように思う。気のせいだろうか。

「そうか、それなら……」

 インティアナポリスで待ってるよ、と言おうとしたら、マギーがメモ用紙に何か書き始めた。言うと、つまり盗聴されると困るようなこと?

 差し出してきたメモ用紙には「Same schedule as the PR fixer.(広報PRフィクサーと同じ行程です)」。ジョルジオ・トレッタと同じ飛行機に乗って、スタジアムへ行って、帰ってくる?

 奴が君を秘書代わりに使おうとしているのか、それとも単にこちらから行くのは全員ツアーで一緒というだけなのか。

「後でスタジアムのシート番号を知らせてくれ。ゲーム中にそちらを気にしておく」

「了解しました」

「もちろん、君以外にも何人か行くんだよな」

「はい、そう聞いています」

 ジョルジオと二人きりとかだと心配だが、そうではないと信じておこう。


 午後から空港へ。バイクモトではずっと後ろを気にしていた。どうも昨日から、誰かに跡をけられている感じがする。

 もっとも、昨日はアパートメントとスタジアムを往復しただけだし、けられたとしてもほんの短い時間だ。見張られていたということもないだろう。

 あるいは、意外な場所でサイモン・マックイーンという探偵と話をしたからかもしれない。それで人目があるような気がしているだけなのか。

 空港の駐車場にバイクモトを停め、国内線のチケット・カウンターへ行ってチェックインする。チャーター機なのにチケットやチェックインが必要なのは奇妙だが、要するに座席の指定と人数カウントがやりたいだけだろう。座席はともかく、遅刻しそうになる奴というのは、必ずいる。

 チェックインするとラウンジが使えるのだが、俺はあまり好かない。昼食はスタジアムで済ませてきたし――また例のを皿にたっぷり盛ってコックを喜ばせてやった――雑誌を読みたいわけでもない。そもそもラウンジの書架にはスポーツの雑誌なんて置いてないんだ。

 なので、搭乗時刻まで空港の中をぶらぶらする。とはいえ、ジャクソンビル国際空港はものすごく狭くて、チェックイン・カウンターやショップがあるウィングが一つと、搭乗ゲートが並ぶウィングが二つ。それらがY字につながった構造をしている。

 セキュリティー・ゲートを通ってしまうと、チャーター機の搭乗客は直ちに専用待合室へ行かなければならないので、うろうろするとしたら、今いるウィングだけ。コンコースAという名が付いている。

 それとて、前に来た時にどこもかしこも行き尽くしてしまった。なので、秘密の通路がないか探す……のだが、そんなものがあるわけない、という気もしている。あったって警備員が見張っているに違いない。

 そしてこの空港は残念ながら、飛行機の離着陸を眺められる場所、いわゆる展望デッキというものがない。いくら発着便数が少ないとはいえ、ジャクソンヴィルにだって航空ファンくらいいるはず。搭乗まで暇を持て余すフットボール・プレイヤーのためだけではないので、作ってはどうかと思う。

 しかしそれを言う相手もおらず、ただ何となくぶらぶらとコンコースを往復する。サングラスをかけているからといって、怪しい人物には見えないだろう。かけているのはフットボール・マニア――俺の顔を知っているようなジャガーズの熱狂的ファン――に見つかるのを避けるためであって、他意はない。

 もっとも普段はサングラスなどかけずスタジアム周辺をうろついていても、ファンから声をかけられることなど一切ないわけだが。

「ハロー、ミスター」

 しかしなぜかこうして声をかけられることもある。しかも女から。こんなに構造が簡単な空港で道を訊く奴はいないと思うから、どういう目的なのか知れたものではない。

 金髪ブロンドをアップにまとめた、質素な感じの女。いや、髪は染めてるのかも。顔も地味なら服装も地味。町のどこにいても気付きそうにない。もし声を発しなければ。

何か用ワッツ・アップ?」

「インディアナポリスへ行くんじゃないの?」

 なぜそれを知っている。まさか俺がジャガーズのプレイヤーだと気付いたのか。

「まだどこに行くか決めてないんだ。これからチケットを買う」

「チャーター便は直行だから羨ましいわ。私と夫はアトランタで乗り換えなきゃならないの」

 話が噛み合ってないが、暗に「嘘をつかなくてもいいわよ」と言われてるんだな。しかし夫はどこだ。姿が見えないが。

「ジャガーズのファンかい。ゲームを見に行くのか」

「見るのは私だけなの。夫はさらに乗り継いでシカゴへ」

「君の夫はフットボール・ファンじゃないのか」

「私もフットボールはよく知らないんだけど、あなたのこと見張らなきゃいけなくて」

 何だと?

「見張り……君、探偵?」

 見張りをする探偵が自己紹介なんかするのかね。間抜けだが、それを訊く俺も間抜けだよな。

「いいえ、探偵は私の夫よ。私、リン・マックイーン。よろしく。ホテルもあなたと同じところを予約してあるわ。ああ、部屋まで押しかけるつもりはないから安心して」

 マックイーン! サイモンの配偶者パートナーかよ。見張りを宣言するなんて、それもサイモンの入れ知恵か?

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