ステージ#16:終了

#16:バックステージ

 暗闇の中で輝くビッティーの姿を見て、改めて思う。彼女にイースター・エッグ機能は付いていないのだろうか。例えばファティマが作ったレジーナのように、デートに誘えるとか。

「ステージの結果について、クリエイターからのコメントをお伝えします」

 もっとも、彼女の姿はメグであって、性格がビッティーであるメグをデートに誘うと、俺の方がどうしていいか迷うことになるかもしれない。

 などとつまらないことを考えながら、評価を聞く。今回はきっと、厳しいだろう。

「今回のステージでは多くのキー・パーソンズから出される要望にことごとく対応したため、ターゲットに関する調査の時間が取れなかった。特に、最重要キー・パーソンに対する接触が少なかったことにより、情報の導出ができなかった。キー・パーソンの選択と集中が必要である。また、ステージ中の最重要イヴェントに関する調査も少なかった。重要度の低いイヴェントに時間を割きすぎないよう注意すべきである。最終盤、ターゲットが特定できるようになってからも、獲得のための行動を起こさなかったことについては、警告を与える。なお、ステージ中に獲得したゲームの賞金については没収する。以上です」

 うん、何を言われてもそのとおりだねと納得するしかない。

 最重要キー・パーソンはもちろんイザドーラ・パリスのことだろう。彼女からは何も引き出せない気がして、早々に見放してしまった。

 そして最重要イヴェントはカーニヴァル。ステージ中で、カーニヴァルについてはさんざん話題になっていたのに、カーニヴァルやサンバスクールの詳細、サンボードロモについて何も調べないなんて、おかしすぎる。自分で調べなくても、アイリスに調べてもらうことだってできたはず。

 重要度の低いイヴェントは、ゲームだよな。参加する必要性は、マヌエラから情報を引き出すためか? 彼女とサンバの関係がもう少し早く判っていれば、ターゲットがカーニヴァルに関係していると気付くのも早まったはずだ。プレイの方は、あそこまで真剣にやることはなかった。

 それにしても、重要でないキー・パーソンズが多かったなあ。カリナ、巡査部長、ハファエラ。それにファティマもそうだろう。ずいぶん時間を使わされた。議論やデートを断っていたら、もっと時間があったに違いない。

 次からは気を付ける。そのために、我が妻メグを連れて行かなければ。

「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」

「ターゲットであるセットトップ・ボックスを盗み出すだけじゃなくて、そこに仕込まれたイースター・エッグを起動する方法を知らなければ、獲得したことにならない、という推定はあってるかい」

「はい、そのとおりです」

「セットトップ・ボックスを盗まず、それが置かれたところでイースター・エッグを起動するだけでも、獲得扱いになる?」

「なりません。退出ゲートにおいて電源を投入し、イースター・エッグを起動した状態で確保を宣言する必要がありました」

「それは、退出しようとしたときに裁定者アービターからそうするよう指示が出る、ということでいいのか」

「はい、そのとおりです」

「俺が退出するまで、他の競争者コンテスタントが獲得や確保をしたという連絡が、君からなかったんだが、もしかしてセットトップ・ボックスを盗んだ奴は、イースター・エッグを起動できなかったのか」

「お答えできません」

「そもそも、盗んでいい理由が解らないが」

「仕様外の機能が入った機器は、正しく試験をすれば不具合があると見做されます。ですから、そのような機器を納入するのは誤っているのです」

「なるほど。イザドーラが可哀想だが、そのとおりだな」

 ソフトウェア開発の動作試験では、仕様どおりに動くことを確認すると同時に、仕様にない動作をしてはいけない、という確認試験もある、と聞いたことがある。特定の順にボタンを押すと、仕様にない機能が発動する、というのは、仕様を作った側、つまり発注者からしてみれば、バグ以外の何物でもない。

 機能としては面白いので、俺なら許すが、他の奴ならどうかな。ブラジル人はおおらかだから許す奴が多いかもしれないが、バグであるとして受け付けない奴もいるだろうなあ。

「他に質問はありますでしょうか」

「レジーナという人工知能が、君とそっくりの声だったんだが、何か理由があるのか」

「特に意味はありません。特定の高さで、抑揚が少ないと、同じ声に聞こえるという錯覚だと考えられます」

 そうかな、錯覚とは思えないくらい似てると思うんだけど、次に同じような声を聞いたときにはもっと注意してみようか。

「ステージ内の大学や研究所で説明を受けた研究は、実際に行われているものなのか?」

「全て2045年時点で行われている実際の研究です」

「研究者はみんな実在している?」

「採用するアヴァターの関係で、容姿や性格が違っていることはあります」

 やはりそこはシナリオによって調整するんだ。

「他に質問はありますでしょうか」

「今回はスポーツをしている女が多かったように思うが、シナリオ的に何か意味があるのか」

「多くありません。あなたに関係したキー・パーソンズでは二人だけです」

 そうか? カリナと巡査部長と……ああ、確かにそうか。ブラジリアン柔術とカポエイラ。スサナは競争者コンテスタントだった。朝のランニングに絡んだイヴェントが多かったので、それこそ錯覚したよ。

「オリヴィアやウィルやフィルは急に大金持ちになったことで、逆に不幸になったりしないだろうか」

「お答えできません」

「マヌエラはサンバスクールに戻れるだろうか」

「お答えできません」

「巡査部長……アンゲラはエンリケ氏の恋人になれるだろうか」

「お答えできません」

「カリナは本当にe-Utopiaを辞めるつもりだろうか」

「お答えできません」

「ハファエラは美と愛についての思索を続けられるだろうか」

「お答えできません」

「ベチナは最後、空港で俺を待ち伏せていたんだろうか」

「お答えできません」

「ファティマはレジーナをヴァージョン・アップして、別のイースター・エッグを仕込むだろうか」

「お答えできません」

「アルセーヌとオーレリーの現実世界での仕事は何だったんだろう」

「お答えできません」

「アイリスは他の宿泊客に対してもあんなにやる気がなさそうな態度なんだろうか」

「お答えできません」

 そのわりには、与えた仕事はちゃんとこなしてくれてたけどな。

「よし、次に行こう」

「それでは、アーティー・ナイトは第17ステージに移ります。ターゲットは“アリアドネの糸”」

 それはギリシャ神話に出てくるあれか。いや、たぶんそれに模した何かなんだろうけど。

競争者コンテスタントはあなたを含めて4名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターとの通信が可能です。指定の時刻に、指定の場所において、腕時計に向かって呼びかけて下さい」

 毎晩、11時から1時の間、海が見えるところで。どうして通信できるところは、海や川など水に近いところが多いんだろうか。

「ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出して下さい。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言して下さい。装備の変更は、金銭の補充以外、特にありません。前のステージであなたが入手した装備は、ゲームで獲得した賞金以外、継続して保持できます。賞金については先にお知らせしたとおり没収です。次のステージでの、パートナーの使用について選択して下さい」

「今回も使用する。ただし、同伴で」

「了解しました。パートナーのアヴァターは、現在あなたの前にあります。造形を補正しますか?」

「外見の調整は必要ないんだが、一つ質問がある。年齢の設定を変えることはできるか?」

 我が妻メグは俺より年上だが、とても若作りで俺より年下に見える。それはいいとして、設定された年齢を、見かけに合わせることができたりするのではないだろうか。

「年齢は変えることができません。記憶の調整が必要になるためです」

 なるほど。年齢を下げようとすると、過去の記憶を省くか圧縮しなければならなくて、そこに矛盾が生じる可能性があると。

「では、身長や体重や髪の長さ以外に変えられるところは? 例えば肌のつやをよくするとか」

 今でも我が妻メグの肌のつやはいいのだが、これ以上よくなるのなら、彼女のためにもした方がいいと思う。

「肌質の調整はできません。サンプリング時のものが継続します」

 つまりずっと今のままであると。まあ、これから何年も一緒に過ごすわけじゃなし、目に見えて劣化することがなければそれでいいか。

 もう一つ、脱毛について聞きたいのだが……やめておくか。

「では、変えることはない」

「造形の補正を終了します」

「鞄と荷物は同伴者が適切に詰めてくれると思っているが、その理解で合っているか?」

「はい。ただし、同伴者の荷物は、あなたの装備には含まれません。ご注意下さい」

 何か区別があるんだろうか。さらに次のステージへ行くときの装備と関係している? でも、これからたぶん、ずっと同伴を選ぶぜ。女のキー・パーソンにしつこくつきまとわれるのは不利だと判ったからな。

 ただ、たとえ我が妻メグがいたとしても、美人のキー・パーソンは登場して、誘惑してくるんだろうけどさ。

「装備の変更は省略します。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

「肩書きのことについて尋ねてくれないが、財団研究員から変更することもできる?」

「できますが、同伴者の記憶の再調整が必要なので、性格に影響が及ぶ可能性が考えられます。変更しますか?」

 やっぱりそういうことか。我が妻メグと一緒にいる限り、俺は財団の所属でいるしかないよな。NFLプレイヤーの肩書きも使ってみたいが。外国へ行くのは余暇の旅行という名目ばかりになって不自然だろうし。

「変更しない。ただし訊いておきたいが、次のステージでも出張の扱い?」

「はい、そのとおりです」

 昼間、仕事をするときに、我が妻メグをどうするか、考えないといけない。しかしそれは、始まってから相談ということで。

「よし、始めよう」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

 ディレクターズ・チェアからゆっくりと立ち上がる。アヴァターが寄ってきて、並びかけた。一緒に行くときは、こうなるのか。

「ステージを開始します。あなたの幸運をお祈りしますアイ・ウィッシュ・ユア・グッド・ラック

 いや、待てよ。一緒に行くのに「行ってらっしゃいハヴ・ア・ナイス・トリップ」みたいな突き放したことを言うんじゃないって。

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