#16:第6日 (19) [Game] 夜の草原

「ヘイ、ガスパール、服を脱げ」

「“あかし”の確認? しかし、僕はまだあんたたちから依頼を受けてない」

 後ろ暗いところがあるくせに、偉そうだな。

「しかし、エスペランサに依頼したら、受けてくれたぜ?」

「姉と僕では、依頼の方法が別だ。あんたたちの注文は?」

 待て、そんな情報はないぞ。農夫から聞いた合い言葉は、エスペランサだけのものなのか?

 エスペランサの顔を見る。

「ガスパールへの依頼の言葉は、聞いたことがありません……」

 済まなそうな表情で答えたが、もしかして君ら、今まで誰からも注文を受けたことがないんじゃないのか?

 それはさておき、どうすればいいんだ。

「セボラ、合い言葉は他にないのか?」

 密談モードでウィルに話しかける。

「ないよ。僕も今聞いて、驚いてる。B.A.、コエリーニョ、何か知ってる?」

 二人から「ノーナン」の返事。オリヴィア、バーの女マスターは何か言ってないのか。

「聞いてないわ。今から行って、訊いてこようか? そろそろバーが開く時間なのよ」

 いや、待て。ちょっと思い付いたことがある。

「ヘイ、ガスパール。俺たちが注文を言ったとして、地図も石板も持ってないお前が、どうやって依頼を受けるつもりだ?」

「そ、それは……」

「だいたいお前、困ってるのを助けてもらったからって、教授に地図と石板を渡したんだろ。そのせいで、案内者の役割が果たせなくて、困ってるじゃないか。俺たちが取り返してやったら、その礼として、依頼を受けるよな?」

「ガスパール、断るなら、取り返してもらった地図と石板を、私が使うわ。そうすれば私一人でも、案内ができるもの」

 ありがたいことに、エスペランサが加勢してくれた。教授のさっきの態度で、うさん臭いと思ったのだろう。

「無理だよ。僕の地図には、僕にしか読めない言葉が書かれている。エスペランサ、君には使いこなせない」

 うまく逃げやがった。結局、追加で情報集めが必要だな。しかし、それほど時間をかけられないぞ。絞り込まないと。

「コエリーニョ、女が店番をしてる店がいくつかあったろう。雑貨屋と、本屋と、薬屋だったはず。そこで訊いてみてくれないか」

 エスペランサの合い言葉は、初老の農夫が知ってたんだ。じゃあ、ガスパールの合い言葉は、中年婦人か老婆が知ってるだろう。

了解エンテンディ!」

 オリヴィアの姿が消え、しばらくして「Incoming Call」。何だ、また交換条件を出してきたのか、それともミニ・ゲームか。

「ハンニバル、カカオ豆持ってる? 薬屋のおばあさんが、大好物だって」

 入れ歯じゃないのかよ。カカオ豆なんて食って大丈夫か?

「アイテムにあるから共有する」

ありがとうオブリガード!」

 そしてまたしばらくして「Incoming Call」。それを聞きながら、ガスパールに注文する」

「クリオージョ種のカカオ豆で作ったココアを」

「味付けは?」

「ビター」

 ガスパールが、渋々という感じでシャツをはだける。確かに、右胸に蝶の形の痣があった。エスペランサのより一回り大きい。

「この上、俺たちが地図と石板を取り返したら、どうあっても案内してもらうぞ」

「解ってる。ちゃんと責任は果たすよ」

 そんなこと言いながら、どうして嫌そうな顔をしてるんだ。依頼者は中年で小太りで十人並みの器量の女がよかったのか。

 オリヴィアが戻ってきたら、地図と石板を奪還する相談。まず、教授の居場所をどうやって突き止めるか。

「それより、まずはガスパールに案内してもらって、住んでた洞窟の場所を確認してからじゃないの。そうすれば地図が詳細化できる」

 ウィルのその意見はもっともなのだが、それにどれくらいリアル・タイムを要するかだな。教授が見張っていて、また邪魔をしてくるかもしれない。そうしたら余計な時間を消費する。

「じゃあ、夜中まで待っていよう。相手だって、寝ないわけにはいかないよ。でも僕らは……」

「それはそうだが、何か音の出る仕掛けをして、人が近付いたら起きるようにしているかも」

 ガスパールに訊く。確かに、そういうものがあるらしい。町の連中が、夜中に来てそれに引っかかったこともあるそうだ。そんなことをしてるから、“逃亡犯”だの“脱獄囚”だのという噂が立ったのだろう。

「じゃあ、どうするのさ」

「何かまだ、情報が足りないんだよ。奴の素性に関するものとか」

「噂ならたくさん聞いたけど、何のヒントもなかったじゃないか」

「あの姉妹、この後来るんだろ。それまでに新しい情報を集めるかもしれない」

「なるほど。ヴァーチャル・タイムが経過したり、場所が変わったりすると、状況が変わるってことね。他に有力な情報はなさそうだから、待つことにするよ。9時だっけ?」

「それまでに、キャンプをする洞窟を決めておかないと。何も用意がなかったら、彼女たちが残念がる」

 岩場の入り口に近いところにも洞窟がいくつかあるようだから、その中からよさそうなものを選ぶことにした。寝袋の用意はないが、どうせこのステージは“キャンプに適した季節”が選ばれてるんだろうから、洞窟の中で寝れば凌げる、ということにしても問題ないだろう。


 ヴァーチャル・タイムの9時前。月は出ているが、草原にはもちろん灯り一つない。岩場の入り口に、目印として枯れ枝にライトを付けたのを立ててある。姉妹はこれを目印にしてくる予定。

 遠くにちらちらとライトが揺れる。ゲームの中の光景だが、よく再現していると思う。その外にもう一つ大きいゲーム空間があるんだけれども、今のところ忘れておく。

 少女が二人で来るのを、どうして迎えに行ってやらないのか? それはこっちにも都合というものがあるから。

ヘイオーイェ!」

 女の声がした。姉妹のどちらかは判らないが、だいぶ近付いてきた。こちらからも「ヘイ!」と答える。小さな歓声が聞こえた。暗い草原を渡って怖い思いをしたので、安心したか。

 しかし突然、ザーという砂をこするような音がして、草を踏みながら走る音がして、「アーイ!」という悲鳴が聞こえた。

「ヘイ、どうした!」

 声をかけて、ライトの方へ近付く。しかしそれは揺れながら、そしてときどき見えなくなりながら、岩場の壁の方へ移動する。くぐもった悲鳴も聞こえる。どうやら二人のうちどちらかが、誰かに捕まったらしい。

「ハハハ! 女は預かっていくぞ。君、名前は何と言った、ハンニバルだったか?」

 教授ことヘンリー・ジェームズ5世の声。なぜ俺の名前を知っているのかと思うが、そういえば夕方に岩場で、フィルが俺の名を呼んだんだった。

 しかしその声は、どこから聞こえてくるのかよく判らなくなった。

「教授か! どうしてここへ」

「言ったろう。僕はこの岩場の道をよく知っている。そして洞窟もね。そこを通って、君たちの様子を見に来た。そうしたら都合よく、獲物がこちらの手に飛び込んで来たというわけさ」

「イレーヌをどうするつもりだ?」

 捕まったのがイレーヌかどうかはよく判らないのだが、彼女の方が小柄だし、捕まえやすかったと思うので、そういうことにしておく。

「交換条件に使わせてもらうよ。明日朝6時、私が拠点にしている洞窟の前に、エスペランサと二人で来たまえ。もちろん、彼女に地図と石板を持たせて。その時にこの少女を返そう。時間より前に来ることも、他の者を連れてくることも許さん。解ったかね?」

 時間はともかく、ガスパールが俺と切り離せなくなってるんだよな。蝶の痣を見たら、そうなってしまったんだろうか。だからエスペランサと二人だけで行くのは無理。

「イレーヌが無事であることを保証しろ!」

「もちろんだとも。私は暴力が嫌いでね。しかし暴力で挑んでこようとする輩には、対抗しなければならない。では、明朝」

 俺がいつ暴力を振るおうとしたって? それとも人数が多いと奴にとっては暴力に見えるのかね。

 それはともかく、ヴァネッサとイレーヌだよ。厄介なことに巻き込んじまって。

「ヘイ、ヴァネッサ!」

ヘイオーイェ、ハンニバル!」

 ライトがよく見えなくなった辺りから、声がした。やはり連れ去られたのはイレーヌだったようだ。

 ところで俺って彼女に名前を名乗ったっけ。それともオリヴィアが教えたという設定になってるのか。

「誰が一緒にいる?」

「私よ、コエリーニョ!」

 オリヴィアが一緒か。これは手筈どおり。で、ウィルとフィルは。

「ヘイ、セボラ! ヘイ、B.A.!」

 返事は聞こえない。代わりに、どこか遠くから悲鳴のような声が聞こえた。女ではなく男。あまり聞きたくない種類の声だ。しかしすごい反響だな。やはり洞窟の中か。

 再び、ザーと砂をこする音。それから走る足音が、反響を残して消えていった。岩山の上にいたB.A.が、洞窟へ入って行ったと。

 入れ替わるようにして、暗闇からヴァネッサの姿が浮かび上がってきた。俺が持っているライトを見つけて、走ってきたようだ。

「ハンニバル、怖かったわ!」

 映像的にはがっしりと抱き付かれているんだが、俺の方に全くその感覚がないのが困りもの。

「OK、ヴァネッサ。怖いことに付き合わせて申し訳ない。感謝するよ」

「イレーヌは大丈夫かしら?」

「もうそろそろ戻ってくるだろう」

 言っている間に、男の怒号が聞こえたきた。教授だな。普通に話しているときはクールな口ぶりなんだが、状況が悪くなると言葉遣いまで悪くなるのか。

「おい、お前ら、汚いぞ! 待ち伏せなんかしやがって!」

 声のする方へライトを向ける。後ろ手に縛られた教授の姿が見えた。その後ろにウィルとフィル。ロープの端を持ったウィルの得意そうなことよ。

「夕方にあんたが、この岩山をよく知ってると自慢してたんでね。こっちが何も知らないんじゃ不利だから、この近くだけ調べたんだ。そこに見張りを立てておいた。キャンプならよくやることだろ?」

 滑り降りた跡がたくさん付いている岩の壁や、足跡がたくさん付いている洞窟があるんだ。用心しない方がおかしいだろ。

 それにガスパールが盗聴器を持たされているというおまけ付き。ヴァネッサとイレーヌが来ると教授に知られてしまった。それならきっと何かしに来るだろうと思うのが当然じゃないか。

「ハンニバル、怖かったわ!」

 ありゃ、イレーヌまで抱き付いてきた。君、悪い奴に誘拐されるかもしれないぜってオリヴィアが言ったら、乗り乗りだったらしいじゃないか。それとも何かひどい目に遭ったのか。恥ずかしいところを触られたとか。

「礼なら君を助けてくれた二人に言いなよ」

「もう言ったわよ! ヴァネッサ、どいてったら。私の方が怖い目に遭ったんだから!」

 ええい、二人ともどけ。俺はこれから教授に話があるんだ。

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