#16:第6日 (18) [Game] 岩の上のプロフェッサー
とりあえず、その考古学者の名前を聞いておこうか。
「ヘンリー・ジェームズ5世。ただ、普段は
他のステージでもそうだったが、敵役はだいたい教授を名乗るよな。権威の象徴か。
「住み処の洞窟を、地図で示せるか」
ウィルが入手している紙の地図を見せて、示してもらおうとしたが、あいにく町より北は、草原も岩山も湖も森も、概略図しかない。おまけに岩山は迷路のように入り組んでいるので、まずそれを図に起こしたいところだが、ガスパールは通り道を憶えているものの、全体的なことがあやふやで、「左、右、左、右、右、右」という道順しか判らない。男のくせに地図が苦手でどうするか。それで森の案内役が務まるのかよ。
「セボラ、コエリーニョ、その洞窟に心当たりはあるか」
「僕はないね。そんな奥まで見に行ってないよ。手前の方だけでもわんさと洞窟があるのに」
「私も」
「ガスパール、今の時間、教授はそこにいるか」
「昼は遺跡を探検しているけど、僕が食料を持って帰る頃には洞窟へ戻ってるはず」
「君がこのまま戻らなかったら、彼はどうすると思う?」
「日が落ちるまでは、何もしないだろう。食料もまだ数日分はあるので、僕のことは探しに来ないかもしれない」
「君、今までに、洞窟へ戻らなかったことは?」
「いや、日付が変わるまでには必ず……」
そんな遅くまで、何をしてるんだよ。まさか、支援者の女といいことをしてるんじゃないだろうな?
「ハンニバル、どうやって彼の地図と石板を取り戻すか、考えようよ」
ガスパールの行状に全く興味を持たないウィルが言った。
「まず洞窟へ行くことだな。話し合いを試みる」
「拒否された場合どうするかを、先に考えておく方がいいんじゃ?」
「どこかへ誘い出すしかないと思うが、それには岩山の迷路を憶えておかないと」
「僕とコエリーニョは、手前の辺りだけは詳しく調べたんだけどねえ」
確かに、地図の一部に通れそうな道筋と、洞窟の場所が描き足されている。その中に、東へほとんど真っ直ぐ延びる道があって、その突き当たりを左へ折れ、以下、右、左、右……と行くらしい。途中までたどってみようと思うが、全員で行く必要はないよな。
道案内にガスパール、俺と切り離せないエスペランサは行くとして、もう一人。ウィルだな。
「任せてよ!」
「B.A.とコエリーニョは、もう一度町で情報収集を頼む。ガスパールと会ったことで、状況が変わっただろうから」
「
二人と別れ、4人で岩山の迷路へ。隊列が、俺、ガスパール、エスペランサ、フィルという順序になった。
東へ進むのだが、進路としては真っ直ぐでも、岩山を登ったり下りたりしないといけない。要するに、谷を通るとか、低い尾根を越えるとか。
白っぽい岩が多い。察するに、石灰岩だろう。つまりここはいわゆるカルスト地形。石灰質を多く含む地層が、水で浸食されて、こんな凸凹の岩山ができたのだ。いや、ゲームの中に、そういう地形を設定したのだ。だから洞窟は鍾乳洞。
もしかしたら、ケンタッキー州のマンモス・ケイヴのように、巨大な地下洞窟が……違うな、ダンジョンは北の山にあるという想定だっけ。ここにそんな広いエリアを設定したら、時間がなくなるよ。
左右を見ると、別の谷や尾根、そして洞窟があるが、それらが何となく一定間隔に並んでいるように見える。だからここもグリッド様に動けるのではないかと思う。洞窟に入ったらアイテムを拾える、とかいう設定はないのかね。まあ、もうしばらく後にするか。
300ヤードばかり進んで――
100ヤード進んで、右へ。また100ヤード進んで、左へ。またまた100ヤード進んで、右……なのだが、このまま真っ直ぐ、つまり北の方へも行けそうへ。
ガスパールに訊いてみる。北へ行くと、遺跡があるのでは?
「そうなのかもしれないけど、僕は行ったことがなくて」
頼りにならない奴。
さて、ここからは右、右、右と3回曲がるのだが、方角に変換しておいた方がいいと思う。最初からそうしてみると、
東へ300ヤード(右へ)
北へ100ヤード(左へ)
東へ100ヤード(右へ)
北へ100ヤード(左へ)
東へxxxヤード ※距離不明(右へ)
南へxxxヤード ※距離不明(右へ)
西へxxxヤード ※距離不明(右へ)
ついでに簡略図にしてみようか。
□□□□□□□□
□□□□→→↓□
□□□→↑□↓□
→→→↑□■←□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
こんな感じかな。この程度を地図で描けないなんて、ガスパールはどうかしてるぞ。
ともあれ、東へ。しかし、100ヤードばかり進んだところで、どこからともなく「
スペイン語のステージなのに遠慮なく英語を話すのは、イングランド人か合衆国民に決まっている。おそらく、教授ことヘンリー・ジェームズ5世だろう。さて、どこだ。
「ハンニバル、あっちだ」
ウィルが右手の岩の高みを指差す。ひときわ突出した高い岩の上に、夕日を横から受けて、男が立っていた。50ヤードほど離れているか。
オリヴィアが仕入れてきた情報どおり、ジャケットにスラックスという姿。紺の布地が、夕焼けに赤く染まっている。ジャケットの下に白いシャツを着ているが、ネクタイは締めていない。遺跡を調査に来た考古学者が、どうしてあんな姿をしてるかね。
「ガスパール、一緒にいる淑女は、君の姉か」
男がよく通る声で言う。顔半分に赤い光を受けて、影ができているせいか、顔つきが判りにくい。鷲鼻で、鋭い目つきで、40歳くらいに見えるというだけだ。
「そうだ。エスペランサだ」
こら、ガスパール、それを言うな。先に注意しておけばよかった。
「他の二人は誰だ」
「彼女の依頼人だ。彼らも、森へ行きたがっている」
だから、それを言うなと。俺が指摘する前にウィルが「あんた、ちょっと黙っててよ」とクレームを付ける。
「私の調査が終わるまで、他の者の立ち入りは拒否させてもらうよ」
「そんな取り決めがどこにあるんだよ!」
こら、ウィル、お前も黙れ。ゲームの中のNPCに口論を挑んでどうする。相手のシナリオは、ディベイトなみに揃ってると考えていいんだぜ。負けるに決まってるだろ。
「取り決めはない。だが、私は断る。理由はそれで十分だろう」
ほら、理由にならない理由を持ち出してきた。ここからは俺が話す。
「断るのは構わないが、案内にはエスペランサとガスパールが揃う必要がある。見てのとおり、こっちには二人とも揃っている」
「違うね。二人の持っている地図が揃う必要があるんだよ。私がその一つを持っている。そして石板もだ」
「それをこっちに渡してもらう条件は?」
「そんなものはない。逆に、エスペランサの持っている地図と石板をこちらへ渡してくれる条件を提示しても構わないよ」
「食料が必要だろう。洞窟に籠城するつもりか? 何日で干上がるかな」
「必要ないね。森で食料と水を手に入れることもできるんだよ。遺跡は屋根が落ちているところが多くて、雨露を凌げないことさえ我慢すればいいんだ。めったに雨は降らんがね。そして君たちは森の中のどこに遺跡があるのか知らないだろう?」
「ここにいれば、森へ行くことを阻止できるさ」
「あいにくこの岩山も僕は詳しくてね。ガスパールが知らない道も、たくさん知っている。地上の道だけじゃない、洞窟を通り抜ければどこへ出られるかも、全部知っている」
俺たちがここへ来るのも、ガスパールの帰りが遅いことから察知して、どこかで見張ってたってわけか。他の条件を考えないと。
「交渉の続きは明日にしよう」
「結構だとも」
岩の上から、男の姿が消えた。俺たちがこのまま引き返さず、ガスパールの案内で洞窟への道をたどっても、どこか別のところで見張っているか、あるいは俺たちの知らない通り道を使って逃げてしまうだろうな。
というわけで、いったん退却。だいぶ日が落ちてきた。しかしそれはヴァーチャル・タイムの話で、リアル・タイムではあと1時間ほどある。その間に、教授と決着を付けることになるだろう。やれやれ、今日のゲームは本当に長い。
「ハンニバル、どうやってあいつの地図と石板を奪うのさ」
岩場の入り口、ジャガーの岩のところまで戻って来たら、ウィルが言った。お前も何か考えろよ。
「寝込みを襲うのは無理だろうな。たぶん今夜は、ガスパールも知らないところへ行くに違いない。岩山のエリアは広くて、全部調べ上げるにはかなり時間がかかる」
「そうでもないよ。地上の道は、そんなややこしそうじゃなかったじゃないか」
「問題は洞窟だよ。もっと複雑で、本当に迷路のようになってるかもしれん。しかも平面じゃなく3次元的に。それとも、今日の残り時間を全てその調べに費やすか?」
「それはよくないな。僕は今日中に、北の森まで行けると思ってたんだ。でも遺跡があるのなら、そっちも調べないといけないだろうし」
「それには、奴が作っている資料も奪う必要があるだろう。遺跡までの道や、遺跡について調べたことが書いてあるに違いない。それとこの岩山の、洞窟も含めた詳しい地図も」
話し合っているうちに、フィルとオリヴィアが町から戻ってきた。「新しい情報が出て来たわ」とオリヴィア。
「ガスパールに食料や何かを提供してたのは、“10時”のバーのマスターだったわ。女性よ」
それは若い綺麗な女なのか。え、違う? 中年で小太りで十人並み、香水がやたらときつい? ガスパールはそういうのが好みなのか。いや、それはどうでもいいとして。
「それから、“逃亡犯”について、例の姉妹が町の中の噂を集めてたわ。聞いた相手は、子供ばっかりらしいけど」
フランス人で、医者で、詐欺師で、胸に蝶の刺青があって、殺人犯で、終身刑を受けて、町の東の刑務所が閉鎖されるまで収監されていて、刑務所の隠し事業である偽札作りに関わっていて、別の刑務所に移されて、そこから逃げ出して、遺跡に隠された偽札の印刷機を探している。
何だか、いろんなフィクションの要素が混ざり合ってるように思うんだが、子供の噂だからなのか? イングランド人とか教授とかいうのは全くないじゃないかよ。
ガスパール、これらの噂に何か心当たりは。
「いや、全く……それに、蝶の刺青があるのは……」
そうだ、それを確認するのを忘れたよ。エスペランサが、お前をガスパールだと言ったから、信用してたけどさ。
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