#16:第6日 (17) [Game] もう一人の管理者

 東の岩場へ向かう。途中でいろんな方向を試したが、東西南北どこへも行き放題。この草原はグリッド状に動けるらしい。もちろん、フォワードバックワードレフトライトのコマンド移動ではなく、実際にもっと自由な動き――斜め方向とか――ができるだろうが、そこまで試す時間はない。

 ところで、コマンド移動のときにはアヴァターが俺の後ろに一直線に並ぶのだが、俺の直後にエスペランサがいる。彼女は最後にパーティーに加わったのに、どういうことなのか。意味があるのかないのか。まあ、気にしないでおく。

 岩場に到着。ここから町へは、当然、北西方向。グリッド上を動けるとして、ルートは幾通りもあるのだが、斜めに動けないので“最短経路”は存在しない。

 しかし、最初に通るところといえば今いるグリッドと、その西隣と南隣しかない。そこでまず“靴跡”を探す。今いる付近を俺とエスペランサで見回り、南をフィル、西をウィルとオリヴィアに頼む。この時ばかりはコマンド・モードでなく、普通に歩く。

「どんな靴跡を探すのでしょう?」

 エスペランサが戸惑っている。ちなみに彼女はオリヴィアと組ませようとしたのだが、"Prohibited"というメッセージが表示されてしまい、俺とペアにせざるを得なかった。別ステージのNPCではこんなことなかったのに、いったいどういう制限なのか。

「形は判らないが、同じのがたくさんあるはずだ。この岩場と町を頻繁に行き来するのは、彼だけだろうからね」

「やってみます」

 そう言いつつも彼女は、俺から1ヤード以上離れることはなく、つきまとうかのように動き回る。あたかもよく馴れた飼い犬の如し。蝶なんだけどなあ。

 5分ほどで、フィルから"Incoming Call"。「見つけました」。さすが。全員で彼の元に集まる。部分的に緩やかな窪地になったところがあって、一番低いところの地面が湿っており、そこにいくつもの靴跡が残っているのだった。その跡の前後を補間すると、やはり岩場から町へ一直線に――つまり斜めに草原を横切って――往復していることが判った。

 この近くで男を待ち受ければいいと思うのだが、念のために待ち方を再検討する。彼が町へ向かうときと、岩場へ戻ってくるときと、どちらがいいか。そして、夕方まで他のことをするか、それとも何もせずひたすら待つか。

「そりゃもちろん、岩場へ戻るときだよ。岩場から来たときに声をかけて、引き返して逃げられたら、どこかの洞窟に飛び込んで見つからなくなるかもしれない」

 ウィルが当然と言わんばかりの口ぶり。なるほど、戻ってくるときなら、声をかけて怪しまれても、町の方へ戻るはずはないと。

「でも、エスペランサがいるんだぜ。逃げるかな」

「勝手に島から出て行ったんだろう? 今さら合わせる顔がないと思ってるんじゃないの」

「弟の性格なら、おそらくそうでしょう。出て行く前は、私の言うことを聞かなくなっていましたから」

「何だろうね。反抗期? 弟って歳はいくつなんだ」

「いや、ハンニバル、それたぶん関係ない」

 そうかな。彼女の言い分をもう少し聞いておいた方がいいような気がしたんだけど。じゃ、次は夕方まで何かすることがあるか。

「キャンプの場所を訊いてきた少女たちがいたわよね? 川中島じゃなくて、こっちでキャンプするって言っておく方がいいんじゃない?」

 オリヴィア、そんなこと、よく思い出したな。やっぱり彼女たちは放っておいてはいけないNPCなのか。

「食べ物も水もテントもないぜ。どうやってキャンプするんだ」

「食べ物は少しだけ買ったわよ。それに男が持って帰ってくる食料もあるだろうし、水は洞窟の中にもあるんじゃない? 泊まる場所は洞窟。怖い物好きな少女たちなら、きっと平気よ」

 なるほどねえ、刑務所に興味を持つような性格だからなあ。よし、町までひとっ走り行ってくるか。ああ、でも、エスペランサが。

「私が行ってくるわ。岩場の西端に、巨大なジャガーが伏せたみたいな、ちょっと面白い形の岩があるから、そこを待ち合わせ場所にしておく。時間は彼女たちに合わせるってことで」

 オリヴィアの姿が消える。こういうときに“待つウェイト”をしても意味がないので、待ち伏せの配置を決めておく。岩場の方と町の方と、2方向から挟むように待てばいいだろう。岩場の側に俺とエスペランサとフィル、町の方にウィルとオリヴィア。

 1分ほどでオリヴィアが戻ってきた。

「9時にしたわ。彼女たち、すごく楽しみにしてるみたい」

 親に黙って抜け出してくる? いいのか、それで。

 とにかく、夕方まで待つ。ただし、4時まで、5時までといった待ち方をすると、その間に男が通り過ぎてしまうかもしれないので、早送りのごとく短時間の待ちを繰り返す。「1分待つウェイト・ワン・ミニット」「1分待つウェイト・ワン・ミニット」「1分待つウェイト・ワン・ミニット」……

 こうして見ていると、草原にはちゃんと風が吹いて、草が揺れてるんだなということが判って面白い。

 日が落ちて、西の空が赤くなり始めた頃に、岩場の方から若い男が歩いてきた。もちろん、向こうに気付かれないような位置に、俺たちは隠れている。エスペランサに、あれが弟か、確認してもらう。

「はい、確かに弟のガスパールです! 髪も服装も乱れて、みすぼらしくなっていますが……」

 焦って声をかけないよう、我慢してもらう。俺も顔を見たが、ハンサムではあるものの、エスペランサに似ているとは思えない。ひ弱そうな身体の動きが男らしくないというだけで。

 さらに待つ。30分ほどで、南の方で待っているウィルたちから連絡が入り「今、目の前を通過した」。こちらで目視できたら飛び出していって、進路を塞げばいいわけだ。

 2回「1分待つウェイト・ワン・ミニット」して、さっきの男が視界に入ってきた。ウィルたちと示し合わせ、隠れ場所から出て、ガスパールの行く手に立つ。ガスパールは明らかに動揺しているが、もちろんエスペランサを見たからだろう。

「ガスパール!」

 エスペランサが声をかけると、ガスパールは振り返って逃げようとしたが、そちらも塞がれているのに気付き、手にしていた荷物を放り出して、東の方へ走り出した。そちらは岩山が壁のように立ちはだかっているのだが、どうするつもりか。むしろ、西へ逃げられると広いので厄介だと思っていたのだが、そっちは湖があるので行きにくかったのかも。

 岩山まで来ると、フォワードではなく「登るクライム」のコマンドを使わねばならなかったが、無事追い付いて、ガスパールを下に引き戻した。草の上にガスパールが力なく座り込み、その横にエスペランサが膝を突く。こうして並べてみても、顔が似ているようには思えないんだがなあ。

「ガスパール、あなたが島を出て行った理由は、聞かないことにするわ。ただ、戻ってきて、管理者としての役割を務めて欲しいだけなのよ」

「エスペランサ、僕は島に戻らなくても、管理者をやるつもりがある。僕に、案内を依頼している人がいるんだ。だから、君をこっそり呼び出そうと思っていた。でも、湖へ近付くのが怖くて」

「まあ、ではその依頼者は、あなたとここで一緒に住んでいる人のこと?」

「そうだ。イングランドから来た考古学者。ただ、蝶の森へ行く前に、ここの北の森の遺跡を調べている。だから、君を呼びに行くのに、もう少し余裕があると思って、つい先延ばしを……」

「ここの北に遺跡があるなんて、町では誰も知らなかったよ、ハンニバル」

 ウィルが密談モードで話しかけてくる。そうなると、その考古学者とやらにも話を聞く必要があるな。俺たちの肩書きと被ってるぞ。

「では、その方も一緒に案内する方がいいのかしら。私にも、依頼者がいるのよ。あなたの周りにいる4人がそうなの」

 ガスパールが顔を上げて、俺たちを見回す。このバラバラな外見のパーティーが、彼にはどう見えているのか。

「僕の依頼者は、一人で行くことを希望するだろう。僕はどうしたらいいんだろうか?」

「まずは、その方と話し合いましょう。どこにいるの?」

「洞窟だ。中にとても綺麗な水の湧くのがあって、そこに滞在しているんだ。もう1ヶ月ほどになる」

「では、皆でそこへ行きましょう」

「いや、他の人を近付けちゃいけないと言われてるんだ」

「なら、あなただけが戻って、その方をここへ連れてくればいいわ」

「それは良くないな。彼を一人で行かせると、引き留められて、戻って来ない可能性があるよ」

 ウィルが横から口を挟む。もちろん、俺も同じことを考えた。ただ、ガスパール一人だけではダメで、森へ行くにはエスペランサも必要だから、相手は何らかの交換条件を提示して、エスペランサを引き渡すように要求するだろう、と思う。

 それをどうやってこちらに伝えるか? まあ場所が場所だし、岩山の上から大声を張り上げるのでも、投げ文を寄越すのでも。

「そこへ行くんじゃなくて、離れたところから考古学者を呼び出すことはできるかい」

「ない。緊急事態だから、逃げろという合図があるだけで」

 なぜ逃げなきゃならない。考古学の研究で来てるんじゃないのか。

「逃げる先が決まってるんじゃないのか。あるいは、戻ってきていい合図があるとか」

「逃げ先は、この北の森の中。たぶん、遺跡内のどこか。場所は判らない。戻る合図は、少し東の高い岩山の上で、火を焚くんだ」

 岩山の上で火を焚くって、別のステージでもあったじゃないか。まあ、あれは合図じゃなくて、灯りとしてだったが。

「地図と石板タブレットはどこに」

「彼に預けている。おそらく、ずっと持ち歩いてるはず」

「まあ、ガスパール、どうしてそんなことを。案内するときでも、地図とタブレットを誰にも渡してはいけないと決まっているのに」

「僕が島から逃げ出して、生活に困っているときに、助けてくれたんだ。だから、礼として渡すしかなくて」

「取り戻すには、その男と対決が必要だよ、ハンニバル」

 また密談モードでウィルが言う。

「そいつは協力者になりそうもないか」

「これはゲームだよ。僕らと同じ物を狙ってるNPCは、敵対者に決まってるじゃないか」

 まあ、そうなんだろうな。しかし、その対決はスポーツのミニ・ゲームじゃ済まないはずだぜ。ひとまず、そいつと会うにはどうするか、が問題だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る