#16:第6日 (16) [Game] 蝶の森の管理者
「ハンニバル、待ってる間に少し聞き込みをしたんですがね」
教会前で待っていたフィルが言う。それより、刑務所の鏡の後ろに何があったか、まだ聞いてないぞ。
「ありがたいな。それで?」
「ここは、本当に孤立した集落だということが判りました。ただ、島中みんな親戚とかいうんじゃなくて、結婚相手は島の外から迎えるようです。でも南の町じゃなく、もっと遠いところから連れてくると」
「町に、島や森の情報が流れないように、用心してるんだろうな」
「ゲームなんだから、完全に孤立した集落ってことにしてもいいと思うんですがねえ」
「俺なら、集落の住人は全員、蝶が化けてるってことにするね」
それはともかく、民家のカフェをもう一度訪れて、中年婦人に「ラバード・フィーノをイタリアーノで」と頼む。
「あいにく、その豆は切らしておりますわ」
「豆は持ってきたよ。これで淹れてくれ」
「まあ、ありがとうございます! この豆が手に入ったときは、教会へ報告することにしていますの。ご一緒にどうぞ」
またしても予想しない答え。「
しばらくしたら扉が開いて、若い美形の女が顔を覗かせた。アヴァター・カリナ? いや、もっと年少だな。妹のベチナよりもまだ下。17、8歳くらいか。カリナを高校生にしたような感じ。
修道女かと思うが、服は白いゆったりしたガウンのようなもので、
謎の言葉でやりとりをして、中年婦人がコーヒー豆をその美形に渡す。美形が「どうぞ」と言うので、中に入る。中年婦人は入ってこなかった。
せせこましい廊下を、美形の後に付いて歩く。後ろから見ているのに、プロポーションの良さが判る。このゲーム、会話より美人の顔やプロポーションの再現に力を入れてるのでは?
薄暗い部屋に入る。狭いキッチンの壁際に、質素な木のテーブルと、椅子が2脚。その椅子に、勧められて座る。美形を正面から見るが、やはり圧巻のプロポーション。胸の大きさがカリナ並み。いや、おかしいだろ、若いのに、これは。
しかし、フィルは気にしてなさそうだし、俺がそういうところばかり見るのがいけないのかなあ。
「粗末なところで申し訳ありません。それで、あなた方のご注文は?」
美形が訊いてくる。笑顔でなく、不安そうなのが気になる。ここで「
「ラバード・フィーノをイタリアーノで」
「挽き方はいかがなさいますか」
ついに来た。
「
「少々お待ちください」
美形は部屋を出て行った。“
「おそらくあなた方は、蝶の森の管理者としての私に、ご用があるのでしょう。私の名前はエスペランサです」
こちらも一応名乗る。ハンニバルだ。肩書き? そんなものは必要ないだろう。
「ですが、私は管理者として、半分のことしかできません。残りの半分は、弟が担っているのですが、彼は勝手に島を出てしまったのです。どこにいるのか判りません」
ああ、解った。次はそれを探すんだな? フェアリー・パターンってのはこういうことか。
「一応、管理者としての
横からフィルが口を出す。んん、何だ、それは。町で聞き込んだ情報か? すりあわせのときには、言わなかったよな。
「もちろん、ご覧に入れます。ただ、森へ入るまでは、隠していなければなりません」
どういう設定でそうなっているのかはよく判らないが、見せてもらう。エスペランサがチョーカーを外すと、首の左側に蝶の形をしたタトゥーが付いていた。さすが、蝶の森の管理者。
え、タトゥーじゃなしに、痣? それも生まれつき? それが管理者になる資格? そこはさすがにゲームだな。
「ということは、君の弟も同じ蝶型の痣があるのか」
「はい。場所は首ではなく、右の胸ですが」
彼女の痣が胸になくてよかった。
「それはそうと、森を案内してもらえるかい」
「それには、弟を探さねばならないのです。私が持っている地図だけでは不完全なので」
「どこにいるか、当てはあるのか」
「ありません」
まあ、ゲームなんだから、ゲーム・エリア内にいるだろ。それほど広くないに違いない。
「ところで、
密談モードにして、フィルに訊く。
「刑務所ですよ。例の鏡です。外したら、後ろに日記から破り取られたページが1枚隠されてて」
「そこに管理者のことが」
「ええ、島に渡る方法を知らないのに、どうしてそんなことだけ知ってるのかって感じですけどね。それはそうと、彼女に確認することがもう一つあって」
「判った、お前から訊いてくれ。それと、そのページを共有して」
「
密談モードを終了し、フィルがエスペランサに訊く。
「神殿の中へ入りたいので、
「まあ! どうして
いやあ、エスペランサ、そういうことを正直に言っちゃダメだよ。特定の人しか知らないことを訊かれたら「そんなものは存じません」って答えなきゃあ。
で、フィルが共有してくれた日記のページを見ると、絵が二つと、ほんの数語の単語だけ。
絵は……今の話を聞いて理解できたのだが、これは男と女の“胸から上の図”なんだな。男の方は胸に、女の方は首に、蝶型の――といっても三角形を二つつなぎ合わせた形――マークが書いてある(▷◁)。その上に"Administradores"とあって、これはおそらくスペイン語だが、英語とほぼ同じだから判る。“
下には別の単語。"tabletas x 3"。これも、“
ただ、こう書いてあるだけで、これらが揃うと何が起こるかは、さっぱり解らない。日記が破れているからに違いない。
「我々は、過去の調査資料を入手したんですよ。心配する必要はありません。資料は極秘のものであるのは理解していますし、秘密は守ります。我々は遺跡と神殿を保全するために来たのです」
フィルがエスペランサに“説明”する。こんなの、絶対言い訳だ。今、適当にでっち上げたのに違いない。俺が考えた“チーム紹介”の一部が取り入れてあるのは、さすがだけどな。
「そう言われても、私はどうやってあなたたちのことを信用すればいいのでしょう?」
「まず、あなたの弟を一緒に探します。たぶん、悪い男に捕まっているのに違いありません。我々が助け出せば、信用してもらえるでしょう。もちろん、その後で彼と相談してもらっていいですよ」
「では、弟を探すまでの間、あなた方に協力することにします。今はまだ地図はお見せしませんし、神殿の在り処もお話しできません」
「もちろん、それで結構です」
言ってから、フィルが俺の方を見る。後は任せるって? さて、何のことだろう。女に信用される役目は、オリヴィアに回したいんだけど。
「……ということは、
「そうさせてくださいますか。申し訳ありません。まだあなた方を信用できないものですから」
「構わないけど、俺たちと一緒に、弟を探しに行ってくれるんだよな」
「はい、それはもちろん」
じゃあ、すぐに行こう。時間はどんどん経過する。さて、どこへ行こうか。
「ハンニバル、そりゃ東の山か岩場しかないですよ。そうじゃなかったら、何のためにあのエリアがあるのか判らない」
フィルが密談モードで話しかけてくる。
「まあ、そうだろうな。とりあえず、“オリジン”へ戻るか」
出掛けるのに何か準備がいるか、エスペランサに訊くと、「仮面を持って参ります」という返事。また部屋を出て行ったので、“
「古くからのしきたりですので……」
ゲームの世界でそれを言われるとどうしようもないな。とりあえず、ウィルたちに連絡し、エスペランサをパーティーに加え、“オリジン”へと飛ぶ。
ウィルとオリヴィアに、エスペランサを紹介する。さて、彼女の弟に関する情報は。
「弟さんって、あなたに顔が似てるのかしら」
いきなりオリヴィアから質問。
「ええ、よく似ています。とても優しい顔つきで、ときどき女性と間違われることも……」
本当に? ラテン系でそれはないと思うなあ。まあ、ゲームの中だから何でもありなのは理解してるけどさ。
「ふーん、とはいえ、仮面をしてるから、町であなたを連れ歩いて、似てる男を見たことあるかって、探せないものねえ」
さりとて、仮面を着ける前の顔を写真に撮っていても、それを人には見せられないよな。そのために顔を隠してるんだから。
「それに私、町へ行ってはいけないことになっていますから」
「そのために、島にこもってるんだものね。いいわ、他の方法を考える」
そして、東の岩場の“逃亡犯”二人組のことを話す。そのうち一人が、エスペランサの弟かもしれないと。
ところで、もう一人はどんな奴なんだ?
「町で聞いた話だと、中年の男性ね。背が高くて痩せていて、岩山に住んでるのに、ジャケットにスラックスっていう姿ですって。それでいて岩の上を、ジャガーのように自由に飛び回るってのよ。月の明るい晩に、岩山を見に行った人が、見たって。どこまでが本当なのか、よく判らないんだけど」
「夜に行くとその男に会えるのか。夜行性かい」
「それは判らない。でも、もう一人の若い方は、夕方なら会えると思うわ。夕方に町外れまで来て、食料や何かを受け取るのよ。もちろん、町の物好きな女たちが、あら失礼、気の利いた女性たちが、ハンサムな若い男性をこっそり支援してるんでしょうね」
「今日の夕方も会えそう?」
「たぶん。ただ、会う場所までは誰も教えてくれないから、探す必要があると思うけど」
「男女の逢い引きを邪魔するのは無粋だから、岩場から町の方へ行く道を見張ろう。道筋は決まってるだろうし、靴跡の一つくらいは残ってるに違いないさ」
俺の勘では、フィルがそれを見つけるだろう。何しろ、探し物はめっぽう得意だから。
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