#16:第6日 (14) [Game] タイルの暗号

 他のファイルも調べたいところだが、時間がない。しかし、扉付きキャビネットがあるので、この中を覗いておきたい。錠は……コンビネーション・ダイヤル錠? しかも数字じゃなくてアルファベット。珍しい。

 さあ、数字ならぬキーワードはどこで入手するのか。所長室で見つけた、あの紙に書いてある名前の一つ? しかし、この大きさの錠だと、ディスクはせいぜい3枚だぜ。3文字の名前なんて、あるかね。

 ここでまたフィルから"Incoming Call"。今度は何だ。

「独房に暗号みたいなのがあって」

「写真でも撮っといてくれ」

「今、解かなくていいですかね?」

「解いたら、その独房のどこかに何か隠してるってのが判る、ってことなら必要ありだ」

「それは判別できないです。写真を共有するんで、一目だけでも見て下さい。他の二人にも連絡しておきます」

 すぐに写真が共有化された。2枚。洗面台と、その下のタイルを拡大して撮ったもののようだ。


   │ │ │ │ │ │ │ │ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │A│ │ │ │14│ │ │ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │ │5│ │ │ │ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │6│3│ │ │2│ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │ │ │ │ │ │Z│

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │ │ │ │ │ │ │


 こんなの、簡単すぎるだろ。だが、答えを教えてやるのはもう少し後だ。こっちはコンビネーション・ダイヤル錠の鍵文字キーワードを探さないと。

 しかし、また"Incoming Call"。今度はウィルからだ。

「ハンニバル、あと10分あるけど、早めに戻ってきてくれないかな。ラムを入手しないといけなくて」

「俺の持ってるカシャッサじゃだめなのか」

 共有してるから、俺に断るだけで自由に使えるはずなんだが。

「銘柄が指定されてるんだ。で、それを入手する方法も判ってるんだけど、あんたの力が必要なんだよ」

「経緯を簡潔に説明してみな」

 ウィルの説明。川中島へ調査に行ったところ、湖のことをよく知る農夫を発見した。“森の管理者”のことも聞き出せたのだが、湖へ渡るには島から船を呼ぶ必要がある。その方法は、というところで農夫は口を閉ざし、「この先は高級ラムをくれたら話す」と言う。

 町へ戻ったがスーパー・マーケットにはなかった。店主に訊くと、バーならどうかと言われた。2軒ともまだ開いていなかったが、どうにかマスターを探し出すと、一人が「店にある」と言う。

 しかし、普段でもそれは客に飲ませない。バスケットボールのフリー・スローで勝負して、勝った客だけに飲ませることにしているのだ、と……

「僕とオリヴィアが何度か勝負したんだけど、さっぱり敵わなかった。でも、あんたなら勝てるって思ったのさ。ほら、マチュ・ピチュの石投げで、完璧に命中させたろう?」

 お前らの方がゲームに慣れてるくせに、どうして照準サイトが下手なんだろうな。

「もう少しだけ待て。その間に、コエリーニョと町で聞き込みの続きでもしてな。ほら、さっき言ってた」

了解エンテンディ

 さて、コンビネーション・ダイヤル錠。普通にやると、組み合わせは26の3乗で17576通り。全部試すのは愚の骨頂。所長室へ探しに行くか。

 しかし、たった3文字なんだから憶えやすくて、どこかへメモしておくということはないんじゃないか。メモは、普段金庫を開けない奴が、忘れないためにやるもんだ。ほとんど毎日、金庫に触る奴は、メモなんて必要ない。

 だとしても、簡単な言葉であることは間違いない。そしてきっと蝶に関係しているだろう。Morphoモルフォの頭3文字で試してみる。これは外れ。蝶を意味するスペイン語は……何だか知らない。フランス語なら知ってるんだがな。

 蝶の色はどうだろう。青はスペイン語でazulアスールだったかな。違った。じゃあ、金。doradoドラドがそのはずなんだが、それはさすがにストレートすぎる。oroはどうだ。

 "The safe has opened"

 開いたよ。運がいいなあ。扉を開く。おお、何だ、これは。石板?

 何やら絵のようなものが描かれた、半フィート四方の石板が、優勝盾を飾るが如く、立てて置かれていた。なんでキャビネットの中に飾ってるんだよ。おかしいだろ。

 しかし、これはきっと遺跡に関係しているな。そこから持ってきたのか。じゃあ、遺跡へ到達する道も判ってるんだ。もちろん、石板は入手しておく。

 それから、フィルに連絡。

「5分前だが、セボラに呼ばれたので、先に戻る。お前は後で戻ってきていい。それから、さっきの暗号だが」

「もう判ったんですか?」

 いや、見た瞬間判った。ただし、その意味は判っていない。

「"espejo"という単語を知ってるか。スペイン語だ」

「それは知りませんが、ポルトガル語で似た単語というと、エスペーリョですかね?」

「独房に鏡があるのかい。まさか」

「いや、ありましたよ。そこは他と違って設備がよさそうなところで。模範囚の房だったのかな。鏡を調べてから戻ります」

 研究室を出て、橋を渡って、町中へ。ウィルがいたのは、“4時”のバーだった。やけに背の高い男が隣にいる。そいつがマスターだろう。

 褐色肌で、ウェイヴのかかった黒髪を後ろでまとめている。顎鬚が濃い。身長は7フィートくらいありそう。だからバスケットボールで勝負なのか。

「ハンニバル、説明してる時間は少ないんだ。ミニゲームって解る?」

 ウィルが“密談モード”で言う。

「ゲーム内ゲームのことだろ。だいたい解る。ルール説明の間は、リアル・タイムも止まってくれるのか?」

「残念ながら、それはない。フリー・スロー5本勝負。こっちが先攻。5本ずつ終わって同点なら延長サドン・デス。これで解るよね?」

「了解だ」

 大男からボールを受け取る。「ドリブル」と呟くと、ちゃんとボールがドリブルされる。なかなかよくできている。ゴール・リングは? 建物の横か。へえ、こんなものがあったとは、さっきは気付かなかったぞ。どうでもいいことだが。

 コマンド・モードにして「照準サイト」を出し、「計量ウェイイング」……あれ、ボールの重さが表示されない。ああ、解った。「ドリブル」だ。QBクォーターバックも、ボールを持てば重さが判るが、投げればもっとよく判るからな。バスケットボールならドリブルってことだ。

 さて、照準。なかなか難しい。というのも、狙う先はゴール・リングでもバック・ボードの矩形でもないからだ。投げた後の、放物線の軌道を予想しなければならない。

 しかし、フットボールを投げるときの感覚と、さほどの違いはないはず。フットボールはスピンさせれば遠くへ飛ぶが、近くへスクリーン・パスを投げるときに、スピンはあまり関係ない。バスケットボールのように、両手で投げるのであっても、強さと方向さえ合わせればいいというだけ。

 照準OK。掛け声は? やはり「シュート」だよな。ほら、入った。次はマスター。

「なかなかやるな、外国人エストランヘロめ」

 いや、そんな余計な台詞はいいから。しかし奴は俺より10インチは高いんで、かなり有利だよなあ。ほら、簡単に入った。

 次はこっちの番。でも、さっきと照準を変えなかったら、入るはずだぜ? フットボールみたいに、風の補正が必要ないし。ほら、入った。

「また決めたか、外国人エストランヘロめ」

 余計な台詞はいいって。マスターのシュート。入った。次は俺のシュート。入った。

 マスター、入った。俺、入った。マスター、入った。俺、入った。マスター、入った。延長戦だ。いつ終わるんだ、これ。

 俺、成功。マスター、成功。俺、成功。マスター、成功。俺……

 10本目、俺、成功。マスターは? おお、失敗。

「ううむ、この私が敗れるとは……約束どおり、サンタ・テレサを持って行くがいい」

 どこからともなく出てきたラムの瓶を受け取った。サンタ・テレサってのがブランド名か。

「ベネズエラの最高級ラムだってよ」

 嬉しそうな顔でウィルが言う。やっぱりここはベネズエラだったのか。で、これを農夫へ渡しに行く?

「ちょうどいいや、一緒に行こう、ハンニバル。B.A.はコエリーニョと町で聞き込みを続けて」

了解エンテンディ

 フィル、いつの間にか戻ってきてたんだ。姿が消えた。俺はウィルと共に西へ。川に架けられた、木の橋を渡る。こちらは、刑務所前に架かっていたのと違って、太い木で作られた、頑丈そうなもの。大きめのトラックでも通れそう。

 それに、水がずいぶん綺麗だ。川中島だから、もう一本の川と合流したところで濁った水になる? 上流はどうなってるんだ。

「上流も濁ってるよ。ただ、湖の方から綺麗な水が流れて来て、こっちの川の水はほとんどそれ。キャンプに使えるらしい。もちろん、農業にも使ってる」

「なるほど、本流の方はもっと太い川なんだ」

 道理で幅が狭いと思った。それはさておき、農夫に会いに行く。体格のいい初老の男で、肌は地色か日焼けでそうなったのかが不明なほどの濃い褐色。

 サンタ・テレサを渡す。

「おお! これだよ、これ。長いこと飲んでおらんかったなあ。どうだい、今夜は一緒にやるかね」

 そんなことしてる暇があるもんか。で、湖の中の島へ行く方法は?

「湖のほとりで、釣り人を捜すんだ。まあ、いつもいるわけではないがな」

「朝、一人見かけたよ。それで?」

「アルパという楽器を持って行って、『モリエンド・カフェ』を弾いてくれ、と頼むんだ」

「そりゃ、どんな曲なんだ?」

「有名なのに、知らんのかね。ほれ、フットボールで、アルゼンチンのボカ・ジュニアーズなんかが、応援チャントで使っておるだろう?」

「知らないな」

 フロリダ州立大とカンザス・シティー・チーフスの『トマホーク・チョップ』なら知ってるんだが。

「僕が知ってるよ、ハンニバル。『ダレ・カヴェーゼ』だ。それはいいから、先を聞いて」

「アルパって楽器はどんなのか判ってるのか?」

「それはコエリーニョに調べてもらうから」

「『モリエンド・カフェ』を頼んだら、船が来るのか?」と農夫に訊く。

「そう。それで、島へ行くと教会がある。もっとも、キリスト教の様式じゃないので気を付けないといけないが、普通の家じゃないことは見れば解る」

「そこに行けば森の管理者に会えるのか」

「うむ。ただ、それには合い言葉を言う必要があってな」

「それはどんな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る