#16:第6日 (9) オープニング・シーケンス

「これがテンプレートの一つ?」とカリナに訊く。

「ええ、この後、他のメンバーの自己紹介があって、最後に締めクロージングのセンテンスが入ります」

 締めクロージングを聞かせてもらう。「もし君に何か問題があって、他に頼れるものがいないときは、俺たちに助けを求めることができるかもしれない……"The Z Team"に」。

 これはまあ、いいとしよう。しかし、前の方は全く気に入らないな。チーム紹介も、俺の自己紹介も。

「ホアン・ダ・シウヴァってのは偽名?」

「ええ、英語のジョン・スミスと同じような」

 その偽名は、俺も使ったことがあるんだよなあ。まあ、それはそのままにしとくか。

「この文案を、他の4人は知ってるのかい」

「はい。でも、内容は気にしてないようですわ。真剣に聞く人はいないからって」

 冗談じゃない。だからってこんなチープな紹介をされてたまるもんか。もし、メグに知られたら――絶対知られることはないと信じてるけど――軽蔑されてしまう。

「俺が考え直す。時間はあるよな?」

「2時までは」

 あと30分。そんなにかかるもんか。とにかく、軍に関係してるという設定はやめて、“架空の財団”にしてしまおう。それこそ、テンプレートがある。

「今から俺が言うのを文章に起こしてくれ」

「スィン・セニョール。どうぞ」

「パン・アメリカン文化財団は、世界にその名を知られた、文化と歴史の保全のために行動する団体だ。そして俺たち、財団の特別考古学研究チームは、世界各地に散らばる謎の遺跡を訪れ、日夜、発掘と調査を行っている。

 俺はリーダー、ホアン・ダ・シウヴァ。通称ハンニバル。元陸軍大佐で、考古学教授、そして冒険家だ。個性派揃いのメンバーを指揮して、今回も遺跡の秘密を探り出すぜ」

「ステージの舞台が遺跡でない場合はどうなさいます?」

 キーボードを叩き終わったカリナが言った。

「遺跡じゃないことってあるのか?」

「ごく稀に」

「近未来都市とか?」

「ええ」

「その時は、考古学を科学に、遺跡を都市に言い換えよう」

「スィン・セニョール」

 そもそも、さっき聞かせてくれた文案では、軍隊だぜ。遺跡にすら不似合いだろう。謎の遺跡を軍が調査するってのも、前世紀の設定だよ。

「それから、締めクロージング

 さっきはそのままでいいと思ったが、前を変えてしまうと後ろも変えなければ釣り合わない。

「どうぞ」

「その任務の特殊性から、メンバー全員は変装の達人。君たちが遺跡を訪れても、我々の活動を知ることはないだろう。君の知らない間にやって来て、知らない間に去っていく。……"The Z Team"が」

 言ってから、他の4人の顔を見る。全く興味なさそう。唯一、オリヴィアだけがにやにやしながら聞いていた。

「他の4人の自己紹介を聞けるかい」

 キーボードを叩き終わったカリナに訊く。

「ええ、もちろん」

「私のは聞かないで」

 不機嫌そうにうつむいたまま、マヌエラが言う。今日は“非協力的モード”のままかな。

「でも、いずれは聞けるんだろう?」

 もう一度カリナに訊く。

「ええ、明日のゲームが始まる前に」

「じゃあ、それまでは他のも聞かないでおくことにしよう」

「スィン・セニョール」

 さて、あと20分間、何もすることがないなと思っていたら、オリヴィアが「アヴァター変えたら?」と言う。

「何かお薦めがあるのか」

「具体的なのはないけど、あんた、元大佐で教授で冒険家なんでしょ。今の姿は、どれにも合ってないじゃない」

 確かに、そうだ。俺もブリム・ハットが似合うような、冒険家の姿がいいとは思うんだけどねえ。でも、それはそれで、軽いんだよ。ありがちなイメージでさ。

 他のプレイヤーとのも嫌だし、今のままでいいんじゃないかと。

「変装の名人だから。それに、チームのアヴァターに統一性がないんだ。何に変えたって、それは同じさ」

「せめてローナに合わせてあげるとか。彼女が閣下って呼びやすいような」

「それは彼女の希望?」

 オリヴィアの横で、マヌエラが首を激しく振る。何だ、オリヴィアの思い付きか。せめて二人で話を合わせてから提案してくれよ。

「じゃあ、今のままだ」

「支社長が参ります」

 唐突にカリナが言った。メールかメッセージでも入ったのか。

「何をしに?」

「最終ステージに進出したことに対するコメントがあります。恒例です」

「起立して迎えればいいのか」

「いいえ、そのままで結構です」

「“アノラック”・エンリケがまた来るの!?」

 ウィルが勢いよく立ち上がって叫ぶ。椅子が後ろに吹っ飛んでこけた。せめてセニョールくらい付けろよ。

「ええ、そうですわ」

すげぇオッチモ! こないだは興奮してて挨拶すらしなかったけど、今度はちゃんとやらなきゃ。そうだ、握手もしてもらおう!」

 言いながらウィルが、バタバタと足踏みする。それからジャンプ。横でフィルが「落ち着け」とたしなめている。

「なぜ、奴は支社長に会うだけで、あんなに興奮してるんだ?」

 カリナにそっと訊いてみる。カリナは何も言わず、オリヴィアを見る。なぜだ。彼女が知ってるのか。

「セニョール・エンリケは、元々ゲーム・プレイヤーなのよ。20年くらい前、10代から活躍し始めて、あらゆるゲーム・トーナメントで勝ち続けて、賞金額で10年連続南米チャンピオン、5年連続世界チャンピオンになったの。5年前に引退して、e-Utopia南米支社の株を買い占めて、支社長に就任したの。もうやりたいゲームはないから、これからは自分で作るんだって言って」

 アメリカン・ドリームだな。合衆国ならフットボール・チームを買うところだが、ゲーム・プレイヤーはゲーム会社を買うのか。

「で、ウィルは彼に憧れている?」

「そういうこと」

「優勝したら、賞金で彼もe-Utopiaの株をいくらか買ったらどうだ。そうすれば、ゲーム開発に口が出せる」

「そうなの? そういうの、知らないんじゃないかしら。後で教えておくわ」

 部屋のドアにノックの音。座らされていたウィルがまた立ち上がり、椅子が吹っ飛ぶ。カリナが立って、ドアのところへ。開けると、エンリケ氏……ではなくて、カリナと並ぶくらいの美人が顔を覗かせた。胸もカリナと並ぶ大きさ、いや、そんなところは見なくていいか。

 笑顔で二言三言、カリナと会話すると、美人の顔が引っ込んだ。そして開いたドアから、滑り込むようにしてエンリケ氏が現れた。相変わらずこざっぱりした服装だ。

「オーラ、"The Z Team"の諸君! 目覚ましい活躍で、最終ステージ進出おめでとう。特別参加チームが最終ステージに進出したのは初めてのことで、世界中の観戦者も驚きの目をもって迎えている。今日と明日のゲームでも健闘して、ぜひ優勝を目指してもらいたい。特別参加だからといって、遠慮することはない。むしろ、勝てそうだから特別参加させたという私の考えが証明されて喜ばしいと思っているよ。やあオーラ元気かいトゥド・ベン、ウィリアン。昨日のゲームでもカラ・セボラは大活躍だったね。リーダー・ハンニバルのサポート役として素晴らしい働きだ。今日も期待してるよ」

「ウアゥ! ウアゥ! ウアゥ! ありがとうオブリガード! アノラック! アノラック・エンリケ! ありがとうオブリガード!」

 エンリケ氏は挨拶の後、真正面に突っ立っていたウィルを握手して、激励している。ウィルはちゃんと挨拶したいと言っていたはずだが、やはり興奮してしまい、まともな言葉が出て来ないらしい。

 それからエンリケ氏は俺のところへ来て、手を差し出してきた。座っているのはさすがに失礼なので、立って握手をする。

「ドトール、ハンニバル、初めて我々のゲームをプレイするとは思えないくらいの、慣れた動きじゃないか。メンバーに対する指示も的確だ。君の理論に基づけば、我々のシナリオも先が読めるのかね?」

「行き当たりばったりが、たまたまうまくいっているだけさ。それより、カリナが俺につきっきりになっているが、支社長の仕事に支障が出ていないかい」

「全く問題ないよ。秘書は他にも代わりがいるからね。カリナも、君のプレイが見られて楽しいそうだ。もっと楽しませてやってくれ」

 秘書がゲーム観戦を楽しんでいいのかね。エンリケ氏は次に、オリヴィアのところへ。握手した後に、ハグをしてキス! いや、ブラジルの普通の挨拶らしいのだが。

「オリヴィア、コエリーニョ・アズール、君の聞き込みの手際は素晴らしいよ。シナリオ・ライターたちも感心していた。作り込んだ台詞を、ことごとく回収してくれるとね。それに君のアヴァターはとてもセクシーだね」

「アハハ、アハハ、ありがとうございますムイト・オブリガード!」

 オリヴィアは素直に喜んでいる。続いて隣のマヌエラ。ハグとキスをされて、明らかに当惑顔。

「オーラ、マヌエラ、騎士ローナローナ・オ・カヴァレイラ! 君の登場は昨日だけだったが、素晴らしい働きだった。君の主君のためにもさらなる活躍を期待するよ」

「オー、アー、あ、ありがとうオ・オブリガード……」

 ハグされながら、どうして俺の方を見るんだ。喜んでるわけじゃないって言いたい? で、ハグが終わったらまた俺から目を背けて。何なんだ、いったい。

「フィル・ヂ・ベー・アー、見かけアペランシアだけでなく、頭脳もいいボアじゃないか。観察力も素晴らしい。君は誰と組んでも素晴らしい働きをすることが明らかだよ。今日のゲームでも、君の注意力が必要とされるだろう」

ありがとうございますムイト・オブリガード、セニョール・エンリケ。僕とウィルは、ゲーム・プレイヤーとしてのあなたも、ゲーム・クリエイターとしてのあなたも尊敬しています。これからも世界中のゲーム・プレイヤーを楽しませて下さい」

 ウィルがやりたかったであろう“ちゃんとした挨拶”をフィルがやってしまった。ところで、B.A.ってのは"Boa Aparência"、“かっこいいグッド・ルッキング”という意味のようだな。

 それからエンリケ氏はドアのところへ戻りながら言った。

「今日は素晴らしい日だ! 最終ステージに進出したのは、ブラジルから出場した4チームなんだよ。これまでになかったことだ。しかもエクシビション・チームと、特別参加チームの両方が勝ち残っているから、観戦者の注目も高い。唯一の誤算は、プレイ・ルームを四つも用意しなければならなかったことだね。マラカナンの他に、マラカナンジーニョを借りたし、最上階の特別プレイング・ルームも使うことにしたよ。君たちだけが普通のプレイ・ルームで申し訳ないことだが、ゲームが始まれば場所なんて関係ないだろうし、君たちがそれを示してくれることを期待している。それでは、他の会場へ行かなければならないので、これで失礼する。君たちの健闘を祈る」

 エンリケ氏は片手を挙げて別れの挨拶。カリナがドアを開けると、さっきのもう一人の美人が見えた。エンリケ氏が去り、カリナがドアを閉める。

 ウィルは、さっきまで立っていたところにしゃがみ込んで、頭を抱えている。激励されたことが嬉しいのか、それともちゃんと挨拶できなかったことを悔やんでいるのか。

「あれが、もう一人の秘書?」

 俺の隣に笑顔で座ったカリナに訊いてみる。

「ええ、私が休みの時に、代わりを務めてくれるんです。後で紹介しましょうか?」

「いや、いいよ」

 何かの間違いで、カリナと二人して俺の部屋へ来ることになったらかなわない。

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