#16:第5日 (17) ホテルの部屋の闖入者

「もしかして、長く待たせたかな。帰りが11時になるとは思ってなかったんでね」

「なぁに、ワインを飲んでりゃ1時間や2時間はあっという間さ。おや、かわい子ちゃんシュペット! もしかして、これからお楽しみのつもりだったかい?」

 カリナが美人だからって、立ち上がらなくてもいいのに。しかし、俺の妻や恋人と思っていないようで、よかった。

「彼女はゲーム会社の支社長の秘書で、そこを訪問したので、ここまで送って……」

ごきげんようコマン・タレ・ヴ、マドモワゼル! 我が名はアルセーヌ、以後お見知りおきを。君の名は? 今夜はこれから暇? 一緒にへ星を見に行こうか?」

 いつの間にこっちに来たんだよ! って、俺がカリナを紹介するために、一瞬そっちを見た間だろうけどさ。片膝を突いて、恭しくカリナの手を取って、手の甲にキスまでして。

ごきげんようコモ・ヴァイ、セニョール。カリナ・ダ・シウヴァです。お会いできて光栄です。夜のデートにお誘いいただいて、とても嬉しいですわ」

「こちらこそ、応じてもらえて大変結構。では、さっそく」

 おい、こら。まだ話をして……

ごきげんようコマン・タレ・ヴ、ムッシュー! アルセーヌが彼女とデートするなら、私、とても寂しいわ。今夜はあなたがお相手して下さる?」

 オーレリー? いつの間に背中にしがみついてるんだよ。あああ、胸が当たってる。カリナほどの大きさじゃないけど、ブラジャーをしてないのだけは間違いなく判る。って、そんなことを確認してる場合じゃなくて!

「ヘイ、ちょっと待て、アルセーヌ、まだ話が……」

「明日にしよう、明日に。さあ、マドモワゼル、こちらへ」

「あら、ありがとうございます。ドトールからお誘いいただけなくて、寂しい思いをしていたんですわ」

「そういうことなら、たっぷり満足させちゃうよ。さあ、行こう」

「ムッシュー、お名前はアーティーだったかしら。あなたはどこへ連れて行ってくれるの? それとも、今からこのお部屋で楽しいことを始めちゃう?」

 アルセーヌはドアを開けて出て行きかけているし、オーレリーは身体をあちこち触ってくる。胸から腰から尻から。こんな仕打ち、カリナにもされたことないのに。

「いや、待てって! 頼むから、みんな待ってくれよ」

「セニョール、ドトールのお話を少しだけでもお聞きになったら?」

「あ、そう? で、話って何? さっさと言いなよ、さっさと」

 カリナが言ってくれなかったら、アルセーヌはそのまま出て行ってしまうところだった。

「実は、女を探してるんだが」

「あんた、この美しいマドモワゼルの他にもデートしたい女性フェムがいるの? とんでもない女好きだねえ」

 他人のこと言えるのかよ。初対面のカリナを夜のデートに誘っておいて。しかもオーレリーって恋人が――恋人だよな?――目の前にいるのに。

「カリナやオーレリーに並ぶくらいの美人なんだ。マルーシャって名で、ウクライナのオペラ歌手。イパネマ・ビーチの向こうの、シェラトンに泊まってる。日曜日の引ったくりがあった頃に、コパカバーナにいたはずなんだ」

 シャンパン・ブロンドのチン・レングスの髪で、とにかく人目を引く美人で、胸はカリナと同じくらいあって……いやはや、マルーシャの姿を形容するのは簡単でない。特に、彼女に並ぶ美女がいる前では。

「マルーシャ、シャンパン・ブロンド、大きな胸グロ・サン、さてさて、そんなかわい子ちゃんシュペットがいたっけなあ……」

「私は憶えてるわ、アルセーヌ。あなたが昼食のレストランで彼女のテーブルに座ろうとして、断られたのよ」

「そんなことがあったっけ?」

 やっぱり相席お断りは続けてるのか。

「ムッシュー・アーティー、その淑女ダーメを探して何をするの? 私ともども愛してくれちゃうつもり? 逞しいのねえ」

 この女は何なんだ、痴女なのか? しかも三人を許容? どういう倫理観をしてるんだ。

「友人だ。月曜の朝から行方不明なんだ。いつも隠れて行動するタイプなんだが、3日も姿が見えないとちょっと心配でね。火曜日以降で、君らがどこかで会っていないかと思って」

「美女は他にもたくさんいたから、憶えてないね。ブラジルってのはいいよねえ、美女ばかりで、目移りするよ。もちろん、マドモワゼル・カリナに並ぶほどの美女はそうそういないけどね」

「その淑女ダーメが見つかるまで、私がお相手してあげるわ!」

「いや、俺は結婚してるんだ」

「あら! じゃあ、あなたの奥様ヴォトレ・エプーズも呼んで一緒に楽しみましょうよ」

 やっぱり三人を許容するのか。俺はそんなことを望んでるわけじゃないんだ。いや、決して。

「とにかく、見かけたら教えてくれ。それと、悪いが今夜は相手ができない」

「見つけたら遊んでくれる?」

 ええい、条件を出すな!

「考えておく」

「話は終わり? じゃあ、マドモワゼル、遊びに行こう。オーレリー、来なよ、一緒に遊ぼう」

 お前も三人を許容するのか。カリナもそれでいいのか?

「オ・ルヴォワール、ムッシュー!」

 オーレリーが背中から離れ、手を振りながら二人と共に出て行った。やれやれ、今夜も安心して一人で過ごせる。

 さて、巡査部長サージャントに電話しないと。それに、ハファエラにも回答が必要だな。巡査部長サージャントは明日の8時からでいいとして、ハファエラは土曜日の……

 ああ、ドアにノック? 誰だ。

「ハロー?」

「アルセーヌだ」

 どうして戻ってきたんだ。ドアを開ける。彼が一人で立っていた。

「これ、返しとくぜ」

 俺の財布、腕時計、ハンカチ、それにゲームのID!

「オーレリーは手癖が悪くって。ただあんたも、女性ファムにべたべたされて、油断するのはよくないよ。それじゃ、オ・ルヴォワール」

 アルセーヌは行ってしまった。オーレリーのあれは、触ってただけじゃなくて、ポケットの中の物を盗んでたのか。しかし、まさか腕時計を取られて気付かないとは。他に何か盗られてないよなあ?

 なさそうなので、まず巡査部長サージャントに電話。

もしもしアローどちら様ですかケイン・エスタ・ファランド

「こんばんは、巡査部長サージャント、アーティー・ナイトだ。夜分遅く済まない」

「ウアゥ!」

 昨日と全く同じリアクション。この時間なんだから、俺からの電話だってくらい、判るだろうに。

「失礼しました、プロフェソール。そろそろあなたから電話が、と思った瞬間だったので、予知したのかと思って驚いたのです」

 予知できたんなら驚くことないじゃないか。しかもまた息が荒いし。

「明日のことだ」

「お会いいただけますか」

「夜8時からで構わないか?」

「というと、夕食も? ええ、喜んで! ただ、食事中に難しい話をするのは消化によくないので、その後、お話する時間を延ばしていただけますか」

 そういう条件を出してくるとは思っていた。

「君の帰りが遅くなっても構わないのなら、12時まで」

「ありがとうございます。私は日付が変わっても構いません」

「明日はカーニヴァルを見なくていいのかい?」

「最終日だけ見ればいいのですよ」

「夕食を摂るレストランはまだ決めてないんだが、迎えに行く場所と時間だけ先に決めておきたい」

「私があなたのホテルへ行くことにしても構いませんが」

 何か、嫌な予感。どうしてみんな部屋へ来たがるんだ。

「君の自宅から遠いんじゃないのか」

「ですが、夜遅くまで話し込んで安心な場所というと、そこが一番ではないでしょうか」

 いや、逆に危険を感じるよ。しかし、カーニヴァルの夜に外で会うのは騒がしいだろうし、ここしかないか。

「では、7時45分頃にマリオットのロビーで」

「了解しました。楽しみにしています」

 どうしてそんな興奮した声で言うんだ。ますます嫌な予感がする。次はハファエラ。

もしもしアローどちら様ですかケイン・エスタ・ファランド

「こんばんは、ハファエラ、アーティー・ナイトだ。夜分遅く済まない」

「ウアゥ!」

 巡査部長サージャントと全く同じリアクション。男からの夜の電話に、そんなに慣れてないのか? 絶対、そんなことはないと思うんだけど。

「失礼しました、プロフェソール。あなたからお電話がないので、とても寂しく思っていたんです」

 寂しかったんだったら、驚くんじゃなくて、嬉しそうな声を出しなよ。それとも、嬉しすぎてそんな声になったのか。まあ、いいや。

「会うのは土曜日でいいかい」

「明日にはなりませんか?」

「時間がないんだ。土曜日では都合が悪いか」

「いいえ、一日中空いています。ただ、少しでも早くお会いしたかったので」

「朝9時では早過ぎる?」

 これくらいにしておかないと、午後からまたゲームしたり、カリナに会ったり、巡査部長サージャントに会ったり、ターゲットを探したりして、時間がなさ過ぎる。

「もっと早くても構いません。お会いする前の夜は、寝られそうにないので」

 いや、寝てくれって。しかし、可能ならもっと早くするに越したことはないよな。ランニングの開始を6時半にして、8時までに朝食を終えて、ということにしてもいいか。

「場所はどこがいい、大学か」

「いえ、あなたのホテルの部屋の方が。その方が落ち着いてお話が……」

 どいつもこいつも! しかし、俺の移動時間が少なくなるのはありがたいんだよな。来ると言ってるんだから、来てもらうか。

「では、土曜日の朝8時に、マリオットのロビーへ来てくれるか」

「もっと早くても……」

「それより前は、別の約束があるんだよ。話じゃなく、ビーチでトレイニングをね」

「それを見に行っても構いませんか?」

 なぜそんなものが見たい。しかし、来るなと言っても勝手に来そうな気がする。場所は知ってるんだから。ああ、でも、カリナがその場にいそうな気もするな。言うべきか言わないべきか。

「十分に寝てから来た方が、議論がしやすいと思うね」

「解りました……」

 なぜそんな寂しそうな声を出す。もしかして、俺に会いたがる奴は、みんな寂しいのだろうか。美人ばっかりなのに。


 12時前に屋上へ。また雨が降っていた。ブラジルの雨は気持ちいい。今日の通信は短いはずだから、終わったらしばらく濡れていようか。

「グッド・イヴニング、ビッティー。今日の質問はただ一つ、コンピューター用語の“イースター・エッグ”の正しい定義を教えてくれ。もちろん、今回のターゲットという意味ではなく、技術用語として、だ」

「OS及びアプリケーションを含むソフトウェアにおいて、本来の機能とは無関係な、主にソフトウェア開発者の遊びあるいはユーモアとして意図的に組み込まれた、画面、メッセージ、動画、音楽、小規模なアプリケーションの総称です」

「君はその定義の中で、最も重要と思われる語句ワードは何だと思うか」

「私の意見ではありませんが、定義上“意図的にインテンショナリー”が最も重要とされます」

「その次に重要なのは“無関係なアンリレイテッド”だと思うが、同意してくれるかい」

「はい、同意します」

「君と意見が合って嬉しい。おやすみ、ビッティー」

 今回のターゲットの難しさが解ってきた。ステージ内のヒントの、どれとも関係しないものを探さなければならない、ということだ。そんなの、見つかるわけがないと思うが。

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