#16:第5日 (12) [Game] ママ・キリャとヴィラコチャ

「ハンニバル、月の女王……じゃなくて、リーコを奪回したよ」

 早いな、おい。というか、いるか確認して知らせろって言ったじゃんよ。

「ソーラが声を出して、見つかっちゃったんだよ。彼女、リーコを心配してたんだから、仕方ないだろ。そこからは、じゃがいもと石の投げ合いだよ。当てるの、難しかったなあ。あんたはどうして二つとも完璧に当てられたんだ?」

 そんなこと、褒められても嬉しかねえよ。

「リーコが歩けそうなら、合流するか」

「元気だから、そうしよう。縛られた以外は、大事にされたみたいだよ。でも、来た道を戻るんじゃなくて、ここから直接ワイナピチュへ登る道を使う。頂上のすぐ手前で合流できるんじゃないかな」

「了解。頂上が近くなったらメッセージを入れてくれ」

 ただ、地図によると、こちらの道は、頂上よりも手前に建物跡があって、そこに“敵”がいる可能性もある。気を付けないと。

「ハンニバル、頂上に灯りが……」

 フィルがまた見つけた。俺とは見るルック性能が違うのだろうか。それとも四方八方をひたすら見ているのか?

「俺には見えない」

「煙が上がってます。火を焚いてるのかな」

 寒いから? 俺たちは寒くないけど、NPCはそれなりに寒いのかもな。ククミは平気か。そうか、元気だな。

 建物跡に着いたが、無人。西向きの斜面に立っていて、東側が望めない。つまり、朝日が見えない。“祀り”の場所ではないということだ。

 さて、ここから上に登るのは少し難しい。頂上から丸見えなのだ。だが、確かにフィルが言ったとおり、頂上に薄明かりが見えている。揺れているのは火だからだろう。何をしているのか知ってるのは、おそらくリーコだけなので、3人が来るのを待つウェイト。そしてセボラから"Incoming Call"。

「悪い、ハンニバル。そっち、まだ頂上手前の、建物だよね。こっちからだと、頂上付近を通らないと行けないや」

「そうかもしれないと思ってた。このままでいいが、リーコに訊いて欲しいことがある。頂上にいるのは何者で、他に黒服は何人いそう?」

「ちょっと待って」の声の後、「プロフェソール・ムアヘッドって名乗ってるけど、本当はリーコの叔父さんのククルって奴だって。それから、黒服は少なくともあと4人」。

 叔父が黒幕ってのも、よくあるストーリーだな。しかし、黒幕4人はきついぞ。銃は持ってるのか。持ってるわけないか、ゲームだし。

「銀の像は」

「奪われたって」

「“祀り”は夜明けにやるのか」

「そう。朝日の光でね」

「ペルシが言ってた大きな籠について知ってることは」

「それは知らないってよ」

 “祀り”で使うものじゃないようだな。まあ、正体はだいたい判ってる。

「セボラ、コエリーニョと二人で、黒服の注意をそっちに引き付けられるか」

「やっても二人までだと思うよ」

「残りは3人だ。こっちは3人。人数は合ってる」

「なるほど。で、プロフェソールはどうやってやっつけるの?」

「リーコかソーラが弱点を知ってるか訊いてくれ」

 ちょっと会話が途切れた。

「蛇だってよ」

 フィルに向かって“サムアップ”してみた。ちゃんとできたよ、すげえな。

「俺も蛇が怖いから、フィルかククミにやらせる」

「好きにしてよ」

 手筈は決まったが、ヴァーチャル・タイムはようやく12時過ぎ。奴らも一晩中起きているわけではないだろう。もう少ししたら、交替で仮眠を取るに違いない。夜明け前の一番眠い時間帯に襲おう、と思ったのだが、フィルが「何か、上の様子が」と言う。

「もしかしたら、下の見張りと連絡を取ろうとして、返事がないので異変に気付いたのでは」

「じゃあ、こっちと向こうに一人ずつ降りてくるかもしれないな」

 慎重に“待つウェイト”してみたが、動きがない。相手も夜明け待ちに入ったか。

「でも、“祀り”が終わったら、いずれ降りてこないといけないのでは……」

「そうしなくてもいい方法がある」

 その方法を、フィルとククミに話す。「籠ってそういうことだったのか」とフィルが呆れる。

「そんなもの、山の上まで運ばせるなんて、よくやると言うか何と言うか」

「過去のインカ人に言ってやれよ。これだけたくさん石を運んだんだぜ」

「確かにそうですね」

「それより、相手が気付いてるようなら、もう行くか」

「それがいいでしょう。“待つウェイト”って何度も言う時間も惜しい」

「ところで、我々の武器は何があるんだっけ」

「鉄の棒と……あとは、野菜の残り? それとも、セボラたちが全部使ったかな」

 せめてカボチャくらいは残しておけと言っておいた方がよかったな。こちらからウィルに電話を入れ、上の連中と“正々堂々と勝負”することを告げる。「僕は何でもいいよ」と鼻息が荒い。

「ちゃんと武器を用意したから」

「何だ、それは」

「秘密。見て驚けよ」

 とにかく、頂上を目指す。ククミはあまりやる気がなさそうだ。リーコを奪回した時点で終わったと思ってたろうから。しかし、リーコはきっと像を取り戻して、“祀り”をやるって言うに決まってるんだから、付き合うしかないだろう。それに、二つの像はキーに違いないんだから。

止まれデテンテ!」

 上からスペイン語が降ってきた。気付かれたらしい。しかし、銃でも撃ってこない限りは、止まる必要は……

 "Bang!"

 え、今の、銃声? 撃ってきやがったよ! 銃持ってんじゃねえか、危ねえって!

「当たったら、ゲーム・オーヴァーだよな?」

 岩の陰に隠れながら、フィルに確認する。

「いや、たぶんブラック・アウトです」

 そうか、死なないのか。でも、リーダーがブラック・アウトしたら実質そこで終わりだよな。

 どうしようかと考えていたら、頂上の一角がにわかに明るくなった。そして「Oh my god!」の叫び声と共に、頂上から炎の固まりが降ってきて、下へ落ちていった。え、何、今の? しかし、確認する間もなく、もう一つ同じようなのが降っていく。

 俺たちの上にいた二つの影は、何か言い合いながら姿を消した。退却か。でも、どこへ? 頂上に逃げるところなんてないはずだけど。とにかく、それを追って駈け上がる。

「どんなもんだい!」

 先に頂上にいたウィルが“偉そうな”ポーズを取っている。そういうポーズ、ちゃんとできるんだな。

「何をやった?」

「ピスコで火炎瓶を作ったんだ。布は、ソーラとリーコの服をちょいと破ってもらって」

 そんなのがうまくいったのは、ゲームの世界ならではだよ。ピスコってそんなにアルコールが強かったんだ。リリアーナに飲ませないでよかった。

 で、逃げていった黒服二人は? 頂上の、少し広くなったところに巨岩があり、その上で火が燃えている。焚き火だが、その光に照らされて、法衣のような服を着た男と、黒服が。法衣の男が、プロフェッサー・ククルだな。

「下がれ! 山を下りろ! 聖なる“祀り”を邪魔する者は、消えてもらう! 我の意志は神の意志だ!」

 うむ、マッドな教授プロフェッサーにありがちな台詞。ゲームの中だから許しておくか。

「何か言い返しなよ、ハンニバル」

 ウィルがぼそりと呟く。なんで俺が。そういうしらじらしいの、苦手なんだよ。

「“祀り”をすると、何が起こるんだ?」

「宝だ! インカ最後の宝がよみがえるのだ! そして我がトゥパク・アマル3世となり、インカを再興するのだ!」

 言い返す代わりに質問したんだが、ちゃんと答えてくれたなあ。宝がよみがえる? あいつはともかく、リーコもそれが目的だったのか。今、訊いている暇はないけど。

「だが、それを手にするのは正統な後継者であるべきだ。お前はそうじゃない。リーコのものだ」

「何を言うか、我もまた後継者の一人だ! そもそも、マチュ・ピチュを盗掘したアメリカ人に、何が判る!」

 なんで俺が合衆国民だって気付いてるんだよ。それにインカを滅ぼしたのはスペイン人だ。全くのお門違いだぜユア・バーキング・アップ・ザ・ロング・トリー

「いつまでしゃべってんの、ハンニバル、早くやっつけようよ」

 ウィルがまた呟く。言い返せってお前が言ったんだろうが! で、何かいい方法あるのか?

「火炎瓶があと二つあるよ。あの籠へ投げ込めばいいんじゃないの。あんたなら簡単だろ?」

 逃げる手段をなくせば降伏する? 自棄やけを起こして暴れてくるんじゃないかなあ。しかし、目潰しには使えるか。

「しかし、口火の炎が的になるぜ。立ち上がった瞬間、撃たれるかも」

「あら、それなら、一つを囮に使えばいいんだわ。少し離れたところから投げて、相手の注意を奪ってから、もう一つあんたが投げればいいのよ」

「成功したら僕とB.A.とククミが、別方向から突撃をかけるから」

 オリヴィアの意見にウィルが同調する。お前ら、引ったくりと同じような考え方してるな。いいや、やってみるか。ククミは納得してないようだけど。

 囮を投げるのはオリヴィア。俺は少し場所を変える。一瞬で照準サイトを合わせなきゃならないから、大変だ。準備完了? "Let's go for it!"

 オリヴィアが岩の陰から力いっぱい瓶を投げる。途端に数発の銃声。当たるもんか。しかし、俺には当たるかも。数秒後に立ち上がり、素早く照準サイトを合わせ、「投げるスロー!」。これこそ「ファイア!」と言いたいくらいだ。

「Oh my god!」

 マッド・プロフェッサーの叫び声。うまくいったかな。投げてすぐにしゃがんだので、よく判らなかった。フットボールの時は、投げた後で守備ディーに倒されてもボールの行方を見るんだけど。

 もう一度、こっそりと立つ。籠から炎が上がっている。大成功。ウィルたちの突撃はどうか?

 しかし悪人も、こういうときだけ英語で罵声をあげるのはやめてくれないか。英語の印象が悪くなる。

「Oh my god!」

 またプロフェッサーの声。籠の横にあった姿が消えている。逃げたのか、それとも落ちたのか。黒服たちは、ウィルとフィルとククミと……暗くて誰が誰か判らない。とにかくやり合っていたのが、親玉プロフェッサーがいなくなったのに気付いたか、我先にと逃げていった。後には燃える籠が残るばかり。

「像はどこだ!」

 ウィルたちが走り回って探す。と、俺の横を小さな影が駆け抜けていき、岩から岩へと飛び移り、あっという間に巨岩の上へ。何という身のこなし。

「取り返したわ! ママ・キリャとヴィラコチャを!」

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