#16:第5日 (8) [Game] 列車でGo!

 カフェに入ったが、テーブルはもちろんがら空き。リリアーナと向かい合って座る。VRとして本当に再現が必要かと思えるほど、胸が大きい。

 それより、メニューは。コーヒーの他は、ピザしかない。本当に、待ち合いのためだけの店なんだな。町中ならもっとメニューが充実してるだろう。

「ピザを食べたいですわ」

 リリアーナが言う。もちろん、そうだろう。わざわざ、あなたがお金を出して下さいね、と予告してくれているわけだ。

 俺の所持金が453ソーレス。他の4人のチケット代を預かっているが、それはぴったりしかない。俺の分を引くと、残り153ソーレス。そこからピザ代とコーヒー代を出さねばならない。

「君の好きなピザを当てようか」

「あら、何だと思います?」

「スーパー・インカだろう?」

「そのとおりですわ! どうしてお判りになりました?」

 だって、それが一番高いからさ。しかも、きっと特大を頼むよな。70ソーレスだ。頼むから「もう一つ食べてもいいかしら」なんて言ってくれるなよ。

 その特大スーパー・インカを頼み、あとはコーヒーを二つ。計80ソーレス。使える金の半分以上が吹っ飛んだ。

 待つウェイト、でピザとコーヒーが出てきた。ピザがでかい。ファミリー・サイズのほぼ倍だから8人前はあるだろう。これならさすがに「もう一つ」はないか。

「あなたも一切れいかがです?」

「いや、実は来る前に食べたばかりなんだ。アグアス・カリエンテスに着いてから食べに行くんだよ」

 言ってから、待つウェイト、でピザが一切れなくなった。さらに待つウェイト待つウェイト待つウェイト……計8回で、きれいにピザがなくなった。俺もコーヒーを飲むドリンク

「ありがとうございました、セニョール・ハンニバル。チケットが買えるといいですわね」

「君と同じ列車に乗れると嬉しいね。申し訳ないが、キャンセル待ちがあるか、調べてくれないか?」

「ええ、調べるくらいなら。でも、無かったらどうにもなりませんわ」

「もう一つピザを食べたら、いいアイデアが浮かぶかな?」

「さあ、どうでしょう?」

 そう言いながら、食べたそうな顔をしている。しかし、本当に食べられるのかね。残念だけど、コーヒー代だけは出せないぜ。

「特大は食べられませんから、ファミリーファミリアにしておきます」

 それだって40ソーレスだ。しかし、一文無しペニーレスになるのは避けられた。残り33ソーレス。注文して、待ってウェイト、ピザが来て、待ってウェイト、食べ終わったらペルー鉄道のオフィスへ。

 リリアーナはキャンセル待ちを調べてくれたが、残念ながら無かった。いかんなあ、120ソーレスを無駄にしたか。

「ピザのお礼というわけではありませんが……」

 リリアーナが、ちょっと言いにくそうにする。いや、お礼でいいんだって。

「何?」

「業務用の、予約席があるんです。普通ならチケットは売らないのですが、非常用として取ってあるんですわ」

 やはりそんなものが。アムトラックの夜行列車にもそういうリザーヴがあると聞いたことがあるが、本当だったんだな。

「もしかして、それを?」

「ですが、4席しかないんです」

 4人のところに、5人座ってなぜいけないのか。車なら普通にやるだろ。何なら、ソーラを俺の膝の上に座らせたっていいぜ。

「何とかならないかな」

「規則を破るわけには……」

「例えば、一人だけ荷物車に乗るとか」

「乗る前に、改札がありますから」

「例えば、君は社員だから、チケットを見せずにIDだけで改札を通れるとか」

「…………」

 リリアーナが考え込む。博物館のマリアーナはもっと便宜を図ってくれたぜ。チョコレート・ケーキの何倍払ったと思ってるんだって。頼むよ!


 チケットの算段が付いたので、列車の出発直前まで待つウェイト。バスが停まっていたのと同じ場所に、4人が戻ってくる。ソーラはコエリーニョのそばを離れて、俺の方へ寄ってきた。あんまり近付きすぎないでくれ。控え室で見ているマヌエラが嫉妬する。

「乗る前に、何か共有すべき情報は」

 ウィルが首を振る。お前が何も発見できなかったとは思わないんだがな。フィルは「遺跡の頂上の水汲み場で水を汲んできた」、オリヴィアは「皇女の浴場で水を」。この前のことがあるので、水にこだわってるのか。

「よし、乗ろうか」

「フーーン……」

「セボラを黙らせます」

「待て。改札があるから、プラットフォームに入ってからだ」

 チケットを4人に渡す。順次、改札を通る。リリアーナは俺の後で。もちろん、彼女はIDを見せただけだ。彼女のチケットは、俺が持っている。とりあえず、成功。人数をカウントしていたらバレたに違いない。

 既に陽は落ち、プラットフォームに停まった列車の中が、煌々と明るい。エクスペディションで、こんな時間だからか2両編成だ。荷物車もつながってない。席が取りにくいわけだ。

「では、私は車掌室へ行きますから」

 それが、リリアーナが考えてくれたチーティングだった。しかし、1時間半も車掌室にいられるものかね。

「いや、大丈夫だろう。席はたくさん空いているようだよ」

 もう発車する頃だが、窓越しに見える車内の席は、ポツポツと空いている。これでキャンセル待ちが取れなかったのが解せない。

「途中から乗ってくることもあるのですわ」

「しかし、途中に駅はないはず」

「いいえ、20キロメートルほど先に、ピスカクチュという信号所があります。単線ですから、行き違いためのものですが、そこはインカ・トレイルの端に当たるところなので、列車が止まるんです」

「夜でも?」

「ええ」

 通常はそこから降りてインカ・トレイルをたどるのだが、逆行してそこから乗ってくる客もいると。そういう客は、オリャンタイタンボとアグアス・カリエンテスのチケットを持っているわけか。

「ハンニバル、あそこに……」

 フィルがこそっと声をかけてくる。既に意識を失わせたウィルのアヴァターを、肩に担いでいる。

「何かあったか」

「黒服が」

 俺には見えなかった。しかし、前の車両に乗り込んだようだ。やはり追いかけてきていたのか。

「遺跡では気付かなかった?」とオリヴィアに訊く。

「あたしは見かけなかったわ。ソーラは?」

 振り返ると、ソーラが首を振った。怯えて、俺にすがりついている。そういうことをされると、マヌエラが嫉妬するんだって。やりにくいな。

 とにかく乗ろう。幸い、席は後ろの車両だ。最後尾の4人掛け。ウィルのアヴァターなんて、座席の下にでも放り込んでおけ。

 発車する、という合図があったが、駅の改札でまだ何かごちゃごちゃやっている。男女の二人組が、いかつい改札係に止められているのだ。乗せてくれ、と言っているようだが、チケットがないのか。

 気になるのか、リリアーナがデッキから外を覗く。しかし、男女二人組を置いて、列車は出発してしまった。リリアーナが戻ってきた。

「チケットを盗まれた、と言っていましたわ。男性の方が」

「不用心だな」

 もしかしたら黒服が盗んだのかもしれない。二人でカフェにいるとき、うっかり鞄から目を離した隙に、とか。

「車内の聞き込みをやろう。B.A.はこの車両、コエリーニョは前を。黒服に気を付けて」

 了解、と言って二人が通路を移動。俺はソーラに付き添ってないといけない。黒服を着ていない仲間が、後ろに乗ってるかもしれないので。リリアーナに前の席に座ってもらい、話をする。

「あなた方は普通の観光のお客様ではないようですが、どうなさったんです?」

「人捜しをしてるんだ。彼女、ソーラの妹が、一人でマチュ・ピチュへ行ってしまったんだよ。理由は誰も知らない。俺たちは普通に行くつもりだったんだけど、ちょっと予定を早めて、彼女に協力してるんだ」

「あら、それは大変なこと。私に何か協力できることはありますかしら?」

 本当に協力してくれるの? まさか、また何か食べさせたり飲ませたりしないといけないのでは。オリヴィアが買ってきたアイテムは共有していて、野菜と果物と酒がある。

 じゃがいも、トマト、ピーナッツ、唐辛子、ズッキーニ、カボチャ、トウモロコシ、カカオ、チェリモヤ、パッション・フルーツ、グァバ。

 酒はクスケーニャとピスコ。クスケーニャはビールで、ピスコは何だろう。ブドウから造った蒸留酒? リリアーナが飲みたそうな顔をしている。どうしよう。とりあえずクスケーニャの小瓶を勧めてみる。

「あら、よろしいんですか? 私、大好きなんです」

 そうかい。つまみは何がいい? ピーナッツか。気分よくなってくれているようだが、さて、何を訊こう。アグアス・カリエンテスで、夜中に車を雇って、マチュ・ピチュへ行けるものかどうか。

「難しいですわね。車は雇えるかもしれませんが、遺跡はこの季節は5時で閉鎖されますし。遺跡だけでなく、橋もです。ご存じですか、ハイラム・ビンガム道路の入り口に、ウルバンバ川を渡る橋があって」

「知ってるよ。車用と人用の2本あって、ゲートが付いてるんだってね」

「いえ、人用にはゲートは付いていないんです。それに道路にも近道があって」

 それは知ってるんだけどね。ありゃ、ビールがもうなくなったのか。フィルを呼び寄せる。ビール買ってきてくれ。え、どうして持ってるんだ?

「そこの乗客にもらいました。宴会やってます。つまみももらって来ましょうか?」

 道理で騒がしいと思ったよ。車内で手に入れられるのは情報じゃなくて酒とつまみだったのか。とりあえず、ビールをリリアーナに勧める。

「あら、よろしいんですか?」

 いいから飲めって。他の情報は? 隠れ家になりそうなところはあるか。

「隠れる……夜の間だけなら、遺跡橋プエンテ・ルイナス駅の跡が使えるかもしれませんわ」

「遺跡の中なら?」

「屋根がないのさえ気にしなければ、どこでも」

「さっき言ってた、近道に詳しい人はたくさんいるかな」

「何か食べるものをいただけます?」

 まさか催促してくるとは。何がいいんだ。トマト? 嫌か。じゃあ、フルーツ。カットしてくれって? ナイフはあるけど、皿がないよ。

 オリヴィアが戻ってきた。どうした、何を持ってる。サンドウィッチにアップル・タルトにキノア・ケーキ? 君は車内販売員か。

「あっちでもらったのよ。すごく気前がいい乗客がいて。それと、黒服がいなかったわ。まだどこにも停まってないから、降りてないはずだし、服を脱いだのかも」

 そういえば、ピスカクチュはどうなったんだ。まだか。まあいいや、とりあえず、リリアーナに食べ物を勧める。

「キノア・ケーキが食べたいですわ。私、大好きなんです!」

 はい、どうぞ。それで、さっきの話の続きは?

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