#16:第4日 (8) 技術と研究

 イザドーラは薄い褐色の肌で、ラテン系の顔立ち。ブルネットの長い髪を首の後ろで無造作にくくって、櫛も通していないようだ。目は大きく、鼻や唇の形も整っている。これで笑顔なら美少女の部類に入ると思うが、身体はまだ発育しきってないし、あと5年後に会おうぜという感じかな。こんな仮想世界に、5年もいたくないけど。

「質問は少し偏っていたけれども、予想の範囲内ではあるね」

「そうでしょう。ほとんどの学生は、プログラミングを学ぶ過程にいて、システム設計に携わるような段階には達していませんから」

 彼女自身は達していると。

「君は質問しなかったね」

「後で時間がありますから。ではこれから、本学の研究、というより、開発したソフトウェアの成果をご覧いただきます」

 付いて来て下さい、を言わずに、振り返ってさっさと歩き出す。その貧弱な尻に付いて行く。階段で2階に戻り、研究室ではなく教室という感じの部屋へ。数人の学生たちが待ち受けていた。准教授に当たる人物はいないようだ。

「彼らのチームでは発電所の監視制御システムを作成しています。このシステムは実際の発電所に納入されたものです。では、説明をよろしくお願いします」

「ようこそ、ドトール・ナイト。我々が開発した発電所監視制御システムについて説明します」

 イザドーラの紹介で、彼女より10歳は年上と思われる男が挨拶をする。表情が硬いが、これは緊張しているものと思われる。

 彼の横にはディスプレイが6台並んでおり、それぞれが発電所の監視制御室のモニター画面を表示している。デザインが旧式でシンプルだが、もちろん発電所にエンターテイメント要素は必要なくて、解りやすさが大事だからだろう。

 様々な情報を見ることができて、画面上のボタンを押しながら、こんな情報も、あんな情報も、と必死になって説明してくれる。俺は発電所の関係者ではないので、そういう詳しい説明は必要ないはずだから、技術力のアピールはともかく、プレゼンテイションの方法はもう少し考え直した方がいいだろう。

 故障検知のロジックも入っていて、異常が発生したら確認手順がこんな風に表示されて、と説明。それが終わると大きなパネルを出してきて、システム全体の説明。順番が逆かな、という気もするが、まあいいだろう。もちろん、ネットワークを通じた遠隔監視にも対応していると。

「何かご質問は」

「故障検知時の確認手順の提示には、どんなロジックを?」

「故障検知のロジックですか?」

「ではなくて、確認手順を提示する優先順位はどうやって決めるのか」

「それは過去の故障診断を基にしたデータベースがありまして、故障箇所をインプット情報とすることにより、検索して……」

 たぶん、エクスパート・システムのようなものだろうな。発電所だけに、保守的な方法を採用したわけだ。しかし、これは発電所側の仕様どおりのソフトウェアを作ったというだけで、研究というには程遠いか。

 もちろん、そういうソフトウェアを作れるようなプログラマーを育てるのがISTのミッションであって、優秀なエンジニアには違いない。

 続いて、隣の部屋へ。

「ようこそ、ドトール・ナイト。我々が開発したクラウド型防災監視システムについて説明します」

 今度はイザドーラより5歳は年上の男。普通の大学生という感じだが、顔色が悪いように見える。プログラミングが好きで、外を出歩かないから、かと思うが、違っていたら申し訳ない。

 防災監視システムは、カメラ部と監視部に分かれている。カメラ部は監視カメラ、通信機、太陽光発電パネル、充電池が一体になった自立式。監視部はクラウドでカメラ映像を受信し、映像解析を行う。

 洪水対策として河川や池を監視するものと、土砂崩れ対策として山の斜面を監視するものがある。いずれも平時の地形情報を登録しておき、映像に大きな差異が生じたときに――例えば川が増水したとき――に警報が発令される仕組み。

「検知の基準となる景観の差異はどうやって検出している?」

「実映像に基づいて、そこにCGで異常時の景観を重畳表示オーヴァーラップし、学習させます。もちろん、異常時の景観は何種類ものパターンがあります」

「天気が悪い日が続くと電池切れになることはないかい」

「発電装置が故障しても、最大充電で1週間は稼働できます。また、通常時は解像度や送信頻度を落として、消費電力を節約しています。降雨を映像から検出すると、自動的に解像度や送信頻度が上がります。監視部からの指令で変更することも可能です」

「ソフトウェアの開発以外で何か困ったことは」

「装置が壊されたり盗まれたりすることがあって……たぶんカメラが目的と思うのですが、それだけは我々では何ともできません」

 自然災害対策は国家政策であり、海外の技術協力を得て開発しているそうだ。しかし、この装置はそのプロジェクト・チームが作った仕様に基づく製品、という気がしないでもない。IST独自の技術はあるかを訊いてみたが、やはりなかった。

 次の部屋へ行ったら、誰もいなかった。コンピューターだけは置いてある。

「これからは、私の時間です」

 あと1時間もか。イザドーラに勧められて椅子に座る。さて、何を聞かされるのやら。

「お見せした二つのシステムについては、どう感じられたでしょうか」

 その質問は学長のような立場がするべきものと思うが、彼女自身の意識の中では、立場は学長に近いのかもしれない。

「優秀なソフトウェアではあるけれど、独自の創意工夫は感じられなかったな」

 理由を付けて正直に言っておく。

「そうでしょう。彼らは、与えられた仕様どおりのソフトウェアを作ることができます。これはエンジニアとしてとても重要です。しかし、自分たちが作りたいシステムを作っているわけではありません」

「作りたいものを作れるように教育する過程はある?」

「あります。そう望む者のために」

「ほとんどはエンジニアとして修了して、就職するのかな」

「そうです。ソフトウェア開発会社が多いですが、製造業もありますし研究所もあります。ドトールはなぜ財団を選択されましたか?」

 さあ、それはどうやら頭の中の仮想記憶には入ってないね。また舌先三寸グリブ・タンで切り抜けるしかないな。

「ドトールではなく、アーティーと呼んでくれるかい」

「解りました」

「君のことはイザドーラでいい?」

「いいえ、パリスと」

 ファミリー・ネームを気に入ってるのかね。

「修士の時に、大規模シミュレイションのシステムを考えてね。最初はクラウドでやっていたんだが、財団が新型スーパー・コンピューターの用途のアイデアを募集していたんで、論文を書いて送りつけたら、採用されて、そのまま就職したんだ」

「その論文は、読んだ記憶がありませんが」

 そうだろう。俺がたった今、思い付きで言っただけなんだから。

「とにかく、俺は財団のコンピューターを使いたかっただけで、就職を選択したわけじゃない」

「そうでしたか。プログラミングはどこで習いましたか?」

「家にコンピューターがあったし、エンジニアだった爺さんに習ったりして、自然とね」

 これは本当。しかし、俺に何かと役立つことを教えてくれたのは全て爺さんだな。親父は何をしてたんだっけ。

「それで高度なプログラミングができたのですか」

「できないよ。俺がやるのはシミュレイションの設計とパラメーターの調整で、地図のデザインも移動体の動きも、ほとんどはだし、特別なものが必要なら実装部門に頼めば作ってくれるんだ」

「では、あなたの成果は何ですか?」

「シミュレイションの結果と、それを論文にすること」

「それは何の役に立っていますか?」

「さあ? それを決めるのは俺じゃなくて、論文を読む側の評価だろう。つまらないと思われれば、俺が財団ですることがなくなるというだけで、別に大したことじゃない。ところで、今、君が言ったことが、俺の講演に対する感想?」

「そう受け取っていただいて結構です」

 つまり俺がやってることは世の中の役に立たないと。いいよ、別に。だって俺、現実世界ではそんな研究してないんだから。

「では、そろそろ君の話を聞かせてもらえるか」

「そうします」

 目の前のディスプレイに、プレゼンテイションが表示される。人工衛星を用いた高精度測位システム。ビルディング・トータル・セキュリティー・システム。太陽光発電所制御システム。送配電監視制御システム。気象予報システム。携帯端末ガジェットの新GUIデザインとその開発システム。数々のゲーム・アプリケーションとその開発システム。

 どれも、この時代よりもずっと前からあるシステムのように思うが、これがどうしたのか。

「全て私がアイデアを出して、仕様を決めて、ソフトウェアをデザインして、メイン・プログラマーとして実装しました。もちろん、他の学生たちも手伝ってくれました」

「省庁や企業からの依頼でなしに」

「はい」

「すぐにでもソフトウェア開発会社を立ち上げられそうだね」

「いいえ、これが教育だと考えています」

「プログラミング技術だけでなしに、ソフトウェア開発の体制を体験することが」

「そうです」

「いいことだね。デザイン・パターンを憶えただけでは仕事はできないからな。仕様を満たすための性能を最初から考える癖を付ける必要がある」

「当然です」

「他に何か意見を求めてる?」

「私たちは、国とリオ州のために役に立つソフトウェアをたくさん開発しています。あなたの研究は何の役に立っていますか?」

「さあ? それは俺自身が評価することじゃないと思うけど」

 だって、俺は本当は研究なんてしてないんだもの。

「では、あなたは何かに貢献しているという実感もなしに研究をしているのですか?」

「研究は、無駄になるかもしれないことをやる必要があるからね」

「無駄は可能な限り排除しなければならないと、思わないのですか?」

「そうは言っても、やったことが無駄かどうか判るのは、やった後なんだよ。やる前から、無駄と判ってることはさすがにしないね。ただ、『100分の99で無駄かもしれないけど、やってみよう』ということはある。発明の多くはそうした結果じゃないのかな」

「では、あなたの研究結果が無駄でないという例を教えて下さい」

「例えばこの月曜日から交通局、ゲーム会社e-Utopia、コムブラテル、警察の科学捜査研究課を視察した。そしてさっきまで連邦大学にいたが、どこでも『論文を参考にしてシミュレイションをしたらいい結果が得られた』という言葉を聞いた。俺の研究の結果じゃなくて、シミュレイション方法が役に立ったということだ。つまり、俺は道具を考えて、それを使って俺自身で作ったものはさほど評価されていないが、道具そのものは評価された。これも貢献だろう?」

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