ステージ#16:第4日

#16:[JAX] 秘密の会合場所

  ジャクソンヴィル-2065年12月29日(火)


 マギーは無事にカリフォルニアから帰ってきて、仕事に復帰している。その報告を聞くのは彼女の昼休み。チームの練習開始直前だ。

 もちろん、朝9時にも彼女のオフィスへ行って、いつもの挨拶をしたのだが、マギーは無理をして平静を保っているように見えた。何とか安心して年を越せるようにしてやりたいものだ。

 昼前、約束の場所へ行く。スタジアム内で、この時間帯、ここに人気ひとけがないのは判っているが、俺にとっては非常に入りにくい場所だ。ドアを開けると、既にマギーとベスがいた。

「時間がないので早速報告を聞きたいが、二人からあるんだっけ。どういういう順番がいいかな」

 ベスからは約束の場所と共に、スパイの依頼者について詳細を教えるという連絡をもらった。マギーの調査結果はそれに関係しているので、先にベスの方を聞くことにした。

「この前は、依頼者の名前を言っても意味がないっていうことにしたけど、やっぱり教えておくことにするわ。あなたが知っているかもしれないから。彼の名前はジョニー・バーキン。フルネームはジョン・フィッツジェラルド・バーキンJr.ジュニア

「心当たりがないな」

 似たような名前はいくらでも聞いたことがあるがね。何しろ、ジョニーだのジョンだのは掃いて捨てるほどダイム・ア・ダズンいるから。

「カリフォルニア州ニュース協会加盟記者。ロス・アンジェルス・クロニクル所属」

「そのプレスの名前も聞いたことがない。ロスでは有名なのか」

「私が住んでいたサン・ノゼでも一応名前は知られてるわ」

 ベスの答えを聞いてから、マギーの顔を見る。マギーが黙って頷く。彼女は調査のときにプレスの評判も確認してくれている。もっとも、ベスの答えをそのまま信じても、さほど問題はないはず。

「当然、UCLAへも取材したりするわけだ」

「それはこの後、マギーが調べたことを話してくれるけど、先にもう少し私の話を聞いてくれるかしら」

「もちろん」

「大元の依頼者と思われるのは、ニュース協会会長、ヴィンス・ウィリアムソン」

「それも知らない名前だな」

「業界ではボー・ウィリアムソンとも呼ばれてるわ。子供の頃から暴れん坊でイノシシワイルド・ボアのように手が付けられないって」

 ほう、なるほど。ボーという名前なら聞き覚えあるぞ。あの事件ザ・ケイスの当事者の一人だ。もう一人の若い女は“クリス”だったと思うが、男が彼女の名前を呼びそうになって、慌てて途中でやめていた。クリスティンかクリスティナだろう。

 しかし、おかしいじゃないか。どうしてあの時の当事者が、記者に調査を依頼する? 闇に葬り去りたい過去のはずだ。

 それとも、俺がどれくらい憶えているかを調べて、余計なことを言いそうだったら消そうとでもいうのか。

「心当たりがあるの?」

「いや、全く」

 今のところは、そういうことにしておく。こういうとき、俺は顔に出ないから、いくら相手がベスやマギーでも、バレる気遣いはない。バレるのは女が絡んだ件のときだけで。

「ジョニーは経験豊富な腕利きの記者?」

「いいえ、まだ30歳にもなっていないわ。会長と近しいと、関係を疑われると思って、あえて若い記者にしたんじゃないかしら。あなたに近いくらいがちょうどいいと。私にも近いし」

「なるほど。マギーの夫もまだ若いんだっけ」

「はい、34歳になったばかりです」

 これだけはマギーが答えた。が、夫のことをあまり考えないようにしているはずで、一瞬でも思い出させたのはよくなかったかも。

「つながりがあるかどうかは確認しておいた方がいいな」

「解ったわ。年末年始で私はサン・ノゼに帰るから、その時に調べてみる」

 ベスだけでなく、他の3人もサン・ノゼへ? 30日の夜に発って、2日の夜に帰ってくると。3日はアウェイ・ゲームだが、ジャクソンヴィルのスタジアムでPVパブリック・ヴューイヴェントがあるからなあ。チア・リーダーも仕事なんだ。フットボールに関わると年末年始が潰れて大変だ。

「仕事がないより全然いいわ。向こうでは両親や親戚にあなたの話をして、ジャガーズのファンを増やしてくるわね」

「君の婚約者にもジャクソンヴィルを勧めておいてくれ。さて、次はマギーか」

 マギーが手元のメモ用紙を見る。調べるために訪れたのはロス・アンジェルスとサン・フランシスコ。まず、ロスでUCLAへ行っただろう。俺が教えた関係者を訪ねてくれたはずで……

「その前に、昨日のジャガーズのゲームについて、意見を述べていいでしょうか」

 なぜ、そこから。出掛ける前に、ホテルで見た? 昨日のゲームは東部時間午後1時からだが、ロスは太平洋時間だから午前10時からだったはず。ホテルで見ていたらチェックアウトの時間を過ぎてしまう……というのは気にしすぎか。

「何か気になることでもあったか」

「あなたは後半からQBクォーターバックとして起用されましたが……」

 ダニーと交互だったのは納得がいかないとか言うんじゃないだろうな。そんなことをマギーが気にしても意味ないのに。

「……観客席のある一点をしばしば気にされていたようでした。エンド・ゾーン・エリアの上層部です。そこに何があったのですか?」

「物じゃない、人だ。君がチケットを譲った相手だよ」

「……ミス・スティーヴンスですか」

 もちろんそのとおりなのだが、おかしいな。俺は別に気にしたつもりはないぞ。

 いや、待てよ。ゲーム中にジェシーからの視線を感じたことがあったな。それ以後、無意識のうちに顔を向けたかもしれない。しかし、その様子が放送映像に載るものなのか。そしてマギーがなぜそれに気付くのか。

「君があの席に座っていても気付くはずなんだが、いつもはそこから少し横の、立ち見席へ移動するんだったな」

「はい」

「俺はゲーム中にそこも注意しているはずなんだが、君の姿がなかなか見つけられなくて」

「すいません。ゲーム中のほとんどの時間帯は不安で、フィールドを見ていられないので、両手で顔を隠しているんです」

 そりゃ気付くわけないわ。顔も見つけられないし、視線も感じないじゃないか。いくら前半の内容が、顔を背けたくなるくらいだからってさあ。

「ジェシーはゲームをずっと見てくれていたから、気付いたんだと思うね。君も見てくれていたら、気付くと思うよ。観客席のどこにいても」

「解りました。次からは目を背けずに見ることにします」

「そうしてくれ」

 とはいえ、ホーム・ゲームは残り一つだけなんだけど。さて、改めて、UCLAは。

「フットボール・チームのゲーム・スケジュールを管理しているミス・グレイス・ウィルソンに会ってきました」

 噂では映画女優並みの美人と聞いていたのだが、まだ未婚ミスだったのか。それはともかく、2061年12月のマイアミ大との対戦記録を教えてもらったと。ゲーム時間や出場プレイヤー、得点経過、観客数などは公開されているのだが、その他に何か特別なことがあったのではないか?

 するとミス・ウィルソンは、硬い笑顔で過去の公式発表を持ち出してきた。もちろん、俺の“不祥事”に関する件。それ以外にはもちろん何もなし。まあ、当たり前だな。

 しかし、問題はそこではない。過去にジャガーズの関係者から、この件に対して何度か問い合わせがあったに違いないのだが、誰が問い合わせてきたか?

「それを直接確認しに来たのはなぜかを解ってもらうのに、少し時間を要しましたが、とにかく教えてくれました」

「先に訊いておくけど、君自身も問い合わせたことがあるんだよな? 渉外の仕事として」

「はい。チームからの問い合わせは私が最初で、私からは一度きりです」

「その他には誰が」

「GMとミスター・トレッタからでした。ミスター・トレッタは3度問い合わせがあったそうです」

 なぜ3度も。しかしUCLA側の答えはいつも同じだったと。

「その他、ジャガーズの広報PRを名乗る人物から複数回問い合わせがあったそうですが、IDが確認できないため、何も回答しなかったそうです」

 問い合わせ元と情報ソースを保証するための当然の措置だが、その人物の名前についてはマギーも記憶にないとのこと。中にマギーの夫――もちろん偽名――が含まれているかもしれない。

「それから、もう一つ訊いてきてくれたんだよな」

「はい、フィリス・テイラーという職員について」

 そんな人物は現時点でいないし、過去のいかなる時点でもいなかった。UCLAフットボール・チームどころか、大学職員、学生に及ぶまで。マギーはその証明までもらって来てくれた。

 そして同じことを訊いた人物は他にいるかを問うと……

「ジャガーズからはミスター・トレッタが一度、それ以外でID確認が取れた人物が二人、確認が取れない人物から十数回……」

 やっぱりジョルジオはフィリス・テイラーの名前を知ってたか。マギーの夫から教えられたな。雑誌に載ったから問い合わせたという言い訳を用意しているだろうが、それ以前に問い合わせてたりしないのかなあ。

「ID確認できている二人とは?」

「LAクロニクルの記者ミスター・ジョニー・バーキンと、カリフォルニア州の探偵ライセンスを持つ人物からです。探偵の名前は教えてもらえませんでした」

 ああ、探偵の場合はそうだろうな。ただ、マギーの夫ではないだろう。彼はおそらくフロリダ州のライセンスだから。

 ベスに、その探偵に心当たりがあるか訊いてみる。黙って首を横に振るだけだった。

 さて、ロスでの調査はその2件で終わり。大いに時間が余って、戸惑っただろう。翌日の調査はサン・フランシスコへ行って、ニュース協会へ問い合わせ。もちろん、ジョニー・バーキンについて。当たり障りのないことが書かれた身上票をもらって終わり。

 ただ、そこに署名記事がいくつか書かれているので、その取材先をいくつか回って、彼の評判を聞いてきた。

「他のところで聞いたという情報を出して、インタヴューしようとするのですが、その情報はたいてい虚偽の内容だそうです」

 つまりガセネタの確認を無理矢理取ろうとすると。よくないやり方だが、そういう記者は彼だけじゃないだろう。しかし、誠実な記者でないことは判った。

 さて、報告は以上。ご苦労様とマギーをねぎらい、を出る。オフィス・エリアへ戻るマギーと別れ、ベスと共にグラウンドへ出る通路へ。ここでちょっと秘密の立ち話。マギーには聞かせられない件だ。

は食いついたのかな」

「今日一日、彼女の周りに注意しておくわ」

 マギーにわざわざカリフォルニアへ行ってもらったのは、実際のところ調査のためではなくて――結果は最初から判っているのだ――“ジャガーズの関係者が調査をしている”というのを、ジョニー・バーキンあるいはその背後にいる人物に気付かせるためだ。必ずや誰かが、マギーのことを調べ始めるに違いない。

 そしてその人物を、今度はベスが調べる。“スパイは、スパイされていることに気付かない”。もちろん、最終的には俺がそいつに会う予定。

「ところでもう一つ。会合場所のことなんだけど、他にできないか」

「あら、あそこには隠しカメラも盗聴器もないし、絶対安全な場所なのよ。それに、あなたは本当なら入れないところなんだから、いい経験でしょう?」

 そりゃそうだけど、だからってを会合場所に選ばなくてもいいのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る