#16:第2日 (15) [Game] VR都市観光

 さて、教会の中に入れるのだろうか。正面のドアは閉まっている。押したり引いたりしてみたが、開かない。鍵穴があるので、ピックを使えば……あれ? そんなはずはないか。俺が実際に持っている物が、VRゲームの中で使えるはずがないじゃないか。

 ゲームの中には、ゲームで使えるアイテムってのがあるはずだぜ。そうか、コマンド・モードで持ち物が確認できるのかもしれない。後でやってみよう。

 とりあえず、もう一つ名前が出たノッサ・セニョーラ・ド・ロザーリオ教会へ行く。目の前の教会の西へ回り込むと、下り坂があった。そこをコマンド・モードで、駆け下りるが如く高速移動する。道が真っ直ぐだろうが曲がっていようがお構いなし。楽でいいが、方向感覚が失われそうになるな。止まったときに、太陽の位置で頭の中の方角を補正しないといけない。

 ノッサ・セニョーラ・ド・ロザーリオ教会に到着。先ほどの教会とは、だいぶ趣が違う。正面の壁が、曲面なのだ。そして柱は着色ではなく、ライト・ブラウンの巨大な石を積んである。ただし、壁が古びて汚れているのはこちらも同じ。

 ここにもNPCは……ああ、いるね、また女の二人組が。どうして女二人組ばっかりなんだ? 別に、男女のペアだって構わないんだぜ、俺は。

「ここはノッサ・セニョーラ・ド・ロザーリオ教会よ。黒いマリア像と、天井画が有名なの」

 黒いマリア像って、これまでに何度か見たよな。それより、他に情報は?

「ここから西に、特に見るようなものはないわ」

 なるほど、この辺りがゲームの世界の西の端か。見えない壁があったりするのかね。しかし、他に何か情報をもらえないのかなあ。

「ところで、君たちはこれから他の教会も見に行く?」

「サン・フランシスコ・ヂ・アシス教会、ノッサ・セニョーラ・ド・カルモ教会と、ノッサ・セニョーラ・ド・ピラール教会を見に行くの。どれもアレイジャディーニョが手がけたファサードや彫刻があるのよ」

「アレイジャディーニョって?」

「18世紀のブラジルの有名な彫刻家で建築家よ。ブラジルのミケランジェロとも言われるわ。本名はアントニオ・リスボアで、アレイジャディーニョは身体障害者という意味なの。このオウロ・プレットや、同じミナス・ジェライス州のコンゴーニャ、サン・フアンにも彼の作品が多く残っているわ」

 ふむ、そういう有名人がいるのなら、憶えておいた方がいいな。

「ところで、これから一緒にコーヒー・ブレイクをどう? この近くに、チョコレート・ケーキがとてもおいしいお店があるの」

 え、そういう誘い方をされることもあるのか? 説明だけじゃないんだ。彼女たち、キー・パーソンズなのかなあ。一人はヒスパニックで、もう一人はアフロ・アメリカン。珍しい組み合わせだな。どちらも民族の特徴をよく表した美人なんだけど、容姿はこのVRデームではとりあえず無視だ。いや、本来の仮想世界だって、相手を容姿でどう扱うか決めてはいけないんだけれども。リアリティーの差かね。

「ありがたいけど、もう15分もしたら友人との約束した場所に行かないといけないんだ。君たち、今日はここで泊まり?」

「ええ、あなたのすぐ後ろにある、ソラール・ド・ロサリオよ。よかったら夜に遊びに来て」

 振り返ると、みすぼらしい家の横に、昨日塗り直したかのように綺麗なクリーム色の壁の建物があった。つまり、長距離バスでさっきここへ来て、丘の上の教会を見て、降りてきてホテルにチェックインして、目の前の教会から本格的に観光をスタートするところって感じか。こういう風に作り込んだNPCもいるんだ。なるほど。

「考えておく。来る時は、友人も誘うよ」

 挨拶をして別れ……いや、待て、他に見るところは? 教会前から南へ坂を下りて、コンセリェイロ・サンタナ通りを道なりに東へ行くと、さっき名前が出たノッサ・セニョーラ・ド・ピラール教会がある? 君らは先にケーキか。観光よりも食欲ね。改めて、礼を言って別れる。

 さて、あと15分。ノッサ・セニョーラ・ド・ピラール教会を見てから、広場に戻ろう。移動は一瞬でも、見るのはやはり時間がかかる。コマンド・モードで高速移動。路地のような細い坂を駆け下り、右手に丘陵を見ながら進む。

 あれ、どこだ、ここは。"R. Antônio Albuquerque"。道が違うじゃないか。どこで間違えた。バックワードで少し戻る。分かれ道を見逃していた。右に入ると"R. Conselheiro Santana"。さっきからまるで迷路。地図が欲しいが、どうすればいいのか。

 また進む進む。細い路地から、だんだんと道が広くなってきて、正面に白い壁、石造りの柱の教会が見えた。こちらも、最近塗り直したかのように壁が綺麗。もしかして、重要な地点は綺麗なのだろうか。まさか。

 教会前に到着したが、広場はない。狭い町ではよくあることだ。ファサードは装飾が少ない。入り口の上にゴシック風の模様があるのみ。いや、このVR世界ではデザインなんて観察する必要はないんだった。

 ここは最初からドアが開いていた。観光客がたくさん出入りしている。ということは、聞く相手がたくさんいるということだ。

「ハロー、ここは立派な教会だな。ノッサ・セニョーラ・ド・ピラール教会だろう?」

「そうよ、外はシンプルなデザインだけど、中は400キログラムの金を使った装飾で有名なの。あなたもぜひ見てみなさいよ」

 ぱっと目に付いた女に声をかけたら、それは女二人組の片割れだった。どうしてこうなるのだろう。しかも二人ともUネックの半袖シャツにデニム・ショーツ。ショーツはインディゴと白という違いがあるにせよ、なぜ合衆国からの観光客はみんな開放的な似たような服を着ているのか。このゲームの仕様なのか。

「そうか、ここは金の採掘で有名だから」

 当てずっぽうで言ってみる。

「ええ、そう。あなた、鉱山跡を見に行く? 私たち、町の中心部を見てから行くつもりだけど、一緒にどう?」

 また誘われてしまった。が、この後約束があると言って断る。二人が残念そうな顔をする。君らには俺の姿はどう見えてるんだろうな。アレイジャディーニョのことを訊くと、中の4人の天使像がそれだと言われた。他に何か見るべき物はあるのか。

「教会の北側に、シャファリーズがあるわ。噴水ファウンテンよ」

 教会本体と関係ないじゃないか。しかし礼を言って別れ、教会の中を見る。確かに、金の装飾が多い。いささかすすけてるけど。

 それから外に出て噴水を見に行く。下から噴き上がるのでなしに、壁の彫刻の口からちょろちょろと流れ出すものだった。北側はちょっとした崖のような急斜面になっているから、その地層の隙間から漏れ出している水を使ったのだろう。鉱山都市には、往々にしてこういう水脈がある。

 さてそろそろ時間だ、広場に戻ろう。と思ったら、どこかからピーピーという音が。視界の左上で、何か点滅している。コマンド・モードにしてみた。"Incoming Call from Cara Cebola"だと? どうやって応答するんだ。とりあえず「オフ・フック」と言ってみる。

「ハンニバル、そろそろ広場に戻ってよ」

 にウィルの声が聞こえてきた。驚いた。電話機能もあるのか。「解った」と答えると目の前の表示も消えた。「Go to the plazaゴー・トゥ・ザ・プラザ」と呟くと、目の前の景色が切り替わった。広場だ。目の前に3人がいる。どうも違和感があるな、このアヴァターは。

「ハンニバル、パーティー・モードにして。情報共有するから」

 やり方が解らないが、とりあえず「Party modeパーティー・モード」と言うと、目の前の右側に3人の顔のアイコンが、縦に三つ並んだ。その横に何か書かれているが、読む気が起こらない。

「じゃ、僕からね。まず、地図を共有するから」

 目の前の左側が、地図に切り替わる。便利なのか何なのか。しかし、どうやら中心はこの広場で、西側は、俺が歩いた道が含まれているようだ。どこを通ったか、色を変えて表示したりできるのかねえ。

「町の名はオウロ・プラット。ミナス・ジェライス州に金鉱として栄えた町があるが、そのままモデルにしていると思われる。シャヴィポルタンは金、あるいは鉱山に関係している可能性が高い。南側は、そんなに広くなかった。線路が東西に通っていて、駅があるんだけど、どうやらそこが南端らしい。駅の名は、町と同じオウロ・プラット。他に注目すべき施設は、この広場の南にある陰謀博物館ムセウ・ダ・インコンフィデンシア、ノッサ・セニョーラ・ド・カルモ教会、サン・フランシスコ・ヂ・アシス教会と、その前のコインブラ広場の市場、メルセス・ヂ・バイショ教会、それとファルカの丘モロ・ダ・ファルカ。コインブラ広場の市場は、おそらくそこでいろいろと買い物をすることになると思う。少し見た限りでは、土産物ばかりだったけど。ファルカの丘は、特に何があるわけじゃないけど、台地のように真っ平らで、石畳で滑走路みたいな細い道と、丸い広場が造ってあって、ちょっと気になった。以上」

 地図上に、ウィルが回ってきた施設がプロットされている。1時間でよくもこれだけ回ったものだが、ゲームに慣れているからだろうな。続いてフィル。

「北は山が迫っていて、かなり狭かったんだが」と前置きし、鉱山科学技術博物館、ノッサ・セニョーラ・メルセス・エ・ダ・ミセリコルディア教会、サン・セバスチャン丘展望台、ラジェス展望台を挙げた。北西の、俺が行かなかったバス停留所も見に行ったらしい。

 それからオリヴィア。サン・フランシスコ・ヂ・アシス教会とコインブラ広場は彼女もチェックしていて、他にアレイジャディーニョ博物館、シコ・ヘイ鉱山跡、パラシオ・ヴェルホ鉱山跡、サンタ・リタ鉱山跡と、「時間がなくて行けなかったけど」と言って“5月13日”鉱山跡を挙げた。鉱山はどれも金鉱であったらしい。

「で、ハンニバル、あんたは?」

 ウィルが訊いてくる。ところで、ウィルたちは互いをユーザーネームまたはその略称で呼び合っているが、俺もそうした方がいいのだろうか。

 とりあえず、三つの教会と、入らなかったカサ・ドス・コントス博物館のことを言う。

「ふーん、地図を見ても西側は確かに施設が少ないようだな。時間があればどこかの店に入って買い物か食事をして来て欲しかったけど、まあよくやった方だよ」

 一応、褒められてるんだろうな。おそらく、ゲームの素人同然の俺に期待していないし、きつく言っても仕方ないと思っているのだろう。お飾りフィギュアヘッドリーダーだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る