#16:第2日 (4) リオの交通 (2)
「では、
やけに嬉しそうな白髪の軌道交通マネージャーが、うきうきした足取りで俺を案内しようとする。もちろん、ヘーベも付いて来る。建物を出て、車の後部座席に白髪マネージャーと並んで座り、ヘーベが運転する間に、軌道交通管制室のあらましを聞く。
まず、種類。
「登山鉄道とロープウェイは独立してますから、管制と言っても保安装置の動作監視とカメラ映像監視くらいです。それから軌道交通とは全く関係ないが、フェリーの路線を一つ管制しています。対岸のニテロイへ行く航路。道路管制を新センターへ持っていくときに、置いていかれたような感じです」
白髪マネージャーはあくまでも陽気だ。港にライトレイルの駅があるので、“フェリーと接続している”という無理矢理な理由も付けられたそうだ。
「昨日、ポン・ヂ・アスーカルのロープウェイと
「ありがとうございます。何でしたらこの後、ライトレイルにお乗りになりますか。時間がないですか。それは残念。そうそう、
それから車の中で紙の地図を広げる。全ての軌道交通路線が描かれたもの。横2ヤード、縦1ヤード半という巨大さで、さすがにこれをタブレットで見ては全貌が掴めない。道路図では解りにくかったが、
その大元は1858年に開通したペドロ2世鉄道。それがブラジル中央鉄道、ブラジル連邦鉄道と引き継がれたが、道路交通に負けて衰退。84年にブラジル都市鉄道会社として近郊鉄道に生まれ変わったのだが、投資不足でやはり衰退。98年に民営化され、世界銀行からの融資で大改修を行い、2010年代にようやく
メトロは5路線が開通済みだが、中心街と対岸のニテロイ地区を結ぶ路線が、20年来計画中のまま頓挫しているらしい。「海底トンネルは街や山の下に掘るのと技術が全然違いましてねえ」ということだ。
「ニテロイ橋の上にライトレイルを通したらどうだ」
「もちろんそれも検討されましたが、中心街どうしを結ぶにはちょっと遠回りでしてね。ライトレイルだとスピードも出ませんから」
話しているうちにオペレイション・センターに着いた。こちらもガラス張りの高いビルディング。サンボードロモから4分の1マイルばかり西にある。ということは、気が付かないうちにまたサンボードロモを横切る道路を通ったのかな。どうでもいいことだが。
建物に入り、管制室へ。やはり先ほどと同じく、壁一面の巨大パネル・ディスプレイに、地図と監視カメラ映像と多種多様な情報表示。道路交通その他と分かれたのは、表示画面が足りなくなったのと、人が増えすぎたのが原因の一端だそうだ。
「別フロアに分けると大改装が必要だし、いっそ陸運局を建て替えてしまえと」
それから、ディスプレイを見ながら各軌道交通の管制システムについて説明を受ける。白髪マネージャーは本当に楽しそう。もしかしたら、ブラジルには珍しい
事故で
15分ほどで“整理”の目処が付いたようで、白髪マネージャーは満足げな表情で言った。
「日本の最新システムを移管してもらったのですよ。合衆国のシステムと比べてどうですかな?」
俺は鉄道システムの評価に来たんじゃないっての。
しかしその後も、各軌道交通の車両の評価――ブラジル・アルストムと日本製がいい――とか、
ただし最後の話題では、路線となる道路に近いファヴェーラをどうにかしたいが、行政が及び腰だというコメントがあった。ファヴェーラという言葉が出たのは、ステージのシナリオに何か関係しているかもしれない。
「ところで、俺は何を評価したらいいんだろうか?」
「おや、運転整理システムに、道路と同様、あなたの論文を参考にしたという話をしませんでしたか? まあそれは道路と同じだから評価の必要がない、ということでしたら、ライトレイルの延伸計画を見ていただけますか」
現路線は中心街とその北と東、つまり湾岸部に集中しているのだが、内陸の南西部へも広げたいと考えていているらしい。計画線はいくつもあるのだが、採算が取れるかを、どうやってシミュレイションすればいいのかが解らないと。南西部はたいてい道路が狭く、線路を敷くのに大改修が必要なのだそうだ。
「そういうときは
1号線のメトロ・オンゼ駅とエスタシオ駅のちょうど間に、センターがある。両駅からはそれぞれ400ヤード。また、すぐ北の市役所には、
もちろんそれだけではなく、例えばシウダーデ・ノヴァ駅の北500ヤードのところに、ライトレイルの終点がある。湾岸部から内陸の倉庫地区へ伸びてきて、そこで止まっているのだ。さらに、北東のブラジル中央駅や、東のカンポ・ヂ・サンタナ公園の近くを通る路線とつなぐ。環状にすると、運転系統の設定がやりやすい。
「なるほど、バス路線や車の流動だけでなく、歩行者の動線を調べることも必要ですか」
「それを、よく調べてみてくれ。今、俺が言ったのは、地図を見ただけの
「大変参考になりました。おや、もう時間を過ぎてしまいましたが、他に何かお聞きになりたいことは」
いつの間にやら1時半だ。道路が1時間の予定に対して、軌道が1時間半だったのは、交通の種類がたくさんあるからかと思っていたのだが、白髪マネージャーが話し好きだからというのが理由だったんだな。しかし移動の15分も含めて、2時間もかかるとは。
「十分だ。ありがとう、大変有用だった。もし俺の論文で質問があれば、財団を通じて問い合わせてくれ」
「ぜひそのようにします!」
白髪マネージャーは満面の笑顔で言いながら、強く握手をした。で、この後の昼食と意見交換は、どこで?
「会議室を使用します」
ヘーベが久々に仕事をする。リモート会議か。またさっきのところへ戻るのは、時間が無駄だものな。最上階の会議室に入り、ヘーベがセッティングをする。
リモート会議システムはすぐに立ち上がり、テーブルの反対側の巨大ディスプレイに、CET側の会議室の様子が映し出された。ほぼ実物大になっているが、これは俺の時代でも同じ。この頃からあったのか。
しかし、相手がいない。空席が映し出されるのみだ。ヘーベが電話しているが、今頃からメンバーを集めてるのかよ。10分ほどの間に、さっき会った4人がバラバラと集まってきた。営業部長が一番最後。これなら、連絡してからCETに行っても大差なかった。
意見交換をしながら、昼食。ほとんどは俺が感想を言うだけ。昼食は予想どおりサンドウィッチのパックとサラダのパックだが、食べているのは俺と白髪マネージャーだけで、向こうの4人は既に済ませた模様。そりゃ、2時だもんな。というか、彼らが遅れたのは、昼食を摂りに行ってたからじゃないのか。
無事終了し、白髪マネージャーともう一度握手をして、ヘーベに付いて外に出る。さて、ヘーベ、宿題は。
「えーと、バイオマス燃料車が63%、電気車が27%、ハイブリッドが7%、水素燃料車が3%です。これは都市部と近郊部の統計で、辺境部では化石燃料車がまだ少数ながら使われているはずですが、少なくとも国内では燃料の供給も保守もしていませんので、次第に淘汰されるはずです」
「世界的には電気車の割合がもっと多いが、ブラジルでバイオマス燃料車が多い理由は?」
「それは当国でバイオマス・エタノールの原料であるサトウキビが大量生産できるからです。そのため、研究が世界でも最先端レヴェルにあります」
ヘーベがちょっと得意気に言うが、それは俺も解ってて訊いてやってるんだぜ。何か自慢があるんだろうって。それにマルーシャが、バイオマス・エネルギーのことを言ってたしな。
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