#15:第6日 (2) 三美人と待ち合わせ
【By 主人公】
6時に電話のコール音。ひどく眠い。昨夜、アールパード橋でジゼルから聞いた“予告状”のことが気になって、ベッドに入っても寝付きが悪かったからな。
「
「
「まあ、遅くまでお仕事して、お疲れなのね。解ったわ。明日は7時にする」
夜遊びをしていたの、などと無粋なことを言わないのが
愛してるよと3回くらい囁きながら起き、電話を切ってランニングの準備をする。今朝は俺と一緒に走ろうとしている女がいるのだが、果たしてどうなることか。
自転車に乗って、マルギット島へ。いつも自転車を置くところに着くと、既にジゼルが来ていた。オレンジのスポーツ・ブラにスポーツ・ショーツ。女子陸上アスリートだな。
いつも思うのだが、あれはスポーツをするときにウェアの下に着るものではないのか。もしくはビーチ・ヴァレーの女子プレイヤーが着る水着。別に、好きで着てるのならウェアの面積なんかどうだっていいんだがね。
「
昨日は一日、小旅行をしていたはずなのに、どこで買ったんだか。待てよ、温水湖にずっと浸かっていたと言ってたな。じゃあ、あれは水着じゃないのか。それにしても胸が小さいなあ。手のひらサイズ。
「おはよう、ジゼル。俺は他人のウェアを評価しないことにしてるんだ。本人が、自分の能力に見合ったウェアを着てるはずだと信じてるからね」
「ジジって呼んでよ」
言い返すところはそっちかよ。ところで、隣にダフネがいるな。こちらはもちろん、走る姿ではなく、ゆったりとした紺の半袖ブラウスに、花柄のロング・スカート。気だるい表情がまた妖艶だ。ジゼルとは好対照。で、二人はいつ知り合いになったんだ。
「おはよう、ダフネ」
「
あれ、彼女にはアーティーと呼んでくれって言わなかったんだっけ? 昨日、夕食へ行く前に言ったような気がするけど、その後は名前を呼ぶ機会が一度もなかったんだったか。そういうことなら別に呼び名はどうでもいいか。
「今朝もあなたの走る姿を見ようと思っていたら、こちらのマドモワゼル・ヴェイユに声をかけていただいて。あなたの恋人候補でいらっしゃるそうですけど」
何を余計なことを吹き込んでいる。しかし、“候補”なら許しておいてやるか。“自称”が抜けているだけだからな。
「彼女は一緒に走ると言ってるんだが、俺は本気で走るんで、付いて来られないと思うんだ」
「そうなのですか?」
「そうかもしれないけど、気にしないよ。付いて行けないなら、途中で
ジゼルが偉そうに胸を張りながら言う。どうせ真面目に走る気はないと思ってたから、好きにすればいいさ。
まず準備運動。念入りにやるのだが、ジゼルは俺の動きを見ながら楽しそうに真似している。身体を見ると普段スポーツをしていないのは明らかで、スレンダーと言うよりは
ダフネの方はというと、俺とジゼルの準備運動を静かな笑みを浮かべながら見ている。何が楽しいのかと思う。
「今朝は君の妹たちはどうした?」
「彼女たちは他のことに興味があるようなので」
他の
「そのうち、3人揃ったら食事にでも」
「ありがとうございます」
「僕からは頼まないと誘ってくれないのに、ダフネや彼女の姉妹は自分から誘うんだね」
ジゼルが口を尖らせて言う。だってお前はターゲットと何も関係ないんだもん。
準備運動を終えて走り出す。最初は手加減してやり、ジゼルはすぐ後に付いてくるが、4分の1マイルほど行ったところから、徐々にスピードを上げる。ジゼルは「ヘイ、
15分ほどでアールパード橋。折り返して、5分ほどでウォーター・パークに近付くと、笑顔のジゼルが待っていた。宣言どおり
島の南の端まで行って、折り返す。スタート地点に戻ると、ダフネが優しい笑顔で手を振ってくる。特に何も反応せず通り過ぎる。また前方にジゼルが現れた。
すぐにジゼルを置き去りにし、アールパード橋で折り返す。ウォーター・パークにジゼルはいなかった。スイミング・プールまで来たら、今度はジゼルと共にダフネまでいた。「止まってくださいな」とダフネが言う。
「
通せんぼをされているわけではないが、止まる。ジゼルなら悪戯かと思うが、ダフネなら何かあると思わないといけない。昨日会ったばかりの女を信用するなんて、俺としては珍しいことだが。
「ここから、スイミング・プールの中が見えます。誰か泳いでますでしょう?」
プールを外から覗くなんて趣味が悪いが、見ると、確かに屋外のプールで誰か泳いでいる。そして、まるで見られているのに気付いたかのように、その人物が泳ぎをやめ、プールの中からこちらを見た。髪がスイミング・キャップに包まれているが、女であることは容易に判って……待て待て待て、マルーシャ!?
「あの方をご存じですか?」
「ああ、オペラ歌手の、マルーシャ・チュライ……」
「サリュー、マルーシャ!」
俺の横で、ジゼルが大声でマルーシャを呼び、手を振った。マルーシャも小さく手を振る。何なんだよ、君ら、マルーシャがここで泳いでるのを、どうして知ってるんだ?
「アーティー、君は知らなかったの?」
「知るわけないって。俺は彼女の行く先をつけ回してるわけじゃないんだから」
ジゼルはともかく、ダフネがどうして知ってるんだよ。俺に声をかける前から、マルーシャと会っていたのか。マルーシャがダフネが見つけ出したんだろうな、キー・パーソンだし。で、ここから俺にプールを覗かせることに、どんな意味が?
マルーシャはしばらくしたら、また泳ぎ始めてしまった。
「ランニングを中断させてしまって、失礼しましたわ。どうぞお続けになって。私もさっきの場所へ行きますから」
「ああ、解った」
また走り出す。ダフネはそこに立ち止まっていたが、ジゼルは追いかけてきた。が、もちろんすぐ置き去りにする。
スタート地点まで戻ると、ダフネはいなかったが、やがて別の方向から歩いてきた。整理運動をしていたら、ジゼルもようやく追い付いてきた。
「アーティー、疲れたよう!」
こら、抱き付いてくるな! 整理運動ができないだろうが。
「それで、先ほどの意図は?」
絡みついてくるジゼルを振りほどき、整理運動を済ませてから、ダフネに訊く。ジゼル、君もちゃんと整理運動をしないと、明日筋肉痛になるぜ。
「彼女は間もなく水泳を終えてこの辺りを通りがかるでしょうから、そのときに皆さんでお話ができればと思って」
ジゼルにも話をするのかね。単なるヴァケイション中の
「君とマルーシャ・チュライはどういう関係?」
「私が彼女のことを知っているだけで、全く面識がないのです。だから、あなたに彼女を紹介して欲しいと思って」
はあ、君、何言ってんの? 面識がないって、どういうこと? さっきの俺の想像は、全然外れてるじゃないか。
「君のことを紹介しようにも、君がどういう人物か、よく解ってなくてね」
「あら、では、昨日はなぜお話をしてくださったのです?」
「学問について語り合うのに、十分な知識と意欲を持っていると感じたからさ」
「では、マドモワゼル・マルーシャと語り合うのに必要な資格とは何でしょう?」
「芸術を理解する心!」
こら、ジゼル、余計な口を出すな。しかし、そのとおりだよ。ただしそれはうわべの理由で、実際のところはマルーシャが君に興味を持つかだよ。恐らく持つと思うけどさ。
「じゃあ、俺は君を友人の一人として紹介するから、君は適切に自己紹介してくれ」
「もちろん、そのように致します」
川岸から、道路へ上がる。百周年記念碑が立つ円形の広場の辺りでマルーシャを待つことにした。ただし、座るところがないのが困りもの。ベンチは川沿いにしかない。
で、ジゼルとダフネはどういう関係だって?
「今朝初めて会ったんだよ。とても感じのいい人だから、友達になれるかと思って」
君は気に入ったらとにかく声をかけるんだな。相手が男でも女でも。
「僕がここで、恋人と待ち合わせをしてるって言ったら、ダフネがアーティーの名前を出してきて。僕からアーティーを奪おうとしてるのかと思ったけど、話したらそうじゃないって解ったから、友達になったんだよ。アーティーのことを教えてあげながら、一緒に待ってたんだ」
奪おうとしてるって、俺がいつ君のものになったんだよ。俺は身も心もメグに捧げてるんだよ、この仮想世界の中ではな。それに俺のことを教えるって、君が俺の何を知ってるんだ。
あっ、待て、まさか盗聴で知ったことをべらべらと。
「私はあなたと論文の話しかしたことがありませんが、マドモワゼルはあなたとデートしたときのことを話してくださいましたわ。それから、奥様をとても大事にされていることも」
デートのことはまだしも、メグのことは
余計な心配をしている間に、向こうからマルーシャが来るのが見えた。朝の新鮮な光を浴びて、何と美しいこと。それに俺とジゼルを見つけたときの、花のような笑顔といったら!
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