#15:第2日 (6) ブダペスト半周の旅
【By 主人公】
昼食はケータリングのサンドウィッチとサラダ・パックを予想していたのだが、外へ食べに行くことになった。しかし、連れて行かれたのはキラーイ通りのハンバーガー・ショップ。場所はともかく食べ物の質的には大差ない。俺が合衆国民だからそうしたのかと思ったが、交通会社の連中の多くはここへ食べに来たり、買って持ち帰ったり、配達してもらったりしているらしい。
副社長は来なかったが、技術顧問と営業顧問、それに技術の説明をした担当者の4人でハンバーガーを食べた。合衆国の粗悪なチェーン店のものと違って、うまかった。特にトマトが。
食べ終わると会社に戻らず、技術顧問と説明担当者が帰って、女が一人やって来た。長い黒髪を編み込み、赤いボストン・フレームの眼鏡をかけて、計算がよくできそうな顔をしている。要するに頭がよさそうと。
名前はトート・エディナ。女の名前は憶えようという気がする。プロポーションは可もなく不可も……それはどうでもいいとして、ここからどこへ行くのかと思ったら、地下鉄駅――デアーク・フェレンツ
地下に降りると、車両が置いてある一角へ連れて行かれた。地下鉄博物館だそうだ。地下道の一角に過去の車両や模型、昔のダイアグラムを置いただけの小規模なものだ。車両の中には昔の服を着たマネキンが座っていたりする。
たぶん、鉄道好きには嬉しい展示かな。ハンガリーって鉄道好きが多いのか。ドイツ、イングランド、日本に多いのは知ってるが。で、これって俺の研究と何か関係ある? それとも、もはや仕事は終わって単なる観覧なのか。エディナがいちいち丁寧に説明してくれる。君の仕事の範囲外だろうに。
見終わると、
「なぜかお解りになりますか?」
エディナが眼鏡の奥から愛らしい目で見つめながら訊く。大丈夫、もちろん調べてある。
「道路を開削して作ったからだ。建設費を圧縮するために深く掘らず、天井も低くした」
「よくご存じですね」
「地下だったのは
「あら、そんなことまで」
「地上に出たところに
「私の案内、必要ないでしょうか?」
「他のところの説明はもちろん君にお願いするよ」
「かしこまりました。でも、地下鉄について一つだけ。当時、
「“
「君とゲッレールト温泉へ入りに行くのかな」
「それはまたの機会に。これからこの系統の終点、ケレンフェルドまで行って、1番系統にお乗りいただこうと思います」
1番系統は技術顧問が最初に言っていた「三重の半円環構造」の2番目を為す路線で、常に最新車両が投入されたり、最新の軌道敷――例えば剛質構造舗装や芝生緑化軌道――を採用したりしているらしい。つまり、
南西に向かうバルトーク・ベラ通りを延々と走り、20分ほどでケレンフェルドに到着。電停の他、国鉄駅、地下鉄駅、バス・ターミナルがある市南西部の一大ジャンクションだ。1番系統の電停はバス・ターミナルを挟んだ少し離れたところにあり、そこまで歩く。
「終点のヴォロシュヴァリ
「うまくできてるな。警察の訪問が終わったら、一人で残りの部分に乗ろう」
「じゃあ私、それまで待っていた方がいいでしょうか?」
目が真剣なのでジョークに聞こえないな。電車は出発するとすぐ交差点を右折し、東へ向かうが、緑化芝生軌道になっている。ここには元々中央分離帯があって木を植えていたため、それを軌道化する代償として緑化したらしい。
道路の両側には高層
ラコーツィ橋でドナウ川を渡る。市内が大河で真っ二つというのは大変なことで、大きな橋を七つも架けているが、そのうち俺は一つ北のペテーフィ橋以外、六つも渡ったことになった。
んん、待てよ、アールパード橋はマルギット島から上がったことがあるだけで、渡ったことがないのか。地図によれば、このまま1番系統に乗っていくとアールパード橋を渡るのだが、その手前で降りることになってるんだよな。やっぱり後で乗りに行くか。夕食の約束に間に合うかな。
「一つ、ご意見をお伺いしたいことが」
ラコーツィ橋を渡りきったところでエディナが訊いてくる。なぜにそんなに身を寄せてくるのか。
「何でもどうぞ」
「ドナウ川の東岸に沿って、2番系統の路線があります。この1番系統と交わるところまで伸びてきているのですが……」
エディナが説明しているとき、まさにその電停の上を通った。2番系統はここが終点で、
……訊くのはいいけど、それって俺の専門じゃないぜ。
「つなげた方がいいのは間違いないな。放射状の路線は中心部から直通するだけじゃなくて、中心部を通り抜けるようにする、つまり反対側ともつないでしまうのが一番いいんだ。シミュレイションでも結果が出てる。ただ、中心部の側が
郊外電車とは編成の車輌数が違う。
「そうすると、相互乗り入れはやはり地下鉄と郊外電車ということになるんですね」
「そう。ただ、郊外電車の距離が短ければ……でも、6号線は長いんだな。だから、片乗り入れという方法がある。路面電車は郊外電車の一部の区間だけに乗り入れ。郊外電車は乗り入れない」
「参考にさせていただきます。そうすると、郊外電車7号線なら短いから相互乗り入れができるんですね?」
7号線は少し北のペテーフィ橋付近で2番系統と接続し、そこから南へ約6.5キロメートル……4マイルほど。それなら確かに路面電車が乗り入れられる距離。というか、全線路面電車にしてもいいと思うけど。
「路線建設の経緯もあったろうし、運営会社が違うんじゃ、俺の口出しすることじゃないな」
しかも、俺の専門と何も関係ないんだって。話をしている間に電車は北東へ進路を変え、多目的スタジアム“グルパマ・アレーナ”の脇を通る。サッカーの国際試合に使われるが、ここをホームにしているチームはないらしい。なんともったいないこと。フットボールもできるようにしてくれないか。
その先で、国鉄の線路の下をくぐる。両脇の道路も一緒にだ。こういうとき、普通は陸橋で越えるものだが、どういう配慮があったものだろうか。線路は近くに巨大な貨物ターミナルでもあるのか、全部で9本も通っていた。
「下をくぐってしまったので見えませんでしたけど、すぐ横に交通博物館があったんです」
エディナが教えてくれる。交通博物館は元々
ヒデクチ・ナーンドル・スタジアムの横を通り、進路を北へ。そして
道路のランプが頭上を越えていくところに、カチョー・ポングラック電停。ほぼ真下の地面を
「乗り換えできるようにした方がいいでしょうか?」
「200メートル東にメキシコ
1号線と乗り換えできるようになると、1番系統は
「どうでしょうか、多数の路線と交わっていて、半環状路線としてうまく機能していると思うのですが……」
「そうだなあ。客は少ないけど、頻繁に入れ替わってるし、乗換駅での乗降は多いし、いいんじゃないの」
他にどう言えと。それに、近付きすぎなんだよ、エディナ。前をよく見たい、と言い訳しておいて、運転席の横に立つ。エディナが後ろにへばりついてきた。余計状況が悪くなったかも。肩越しに息吹きかけてくんな。
しばらくしてゴンツ・アールパード電停に到着。右手にひときわ異彩を放つガラス張りの建物が見えたが、あれが警察本部であるらしい。横断歩道の信号が代わるのを待ちながら、エディナに礼を言う。
「案内してくれててありがとう。なかなか興味深い乗車体験だった」
「こちらこそ、専門外のことについてのご意見を求めて申し訳ありませんでした」
解ってんじゃん、最初から。で、君はこのまま
「警察本部の入口までお送りします。先方に引き継がないと」
いや、そうだとしても、別に俺の左腕を掴みながら身体を密着させてくる必要はないだろ。君が別の目的を持ってるように思えて仕方ないんだけど。
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