#14:第6日 (5) 無人島の楽しみ (3)

「島を一周してきたわ。とても楽しかった。岩場がたくさんあるんだけど、波が寄せる高さのところだけ、岩が削られてるのね。その岩の上から海に飛び込んだりしてたのよ。水着が外れて大変だったけど」

 最後に余計なことを言うんじゃない、ロレーヌ。しかし、水着をなくさないでよかったよ。メグがビキニを着けているところも見たいからな。服の下に着ているのは見たことあるんだが、水着だけになったところはまだなんだ。ただし、他の男がいないところが条件で、ここなら最適なんだけど。

「あなた方、飛行機の時間は? 夕方の便に乗るのなら、もう戻った方がいいけど」

 ディアヌが親切に訊いてくれるが、出発は明日なのでゆっくりできる、と答える。

「じゃあ、明日も来なさいよ。楽しいでしょう?」

 そうやって誘うところが、オーストラリアのハンサム・インストラクターと全く同じだよ。どうするか考えておく、とかわした後で、何か面白いアクティヴィティーはあるか訊く。

「島は一周回っちゃったし、そうね、隣のメトワイヌ島を見に行ってみる? ここの10分の1くらいの小さい島だけど、周りの珊瑚礁がすごく広いのよ」

「そこで泳ぐこともできる?」

 ロレーヌが嬉しそうに訊く。お前、さっきまで飛び込んだりしたって言ってたろうが。疲れてないのか?

「もちろん、できるわよ。ただ、ボートバトーが流されないようにしないといけないから、私は泳げないけど」

「じゃあ、アーティーが一緒に潜ってよ」

 なぜ俺を誘う。しかし、俺の代わりにメグを泳がせると、俺がボートの上でディアヌに襲われる可能性がある。考えたら簡単な話で、3人で泳げばいい。そうすることにして、ボートに乗り込む。

 メトワイヌ島へは北西へ1マイルほど。本当に小さな島だが、上陸はせず、その南側のラグーンの中にボートを泊める。ロレーヌがはしゃいで海に飛び込む。その時の表情といい、本当にガキになってきた。「水着が外れないように気を付けて」と冷静にメグが指摘する。

 俺とメグはゆっくりと海に入る。足が着かないので、メグに手を引いてもらって水面に浮かび、海の底を覗く。今度は魚がたくさんいた。ロレーヌも潜っている。魚のように滑らかな動きで、人魚マーメイドという言葉を連想する。

 それで思い付いた。メグに潜ってもらい、それを上から眺めるのも面白いかもしれない。が、一人でいると溺れる可能性があるので、実現は難しそうだ。ボートに乗ったまま、ゴーグルで海の中を見るというのが一番楽でいいんだがなあ。

 その命綱であるメグの手を、ロレーヌがふざけて引っ張る。メグが"Wow!"と声をあげる。笑顔だが、本当はやめて欲しいと思っているに違いない。こうして見ていると、仲の良い姉妹……にはさすがに見えないか。顔つきが違いすぎるからな。

 しかし、その違いがいい対比なので、無人島ツアーの広告PRに使えるだろう。ただし、場所よりも「モデルの名前を教えろ」という問い合わせが殺到するかもしれない。ロレーヌはともかく、メグが他の男どもの興味の対象になるのはよろしくない。彼女は俺だけのものなんだから。


 ラグーンの中で30分ほど遊び、ボートに戻った。ロレーヌはまだ遊びたそうにしている。ガキのくせに体力があるねえ。ディアヌの案内で、メトワイヌ島とその周囲の珊瑚礁をボートで一周してから、ジー島へ帰還。

 疲れたのでまたビーチ・チェアで休憩。泳ぐのはゲームやトレイニングよりも疲れる。メグがディアヌから水をもらって来てくれた。疲れ知らずのロレーヌは、「もう一度探検に行ってくる」と言って原生林の中へ入っていった。今度はディアヌが付いていったようだ。またメグと二人きりになれた。

「君は思っていたよりも泳ぎがうまいな。午前中からそう思ってたんだけど」

「実は、少しだけ練習しました。あなたとお会いできなかった間に。でも、プールで25メートルを泳ぐのが精一杯です。もっと若いときに習っておくべきでした」

「君はまだ若いから大丈夫だよ。俺も一緒に習うと言ったら、上達が早くなるかな」

「ぜひそうしたいです! スクーバもやってみたいですし……」

 それはきっとハンサムなインストラクターが割り込んできて、いや、どうしてそういう展開を考えてしまうのかなあ。とにかく、メグと一緒にいろいろしたいのは俺も同じだから、何とか策を考えよう。

 意外にもロレーヌたちが早く戻って来て――たぶん、道が見つからなかったのだろう――また浅瀬でスノーケリングをしたいと言う。そしてあろうことか「アーティーと一緒にしたいわ」と言う。メグも付いて来ようとしたら「ダメ!」。女と一緒にいるのは飽きたのかもしれない。たぶん、父親代わりに慕われているのだろう、と思っておく。

「足の着かないところへ行かんぞ」

「いいわよ」

 しかし、万が一溺れたらメグに助けに来てもらうよう頼んでおく。ガキはそういう場面になるとパニックを起こして、何もできなくなるからな。

「それから、もう一つ言っておくが」

 深みに向かって歩きながらロレーヌに警告する。

「何?」

「水着は絶対外れないように気を付けておけよ」

「本当は脱いで泳ぎたいくらいなのに。その方が気持ちいいのよ」

 そういうことを言うか。もしかしたら、ディアヌと一緒に島を一周してるときに「脱いだ方が気持ちいい」と気付いて、俺とメグが見てないところでずっと脱いでたんじゃないかという気がする。

 ロレーヌは水着の紐を締め直してから、俺に水をかけ始めた。ガキだ。しかし、冷たくて気持ちいいので放っておく。かけ返していいのに、と言われそうな気がしないでもないが、恋人ならまだしも親は子供とそんな争いをしないだろう。ロレーヌの足が着かなくなったところで――俺はまだ顔が出るが――スノーケルを着けて泳ぐ。

 ロレーヌはすぐに潜りたがるが、俺は浮いたまま。ロレーヌの周りにはなぜだか大量の魚が寄ってくる。魚にも通用するフェロモンを放っているのかもしれない。そういえばオーストラリアでは、ノーミの周りに人だけでなく動物まで群がってたな。確か蝶も。

 フェロモンの働きというのはよく解っていないのだが、仮想世界なら実現するのは逆に簡単だろう。物質ではなく、パラメーターを設定すればいいだけだ。

 海から浮かび上がってくるたびに、ロレーヌはニコニコと俺に笑いかける。何がそんなに楽しい。しかし、子供が親と遊んでいるときはこういうものだろう。子供は遊び自体だけでなく、“親が見ていること”も楽しいと感じているはずだ。

「泳ぎを教えてあげようか?」

 そしてこんな余計なことまで言う。

「君は泳ぎを習ったことがないらしいが、なぜ泳げるんだ」

「知らないわ。見よう見まねで手足を動かしてるだけよ。その代わり、他のスポーツはちっともうまくならないし」

 なるほどね。天性の才能ナチュラル・タレントってのは人によってそれぞれだからな。マルーシャみたいに、あらゆる才能を持ってそうってのが異常イレギュラーなんだよ。

 俺も現実世界で、人に好かれる才能がもう少し欲しかった。一番、得な能力はやっぱりそれだ。好かれない限り、才能があっても活かせない。活かす場を与えられない。別に、今みたいな催眠術の才能は要らない。ごく普通に人から好かれれば、それでいい。

「泳ぎを教えなくていいの?」

「見よう見まねではできないんだから、適切なインストラクターに習うことにするよ。我流を伸ばしても仕方ない」

「そうなの、残念だわ」

 何が? もしかして、君も俺の身体を触りたかった? いや、違うな、「他人に何かを教える」ことをしたかったんだろう。親が子供に自転車の乗り方を教えるような感じで。こっちが親代わりだと思ってたら、向こうも親の真似をしたかったのか。両親に言って、弟か妹を作ってもらえよ。

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