#14:第6日 (4) 無人島の楽しみ (2)

 また30分後にビーチへ戻る。ディアヌが、これから昼食の準備を始めると言う。

「12時くらいにできあがるけど、その間に海には入らないでね。島の中を探検して来るといいわ」

「行きましょうよ!」

 ロレーヌがなぜかやる気を見せる。表情も活き活きとしている。ありがちなキー・パーソンの態度に近付いてきた感じだ。しかし、残念ながら今回は君の相手はしない。メグはディアヌの料理の準備を興味深そうに見ているが、探検に連れ出す。このままにしておくと「料理を手伝います」などと言いかねない。

 島の中は原生林、というほどではないが、もちろん無人島なので道があるわけではない。サンダルで行くと石や木切れで怪我をするかもしれないので、ウォーター・シューズを履く。俺とメグの分はメグが用意してきたが、ロレーヌの分はディアヌから借りる。

 ロレーヌが隊長のように先頭に立って、道なき道を行く。いや、実は道らしきものはある。ここにはほぼ毎日のようにツアー客が来るので、踏み分け道が作られてしまっている。

 先を歩くロレーヌの、濡れた水着に包まれた尻が揺れる。形はいいものの、まだまだガキという気がする。

 メグを先に行かせたら、その愛らしい尻を堪能できるのではないか、と考えたが、メグはなぜか俺の後から付いて来ようとして、どうしても先に立ってくれない。レディー・ファーストという言葉があっても、こういう時は確かに男が先に行くものだが、その前に別の女がいるので、決められた順序なんてあってなきがごとしだという、つまらない雑念で頭を満たす。

 島はヴァイオリン型パンドゥリフォームをしていて、上陸したビーチはその胴の窪みの一つなので、胴を横切ると最短で島の反対側へ行ける。わずか200ヤードほど。到達したところも白い砂のビーチ。ロレーヌが満足そうな顔を見せる。何がそんなに満足なのかと思う。

「島の周りを一周できるかしら」

 砂があるのはこの窪みの部分だけだが、その向こうの岩場を見ながらロレーヌが言う。木が生い茂っていないところもあるし、行って行けないこともないと思うが。

「ディアヌに頼んでボートで一周する方がいいんじゃないのか」

「そうね、訊いてみるわ」

 上陸できそうならボートを着けてもらえばいい。午後からはそうすることにして、しばらくここで景色を眺めてから戻るかな、と思っていたら、ロレーヌがまた砂山を作り始めた。好きだな、おい。それをメグも手伝う。

 そうなると負けていられないので、俺は波打ち際の湿った砂を使って山を作る。湿った砂の安息角は45度くらいなので、すぐに女たちの山より高くなる。

 しかし、女たちは高さを競い合う気はないらしい。たぶん、さらさらの砂の手触りと、山を流れ落ちる砂の様子を楽しんでいるのだろう。土木工学シヴィル・エンジニアリングに興味のある女が少ないのは、そういう感性の違いのせいだ。

 無事トンネルを貫通させたが、記念に残していくことにする。女たちの山もそのまま残っている。

 帰り道、先を行くロレーヌの後ろ姿を見ながら、メグが囁いてくる。

「彼女は後ろ姿も均整が取れていて、さすがモデルという感じですね。羨ましいです」

 均整は取れているけれども尻が貧弱すぎると思っていて、ここにも感性の違いが現れているようだ。

「俺は君の後ろ姿を十分に見たことがない。評価したいから見せて欲しい」

 囁き返すと、メグは笑顔で手を強く握り返してきたが、俺の前に出ようとはしない。ここで見せずにどこで見せるのかと思う。

 元のビーチに戻ると昼食ができあがっていた。珊瑚の石でかまどが作ってあり――常設のものだ――、そこに網を載せて調理していた。魚の蒸し焼きとライス。どちらも塩味が強い。ライスは海水で炊いた? それはどう考えても塩辛すぎるのでは。

「喉が渇くでしょう、ビールはどう?」

 ディアヌが"Number One"というビールを勧めてくる。ビール代はツアーの料金に含まれているが、昼間からは飲まないんだよ。しかし、メグには飲ませる。こら、ロレーヌ、お前はまだ16歳じゃないのか。

「フランスでは16歳からビールを飲んでいいの」

 そうなのか? しかし、余計なものは食べないのに、ビールは飲むのか。

「でも、このビールはアルコール5%です。法律では確か3%のはずですが……」

 メグが心配して指摘する。いろいろ細かい法律だな。

「だったら薄めればいいわ」

 そう言ってロレーヌは、今度はココナッツ・ジュースを飲む。胃の中で薄めればいいとでも言うのか。そりゃ、飲みたいのなら好きにすればいい。しかし、飲み過ぎて海で泳ぐと溺れるぞ。

 海で身体を動かした後なので十分食べて、終わったらしばらくゆっくりしようと思うので、ビーチにパラソルを立てて、その下にビーチ・チェアを置く。寝転がって、景色を眺めるか、眠くなったらそのまま寝てしまうか。どちらでも気分次第だ。

 もちろん、メグ用のチェアを隣に置いて侍らせる。パン島イル・デ・パンのホテルでしようと思っていたことが、ようやくここで実現できた。ただし、朝日でも夕日でもなく真昼の海を見ている。眺めがよければ何でもいいという気がしてきた。

 ロレーヌはディアヌと話している。きっとボートを出してもらおうとしているのだろう。


 昼寝から目が覚めた。まどろむだけのつもりが、本当に寝ていたようだ。時計を見ると、2時。1時間ほど寝たのかも。今朝は少し中途半端なタイミングで起きて、悶々としていたからな。あれはなかなかつらい時間だった。

 隣を見ると、メグがビーチ・チェアを少しだけリクライニングにして、本を読んでいた。俺がじっと見続けていると、視線が刺さったのか、こっちを向いた。楽しそうな笑顔だ。

「何を読んでるんだい」

「小説です」

 表紙がちらりと見えた。男と女が抱き合っているが、ヌードではない。恋愛小説だろう。まさかハーレクインか。メグがそういうのを読むなんて、思ってなかったぞ。

「どういうストーリー?」

「愛の冷めた結婚生活に疲れたコンシエルジュの女性が、世界的な研究者と出会って、本当の幸せをつかむんです」

 そんなハーレクイン小説があるわけない。あれの典型的なヒロインは「取り立てて優れたところはないけれど、素直で健気な女性」だ。メグは美人で有能なんだからヒロインの資格がない。そして典型的なヒーローは「容姿端麗で頭脳明晰な若い金持ちで、プライドが高く強引な性格」。俺と一つも合致していない。

 仮想世界の中の設定ですら、かろうじて“頭脳明晰”が引っかかるくらい? あ、例のカードを使えば金は無制限に使えるから、一応金持ちなのか。しかし、性格が全然違うぞ。

「その研究者といると、いろんなトラブルに巻き込まれるんじゃないか」

「それはありませんが、ヒロインが誤解されて捨てられそうになることがあります」

 ほら、俺なら絶対そんなことはしない。ただ、仮想世界が終わるときには別れなきゃならないってだけだ。俺が出て行ったら、違う男と同じような出会いと恋愛をするのかもしれないな。

「今日中に読み終わりそう?」

「いいえ、読み終えるつもりはありません。お話より、現実の方が楽しいですから」

 確かに、メグにとってはこの仮想世界が現実。だから、今日と明日はメグを楽しませてやらなければならない。そうすることは俺にとっても楽しい。ただ、その後が問題。しかし、俺が一人で考えたって解るわけがない。メグを連れて、このステージを出られるのかどうかなんて。

「十分休憩したし、次のアクティヴィティーをしようか。ロレーヌとディアヌはどこへ行ったのかな」

「ボートで島を一周してくると言っていました」

 昼前に言っていたことを実行したわけだ。いつから出かけたって? もう1時間も前か。つまり、1時間もメグと二人きりだったのに、俺はずっと寝てたってこと? それは寂しい思いをさせてしまって申し訳ない。起こしてくれればよかったのに。

 今からでも遅くはないから、楽しい時間を……と思ったら、ロレーヌたちが戻って来てしまった。何が「ボンジュール、アーティー、メグ!」だ。間の悪い奴め。

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