#14:[JAX] 電話の罠

 練習時間の休憩中に、メッセージを二つ受け取った。どちらもマギーから。一つは「注文の本が届きました」。素晴らしい。今夜はマギーの部屋で泊まることができるわけだ。早く練習を切り上げたくなってきた。

 もう一つは「CL3は今夜ジムへ行きます」。解ったガッチャ。でも、あまりうまくない符丁ジャーゴンだ。CLはチア・リーダーのことだろうけど、3人のことをCL3ってのは、どうもなあ。これじゃあCL3世ザ・サードのことだよ。マイアミ大にクリス・リトルトン3世ってのがいて、CL3と呼ばれていた。“3人のチア・リーダー”なら3CLsとすべきだろう。

 いやいや、どうせなら3人のイニシャルを並べてNBLはどうだ。ノーラ、ベス、リリー。これなら、他の人が見たらバスケットボール・プレイヤーと間違える可能性の方が高い。それでこそ符丁ジャーゴンにする価値があるってものだよ。次に符丁ジャーゴンを使ってやりとりするときは、マギーに教えてやることにしよう。

 ともあれチア・リーダーの件は、休憩が終わる前にボビーに伝えておく。これで自動的にほぼ全プレイヤーに伝わるだろう。もちろんノーラのことを気にするヴォーンにも。後はダニーに言うかどうか。週末のことで頭がいっぱいだろうから、やめておくか。

 そのダニーのやる気がありすぎて、QBクォーターバックユニットのミーティングが終わるのが遅くなった。10時半にジムへ行くと、人が多いのなんの。普段、この時間帯には来ないテディーやカールやJ.C.までいる。そんなに女が見たいのか。

「ハイ、アーティー」

 クロス・トレーナーを使いに行くと、ベスに声をかけられた。また俺の“専用”マシーンを使っている。今日からは隣のを俺専用にしよう。

「ハイ、ベス。今日はたくさん来てるだろ」

「ええ、本当。ゲームが近いとこうなるのかしら?」

「君たちが来るから、いいところを見せたがってるんだ。トレーニングが終わったら誰でも好きなのを連れて帰っていいよ。きっと食事をおごってくれる」

「こんな時間から食事はしないけど、就寝前のハーブ・ティーが飲めるなら行ってもいいわ」

「そういうのを飲める店を知ってる奴はいないだろうから、君が紹介してくれると助かる」

「店は選ぶから、あなたは人選をお願いね」

「どうして俺が」

「だって、この場ではあなたが調停者アービターだって聞いたわ」

 誰がそんなことを。まさかマギーか。仕方ないな。マシーンをあちこち渡り歩きながら、本日ニュー・カマーの3人に声をかける。テディーとカールとJ.C.。彼らなら話がうまいから、CLたちも喜んでくれるだろう。

 その3人とCLたちを先に店へ行かせ、O Lオフェンシヴ・ライン守備ディーたちとの“オーヴァー・オーヴァータイム”が終わってから合流する。といっても、ちょっと顔を出すだけにして、その後でO O Tオーヴァー・オーヴァータイム組の夜食に付き合う予定なのだが。


 電話で教えられた店に行くと、女が4人いる。なぜかヴィヴィが来ている。テディーがベスとヴィヴィを相手にしている。ベスが教えたのかな。テディーはきっとベスを気に入っているだろうから、俺がヴィヴィの相手をしないと。

 しかし、ヴィヴィの前に座ろうとすると、テディーが「お前はこっち」とベスの前の席を空けた。そしてヴィヴィと熱心に話を始めた。お前、羊が好きだったのか。

 オレンジ・ジュースを頼み、ベスと話し始めてしばらくすると、リリーとノーラが席を立った。手洗いに行ったようだ。カールとJ.C.の前の席が空き、ベスが気を遣ったかそちらに移動して、二人と話を始めた。リリーとノーラが戻ってくると、二人して俺と話をしようとする。何だこれは、どうなってるんだ。

「アーティー、あなたってつい最近まで、ジムに住んでたって本当?」

 リリーが聞いてきた。どうしてそんなこと知ってるんだ。最近って、つい今朝までだぜ。

「そうだ。スタジアムに近いところに住みたかったんだが、いい部屋がなくてね」

「確かに、ジムならいつでも練習できるものね」

「車は持ってないの?」

 今度はノーラが訊いてくる。

「持ってない。免許ライセンスもない。モトだけだ」

「モトなら少し遠いところからでもスタジアムやジムに来られるじゃないの」

「練習の前に乗ると、指や腕の調子が悪くなるんだ。振動のせいかもしれないと思ってて」

QBクォーターバックってそんなに繊細なの?」

「人による。ダニーやブライアンはそんなことないと言ってた」

「ブライアンって誰?」

 控えバックアップ・QBクォーターバックのブライアン・リーフを知らないのか。俺の前に先発スターターを務めた、今年5人目のQBクォーターバックなんだが。

「あなたの指や腕は特別繊細なのかしら」

「ところがそうでもない。ダニーやスタンリー……プラマーはブライアンの前の先発スターティング・QBクォーターバックだが、彼らはボールの好き嫌いが激しい。持ったときに、感触がいいボールと悪いボールってのがあるらしい。しかし俺にはそれはない。だから指の感覚とはおそらく関係がない」

 我ながらつまらない話をしているが、リリーとノーラは興味深そうに、しかも交互に相槌を打ったり質問したりする。何か協定でもできているのだろうか。


 30分ばかり付き合ってから解散し、OOT組の待つ店へ。こちらではミーティングかと思うくらいフットボールの話ばかりしている。でも俺はその方が楽しい。

 真夜中過ぎにスタジアムへ戻った。入り口で端末にIDカードをかざし、中に入る。そういえば0時を過ぎてからここに入ったら、理由書の日付はどうすればいいんだろう。

 それはともかく、マギーのオフィスへ。灯りを点けると、いつもマギーが座っているデスクの後方に、デッキ・チェアが置いてあるのが見えた。その上にはたたまれたベージュのブランケット。素晴らしい、これで今夜はここで寝られる。

 バッグを床に置き、デッキ・チェアに寝転んでみる。角度を調整して、快適に寝られるようにする。上を向くと白い天井。ビーチ・ベッドで天井を見ながら寝るなんてのはなかなかない。いや、リゾート地のコテージに行ったら、テラスにビーチ・ベッドが置いてあって、というのがありそうだな。ただその場合、天井は木じゃないかと思う。

 ちょっと寝返りを打って、マギーのデスクの方を見る。主のない椅子が置いてあるが、もしそこにマギーが座っていたら、と想像してみる。マギーが仕事をする後ろ姿を見ながら寝るなんてのは、なかなかできることではないだろう。マギーの夫くらいかな。

 そしてマギーなら、俺に背中を見られながらでも、淡々と仕事をこなすに違いない。その邪魔をしたくはないが、もし声をかけたら「何かご用でしょうか、ミスター・ナイト」と言いながら椅子をくるりと回転させ、寝転んでいる俺を冷たい目で見るに違いない。

「何でもない、君が振り返るところが見たかっただけなんだ。気にせず仕事を続けてくれ」

そうですかイズ・ザット・ソー

 冷たく返事をして、また椅子を回転させ、デスクに向かって仕事にふける。うーむ、我ながら何とぶっ飛んだナッツォ妄想だろうか。マギーの夫に知られたら刺されるかもしれんな。それはともかく、電話だ。

「ハイ、ジャスティン、最近どうだハウ・ハヴ・ユー・ビーン・レイトリー? 俺はともかく、ジャガーズは最近絶好調だぜ。プレイオフでぜひ対戦しようや。ところでこの前言いかけてた、UCLAの件だがな、情報が漏れそうだってのは本当なのか。職員がやめた? あの時の? それはまずいな、なんて名前だっけ、フィリス・テイラーか。そいつがプレスと接触しないようにしないように、UCLAは何かやってるのかな。判らんか。何か動きがあったらすぐに教えてくれよ。このタイミングで与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーが出ると、俺はともかくチームの士気が下がる。まあ、俺はどうなってもいいんだがな。また明日にでも連絡するよ。それじゃ、グッド・ナイト!」

 さて、この餌に盗聴者はちゃんと食いついてくれるだろうか。いつになるかなあ。

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