#14:第1日 (4) 国内線空港

 そういうわけで、マルヌ広場の北へ行く。合衆国の古い建物にもよくあるコロニアル様式だ。正面からは入れなくて、東側の通用門のようなところが入り口になっている。

 入場料は200CFPフラン。Fはフランス、Pは太平洋パシフィックの頭文字だと思われるが、Cは不明。ドルとのレートはおそらく100CFPフランがおおよそ1ドルくらいかと思われる。

 森林公園ではエティエンヌが入場料を払ったので、今頃になってようやく財布の中身を確認することができた。でもたぶんあの時の入場料は、ホテルの料金に加算されて請求されることだろう。どうせ俺が払うんじゃないから、どうでもいいことだ。

 中に入りつつ、リーフレットを読む。建てられたのは1874年。ニュー・カレドニア初の銀行として建てられたが、82年に倒産後は、1975年まで市庁舎として使われたとのこと。ここの展示は入植が始まった1854年から第1次世界大戦の頃まで。それ以降は少し北西に行った第2次世界大戦博物館で展示されているらしい。

 さて、展示内容。入植の歴史としては、最初は流刑地で、後に移民を募集して開拓。コーヒー栽培で儲けようとしたが失敗。その後は東南アジアや日本からの入植者を募集。また、ニッケル鉱業も開始。しかし経済は安定せず。

 エティエンヌが言っていた、鉄道の写真もあった。北部のブーライユというところまで通す計画だったらしい。

 その他には食生活、宗教、鉱山会社ル・ニッケルの歴史、第一次世界大戦との関係などの展示があった。ニュー・カレドニアの近代史を駆け足で知るにはちょうどいいという感じかな。原住民カナックのことはほとんど判らないけど、それを知るにはニュー・カレドニア博物館へ行くことだろう。


 さて、本当に駆け足で見てしまったので、待ち合わせの時間までまだあと1時間ほどある。ひとまず、ココティエ広場に戻る。さっきジルベルトたちと一緒に回っているとき、家出少女のような不審な行動を取る日本人を噴水の辺りで見かけたのだが、いなくなっていた。普通のステージならたぶん声をかけていたと思うが、いくらキー・パーソンでも日本人には好かれないかもな。

 それはさておき、少し西へ歩く。4分の1マイルほどで、波止場に出た。このステージに来て、初めて間近で海を眺めたわけだ。

 この港には大型のクルーズ船が寄港することもあるらしい。その岸壁に沿って南、東、南と歩くとマルシェ。全ての店が閉まっていて、ひっそりしている。南の埠頭を見ると、ヨットやボートがたくさん係留されている。リゾート地の埠頭ではおなじみの光景だ。

 駐車場を横切って、ジョルジュ・クレマンソー通りへ出てみる。北はココティエ広場に突き当たっているのだが、南を見るときつい坂がそびえ立っている。ランニングの時に、脚に負荷をかけるのにちょうどよさそうな傾斜だ。今は走らないが、いずれもう一度ここに来るときがあるかもしれないので、憶えておこうと思う。

 通りを渡ると広い駐車場があるのだが、その南詰めに星条旗を模したオブジェがあったので、気になって行ってみる。旗の前に、地球儀の太平洋を切り取ったようなオブジェがあった。ニュー・カレドニアのグランド・テール島がオレンジ色に塗られている。

 碑文はフランス語と英語が併記されていた。太平洋戦争パシフィック・ウォー中に合衆国軍が駐留することでニュー・カレドニアの自由を保障したことに対し、住民は深く感謝する、というようなことが書いてある。

 第2次世界大戦の歴史はまだ見ていないのだが、合衆国も一応この島と関係があるらしい。とはいえ、ここへ観光に来る合衆国民はおそらくほとんどいないだろうので、このオブジェも見られることはほとんどないと思われる。

 マレシャル・フォシュ通りを北へ歩くと、ニュー・カレドニア博物館の前に出る。既に閉館直前だ。もちろん入らない。

 さらに歩くと図書館があって、これもコロニアル様式の、バルコニーの多い南国らしい建物だ。日曜と月曜が休館。その裏手に本屋があるのだが、どうせフランス語の本しか置いていないので行かない。

 2ブロック歩いて、ココティエ広場に戻ってきた。ここより北へ行っても、市立博物館以外、特に見所はない。


 公園の中をしばらく歩き回って、約束の時間にバス乗り場へ行くと、例のプジョーが停まっていた。

「よい報せがあります」

 十分に休憩を取ったのか、エティエンヌが得意気な笑顔で言う。

「何だい」

世話係コンシエルジュが予定どおり到着しました。飛行場であなたをお待ちしているそうです」

「それはよかった」

 飛行機は予定どおりに出発しても、途中で引き返したり行き先を変更したりすることがあるからな。この世で99%の確率で予定どおりに到着することを期待していいのは、日本の鉄道だけだよ。仮想世界だってそれは変わらないだろう。

「すぐに飛行場へ向かいますか? 国内線専用の狭い飛行場で、VIPルームはなく、休憩するところはカフェテリアくらいしかありませんが」

「すぐに行こう。ぎりぎりに着くのは嫌いなんだ」

 時間に追われるのはフットボールの時だけで飽き足りてるんだよ。それにしても、飛行場へ送るだけなのに、どうしてジルベルトもいるのか。飛行機を見送るまでが仕事ですってのなら別に止めやしないが。

 一方通行の関係か、いったん西の波止場の方へ出てから南へ回り込み、ヴィクトワール・アンリ・ラフロール通りを走る。ここだけが、中央分離帯のある広い道路だ。とはいえ、端から端まで半マイルくらいしかない。

 東の突き当たりはビラケム広場で、時々戦争記念式典が開催されたりするらしい。その南側を迂回して、オーギュスト・ブヌビグ通りに合流する。ヌーメア市内の中央通りと言っていいのだが、やけに曲がりくねっている。

 ショッピング・センターの前を通り、5本の道路が集まる大きなラウンドアバウトを抜けると、ロジャー・ガーボリーノ通りへ。

 右手には小高い丘のあるトゥール・ド・マジャンタ公園。そして左手にマジャンタ・スタジアム。突き当たりのラウンドアバウトは海のすぐ近くだ。

 そこから北へ折れると、右手に飛行場の敷地が見えてくる。ここまで、ジルベルトの案内は特になし。俺がずっと地図を見ながら道順を確認していた。

 マジャンタ飛行場は確かに狭くて、1階にチェックイン・カウンターと案内所、待合室、2階にカフェテリアがあるだけ。そのカフェテリアもダウンタウンの安っぽい食堂のような簡素さだ。そこかしこに日本語の表示があって、日本人観光客が多いことを窺わせる。

 チェックイン手続きはエティエンヌに任せて、ジルベルトとカフェテリアへ行く。コーヒーをおごってやると、必要以上に恐縮している。

「ところで、世話係ケアテイカーは?」

「それが……先ほど連絡があって、買い物に行っていると。パン島イル・デ・パンであなたが快適に過ごされるために必要な物を買いそろえるとかで」

 荷物は足りていると思うのだが、そいつもやはりメグのように色々とお節介なんだろうか。

「名前は?」

「マドモワゼル・スコットです」

 マドモワゼルということは独身の女か。たぶん、若いんだろうな。しかし、スコットとはどうもフランスらしくない名字だ。

 いや、どうしてファースト・ネームを言わないんだよ。聞いてみる。イニシャルがRだということしか知らないだと?

「年齢を聞いていいか?」

「私のですか?」

世話係ケアテイカーのだよ」

「はっきりは聞いていませんが、あなたより少しだけ年上だと」

 名前といい、年齢といい、メグの可能性は消えたな。まあ、期待はしてなかったし、年を取ったメグを見るのもつらいからいいんだけど。

 チェックイン手続きを終えてエティエンヌが来た。コーヒーを買っておいてやったと言うとやはり恐縮している。

「プロペラ機ですので、ボーディング・ブリッジパスレル・ダンバルケマンはなく、全て地上からタラップで乗降します。ビジネス・クラスクラッセ・アフェールはありませんが、前方の席をお取りしていて、優先搭乗していただけます。世話係コンシエルジュは隣の席を取っています。」

「わかった、ありがとう。ところで今、世話係ケアテイカーのことを訊いていたんだが、どんな人物なんだ?」

「判りません。僕らは会ったことがないんです」

 エティエンヌは中途半端な笑み、というか含み笑いをしているような気がするが、会ったことがなくても何かは知っているらしい。パリのホテルでとても有名な世話係ケアテイカーとかだろうか。

「顔写真くらいないのか」

「ありません。支配人ディレクトゥルはもちろん見ていると思いますが、臨時で代理になった僕らは見せてもらっていなくて」

「不安だな」

「いえ、とても優秀な方だということは聞いています。ただ、僕らもそれを支配人ディレクトゥルから聞いただけなんです」

 だから不安だって言ってんだよ。まあ、オーストラリアの時でも、最初は世話係ケアテイカーに何を頼んだらいいのかという点で不安だったがな。

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