#13:第4日 (8) 思考を乱すもの

【By 主人公】

 突然、シモナに会ったので、思考が中断された。何だっけ。そう、キー・パーソンのこと。

 ラーレ、イリーナ、コニー、シモナ、エステル、マリヤ、ニュシャ。既に7人も。

 ニュシャはろくに話をしてないから再度会わなければならないが、彼女たちから何の情報を引き出せばいい?

 ラーレは初日と2日目に食事しただけ、イリーナとコニーはデートもどき、シモナは靴紐とトレーニングの話、エステルとマリヤは今日会ったばかり。

 一人くらいはメインとなるキー・パーソンがいてもいいと思うんだけどなあ、モントリオールの時みたいに。かといってノルウェーの時のように日替わりというわけでもなさそうだし。

 他に考えられることといえば、7人の共通点を見つけるとか、あるいは7人から断片的に情報を集めて組み合わせるとか。いや、まだ7人と決まったわけじゃないし、ダミーのキー・パーソンも含まれてるかもしれない。

 混沌としてるな。もう少し彼女たちとの接触を増やすか。今日は4日目とはいっても、半日遅れで始まったから、今日の夜12時で期間の半分だ。まだ半分、3日半ある。それに今夜もある。

 このところ、夜に事態が動くことが多い。とりあえずは、夕食を誰かと一緒に摂ろう。俺の方から誘うなんてあまりしたことがないが。

 ホテルに着いた。ロビーでイリーナが待っていた。予想どおり。

こんにちはドーブロホ・ドニャー、アーティー! ご依頼いただいた件の報告に来ました」

 嬉しそうだな、君は。もっと早く来たかったって顔してるぞ。

「やあ、イリーナ、わざわざ来てくれてありがとう」

「ちょっとお耳を……社外秘の情報が含まれたリストなので、人目のあるところではお見せできません。あなたのお部屋へ行ってもいいですか? ホテルの人に許可はもらっています」

 内緒話をするためとはいえ、そんなに身体を近付けなくても。胸が腕に当たってるし、いい匂いはするし。

「リストを置いて帰ってくれたら、後で部屋で見るが?」

「私の手元から離さないように、タラシウク主任から指示を受けたんです。私が家へ持って帰る分にはいいんですが、あなたのところに置いていくことができません」

 情報セキュリティーってこと? 個人情報が含まれてるからか。まあ、仕方ない。

 イリーナと一緒にエレヴェーターに乗る。こういう状況になると、イリーナは抱いて欲しいのかと思うくらい近寄ってくる。しかし、肩にすら触れないままにエレヴェーターを降り、部屋へ通す。

「素敵なお部屋ですね! 広いですし、窓からの景色もいいですし。私、出張はキエフ研究所にしか行ったことがなくて、泊まったのはその近くの安いホテルだけで。一度でいいからフロリダ研究所へ行ってみたいです!」

 窓からの景色に見とれずに、リストを見せてくれって。窓際のソファーを勧めると、向かい側へ座らずに俺の横に座りたがる。キー・パーソン候補の中で一番積極的だよな。だからといって、手は出さないけどさ。

 ……いや、まさかキー・パーソンと寝ると情報が得られるなんてことはないだろ? お願いだからないと言ってくれよ、ビッティー。

 それより、リストだ。プロのスポーツ・チームではフットボール――サッカーだろう――とバスケットボール。大学スポーツでは先の二つの他、ハンドボール、バレーボール、テニス、卓球、バドミントン、ゴルフ、フェンシング、体操、新体操、陸上競技各種目、スキー各種目、スケート各種目、アイスホッケー、カーリング。これら以外で個人に依頼したのは社交ボールルームダンスくらいだな。

 ウォーター・スポーツがないのは予想どおり。格闘技もなしか。身体接触があるから、デヴァイスを着けていると危険だからだろう。

 それはともかく、体操が含まれてるじゃないか。なければ、体操のデータを取ってみたらと言ってシモナたちを推薦しようと思ってたんだがなあ。既にデータがあるんじゃあ価値が低い。

「どうしてそんなデータをご覧になりたいと思われたんですか?」

 そんなこと言いながらもたれかかってくるなよ。身体が柔らかくて気持ちよすぎるだろ。

「アメリカン・フットボールがあるかと思ってね」

「ないって聞きました。だって、ここにはチームがないんですもの」

「それは残念だ。プライヴェイト・クラブに頼むわけにもいかないだろうし。その他のデータは十分足りてる?」

「それも聞いてきましたよ。まだまだ足りないそうです。特に、子供の動きのデータが欲しくて、いろんな学校に交渉中だそうです。でも、契約が難しくて、なかなか進んでないらしくて」

 何となく想像できるな。本人の他に、学校や保護者とも契約をしなきゃならないんだろう。それなら体操クラブはどうだ、と勧めてみる手はあるが、思い付きだけで行動するとへまをやらかすんで、もう少し作戦を考える必要がある。

「もうしばらくこのリストを眺めたいが、時間はあるかい」

「ええ、構いませんよ。私、今夜はどんなに遅くなっても平気ですから……」

 いや、そういうつもりで言ったんじゃない。しかし、ここで突っ放すときっと機嫌を悪くするぞ。それは困る。

「じゃあ、この後、夕食を一緒にどう? そういえば7時からロビーで、売り出し中のアマチュア・ピアニストがクラシックを弾くらしいから、それも聴きに行こうか」

「ありがとうございます! とても嬉しいお誘いですわ」

 ああ、また柔らかいものが腕に当たる。いい匂いがする。もしかしたら俺は嵌められたんじゃないかという気がしてきた。



【By テニス・プレイヤー】

 ああ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ! どうしてあの代理人エージェントはS&Cトレーナーとの契約が進められないのよ、役立たずベズポレゼン

 あああ、でも、怒っちゃいけない、怒っちゃいけないんだったら。冷静にならないと。こんな時にはトレーニング。身体を鍛えるのに集中すること!

 ホテルのジムは、今日も誰もいない。静かで落ち着いてトレーニングができる。腕力も鍛えたいし、脚力も鍛えたい。今はパワーの時代なんだから、技術の習得と共に筋力を上げていくこと。

 昼間の思想家は、女子のテニスには美しさを求めるべきとか言ってたけど、何だったんだろ。ラーレの紹介だし、あの連盟ザ・リーグの上級会員だっていうから、きっと何か得るものがあると思って会ってみたけど、どうも今一つピンとこなかったわ。それとも、あたしの理解力が足りてないのかしら。

 いいえ、足りないのは集中力よ。こんな余計なこと考えながらトレーニングしても、意味ないんだってば。どしてあたしって、嫌なことがあっても忘れてしまわずに、わざわざ思い返したりするんだろう。だから一度怒るとなかなか冷静になれないのよ。気持ちの切り替えが大事なのは解ってるのに。

 もう一度、トレーニングに集中しなきゃ。ああ、ショルダー・プレスをやっていると、上腕三頭筋と三角筋と僧帽筋が鍛えられてるなって実感できて素敵。もっと筋肉を付けたい。男みたいに付かないのは解ってるけど、必要だし、付けたい。強くなるためなら、女らしい身体のラインなんてどうだっていい。

 そもそも、女らしい身体つきっていう定義は何なのよ。どこがどうなってたら女らしいのよ。何か決まった比率でもあるっての? こんなつまらないこと考えるのは、きっと昼間の男のせい。余計なことばかり思い出さずに、集中しないといけないんだったら。

 誰か来た。まさか、あいつ? あいつだった。何よ、また今日も女連れ? しかもこの前の女と違うじゃないの。ジムをいったい何だと思ってるのよ。女にトレーニング姿を見せる場所じゃあるまいし。そういえば違う女のトレーニングを見てたこともあるわね。悪趣味だわ。

 ちょっと、どうしてあたしの視界に入ってくるのよ! 集中しようと思ってるのに、邪魔じゃないの。

 何やってるの、あれ、槍投げ? 細かくステップを踏みながら、何かを投げるモーション……どうして見ちゃうのよ、ダメよ、自分のトレーニングに集中しないと。でも、あの滑らかな動き、何かいい……あんなにいけ好かない感じなのに!

 どうなってるのよ、目が離せなくなってくるわ、あいつの動きから。そうよ、前もそうだった。単に走ってるだけだったりするのに、どうしてか解らないけど、目が行っちゃうの。ずっと見ていたくなる。

 次は何? レジスタンス・バンド? さっきの投げるモーションの、筋力のトレーニングね。ああ、あの動き……単に型どおりに動かしてるわけじゃない。実戦的な動きだわ。何て滑らかで美しいの。こういうのを見ると、昼間の男が言ってた話も解る気がする。

 でも、不思議。あの動きの何が美しいのか、説明できない。それなのに、どうしてこんな気持ちになるの。もう目が離せない。

 それに、何だか変な気持ちになってくる。何なのよ、これは。あたしって、何かおかしな嗜好を持ってた?

 あいつより筋肉がすごい男を見ても、何とも思わないのに。あいつだって、たとえボディー・ビルダーみたいにポージングをしても、たいしたことないと思うわ。現に、いけ好かない感じだもの。

 でも、あの動きが……私の心の中の、何かを刺激してくる。どうしようもなく、切なく感じるほどに。

 ああ、もうダメ、私、どうしたらいいの……

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