#12:第7日 (18) ターゲットの隠し場所
「仕方ない。話を聞こう」
「海から生還した君は、キー・パーソンズに会った。パレッティ姉妹。クラウディアとデメトリア。それにもう一人、ホテルの
「さあ、どうだったかな」
「とぼけても無駄だ。さて、ベアトリーチェ・ジャコメッリはまだ仕事を終えていない。君と会った後、ホテルから一歩も出ていない。ホテルの客に、ターゲットを預けたということもない。レベッカを、君の代理として差し向けて、話を聞いた。彼女は何も預かっていないと言ったそうだ」
「そうかい」
「デメトリア・パレッティは夕方まで、君と一緒に行動していた。その間、どこにもターゲットを隠す時間はなかったはずだ。この遺跡公園にも、隠していないことは既に調べてある。彼女にも、レベッカが近付いて、話を聞いた。彼女からは、少しばかり反応があったようだ。だが、ターゲットは持っていないことが判った」
「そうかい」
「最後の一人、クラウディア・パレッティ。彼女は君たちと別れてから、マリーナへ行った。そこである船長と会った。彼女の夫だ。そして彼女は彼に、小さな包みを手渡した。君から預かった、ターゲットだ。それとメッセージ。船でアマルフィへ行って、包みをある人物に渡すようにという内容だ。そうだろう?」
「さあね」
「彼女には、私が直接会ったよ。何も知らないと言っていたが、もちろん反応があった。だが、彼女は重要な役割ではない。包みを持って行った、船長の行動を見張ればいいのだからね。私はアマルフィにいる協力者に、船が着いた後の、船長の行動を見張ってもらうことにした。それに、レベッカも向かわせた。そして、船長が何をしたかも判っている」
「そうかい」
「彼は二人の人物に会った。一人はフランスからの旅行者エロイーズ・フレージュ、もう一人はヴァケイション中の
「どうだかねえ」
「どちらが本物のターゲットを持っているか、おそらく君も知らないのだろう。船長は、どちらをどちらに渡してもいいと言付かっていたからね。私の協力者とレベッカが、彼らの後を追っている。どこへ行くかは判っている。ナポリ空港だ。旅行者は帰国するため、
答えてはいけない。クリシュナンに、顔色を読まれてしまう。私は彼に注意しようとしたが、できなかった。彼が私の手を握ってきたから。そして、指を1本だけ握らせてきたから。
唇の前に指を立てる代わりだと、思った。黙っていろ、と……
「さあ、どうなんだろう。俺もよく判らない」
「とぼけても無駄だよ」
「これがとぼけてる顔に見える? ゆっくり観察くれて構わないんだが」
クリシュナンから、すぐに言葉が返ってこなかった。私は、彼がポーカー・フェイスをうまく使うのを知っている。だが、クリシュナンなら、見破るだろうと思った。クリシュナンは、相手のどんな小さな表情の動きも見逃さない。
「……素直に自分の負けを認めたまえ。せっかく私が、
「認めるも何も、俺は彼らにターゲットを預かってくれなんて頼んでない。プレゼントしてしまったんだ。だから、エロイーズならそのままフランスに持って帰ってしまうだろうし、ナカムラなら保持したまま退出してしまうと思うんだ」
「そんなことが……」
「だから、俺が嘘を言っているように見えるのか?」
「……君は、知らないふりをしているだけだ」
「俺の表情を読んだ結果がそれ? じゃあ、早く空港に行けば? ああ、その前に、プラザ・ホテルへキーの番号を聞きに行くんだったか。いいよ、行けよ。早くしないと、俺と彼女が行くぜ? お前がどんな車に乗ってきたか知らないが、たぶん、俺のモトの方が、速いと思うんだ。二人乗りでも」
「……行く必要はない。ホテルの近くに、私の協力者が待機している。連絡が入ってきた時点で、聞き出すことになっている」
「でも、あんたが行かなきゃ、ターゲットを持って退出できない。こっちはあんたがゲートへ着くまでに、ターゲット奪えばいいんだ。そして先に退出する」
「そううまくはいかんよ」
「いいや、簡単さ。あんたをここに足止めすればいい。例えば、ぶちのめして気絶させて、あんたが乗ってきた車に放り込んで、2時間くらい後で誰かに発見されるようにするくらいでどうだろう?」
「やれやれ、フットボーラーの考えることは、野蛮でいかん。だから私は合衆国が嫌いなんだ」
周りにあった人の気配が、動いた。神殿の影から、二人……いや、3人出てきた。彼が「
クリシュナンは本当に、たくさんの協力者を集めていたようだ。たぶん、話術と金によって。
「では、私はこれで失礼する。君はともかく、そこの
落ち着いた重々しい足音が一つ、遠ざかっていく。目の前に3人がいるので、クリシュナンの方を見ることができない。
「俺が話す
彼が呟いた。確かに、クリシュナンはその機会を彼に与えなかった。
数分後、遠くから、車が走り去る音が聞こえた。水素エンジンの音。それからすぐに、目の前の男たちも立ち去った。五つの足音。私は握っていた彼の指を離し、振り返った。彼は、私の方へ振り返らない。
彼とクリシュナンの駆け引きは、どちらが勝ったのだろう? 私は二人の顔を窺えなかったので、判らない。声だけなら、彼が勝ち、クリシュナンが負けたように思えるのだが。
「クリシュナンをぶちのめしたことがあるのか?」
振り返らないまま、彼が訊いてきた。その背中は、不思議なことに、さほど頼もしくは見えない。彼は、勝ったのではないのだろうか?
「いいえ、ない。誓って言うわ」
「もちろん、君のことを信用するよ。彼は、君が他の誰かに暴力を振るったのを、知ってただけだよな」
「本当に、あなたはターゲットの隠し場所を知らないの?」
私が訊くと、彼は右肩越しに振り返って、悲しそうに首を振った。
「知ってると顔に出るからな。こうするしかなかったんだ」
「では、本当にターゲットを、プレゼントとして……」
ありえない。そんなことをしたら、ターゲットを獲得した意味が、なくなってしまう。私には、まだ彼の考えが判らない。
「とりあえず、夕食にしよう。ゲートへ行くには、まだ早過ぎる」
まだ6時半。空は明るいし、夕食にも少し早い時間だ。しかし、ターゲットの奪回を急がなくていいのだろうか。しかし……
「あなたの言うことに従うわ。敗者になっても、私には不満を言う資格すらもないもの」
「そう堅苦しく考える必要はない。退出するまでに、君と少し話したいだけなんだ。主にさっきの続きをね。まずはここを出よう。近くでレストランを探す。こんなところに、いいレストランがあるかどうか、判らないが」
「出たところに何軒かあるわ」
「君は本当に何でもよく知ってるな」
「入る前に、気付いただけよ」
何でも知っていると彼は言うが、私は彼の考えを知ることができない。クリシュナンに言ったことの、全てが真実ではないだろう。何か、隠していることがあるはず。
私は彼の表情を見ていないので、真偽が判らない。彼は私に見せないようにしたのだ。しかしクリシュナンは、見ていても判らなかった。彼はどうやって、心の内を隠したのだろうか。
近くのトラットリアに入り、アンティパストと
「エアー・タンクを持っていたのは言ったんだっけ」
「ええ」
「君は知らないと思うが、あのマリーナにはクラウディアの船が泊まっていて」
「そこまで泳いだ? でも……」
「船に隠れただけでは、後で探したときに、見つかったに違いない、っていうんだろう? しかし、見つからない方法があった。船はすぐにマリーナを出たんだ」
「あなたが操縦して?」
「いいや、クラウディアに来てもらって。デメトリアもいて、怪我を治療してくれたよ。どうしてこんな無茶なことをするの、って怒られたけど」
「あの姉妹が、どうして……」
「俺が呼んだからさ。君も聞いてたじゃないか、アメリアに電話してもらって、『5時に船で』って。夕方から船を出したらダイヴィングはできないんだから、朝に決まってる」
あのメッセージに、そういう意図が隠されていたとは、全く気付かなかった。もちろん夕方のことと認識していた。しかしよく考えたら、ターゲットを獲得した場合、そんな遅くまでサレルノに滞在するわけがない。
キー・パーソンとの約束なんて、私は破っても何とも思わないが、彼は違うのだ。
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