ステージ#12:第4日

#12:第4日 (1) ご用の向きは?

  第4日 2038年6月27日(日)


 途中で目隠しをされたので――マルーシャが“案外”優しくハンカチを顔に縛った――どこに連れてこられたか全く判らない。ただ、とんでもないスピードで走っていたのだけは判る。

 1時間ほど走ったと思われるが、目隠しを外されたら、森の中だった。古ぼけた一軒家に連れ込まれ、薄汚いベッドが二つあるだけの狭い部屋で、服を脱いでと言われた。身体検査だよな。

「そういうのは男がするものじゃないのか?」

 他に誰もいないということはないだろう。ただ、それが全員女とかなら、とんでもないことになりそうだ。

「いいじゃないの、気にしないで。私たちじゃダメってこともないでしょう?」

「どこまで脱げばいい? 下着もか」

「脱ぎたければ脱いでもいいわよ。興味がないわけじゃないわ」

 見られたいわけではないので、下着は脱がないことにする。ポロ・シャツとジーンズと靴を脱いだ。ポケットがそうたくさんあるわけでもなし、財布と時計以外の持ち物もない。

 アルビナはごく簡単にシャツとジーンズのポケットの中身を調べ、それから靴をひっくり返したりして見ている。そして中敷きの下にあるピックを見つけ出した。

「これが仕事道具ってわけね。下着の中には何も隠してない?」

「だから脱ぐのか訊いたのに」

「脱いでもいいって言ったじゃないの。触って調べさせてね」

 調べるより触るのが目的のような手の動きだったが、他に何も持っていないことは解ってくれたようだ。

「じゃ、服着てちょっと待ってて。彼女と話をしてもいいわよ」

 アルビナは部屋を出て行った。後にはもちろん俺とマルーシャだけ。彼女にも身体をじっくり見られてしまった気がする。さっさと服を着ながら訊く。

「どういうことなのか説明してもらおうか」

「あなたに開けてほしい金庫があるの」

「俺じゃないと開けられないのかね。君でも開けられると思うけど」

「私はその役回りじゃないわ」

「金庫を開けられたら君と仲間になるのか?」

「そう」

「開けられなかったら?」

「それはないわ。あなたなら開けられる」

 本当かね。どうしてそんなことが判る?

「彼女は何者で、何かの組織の一人なのか?」

「すぐに説明してもらえるわ」

 マルーシャがさりげなく、口元へ指を立てた。アルビナが戻ってきて、ドアの外で聞いているということだろう。黙るのは不自然なので、何か当たり障りのないことを話さなければならない。

「今日の夕方、いや、もう昨日の夕方か。ソレントの回廊キオストロにいた?」

「ええ」

「その時に、俺がいることに気付いたのか」

「いいえ、もう少し前」

「俺がソレントに着いたとき?」

「いいえ、アマルフィで」

 初日じゃないか! だが、俺は彼女を見かけてないぞ。それとも、その時から変装してたのか。

「いつも俺の方から気付くのが遅くなって申し訳ないな」

「気にしないで。偶然見つけただけよ」

 絶対にそんなことはないと確信を持って言える。彼女は何らかの方法で俺がいることを察知できるんだ。だが、とりあえず、気にしないでおく。

 しかし、2ステージ連続か。一度あったが、その時の2ステージ目は、彼女はヴァケイションだった。

 ドアにノックの音がして、アルビナが顔を覗かせた。「こっちへ来て」と言葉と手招きで誘われ、廊下を伝って別の部屋に行くと、そこに中年の男がいた。厳つい風貌から、ドイツ人のように見える。どこかで見たことがある気がしないでもない。

「ようこそ、シニョール・アーティー・ナイト。アロイス・マクシミリアンだ。君の友人であるアンナ・ジェレズニャク准教授に君を紹介してもらった」

 アンナ・ジェレズニャク……また違う名前を使ってるのか。前回は何だっけ。ハンナ・イヴァンチェンコだったか?

「友人というわけでもない。お互い、名前を知っている程度でね」

「そうかね。それはそうと、ここへお越し願うのに、少々強引な手段を使ったと思うので謝罪する。しかし、君に危害を加えるつもりはないし、監禁することもしないから安心してくれ」

「それで、ご用の向きはワット・キャン・アイ・ドゥ・フォー・ユー?」

「理解が早くて助かる。君に、ここにある金庫を開けてもらいたい。結果によって、後で君に相談することがあるが、開けられなくても気にすることはない。終われば、君が元いたところまで、早急に送り返すつもりだ」

 壁際にある金庫を見る。正確には、金庫ではなく、その扉と“枠”だけの代物。言わば、錠のサンプルだ。開けられなくても困ることはない。単に、俺の腕を試そうとしているに過ぎない。子供が閉じ込められた金庫を開ける、とかいうのでなくて安心した。

「開けるのに何か条件があるのか」

「時間制限だけだ」

「近くで見てもいいかい」

「もちろんだ」

 “金庫”に近寄ってみる。コンビネーション・ダイヤル錠が二つに、シリンダー錠が二つ。二列二段に並んでいる。

 シリンダー錠の種類が判らない。マグネットならお手上げだが、それはないだろうと推察する。開けろと言われたのだから、触ってもいいだろう。

 扉を裏から見れば仕組みが全部判ってしまうのだが、解錠が“趣味”なのにそんなことをしてどうする。マジックのタネトリックを先に見てしまってはつまらない。

「ミス・アルビナ、俺のピックを返して欲しいな」

「どうぞ」

 アルビナが返してくれたピックで鍵穴を探る。マルチプロファイルか。サイド・エレメントの数がやけに多いな。四つだ。これなら1分半から2分くらい。もう一つのシリンダー錠も同じ。

 コンビネーション・ダイヤル錠は? 5枚ダイヤル。特注だろうな。一つ5分。二つで10分。

「それで、これを何分で開けろと?」

「3分だ」

 そりゃ、ひどいや。普通にやったら全部で15分はかかるぜ。3分で開けるにはシリンダー錠を一つ30秒、ダイヤル錠を一つ1分?

 ダイヤル錠は番号を知っていても開けるのに時間がかかるから、シリンダー錠の方で時間を短縮するしかない。シリンダー錠は、鍵さえあれば2秒で開くんだから。鍵を差し込むのに1秒、回すのに1秒。

「それは今日のトライアルの話? それとも本番?」

 この仕掛けはどう見ても訓練用だから、どこか別の場所にある、本物の金庫を開ける必要があるんだろう。合格すると犯罪の片棒を担がされるわけだ。ただ、この世界で俺がやることはたいてい犯罪行為なので、嫌だと言うのはおかしすぎる。

「本番だ。今日のところは10分なら上出来だろう」

 10分でも十分短い。それ以上に、気になっていることがもう一つある。

「開ける順序に制約がある?」

「そうだ」

 四つの順列だから24通りだ。しかし、先に四つとも開けてしまって、それぞれ“最後の一捻り”の状態に戻してから順列を試せばいいのだから、1分くらい余計にかかるだけだろう。

 いずれにしろ、初挑戦で10分は厳しいな。さらに他の仕掛けがあったら目も当てられない。

「とりあえず試してみよう」

「そうしてくれ」

「ピックが足りない。貸してくれ」

「そこにある」

 なるほど、横のテーブルの上に、ピックの束が載っていた。聴診器もある。金庫を見ると周りが目に入らなくなるから困る。マルーシャに見られてることすら忘れてた。

「時間は誰が計る?」

「自分で計りたまえ」

「でも、あんたらもこっそり計るんだろ?」

「私が計ってあげるわ」

 南国美女は“案外”優しい。

「ありがとう。規定の時間以内に開けられたら褒めてくれ」

「ええ、抱きしめてキスしてあげるわ、あなたのお友達が」

 マルーシャがそんなことするわけない。そもそも、褒めてくれってのはジョークだよ。ピックを2組、足下の床に置き、腕時計を見る。3、2、1、スタート。

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