#12:第3日 (4) 青の洞窟

「あなた、どこから来た?」

 金髪ショートの美人が片言で話しかけてくる。他の二人も美人は美人なのだが、どうもどこかで見た気がしてならない。モントリオールでフランス系の美人をたくさん見ているので、その記憶による既視感デジャ・ヴかも。

「合衆国からだ」

「私たち、フランスから来た。私はエロイーズ」

 他の二人はファビエンヌとジネット、とエロイーズが紹介した。黒髪がファビエンヌで栗色ブルネットがジネット。二人ともフランス語で「ボンジュール」と挨拶してきた。イタリア語会話はエロイーズにお任せということだ。

「アーティー・ナイトだ。フランスのどこから?」

「コーヌ・クール・シュル・ロワール。パリから170キロメートル、南……」

 そこで順番が来てしまった。一人ずつ金を払って小舟に乗り込む。

 4人乗りだが、船頭の前に一人、後ろに3人乗るようになっているので、当然俺が前に乗る。これで話はできなくなった。が、カメラは受け取っておいた。

 船頭が頭を低くしろと言う。洞窟は小さくてとても入れそうにないくらいに見えるが、波のタイミングに合わせて船頭が櫂を操ると、吸い込まれるように小舟が穴の中へ滑り込んだ。

 振り返って入口の方を見ると、日の光が水に吸い込まれて、真っ青に見える。崖から見下ろした、マリン・ブルーのような緑がかった青を予想していたのだが、違った。まさに純色の“青”だった。

 洞窟の天井にもその青が反射している。女たちが悲鳴に近い歓声を上げる。すかさず写真を撮る。舟の揺れでブレていないことを祈る。

 舟は洞窟の奥の方まで進み、方向を変えてしばらく漂う。後から何艘も入ってくる。大きな波に舟が揺られ、さざ波に光が反射し、洞窟の中を青で染め上げる。

 そして3分もしないうちに舟は外に滑り出た。短い時間だったが、確かに一見の価値はあった。後ろの女たちは興奮してフランス語で騒ぎ合っている。

 階段のところに戻って舟から下り、カメラを女たちに返して階段を上がろうとしたら、「3人の写真を撮って欲しい」とエロイーズが言う。船着き場をバックに写真を撮り、改めて階段を登ろうとしたら、そこにまたあのインド人がいて、女二人組と楽しそうに話をしているじゃないか。一体どうなっているのか。

 まさか、俺を尾行しているわけではあるまい。今、並んでいるということは、俺より1本後のバスで来たんだろう。それでは尾行にならない。

 さりとて、単なる偶然の一致にしては奇妙だ。一番効率のいい回り方だとしても、行くところが全く同じというのは解せない。とはいえ、相手になぜ俺の行く先々に現れるのだと問いただすわけにもいかないので、気持ちの悪い思いをしながら階段を登っていると、後ろからエロイーズが追いかけてきて、「これからどこへ行く?」と訊く。

 今、ちょうど2時。ソレントへ行くならもう港へ戻った方がいいだろう。バスを乗り継いで小一時間くらいはかかるはずだ。

 しかし、ダメクラのローマ・ヴィラはまだ見ていない。行くにはアナカプリ行きのバスを途中で降りて、少し歩かなければならない。どちらへ行くかという選択肢の他に、彼女たちと行動を共にするという選択肢が増えた気がする。

「君たちはどこへ?」

「ソラーロ山」

 それはさすがに一緒に行けないな。既に登ったし。まあ、もう一度見に行っていけないことはないんだが。少し考えて、ソレントへ行くと答える。

あらティアン、ソレント! 私たち、ソレントに泊まっている。後で会うか?」

「少し見に行くだけなんだ。俺が泊まっているのはサレルノで、夕方のフェリーで戻る」

「私たち、明日、アマルフィ海岸へ行く。あなたも行くか?」

 俺はもしかしたら順番を間違えたんだろうか。昨日、カプリ島に来ていれば、彼女たちも昨日ここに登場して、今日、彼女たちと一緒にアマルフィへ、とかいうシナリオになってたのかもしれないな。

「アマルフィ海岸は昨日観光した。明日はポンペイやナポリに行こうと思っている」

「せっかくあなたと知り合えたのに、とても残念。私たち、女性3人で来ている。南イタリアは治安が悪いので心配。男性が一緒にいるととても心強い」

 知り合ったって、一緒の小舟に乗って写真を撮っただけじゃないか。その前後を合わせてわずか10分だろ。それで仲良くしようとする女がいるか?

 そりゃ、催眠術ってのは10分どころか3秒でかかるものだとは知ってるけどさ。しかも、フランスの女が、合衆国の男を相手にするかよ。いくら何でもこのシナリオは無茶だろ。

「アマルフィ海岸の人はみんな親切だ。心配ないよ。ソラーロ山へ行くなら、一緒にバスに乗ろう」

 バスは既に来ているが、出発までまだ時間があるので、崖っぷちに行って写真を撮ると言っている。もちろん、俺がまた撮ってやったのだが、4人で撮りたいと言うので、近くにいた男に頼んで撮ってもらうことにした。

 頼んだ瞬間、男は怪訝そうにしていたので、イタリア語が解らないのかと思ったが――イタリア人には見えず、さりとて観光しているようにも見えない妙な男だ――、愛想は悪いながらも撮ってもらうことができた。

 さらに、エロイーズが俺と二人だけで撮りたいと言い出す。他の二人は俺と撮りたがっていなかったから、彼女だけが特におかしな性格だという設定なのだろう。もう一度男に頼む。

 出発直前にバスに乗ったら、席は空いていたものの、彼女たちは3人ともバラバラになってしまった。



 写真撮影を頼んできた相手をやり過ごしてから、アロイスは電話を架けた。ここらで中間報告をしておく方がいい。アルビナはすぐに出た。

もしもしプロント、アロイス?」

「ああ、俺だ。例の男を順調に尾行中だ。どうやらこの後、ソレントへ行くらしい」

「ソレント? ちょうどいいじゃない。今日はこっちに泊まるつもりかしら」

「おそらくそれはない。カプリからサレルノへの帰りのチケットも持っているらしい」

「とすると、ソレントは少し見るだけなのね。観光で見るようなところなんて、ほとんどないものね、ここは。もし長くいたくなっても、フェリーをキャンセルして陸路で帰ればいいだけだし。私も尾行についた方がいい?」

 アロイスは少しだけ考えてから返事をした。

「そうしよう。ソレントはこっちと違って見失いやすいからな。ただ、俺とは別々に尾行することにしてくれるか。港までは来ず、タッソ広場の辺りで待機していてくれ。そこなら、どこへ行くのでも尾行できそうだ。3時半くらいでいい」

「了解。ところで、昼食を摂る時間はあった?」

「いいや、飲み物だけだ。なぜそんなこと訊く?」

「聞いてよ、アンナが作ってくれた昼食、めちゃくちゃおいしかったの! スパゲッティ・アッラ・プッタネスカと、牛肉のタリアータ。彼女、食べるばっかりじゃなくて、作る才能もあるみたい。夕食も作ってって頼んだら、了解だって。アルマンを元気づけるために南フランス料理にしてもらったわ」

 料理ごときで何をはしゃいでいるのか、とアロイスは呆れた。イタリア人やフランス人やスペイン人は食い意地が張っていて困る。うまいものさえ喰っていればそれでいいというわけではあるまいに。

「ああ、アルマンの口に合うようにしてやってくれ。それじゃチ・センティアーモ

「ええ、それじゃチ・センティアーモ

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