#12:第3日 (2) カプリ島の崖の上

 カプリ島、といえば、青の洞窟。俺が知っているのはそれだけだ。

 9時40分、カプリ島着。港は島の北側にあって、マリーナ・グランデという名前が付いている。

 下船すると、辺りはカプリ島へ行く船の客引きだらけだった。これほどたくさんの人が行くのかと思うと、行く気をなくす。

 しかし、リーフレットをよく読むと、青の洞窟はこの近くではなく2マイルほど西で、バスで近くまで行けるらしい。崖の上から階段で下りて、そこで小舟に乗って見るとのこと。その方が俺の性に合っている。

 それにここから船で行っても洞窟前で小舟に乗り換えるので、そこで1時間待ちとかはざらだそうだ。

 ちなみに、カプリ島には二つの町がある。東側がカプリで西側がアナカプリ。“アナ”は“上”の意味で、全体的に見て島の西側の方が東側より標高が高いから、そういう名前になったのだそうだ。

 そういうトリヴィアな知識を頭に詰め込んでから、カプリ島の調査を始める。ただし、今日はもう教会は見ない。カプリ島には大きな教会が四つほどあるが、やはり教会と“レモンの宝石ジュエル”はあまり関係なさそうという結論に達した。

 3日目でようやくこれだから自分でも呆れる。従って、今日はカプリ島を観光しながら、キー・パーソンズあるいは他の競争者コンテスタンツとの出会いに期待する。

 昨日も、もしかしたら調べる場所を絞っていれば、例えばマイオーリ、アマルフィ、ポジターノの3ヶ所でそれぞれ長い時間過ごしていたら、キー・パーソンと会えたかもしれない。マイオーリでは休暇中の競争者コンテスタントに会えたからな。

 クラウディアやデメトリアもキー・パーソンズであるには違いないのだが、彼女たちは夜に親交を深めることができる。よって、昼のキー・パーソンもいるに違いない、と推察する。

 そういうことを考えているうちに、後ろから俺の肘を叩く奴がいる。早速、キー・パーソンが接触してきたのだろうか。

こんにちはブォン・ジョルノ、シニョーレ」

 ナカムラ氏だった。昨日同様に、白いパナマ帽、そしてスケッチ・ブックを小脇に抱えている。そして例によって中途半端な笑顔で話しかけてくる。

「ソレント行きのチケットはすぐに売り切れる。早めに買っておいた方がいい」

 昨日、ソレントかナポリへ行った方がいいと言っていたからだろう。親切というかお節介というか。

「ソレントへ行ったら何がある?」

「ヴァローネ・デイ・ムリーニを見に行きたまえ。たかだか1000年ほど前の遺跡だが、都会の真ん中の谷底にあって、建物が緑に埋もれている様が実に印象的だ。タッソ広場のすぐ南にある。その付近で、何か目立つ行動を取れば、誰かが声をかけてくるだろう」

 俺は目立つ行動というのが苦手なんだが、何をすればいいのかね。70ヤードのパントでも蹴るか? サッカーのファンなら注目してくれるだろうか。

「考えておこう。それで、君はこれからどこへ?」

「アウグスト庭園だ。絵を描きに行く」

 そこは一応、俺も行こうと思っていた。今日はとにかく景色のいいところへ行き、そこでキー・パーソンに声をかけるか、かけられるかする予定だった。

 他に考えていたのは。ヴィラ・ジョヴィス、フェニキアの階段、ソラーロ山、ダメクラのローマ・ヴィラ、そして青の洞窟。

 ヴィラ・ジョヴィスは島の東の果て、ローマ・ヴィラは西の果てなので、ソレントに行くとなると、これらを全て回ることは難しいだろう。さて、どうするか。

「よい一日を」

「ああ、君も。それじゃアリヴェデルチ

 ナカムラ氏は去って行った。

 さて、ソレント行きをどうするか。行くか行かないかにかかわらず、フェリーの時刻を調べておこうか。何ならチケットを買っておいてもいい。時間がなくなったらキャンセルすればいいんだ。

 ソレントとカプリの間は20分。帰りのサレルノ行きフェリーが5時半。それに間に合うソレント発の便は5時5分。

 しかし、乗り換えが5分というのは余裕がなさ過ぎるから――イタリアだから遅れるのはよくあることだろう――、その1本前の4時45分がいいだろう。

 1時間ほどソレントで滞在するとしたら、カプリからは3時15分発が適当だろう。そうすると、カプリ島で観光できるのは5時間強。まあ、可能かもしれない。なので、チケットを買っておく。

 では、いざ、カプリ島調査へ。

 まず、マリーナからケーブル・カーに乗る。カプリの町の中心はこのマリーナの辺りではなく、台地の上にある。フェリーで着いた連中が、ケーブル・カーの乗り場で列を作っていたのだが、俺がソレントのことを考えている間にけてしまい、ほとんど待たずに乗ることができた。

 5分とかからず、台地の上へ。そしてここから、ヴィラ・ジョヴィスへ向かって歩く。距離は1マイルと4分の1くらい。登り一辺倒の坂道。しかし、昨日と一昨日で坂道や階段には慣れてしまったので、この程度の勾配は物の数ではない。むしろ、脚のいいトレイニングだ。

 住宅街の曲がりくねった道を10分ほど歩くと、だんだんと視界が開けてきて、山の頂上が見えてきた。その頂上のところに廃墟風の壁が見える。あれがヴィラ・ジョヴィスだろう。

 ローマ皇帝ティベリウスの別荘だったそうで、今歩いている道もティベリオ通り。ここまででちょうど半分くらい。あと10分くらいで着いてやるぜと勇んで歩を進める。

 ただし、この辺りは道が入り組んでいるので、地図をよく見て曲がるところを間違えないようにする。

 5分ほど歩いて、家並みが切れたなと思ったら――ちなみに最後に見えた家は、高さ1000フィートの崖っぷちに立っているらしいのだが――、後は林の中の一本道をひたすら行き、ヴィラ・ジョヴィスに着いた。10時半。

 広さは昨日見た聖ニコラ城と同じくらいなのだが、こちらの方が建物の壁がたくさん残っていて、見応えがある。一昨日のアレキ城より部屋数も多くて、“大邸宅感”“遺跡感”もある。ただ、天井が残っている部分がほとんどなく、展示室はない。

 それにしても、部屋数の多いこと。フットボール・チームの合宿ができそうだ。

 北東の、一段高くなったところに聖堂風の建物がある。ここだけが、建物としてほぼ完全な形で残っている。テラスのようになったところから海が見渡せる。

 東にあるのはソレント半島。ソレントの町は、地図に依れば半島の先端の山の向こうにあるので、市街地のようなものは見えない。

 北東に見える高い山はヴェスヴィオ山。約2000年前にポンペイを廃墟にした有名な火山だ。あそこは俺の可動範囲に含まれているだろうか。行けるものなら行ってみよう。『フニクリ・フニクラ』で知られた観光登山鉄道を、ぜひ復活させて欲しいものだ。

 そして北に霞む市街地はナポリ。南イタリア最大の都市で、風光明媚として知られるけれども、町自体はゴミで有名。おそらく、ナポリから見える周りの山や海や島が綺麗なのであって、ナポリ自体はそう大したことはないのだろう。

 ナカムラ氏はソレントかナポリへ行けと言っていたが、もしかしたら彼は既に行っていて、可動域に含まれているのを知っているのかもしれない。行くとしたら、おそらく明日かな。

 最後に真下を見ると、断崖絶壁。俺は高いところは怖くないが、見ると足がすくむという奴もいるに違いない。飛び降りろと言われたら保険をかけてからにしたい。海の水は青くて綺麗だ。青の洞窟の青が、だいたい想像できる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る