#12:第2日 (2) アマルフィ海岸を西へ (2)
15分でチェターラに着く。ここも教会くらいしか見るところがないが、一応降りる。
徒歩1分のところに聖ピエトロ教区教会がある。外観は薄汚れた感じだが、中は立派。ヴィエトリ・スル・マーレよりも内装が凝っている。祭壇の上のステンド・グラスも綺麗だ。ただし、教会というのは信心深くないとすぐに見飽きる。
教会を出て、車道を少し東へ戻り、チェターラの塔へ。16世紀に建てられたサラセン風の小さな城だが、開くのが10時。あと10分ほど待たねばならない。次のバスは10時半なので、余裕を持って待つ。
木の扉の前に陣取っていたが、10時になっても開く様子がない。さらにしばらく待っていると扉が内側から音もなく開いた。おっさんがどこからか入って開けたようだが、どこから入ったのかは不明。
ここには人は住んでいないと書かれていたので、どこか別に入口があると思われるが、そんなことを詮索しても仕方ないので塔に入る。
ただ、入っても塔の上には昇れず、入ったのと同じ高さのところにある部屋の窓から海が見えるくらいだ。どうやらこの塔は外から見るためのものらしい。
眼下には海と、砂浜が見える。砂浜は町の短い海岸線のほとんどを占めている。残りは港。つまり、町の海岸線は全て観光客のために使っているということだ。
バス停へ戻り、10時半の便に乗って次へ向かう。バスは5分遅れでやって来た。
また複雑な海岸線を走り、わずか5分でエルキエに着くが、ここはパス。マイオーリの
ただ、こちらの方は岩場に作られたテラスがあったり、階段で磯に降りられたりして、歩き回れる分だけ面白いかもしれない。
道は集落を
ここでの見所は四つ。
城は山の上にあって、登るのに時間がかかりそう。聖フランシスコ教会は町の西の方にあるので、これは隣のミノーリへ行くときに寄ることにして、後回し。
最初は共同教会。地図では町の中心にある、かのように見えるのだが、実は町の西側に聳える山から突き出した、稜の上に建っている。角度によっては、断崖の上に建っているように見えるのだ。
町の中央通りの一つであるレジンナ通りを北へ歩き、三角の広場になったところから、ホテルと民家の間にある狭い路地を入って、階段を数十段上がるとようやく到着。不便な造りだが、車で訪れる場合には裏口に通じる道路を使う。
建造は13世紀。三廊式で、ここに来るまでに見た二つの教会よりも格段に大きい。中央の格子天井はナポリの建築家アレッサンドロ・デ・フルコによる16世紀のもの、とのことだが、彼がどういう建築家なのかがよく判ってないらしい。
ここにも
続いてパラッツォ・メッツァカーポ庭園。元は個人の邸宅だったが、現在では公共施設。庭園だけでなく、建物内の天井画も見るべきポイントではあるのだが、首が疲れるのでちらりと見るだけで済ませ、庭園へ。
狭い庭だが、X型に作られた池に特徴があり、中央には小さな噴水がある。この水はどこから来るのかというと、実はさっき通ったレジンナ通りが暗渠化された川で、そこから引き込んでいるらしい。
池の周りを埋めるように花壇が作られて、綺麗に花が咲きそろっているが、レモンはなかった。
さて、いよいよ聖ニコラ城。レジンナ通りに戻り、家並みの向こうの山を見晴るかすと、その中腹に城らしき建物が見える。
あんなところまで登るのか、という気にさせられるのだが、高いところに登るのは俺に課せられた義務のような気がするので、やはり行く。
レジンナ通りから途中でローマ通りへ折れて、町のもう一つの中央通りである“キウンツィ新道”へ。聖ニコラ教会の手前でアッコラ通りという路地に入り、途中から階段になるので、それを延々と登る。
民家の周りの段々畑は、全てレモンのようだ。アマルフィでもそうだったが、この辺りのレモンは大きくて表面がぼこぼこしている。レモン体験所で飲んだ、爽やかな甘みのレモン・ジュースを思い出す。喉が渇いたら後で飲もう。
そのレモン畑の中の階段を、10回以上も右左折しながら登ると、少し広い舗装道に出た。ここまでは車で来られるが、まだ城へ上がる半分の高さ。もちろん、タクシーはないので、自分の車で来ている人間に限られる。
しかし、ここからは誰でも階段を登るしかない。城に住んでいた奴は、町へ買い物に行くのが大変だっただろう。もっとも、必要な物資は下々の者が上に持ってきてくれたのだろうが。
見上げていても誰も上に連れて行ってくれないので、また自分の脚で登り始める。先ほどまでは民家の中を縫うようなルートだったが、ここからは山の稜に沿って階段が造られている。
おかげで見晴らしがいい。振り返ると海も見える。小さな塔と城壁があり、城壁の中に入ってもまだ階段。そしてレモン畑。
ようやく一番上の平らなところまで登ったが、建物はなく、その残骸のみ。いや、一番奥に、廃墟と化した二階建てがかろうじて残っていた。
壁はもちろん石造り。中に入ると、若干の補強はされているようだ。廃墟の周りの空き地には、出土品かと思われる壺がごろごろと転がっている。もう少し、観光用に整備できないものかと思う。
振り返って南を見ると、狭い谷の向こうに海が見通せる。眼下の集落も一望で、谷の海沿いの三角地帯に密集している様子がよく判る。
せっかく登ってきたが、いつまでもここで風に吹かれているわけにはいかないので、もう下りる。階段を下り続けるのは膝に来る。
男が一人、階段を登ってきた。明らかに観光客。しかも東洋人。その特徴のない顔の造形は、おそらく日本人だな。中途半端な笑顔を浮かべているし。
白いパナマ帽をかぶり、スケッチ・ブックを持っている。画家か。
「
まさか日本人の方から声をかけてくるとは思わなかった。こちらも「ハロー」と返す。相手の中途半端な笑みは変わらない。その日本人が、あろうことか俺の行く手を塞ぎ、下から見上げながら、今度は英語で話し始めた。
「ここには何もないよ、ミスター。ソレントか、ナポリへ行った方がいい」
日本人らしい訛りはなく、むしろブリティッシュに近い。他人が聞いたら、俺よりもスマートな話し方に聞こえるだろう。
「せっかくアマルフィ海岸へ来たんだ。観光くらいしたっていいだろう」
「その気持ちは解る。景色のいいところだからね。しかし、君のターゲットはここにはない。ヒントもない。あるのは海と太陽とレモンだけだよ」
なぜこの男、こんなことを言うのか。
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