ステージ#12:第2日
#12:第2日 (1) アマルフィ海岸を西へ (1)
第2日 2038年6月25日(金)
6時起床。今日はアマルフィ海岸に連なる町を一つずつ見に行く予定。しかし、まだ時間は早い。アマルフィ方面へのバスは6時前から出ているが、行ったところで建物に入れないのでは意味がない。
だから、今からまずランニングをする。せっかく、海岸通りにおあつらえ向きの遊歩道があるのだ。
トレイニング・ウェアに着替えて部屋を出る。
笑顔を返して外に出て、南へ歩き、マリーナを横目に見てから西へ少し行くと、遊歩道の東詰に広場がある。そこで準備運動。入念に身体をほぐしてから走り出す。
目指すのはフェリー・ステーション。ちょうど1マイルくらいあるので、3往復すれば6マイル。
朝の散歩をする人、ジョギングをする人、自転車で走る人などとすれ違ったり追い越したりする。釣りをしている人もやはりいるが、何か釣れるのやら。
正面には緑の山が聳えている。山の中腹には高速道路が横一文字を描いている。あの向こうにポンペイやナポリがあるのだが、そちらの方まで行けるのだろうか。
山並みは左手、西の方へと続いている。今日はそちらの方へ行く。その山と海の間に、白く太い帯のようになって見えているのが、昨日も見た、円弧の形をしたホテル。他に匹敵する建物がないだけに、異彩を放っている。
遊歩道を左へと緩やかに曲がっていくと、そのホテルが正面に見えるようになる。そしてやはり昨日も見た小さなビーチがあるが、人影はない。朝だから、当たり前だ。
マリーナが近付く。沖にはこんな早くからヨットが浮かんでいる。ホテル南側の遊歩道を走り抜けると、フェリー・ステーション。カプリ島へ行く船が停泊している。すぐに折り返して、来た道を戻る。
3往復目の復路、サングラスをかけた女が俺に向かって手を振ってきた。誰?
「グッド・モルニング、アーティー!」
クラウディアか。スロー・ダウンして立ち止まったので、仕方なく俺も立ち止まる。仮想世界では、俺のランニングを邪魔しようとする女がたびたび出現する。俺がランニングをする人間なので、それに合わせてシナリオが作られているのかもしれない。
真っ白なタンク・トップにマリン・ブルーのジョギング・パンツ。メッシュのシャツから透けて見える下着のラインが眩しい。
「あなたも走ってましたか。どれくらい走りました?」
マリーナ前広場からフェリー・ステーションまで3往復、今がその3往復目、と説明する。
「そうですか。私は毎日、家からフェリー・ステーションまで1往復するんです」
家というのは昨日の
「妹は?」
「彼女は走りません。私より寝るのが遅いので、起きるのも遅いですし。
大型の客船ならまだしも、小型のフェリーでは船の中で動くことも少ないのだろう。乗務は一日に3往復か4往復だそうだ。
「今日はアマルフィ海岸へ行くと言ってましたね。フェリーには乗りますか?」
「帰りかな。行きはたぶんバスだ」
「そうした方が私もいいと思います。夕方のバスは渋滞で遅れますからね。それにフェリーの方が時間も短いです」
そして「また今夜会いましょう。
俺もランニングを続け、ホテルに戻る。シャワーを浴びて着替え、ソファーに座って地図とバスの時刻表を交互に眺める。
アマルフィ海岸には
それでもまだ多そうが、町の全部を見るのに1時間以上かかりそうなところはマイオーリしかないことと、そのマイオーリから隣のミノーリまでは歩いて行けることを勘案すれば、バスが1時間に1本しか走っていなくても、日が長い季節だし、今日中に見て回ることは可能であろうと思う。
一番西のポジターノを6時半に出るフェリーがあって、これに乗ればサレルノに着くのが7時40分頃。クラウディアとの約束に悠々間に合うだろう。
出発は8時として、朝食を摂りに行く。レストランでビュッフェだが、イタリア人に倣ってコルネット三つとカプチーノという軽いのにしておく。
ベアトリーチェが笑顔でチケットを差し出す。彼女はどうして必ずいるのだろう。もしかしたら俺を見張っているのかもしれない。
8時少し前に駅前のバス停へ。8時ちょうどにバスが来る。イタリアは時間にルーズと言われるが、さすがに始発の時刻は守るようだ。
客は少ないが、もちろん時間が早いからだろう。もう少し後になると混雑するかもしれない。
西へ一方通行の道を快調に走る。海岸沿いから2本奥に入っているので、海は見えない。
ヴェルディ劇場の前を通る。有名なオペラ作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの名を冠した劇場だが、さほど立派なものではない。
だいたい、ヴェルディはミラノ辺りで活躍した作曲家なのに、何の関係があるのか。竣工記念公演がヴェルディの作品だったとか、そんなところだろう。
緩やかな勾配を登っていき、左手にマリーナやコンテナ・ターミナルが見下ろせるようになる。それから山を巻くようにして谷の中へ。ヴィエトリ・スル・マーレに到着。サレルノ駅からわずか15分。
ここで見るところは二つ。
もちろん、それは初めから判っていて、行かないことにしていた。なので、教会だけを見に行く。
バス停から南へ徒歩5分。込み入った町のちょうど真ん中辺りにあり、さほど大きくはないものの、しっかりとした造りだ。6階建ての立派な鐘楼もある。
ドームがカラフルなのが特徴だが、それは少し離れたところからしか見えない。バスから見えるはずだったのに、見逃してしまった。町から出るときにも見えるはずなので、その時に見ようと思う。
扉の上には陶製の聖人の絵。中に入ると祭壇画。次のバスは1時間後なので、ゆっくり見ようと思うのだが、何しろ絵心がないものですぐに飽きてしまって、することがなくなる。
仕方がないので町の中を抜けて海岸へ出る。海岸といっても崖だが、やはり少し高いところから見ると海が広く見える。東を見るとサレルノの町の全景。弓なりの浜と共に、右手に長く続いている。
見飽きるまで海を見てから、バス停に戻る。次のバスが来て、予想どおりほぼ満員だったが、座ることはできた。
バスは谷の奥へ行って橋を渡り、また海側に戻った。うっかり見忘れそうになった教会のドームをかろうじて眺めると、そこからは複雑な海岸地形に沿って走る。
道は山襞を忠実にたどるように敷かれていて、真っ直ぐ走るということがほとんどない。この程度なら橋を架けても、と思うような小さな谷でも、地形に従って右往左往する。俺は平気だが、たぶん車酔いする客もいるのではないかと思う。
ただし、高いところを走っているので景色はいい。海は見飽きたと思っていても、めまぐるしく角度が変わるため、違う風景に見える。
ただ、万華鏡のように同じことの繰り返しなので、もう30分も走れば見飽きるだろうと思う。
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