ステージ#12:青に染まった青の中 (Vedi Napoli e poi.)

#12:バックステージ (開始前)

「よし、質問を終了する」

「それでは、アーティー・ナイトは第12ステージに移ります。ターゲットは“レモンの宝石ジュエル”。競争者コンテスタンツはあなたを含めて4名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターとの通信はできません」

「そいつはとうてい耐えられないな」

「不戦敗を宣言しますか?」

「そんなことは言ってない」

「代わりに、このステージでは、競争者コンテスタントどうしの共同作業コラボレイションが認められています。他の競争者コンテスタント一人に限り、明確な意図を持って共同し、ターゲットの探索・獲得を行うことができます」

 共謀のことについて詳しく確認した直後に、こんな特別ルールかよ!

「獲得数は0.5になるのか?」

「いえ、1です。その他の質問については、後で承ります。ターゲットを獲得したら、共同しているいずれかの競争者コンテスタントが、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください。なお、先のステージで確保したターゲットは、腕時計に格納されます。アーティー・ナイトが確保したターゲットはホワイト。文字盤の7の数字をホワイトに変更しますので、ステージ開始後に確認願います」

 いや、文字盤が白なんだから、白い数字にされたら見えないだろ。見えなくても困ることはないのだが。

「装備は標準に戻ります。変更は、金銭の補充以外、特にありません。また、前のステージであなたが新たに入手した装備はありませんでした。装備の変更を行いますか?」

「頼む」

 暗闇の中に“アイコン”が浮かび上がる。バッグ荷物ラゲッジの内容を見比べたが、前々回の無人島のステージの前の状態と同じだった。メグの手紙や今までに買った宝石も入っている。温暖な地方へ行くならこれで特に問題はないのだが。

「次のステージでは防寒着はいるのかいらないのか」

「不要です」

「ジャケットを着る機会はあるのかないのか」

「お答えできません」

 あまり意味はないと思うが、何度も着ているシャツとあまり着ていないのをいくつか入れ替えておくことにする。

「これでいい」

「了解しました。次に、肩書きについてお知らせします。今回に限り、“錠前師ロックスミス”が使用できます。ただし、それを秘匿して現実世界の肩書きを使用することについては、特に問題ありません。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

 錠前師ロックスミスと正直に名乗ると何らかの不利益を受ける可能性があるということ? よく判らんが、ステージが始まってから考えることにしよう。

「次のステージでターゲットを獲得できなかったら、ヴァケイションには行けない?」

「お答えできません」

「ターゲットを獲得して、獲得数が7になっても、ヴァケイションには行ける?」

「ステージ終了後にお知らせします」

「希望すれば行けるということにして欲しいんだが」

「ステージ終了後にお知らせします」

 何が一番大事かって、ヴァケイションに行けるか行けないかほど大事なことはないだろう。メグの笑顔をもう一度見ずして、このゲームを去りたくないんだ。

 しかし、全てはステージが終わってからということか。獲得できないと行くのは無理だろうから、優秀な奴と組むしかなさそうだ。

「財団の肩書きは使用できないということだな」

「使用できません。現実世界の肩書きとなります」

 久々にパートタイマーの肩書きを使うのか。聞かれない限り、言わないことにしよう。

「ALOA保安専門家協会セキュリティー・プロフェッショナル・アソシエーションに所属してるのか」

「はい。ただし、IDは装備として支給していません」

 何という怪しい状態。これはきっと、おかしなイヴェントに巻き込まれるに違いないぞ。まともな肩書きが邪魔になるような、何かに。

「ロジスティクス・センターに送った荷物は受け取れるか」

「滞在先で確認してください」

 今回は受け取れそうな気がする。何となくだが。

「次のステージにもマルーシャが来るのか」

「お答えできません」

 今まで2回連続は、一度あった。メキシカン・クルーズとトレド。しかし、トレドでは彼女はヴァケイションだった。それ以外はない。

 彼女は、もし組めればそれなりに心強いかもしれないが、敵に回すとやっかいだ。というより、怖い。

 もっとも、彼女よりも怖い女の競争者コンテスタントだって知っている。性格のいいデボラみたいなのと組めればよさそうだが、夜に疲れることをしようと言い出されたら困るな。

 いや、どうして組むのは女と決めつけてるんだ。男の場合だってあるに違いないぜ。

「他に質問がなければステージを開始します」

 しばらく考える。聞き忘れていることがあるような気がしないでもない。

「次に君の声が聞けるのは、ターゲットを俺または他の誰かが獲得した時になるのかな」

「もう一つ、誰もターゲットを獲得しない状態で、ステージ終了12時間前になった場合に、ゲートのオープンをお知らせするときです」

「そうか、それがあったな。よし、OKだ」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

 OKだと言っておきながら、立つのをしばらくためらった。共同作業コラボレイションが認められていると聞いたときから、頭の中で何かがずっとわだかまっている。

 組んだ女から誘惑されるのが気になるというわけでもない。もちろん、それだって悩みの種の一つなのだが、組んだ相手に迷惑をかけるとか、あるいは相手のせいで俺が迷惑を被るとか、その辺りのことが気になっているのではないかと思う。

 俺は何を心配しているのだろう? 自分でもよく判らない。

「ビッティー、やはりもう一つだけ質問していいか」

「どうぞ」

「誰かと組まずに、一人でターゲットを探して獲得を目指す、ということでもいいか」

「特に問題ありません。ただし、単独での盗犯はかなり困難であることをお伝えしておきます」

「解った。ありがとう」

「心の準備ができましたら、お立ち下さい」

 質問を終えても頭の中のもやもやグルーミーは消えていないが、それはそれで致し方ない。ビッティーと通信ができないせいでもあるだろう。

 しかし、何だろうな、この気分は。ステージ開始前にこんな変な感じになったのは初めてだ。何に対する不安なんだろう。自分でもよく判らんのが、また嫌だな。

 負けたゲームの、サイド・ラインから去るときのように、ゆっくりと立ち上がる。

「ステージを開始します。あなたの幸運をお祈りしますアイ・ウィッシュ・ユア・グッド・ラック

 負けたのではなく、今からゲームが始まるのだ。負けると決まったゲームでもない。どんなに不利な状況でも、これほど陰気な気持ちでゲームに臨んだことはない。

 本当に、俺は何に不安を感じているんだろうか。

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