#11:[JAX] 誕生日訪問 (3)

「ジェシー、願いがかなってよかったわね。でも、ミスター・アーティー・ナイトの顔を見ながらお礼を言わないといけませんよ。そして、彼もパーティーに参加してくれるように、お願いしてみましょう」

 夫人が近付いてきて少女の肩に触れながら言うと、少女はまるで何かのスイッチが入ったかのようにすごい勢いで顔を上げた。それから俺の顔をまじまじと見ていたが、急に恥ずかしそうな表情になってうつむいた。

 興奮のあまり、感情の制御に苦労していると思われる。そういう年頃なのかな。俺は女じゃないのでよく判らんが。

「あ……着替えてこないと……」

 え、なんで?

「じゃあ、プレゼントに持ってきたジャージーを着てみてくれないか。俺がゲームで着てるのと揃いだ。あいにく、売り切れてたんだが、俺がアイロン・デカールで作ってきた。うまくできていると思うんだが」

 あら、よかったわね、とまた夫人が言い、とにかくリヴィング・ルームへ行ってプレゼントを見せてもらいましょう、ということになって、ようやく少女が俺から離れた。

 リヴィング・ルームのソファーに座って、バックパックの中からプレゼントを取り出していく。ここでも少女は声も上げず感激もせず、ただひたすらにテーブルの上に置かれたプレゼントの数々を食い入るように見つめている。

 こういう反応はとてもやりにくい。俺だって子供にプレゼントをやったことは一度もないが、飛んだり跳ねたりしながら全身で喜びを表してくれる方がやりやすいのは間違いない。

 レプリカ・ジャージーの包みを渡し、開けてみてくれと少女に言う。少女がリボンをほどき、それなりに綺麗に丸められていたジャージーを、広げて見ている。

 デカールが一番うまくできたやつを持ってきたのだが、それでも背中の"KNIGHT"の"G"が若干歪んでいる。情けない限りだ。

 しかし、少女が全く笑顔にならないので、俺も反応に困る。そして少女はジャージーをテーブルの上に置くと、着ていたニット・シャツの裾に手をかけた。待て、脱ぐんじゃねぇ!

 もちろん、夫人も慌てて止める。そしてニット・シャツの上からジャージーを着る。キッズ用だが、だぶだぶだ。

少女用ガールズにするべきだったかな。それだと、ウエストのあたりが少し締まっていて、見栄えがする」

 俺が言うと、少女がぶんぶんと顔を振った。首が細いから、ちぎれるんじゃないかとはらはらした。

「この方が好き……」

 呟くように言って、少しだけだが嬉しそうな表情をしている。こちらもようやくほっとした。

 それからプレゼントを全て開けて中身を品評してもらい、その後はダイニングへ移動して、ケーキを食べた。少女が俺の分を取り分けてくれたのだが、手が震えたせいでぽとりとテーブルに落としてしまい、泣いていた。落としたのを俺が手で拾い上げて皿に載せるという行儀の悪いことをやったのだが、笑ってくれなかった。

 ケーキを食べ終わると少女が意外なことを言った。

「二人きりで話がしたい……」

 そういうことを言われても困る。スティーヴンス夫妻も困っている。さて、どうしたものか。

 少女の部屋に閉じこもるわけにもいかないので、外に出て、庭の真ん中に座って話をすることにした。ここなら小さい声で話せば他の人には聞こえないし、なおかつ彼女が危険な目に遭うこともない。もちろん、俺は最初から彼女を危険な目に遭わせるつもりはない。

「ミスター・ナイト、訊きたいことが……」

 芝生に向かい合って座り、しばらく躊躇した後に少女が切り出したが、それを指で制してから言う。

「みんな俺のことをアーティーと呼んでるんだ。だから、君もアーティーと呼んでくれると嬉しい」

「えっ、いいのアー・ユー・シュア?」

 そう言いながら少女が両手で口元を隠す。この程度で恥ずかしいのか。

「じゃあ、アーティー……訊きたいことがあるの」

 俺の名前を呼んだ瞬間、ある種の感慨に浸ったのではと思われる程度の間が開いた。

「何でもどうぞ」

「あなたは脱獄者ジェイル・ブレイカーと呼ばれているけど」

「そうだ」

「それは、守備ディフェンスに捕まりそうで捕まらないからっていう意味らしいけど」

「そうだ」

「そんな悪人みたいな呼ばれ方をして、嫌じゃないの?」

「最初にそう呼ばれたのは大学カレッジの時だな」

 フロリダ大にパット・ウォズニアッキというQBクォーターバックがいて、そいつもQBクォーターバックサックから逃れるのがうまかったのだが、その華麗な身のこなしから、“ウォズの魔法使いウィザード・オヴ・ウォズ”と呼ばれていた。

 俺の方は華麗とは言いがたく、強引に抜け出しているように見えて、さらには控えでほとんど出場していないことから“脱獄者ジェイル・ブレイカー”と呼ばれてしまった。

 ちなみにそれは俺が初めて先発スターターになったウィスコンシン大との対戦の後で付けられたニックネームで、その次のゲームがあの“マジカル・カムバック”のオレンジ・ボウルだった。

「一応、俺の友達と共謀して、“マイアミの奇術師マジシャン・オヴ・マイアミ”と呼んでくれという要望をプレスに出したんが、その後、俺が活躍しなかったから、変わる機会がなかったんだ」

「じゃあ、嫌なのね?」

「犯罪者みたいだからな。しかし、変えてもらうにはこのまま勝ち続けるしかないから、仕方ないよ」

「我慢してるの?」

「でも、一応褒め言葉なんだぜ。無実の罪で収監された男が見事脱獄を果たして、自分に罪を着せた相手に復讐を果たすっていう筋の映画もあるくらいだし、そのうち変わるさってくらいにしか考えてないんだよ」

 なぜそんなことを訊いてくるのかよく解らないが、彼女も何らかの逆境に立たされてるのかもしれない。謂われのない悪口でいじめられてるとか。

「じゃあ、あなたのこと奇術師マジシャンって呼ぶように、私の友達に言ってみるわ」

 それは危険だな。変なことを言ってると思われて余計疎外されることになるかもしれんから。

「そんな必要はないよ。君はとにかく俺のことを応援してくれ。俺が出場していたら、負けてても勝つように祈ってくれ」

「……解った。次のゲームはスタジアムに応援に行くわ」

「来週はフェニックスだ。少し遠いから、その次週のコルツとのゲームを、スタジアムへ見に来てくれ」

「解った。その時は必ず応援に行く。来週はストリーミングで見るわ」

 その後、他愛のない話をいくつかして、二人きりの時間は終わった。帰るときに、スティーヴンス氏に言われた。

「ミスター・ナイト、娘はあんたのことをどこで知って、どうしてファンになったか言ってたかね?」

「ああ、そういえば訊くのを忘れてたな。ぜひ、あんたの方から訊いておいてくれないか? 親子の会話もできるだろうし」

「む、いや、しかし……」

 困惑するスティーヴンス氏をその場に残し、スタジアムに向けてモトを走らせた。もう4時半。スタジアムに着いたら5時を回ってるだろうが、マギーが残業で部屋にいることを期待する。

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