#11:[JAX] 誕生日訪問 (2)
アメリア・シティーに着き、家から少し離れた待ち合わせ場所――レストランなのだが――に行くと、金髪の大柄な男が腕を組んで待ち構えていた。元はいかつい顔を、無理に笑顔にしているように見える。握手をして、男が話しかけてくる。
「ようこそ、ミスター・アーティー・ナイト。ジョン・スティーヴンスだ、よろしく。まさか、本当に抽選に当たるとは思わなかったんで、驚いてるよ」
このレストラン兼ゲストハウスのオーナーだそうだ。ただし、ゲストハウスは
ただし、今日だけは臨時休業。ただし――さっきから“ただし”が多いが――、娘には今日も営業中と言ってあり、ランチとディナーの間の休憩を長めに取って、その間に誕生日パーティーをしよう、ということにしてあるそうだ。
うっかり聞き流しそうになったのだが、“娘”だと? ジェシーという名前だから、俺は男の子だと思ってプレゼントを用意してきたんだぞ。確かに、ジェシーという名前は男も女もあり得るが、今の趨勢は男の方が多いだろう。マギーも、どうして注意してくれないんだ。
「ああ、そんなことは気にしなくて結構だ。娘は女らしい服装にはまるっきり興味がないようだし、もし女物が欲しいと言えば、こちらで買うさ。しかし、あんたがくれるものなら何だって喜ぶに決まってるよ。ただ、ちょっと扱いの難しい子でね。気難しいというか、内気すぎるというか……」
子供が苦手な上に、それが女だともっと苦手だというのに、扱いが難しい娘だったら、もうどうすりゃいいんだって。しかも、そんな性格の少女は、フットボールのゲームなんて見ないはずだぜ。スポーツ自体がどうせ苦手なんだろ。
「そのとおりなんだが、どこであんたのことを知ったものだか、会ってみたいの一点張りで……じゃあ、スタジアムにゲームを見に行くかと言うと、それは嫌だと。娘は元々、人の多いところが苦手でね」
学校も苦手なくらいらしいのだが、そうすると俺に会うにはキッズ・クラブに入会して、イヴェントに参加するくらいだ。
先々週の日曜日とこの前の木曜日は、スタジアムに来たものの、スタンドから俺を眺めるだけで帰ってしまったという。ゲームは家でストリーミングで見たそうだ。
「娘さんには俺が来ることを言ってないんだろ。驚いて卒倒するんじゃないか」
「プレゼントの配達屋が来るとは言っておいたんだがね」
とはいえ、今さらやめるわけにもいかないので、レストランの中を借りてトレーニング・ウェアに着替えてから、スティーヴンス氏の家に行く。歩いて5分だった。
コテージ風だが、かなり古い家だ。昔はこの家その物がレストラン兼ゲストハウスだったのだが、客がたくさん来るようになったので海岸寄りに新しいのを建てたそうだ。そんなことを訊いても、何の役にも立たない。
芝生の庭を横切り、玄関でスティーブンス氏がチャイムを鳴らし、ドアを開けて中に入る。
「ジェシー! ジェシー、誕生日プレゼントの配達屋が来てくれたぞ。受け取ってくれ」
返事の声もないままに、スリッパの足音がして、廊下の先に少女が現れた。長い柔らかそうな金髪に、整った顔立ち、透明感のある白い肌。美少女と言ってもいいかもしれないが、気だるい表情をしている。誕生日の様子とは思えない。
黒い長袖のニット・シャツに、グレーのアンクル・パンツ。痩せていて手足もひょろ長く、成長期に運動しなかった少女の見本のようだ。今日で13歳と聞いていたが、もっと年少に見える。
そもそも、
「ハロー、ミス・ジェシー・スティーヴンス! ジャクソンヴィル・ジャガーズのプロ・ショップからプレゼントを届けに来た」
この言葉は定番らしくて、最初は自分が何者であるかを名乗らないのがポイントだそうだ。本人が気付かなければ、周りの大人が「やあ、あれは誰それじゃないか!」と白々しく指摘する、というところまでがセットだ。
少女は何も言わず、廊下の壁に手を突いたまま、立ち尽くしている。俺の隣でスティーヴンス氏がはらはらしているのがよく解る。
そのうち、少女の後ろに中年婦人が現れた。もちろん、スティーヴンス夫人だと思う。誰もしゃべらない。誕生日パーティーのオープニングがこんなに静かでいいのかと思うのだが。
40秒以上経過して、ようやく少女が口を開いた。
「……アーティー・ナイト?」
「イエス! アーティー・ナイトだ。そしてジャクソンヴィル・ジャガーズの全てのプレイヤーとスタッフを代表して君の誕生日を祝いに来た。これからの1年が、笑顔と愛情とその他の幸せをもって君を驚かせることになりますように。願わくは永遠に大切にするたくさんの思い出を見つけられんことを。ハッピー・バースデイ、ミス・ジェシー・スティーヴンス!」
20個ほど用意された定番の“誕生日挨拶”の中から、これを選んで憶えてきた。あまりにも定番すぎて陳腐に聞こえるのではないかと密かに恐れている。
バッグの中から、プレゼントを詰め込んだバックパックを取り出して差し出す。しかし、少女は全く反応がない。
そのうち、首がかくんと垂れ、膝が崩れ落ちそうになったので、夫人が慌てて支えようとした。しかし、少女はそれを振り切って脱兎のごとく駈け出すと、俺に向かって突っ込んできた。ものすごいタックルだ。見かけの細身からは、想像もできない。危うく吹っ飛ばされるところだった。
そしてがっしりと抱きつかれている。これ、どうなってるんだ?
子供側の定番の反応は、「ワオ!」とか叫びながらそこら中を跳ね回るというのが一番多くて、その他に何種類かあるというのを聞いてきたのだが、これは全く予想外の反応だ。スティーヴンス氏も目を剥いて驚いている。
この後どうしたらいいのか、氏に目で訊いてみたが、彼も途方に暮れているようだ。となると、夫人に責任を取ってもらうほかないのだが。
「アーティー・ナイト、ありがとう、アーティー・ナイト、ありがとう……」
少女は俺に抱きつきながらその言葉の繰り返しだ。感激のあまり泣いてるんじゃないかと思う。ヘイ、スティーヴンス夫人、何とかしてくれ。
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