#11:[JAX] 誕生日訪問 (1)

 2時になったので、誕生日訪問バースデイ・ヴィジットのために早抜けする。といっても、他の2人よりも30分ほど早いだけだ。

 途中で抜けるときにも定番のやり方があって、“接客をしている途中に”――これが一番大事なポイントなのだが――おもむろに「おっと、そろそろ約束の時間だ、行かなきゃ」と言って変装を解き、驚く客と握手をして二言三言会話し、正面から店を出て行く、というものだ。もちろん、出て行くときには他の客とも握手をする。

 実際にそれをやったところ、客は男女のペアだったのだが、二人とも呆然として開いた口がふさがらない状態になった。女の方が一足先に我に返って小躍りしながら俺と握手し、その後で男の方が「信じられないよインクレディブル!」を連呼しながら握手した。

 その後、カウンターの中から子供への誕生日プレゼントや着替えが入ったバッグを回収し、他の客と握手やタッチをしながら店を出た。

 それからスタジアムに入り直し、マギーの部屋へ行った。開いているドアを連打して部屋に駆け込む。マギーはいつもどおり平然としている。

こんにちはグッド・アフタヌーン、ミスター・ナイト」

「大変だ、マギー、俺のモトの鍵をなくしちまったんだ。朝、ここに来たときには持っていた。スタジアム内で落としたと思うんだが、どこかへ届いてないか、調べてくれないか」

「そこにあります」

 マギーが顔を少し動かして視線で鍵の在り処を示した。デスクの角のところだ。やはり、驚いてくれなかったか。

「ああ、こんなところに忘れてたのか。どこで落としたのかと思ってたよ。助かった。教えてくれてありがとう」

「今朝、そこに置いて行かれました」

 どうして気付いてるんだよ。色々話しかけて気を散らしながら、こっそり置いたのに。マギーって、俺のことを見てないようで、見てるんだな。それはそれで嬉しいことだ。

「そうだったのか。知ってるかもしれないが、俺は人と話すときにポケットの中の鍵を触る癖があってね。時々、その鍵を取り出して、指でもてあそんでから、ちょいとそこらに置いたりして、そのまま忘れることがあるんだ。いやあ、しかし、ここにあってよかった。でも、気付いてたのなら、メッセージで教えてくれたら良かったのに」

「落としたのではなく、置いて行かれたのだと思いました。それに、また来るとおっしゃっていたので、その時にお知らせすれば良いと考えました」

「わざと置いていったんじゃないよ、無意識だと思うな。とにかく、鍵があって良かった。これから、誕生日訪問バースデイ・ヴィジットだからね。モトに乗っていくんだ。アメリア・シティーだぜ」

「はい、知っています」

「そうだ、準備に不足がないか、一緒に確認してくれると約束していたよな。ええと、これが持っていくプレゼントで」

 バッグの中からプレゼントを取り出す。レプリカ・ジャージー、アポロ・キャップ、ニット・キャップ、Tシャツ、フーディー、スウェット・パンツ、そして靴下。アポロ・キャップとフーディーは"13"の数字を入れてある特製のものだ。

 さらに、これらをバックパックに詰めて渡す、ということにしている。バックパック以外は半透明の不織布で包んで、ティールとゴールドのリボンをかけてあるのだが、マギーはそのリボンの形を手直ししている。バックパックに詰め込むから、また形が歪んでしまうと思うのだが。

「どうだろう?」

「標準的で結構だと思います」

 うん、全部“欲しいものリスト”に書かれていたからな。しかし、ファンだというのにこれらのものを一つも持っていないというのは、ちょっと奇妙に感じる。

「ただ、その服装で行かれるのですか?」

 マギーが俺の姿を見て言う。まだ店員の服のままだった。

「まさか。これから着替えるよ。服装は、朝、ここへ来た時のものだ。憶えてくれてる?」

「はい」

「以前、買ってきた後で君に見てもらったけど、あれでいいよな」

「はい、結構だと思います」

「こういうことをいちいち君に訊きに来るのは俺だけかな?」

「はい」

 やっぱりそうなのか。しかし、マギーは嫌がっているようには見えないし、これからも訊きに来よう。

 机の上のプレゼントを再び鞄に詰め込む。ご丁寧に、マギーが一つ一つ手渡ししてくれる。

「持っていくものはこれで全部かな」

「プレイヤーIDが登録された携帯端末ガジェットをお持ち下さい」

「それは常に身に着けてるよ。それから、えーと、子供への挨拶はどうすればいいんだっけ」

 実は全部解ってはいるのだが、わざわざマギーに訊き直す。彼女に訊くことに価値がある。言い方や身振り手振りまで教えてもらう。一応、予想外の展開が起こったときの対処法も聞いておく。もちろん、本当は全部憶えている。

「じゃあ、行ってくる。レポートは明日、君宛てに提出するから」

「お気を付けて」

 プロ・ショップの更衣室へ行って着替え、関係者専用駐車場に預けてあるモトに乗って、子供の家へ向かう。

 スタジアムから北東、大西洋岸のアメリア島にあるアメリア・シティーまで、30分ほど走る。

 3時からパーティー開始ということなのだが、それにしてもなぜこんな中途半端な時間なのだろうと思う。普通は昼食時か夕食時にやるもので、ティー・タイムなんてのは珍しい。しかしおそらく、家庭の事情だろうから仕方ない。何事も、子供の都合を優先しないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る