#11:第4日 (6) 満員の山小屋

 昨日までとは打って変わって、平坦な舗装道路を延々と歩いて、ビスモに着いた。道路沿いの山々の眺めは平凡だったが、時折右手に見える川の流れは綺麗だし、橋を渡るときには下に急流が見えたりして、さほど退屈はしなかった。

 午後3時。到着時間もいつもより早い。とはいえ、どこを目標に歩いていたわけでもないし、この辺りが町の入口なんだろうな、と思われる場所まで来たというだけだから、到着した実感はない。

 ひとまず、宿を探さなければならない。最初にオート・キャンプ場があるが、ここはやはり車で来た連中が利用するところなので遠慮しておいて、“山小屋ヒュッテ形式のホテル”へ行く。

 オート・キャンプ場から西へ4分の1マイル弱、ショク・トゥリストヘイムというのがそれだ。すぐ近くにモガルドというホテルもあるが、ショク・トゥリストヘイムの方が規模が大きいので、まずこちらを当たる。

 道路脇にある山小屋風の建物へ入る。受付と思われる場所には誰もいないので、ベルを鳴らす。若いのか中年なのかよく判らない女性スタッフに泊まりたい旨を告げると「本日は満室です」とにべもなくポイント・ブランク断られた。

 そういう割には、この建物内に客らしい姿がほとんど見えない。中年のペアと若い女が一人ともっと若い女の3人組がいるだけだ。事情を訊くと、「ガール・スカウトイェンテスペイデレのキャンプがあるので、予約で埋まっている」と言う。なぜ、この時期に、しかもガール・スカウトが。

「モガルドもオート・キャンプ場もたぶん満室だと思いますよ。何度も同じ問い合わせを受けてるんです」

 訊きに行く手間が省けるという以外に、特にありがたくない情報までもらった。仕方ないので“最後の切り札”を出す。

 女性スタッフはそのカードを見ても何のことか解らない様子だったが、これをしかるべき人物に見せて相談してくれるよう頼む。相手はそんなことをする理由がないと強硬に反対したが、とにかく一度相談してくれと説得すると、渋々ながら引っ込んで行った。

 しばらくすると戻ってきて、勝ち誇ったような顔で言った。

「あなたがあの有名な“財団”の方であることは理解しましたが、我々の責任者と相談した結果、やはり宿泊はお断りします。当方としては、予約のお客様を最優先とするのが決まりですので」

 どうやらこんな田舎町では“財団”の威光も届かないらしい。別に、権力を強硬に行使しようとは思わないが、こういう中途半端な能力を持たされるのは嬉しくない。「解ったガット・イット」と軽く言って、建物を出る。

 さて、どこへ行けば宿屋の娘とぶつかることができるんだろうか。とりあえず、地図を見る。この辺りは町の中心部にわりあい近いのだが、明確な中心という建物はない。強いて言えば役場がそうだろう。が、ランドマークにもなっていない。

 町の大きさは、東西に1マイル、南北に半マイルほど。今いる道路とその南側を蛇行している川との間の、狭い平地に宅地が広がっている。

 目の前にはレストランもあるし、リュックサックにはテントも入ってるし、夕食を摂った後でオート・キャンプ場へ行ってテントを張るスペースだけ貸してくれと言えば、今夜のところは凌げるかもしれない。が、そうなると次にどこへ行くかを探すことができなさそうだ。

 オート・キャンプ場を徘徊してキー・パーソンを見つけ出さないといけないのか? でも、そこにいるのはおそらくガール・スカウトだぜ。不審者と間違われるんじゃないか。通報されて警察に捕まったら目も当てられない。

失礼ウンシル・マイミスターヘル

 後ろから女の声がかかった。別に、道路を塞いでいるわけではないのに。どうもどこかで聞いたことがある声だと思いながら振り返ったが、ぱっと見た限りでは思い当たるところがない。さて、誰だったろうか。

「あの有名な財団の方だと聞いたようなので、声をかけたのですが、違ったかしら?」

 すらりと背の高い、アッシュ・ブロンドのボブ・カットの女が、眼鏡の奥から好奇の眼差しでこちらを見ていた。けっこう美人、いや、かなり美人、いやいや、極めて美人だ。どうしてこれほどの美人を見忘れるのか。

 美人は俺を見ながら、眼鏡を外したが、掛けていても美人、外しても美人。どちらかというと、掛けている方が怜悧な感じがして、背筋がぞくぞくするハヴィング・ザ・チルズ。もちろん、快感の方のぞくぞくだ。

 薄手のベージュのセーターに、ブルーのスキニー・パンツ。プロポーションも抜群。誰だろう。聞いたことある声というのは俺の勘違いで、ここの責任者かな。それにしては若いし美人すぎると思うが、そうであってはいけないという決まりもないだろうし、この仮想世界では往々にしてありそうなことだし。

「そうだが、君は?」

「あら、一度お会いしてると思うけど」

 改めて見直して、ようやく思い出した。今朝、山小屋の図書室で、俺にそこをどけと言った女だな。一瞬見ただけだし、視線の冷たさが少しばかり、いや、かなり違ってたんで気付かなかったよ。

 で、結局、誰なんだ?

「しかし、あの時は互いに自己紹介をしてないはずだが」

「ええ、私の顔を憶えていてくれたか、確かめただけですわ。失礼しました。カタリナ・ソロースです。またお会いできて嬉しいわヒュゲリ・オ・モーテ・ダイ・イェン

 またアゲインって何だよ。自己紹介してないって言ってるだろうが。

「こちらこそ、アーティー・ナイトだ。それで、ご用の向きはワット・キャン・アイ・ドゥ・フォー・ユー?」

「あなたが泊まる場所を探すのにお困りのようなので、手伝って差し上げようと思って」

 決まり文句として、こちらが何をできるかワット・キャン・アイ・ドゥ・フォー・ユーと言ったのに、そっちがしてくれるのか。

「それはありがたいな。ホテルを紹介してくれるのか、それとも君の家が近くにあるのか」

「いいえ、どちらでもないけど、こちらへいらして」

 言葉遣いが丁寧だったり粗野だったりするのが理解不能なのだが、同時通訳のシステムに問題があるのだろうか。

 それはいいとして、カタリナは先ほどの建物へ入っていく。さっき、泊まるのを断られたばかりだというのに、どうしようというのか。受付のスタッフは早くもいなくなっていたが、カタリナがベルを鳴らすと出てきた。

「あら、ソロース先生、何のご用でしょう?」

 む、今、先生プロフェッサーと言ったように翻訳されたが、言語では何と言ってたんだ?

「彼、ドクター・アーティー・ナイトを、私の部屋に泊まれるように手続きして欲しいの。私の部屋、ツインだから、ベッドが一つ空いてるわ。部屋代ルーム・チャージの差額を払うから、後は食事だけ追加してくれれば」

「あら、そうですか。夕食は一人分くらい何とでもなりますし、朝食はビュッフェですから問題ないと思いますが……その、本当によろしいんですの?」

「ええ、何も問題ないわ。彼は私の知り合いなのよ。正確には、同僚の同僚ね。ここに来たのは偶然だけれど、以前から一度、一晩かけてじっくり話をしたいと思っていたから、好都合だと思って」

「はあ、そういうことでしたら」

 いや、今の全部嘘だろ。だって君とは初対面だぜ。正確には2度目だけど、1度目は5秒間だけだろ。それとも、まさかマルーシャが変装してるのか?

 しかし、さっき見たときは胸の大きさが彼女よりも4インチくらいは小さかったように思う。1インチならごまかせても、4インチはないだろう。

 混乱は顔に出さず、女性スタッフがクレジット・カードを出せというので差し出す。予約システムに情報を打ち込んでいるが、なんだか苦労しているようだ。「チェック・イン後に人数を増やすなんて、あまりやったことないですから」と笑いながら言い訳をしている。まだ作業しているが、もうカードは必要ないだろうよ。早く返せ。

「変更できました。それではごゆっくり」

「グレイト、ありがとう。アーティー、部屋へ案内するわ。こっちよ」

 余計な愛想笑いを浮かべる女性スタッフへ軽く礼を言ってから、カタリナの後に付いて行く。尻の形がすっきりしていて、間違いなくマルーシャではないのが判った。

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