#11:第3日 (7) 何を盗んだ?
そもそも、あの男二人はどうして下着泥棒みたいなケチな真似を。山にまで来てするようなことじゃないだろ。おまけに発覚しやすいし、早朝に出て行ったら捕まらないってわけでもないだろうし、ゲイのふりをしたら怪しまれないとでも思ったか?
どうせ盗むんなら、『ペール・ギュント』の泥棒みたいに、皇帝の馬と服を盗めよ。もちろん今時、山に馬を連れて来るやつはいないけどさ。代わりに何かもっと高級なものを……高級なものって?
いや、山にはそんなに高級なものを持ってくるはずがないさ。せいぜい、宝飾品くらいだろ。俺が持ってたエメラルドやルビーは、ロジスティクス・センターに預けられてるけどさ。
でも、何なんだろうな、さっき頭に何かちらっと浮かんだんだよ。高級品? 馬に代わる高級品? 現代の馬といえばモトだろ。モトだって、こんなところまでは乗ってこないさ。他の奴なら車だろうけど、やっぱりこんなところまでは乗ってこないさ。
だって、通れる道がないもんな。どこか、道が通じてるところに置いてくるとか、あるいは家の近くから列車かバスで来るとか、そうするはずさ。
でも、鍵は持ってきてるだろ。旅行中は使わないから、リュックサックに入れておく奴もいるかもな。で、その鍵を、この辺りでなくしたらどうなる?
おそらく、モトや車を置いているところに戻るまで、なくしたことに気付かない! 単に鍵をなくしただけなら、
山に来て、全く知らない人の車の鍵を盗んでも仕方ないだろうけど、鍵泥棒に仲間がいて、そいつらが鍵の持ち主の身元を調べることができたら? 車の置き場所を調べることができるかもしれないし、置き場所が判ったら車を盗めるじゃないか。
もしかして、あの男二人組がやろうとしてたのって、そういうこと? だとすると、故買屋という言葉の説明がつく。一人は鍵を盗み、もう一人はそれを使って車を盗む。あるいは、どこか別の場所に故買屋がいて、山歩きの途中で会う予定があったのかもしれない。鍵を渡すために。下着を盗んだ理由は解らないけどさ。
それとも下着は、単に
いずれにせよ、それを確認する必要があるな。再び、石積みの小屋に出向く。エマとマヤに気付かれた。
「アーティー、行き先は決まった?」
「そっちの小屋にまだ何か用があるの?」
もちろん、この小屋を注意して見ていたからだろう。こっちに走り寄ってきた。
「ここに誰か出入りしたか?」
小屋のドアに手をかけながら、二人に訊いてみる。
「いいえ、私たちがそこのテラスに出たときからは、誰も。さっきアストリッドが戻ってきたのは知ってるけど、小屋には行かなかったわ」
「アストリッドは忘れ物をしたって言ってたけど、何を取りに来たの?」
とんでもないものを奪って行きやがったよ。何かは言えないけどな。ドアを開く。二人の男はまだ土間に転がっている。宿泊室の方を見る。リュックサックの前にはまだ
「私の車の鍵!」
エマのものだったか。呆然とするエマと俺の顔を見比べながらマヤが訊いてくる。
「どういうことなの?」
「おそらくは……」
テラスの方に移動しながら、さっきの推理を話す。そして、テラスに置いてあるエマのリュックサックの中を確かめさせる。鍵はサイド・ポケットに入れていたらしいのだが、そこにはなかった。やはり盗まれていたということだ。
「でも、その“正義の味方”って誰なの? 私たちは誰も見かけなかったのに」
「そうよ、下着と鍵が戻ってきたのは嬉しいけど、なんだか気味が悪いわ」
おそらく、そいつは俺を試したんだろうな。“下着盗難事件に見せかけた、車の鍵盗難事件”に気が付くかどうかを。
もちろん、俺だって気味が悪い。何だって、他の奴が俺にヒントを出そうとしてるんだ。俺一人じゃヒントに気付かないと思ってるんじゃないか。実際そうなんだが。
とにかく、俺が次に行くべきところは判ったように思う。レイルヴァスブだ。そこへ行って、下着泥棒改め車泥棒の一味を探し出さなければならない……んじゃないかな。それにしても、初日のチェス盤によるヒントとはえらい違いだなあ。
「とりあえず、車の鍵を盗られかけたってのは、どこかに届けないとな。どうすればいいのか、知ってるか?」
「イェンデスヘイムに訊いてみるわ」
エマが
「どうしてエマの車の鍵が狙われたのかしら」
「君は鍵を持ってきたのか?」
「家に置いてきたわ」
「ここまではどうやって来たんだ」
「イェンデスヘイムまで、エマの車を二人で交互に運転して来たのよ」
そうすると、車泥棒の一味がイェンデスヘイムに泊まっていた可能性があるな。その時から目を付けられていたのかもしれない。
「俺は合衆国から来たから、車の鍵を持ってないと思われたんだろう。ホルベルグ夫妻が車の鍵をどこに保管していたのかは判らないが、少なくとも夕食後から朝までホルベルグ氏が部屋にいたので、盗む機会がなかったのかもしれない」
エマの電話が終わった。
「イェンデスヘイムの管理人が見に来てくれるらしいけど、船を出すから1時間はかかるって。ただ、警察へ連絡するなら、ロム自治体のフォスベルゴムへ電話しろって言われたわ」
イェンデスヘイムはヴォーゴー自治体だが、イェンデブはロム自治体にあるらしい。一応、フォスベルゴムへも電話してみたが、スピテルストゥレンへ行くのなら、そこで話を聞く、と言われたそうだ。
「容疑者はどうしろって?」
「明確な証拠がないなら、何もできないって」
まあ、そうだろうな。とりあえず、イェンデスヘイムから人が来るのを待つ。
予告どおり1時間ほどで船がやって来て、男が二人降りてきた。エマとマヤに挨拶しているが、山小屋で見覚えがあるのだろう。俺もイェンデスヘイムに泊まっていたことになっているはずだが、挨拶はされなかった。おかしなものだ。
エマがもう一度事情を説明したが、石積みの小屋で伸びている二人を見て、どうしようか思案に暮れているらしい。横から口出しをしてみる。
「急病人か怪我人ということにして、イェンデスヘイムに連れて行くというのはどうかな。そして病院へ送り届ける」
「うーん、そうだね。それしかないかな。意識がいつ戻るか判らないものねえ」
40歳くらいで、顎髭を生やした男が同意してくれた。伸びている奴らを船へ運び込むのを手伝う。これほどまでに扱っても起きないということは、睡眠薬でも飲まされたのかなあ。
念のために山小屋の中をチェックして、船が出航していったときには、もう11時を過ぎていた。急いで出発しなければならない。が、山小屋の中に荷物を取りに行くときに、ビッティーを呼び出す。彼女と会話している間は時計が止まってるから、エマたちを無用に待たせることはない。
「ステージを中断します。
「ここからレイルヴァスブまでは何時間かかる?」
「あなたの昨日のペースですと、休憩込みで6時間ほどです」
「大きな山小屋があるらしいが、予約なしでも泊まれるかな?」
「今は閑散期ですから、問題なく宿泊できます」
「従業員がたくさんいるのか」
「はい」
「じゃあ、非常食じゃなくて、まともな食事ができるんだ」
「はい、館内にレストランがあります」
「洗濯もできる?」
「可能です」
「まさか例のIDカードを見せると特別室に案内されるとかじゃないだろうな」
「それについては言及できません」
きっとそうなるだろうな。
「よし、質問終了だ」
「ステージを再開します」
エマたちはスピテルストゥレンまで7時間かかるというから、だらだらしていると着くのが日没直前になってしまうだろう。ペースを上げて歩かなければならない。
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