#10:第3日 (4) 洞窟案内
「お待たせしました、アーティー。次は私がライトを持って付いて行きます」
シェーラの洗髪が終わると、ダーニャが声をかけてきた。振り向くとやはり何も着けていない。シェーラはちゃんとタオルを巻いているのに。
「君もタオルを巻いた方がいいな。危ないから」
「何が危ないのです?」
本当に解らないのか。そんな発育のいい身体のくせに。17歳とは思えないな。
「何かの弾みで、転んで怪我をするかもしれない。君の身体は儀式とやらに使うらしいから、傷が付いたら困るんじゃないのか」
「ああ! そうですね。では、少し待っていて下さい」
ダーニャはそう言って、しばらくしてフェイス・タオル2枚を胸と腰に巻き付けてきた。水着に見えなくもない。しかし、バス・タオルは2枚持って来たはずなので、そっちを使えばいいと思う。現にシェーラはそうしてるぜ。
「さあ、行きましょう」
やけに嬉しそうだ。洞窟に入ると、ライトで俺の足下を照らしてくれているが、その他のところも時々明るくなる。どうやらもう一つライトを持って来て、あちこち照らして見ているようだ。さっきはシェーラがライトを持って、足下しか照らしてなかったのに。色々と興味を持つお嬢様だな。
しかし、地底湖まであと10ヤードほど、というところで、俺の足下が暗くなった。振り返ると、ダーニャが立ち止まって、洞窟の壁にライトを当てて見入っている。
「どうした、壁画でも見つけたか」
「いいえ、どうやらライトの当たり具合でそう見えただけみたいです」
シミュラクラ現象でも見えたかな。そして地底湖で水を汲む時には、俺の手元だけでなく、洞窟内をくまなく照らして見ていた。
「アーティー、この地底湖の真ん中辺りは結構深そうですね」
そう言って地底湖の真ん中辺りを照らす。なるほど、水の中に映った光の環が、円筒の内側を照らした時のように縦に伸びている。そのすぐ手前には底が見えているところがあるから、一部分だけが窪んでいるのだろう。
「どれくらい深いか、入って確かめてみるか?」
「時間があればそうしたいですね。とりあえず、今はシェーラに水を持って帰ってあげましょう」
本当に入るつもりか。俺より冒険心旺盛だな。
とにかく水を持ってシェーラのところへ戻り、水浴びの続き。2杯目が少し残ったので下着の洗濯を始めたらしい。しかし、やはり足りなくてもう一度汲みに行く。が、二人のうちどちらが付いて行くかで揉めている。役柄からすればシェーラだが、ダーニャが自分が行きたいとごねているように聞こえる。そんなに行きたいのなら二人で勝手に行け。
結局、シェーラが付いて来ることになった。上半身に俺の貸したシャツ、下半身にバス・タオルという微妙に不自然な格好をしている。シェーラは洞窟にも地底湖にも興味を持たず、だからすぐに戻ることができて、洗濯もすぐに済んだ。ただし、服の水を絞るのは俺がやらされた。
「アーティーからお借りしている服は、後で洗ってからお返します」
「返してくれたら俺が自分で洗うよ」
「水浴びはしませんか?」
「君らが見てない間に、濡れタオルで身体を拭いてるんだよ」
「そうですか。それは残念です」
何が残念なんだよ。
それから洞窟の前の浜に戻り、2本の木の間にロープを張って、服を干す。下着は干していないが、「着ている方が早く乾くと思って」とダーニャが笑顔で言う。いや、そんなこと教えてくれなくてもいいって。
洞窟に戻り、水を飲んで一休みしていると、ダーニャが「他に洞窟はありませんか?」と訊いてくる。やけに洞窟に興味を持っている。縦穴のようなのが二つあって、一つは途中まで入ってみたが、もう一つは狭かったので入っていない、と答える。
「それと、この洞窟にまだ奥がある」
「まあ、本当ですか?」
ダーニャを隅の方に連れて行き、下に続く穴を見せて、この下に大きな空洞があって、そこからさらに穴が続いていて、と説明する。
「私も入ってみたいです」
「暗くなってからにしよう。明るいうちは、頂上で見張りをする方がいい」
「でも、見張りは一人でもできますから。シェーラ、これから昼頃まで、頂上で見張りをしていなさい」
「かしこまりました。船が見えたら、お二人にお報せすればよろしいでしょうか」
「そうしましょう。ああ! 船に報せるための、火を焚く準備をしないといけませんね。それは私とアーティーでやりましょう」
どうしてダーニャは下働きがやるようなことを自分でやりたがるんだろうと思う。
まず、ダーニャとシェーラの履き物の取り替え――頂上に行くには靴の方がいいし、洞窟を降りるには靴下の方がいい――とか、洞窟にはロープを持って入るのでシェーラが何か報せたい時はそれを引っ張るとか、洞窟探検が終わったら頂上に行くとかの手筈を整えた。
次に、ダーニャと二人で焚き木を集めに行く。実は俺が昨日島を回った時に、めぼしい枯れ枝はいくつかの場所にまとめておいたので、それを集めるだけだ。
ただ、北、東、西の浜にそれぞれ用意した方がいいだろうということになった。決めたのはダーニャで、枯れ枝を持って行くのは俺がやらされた。ダーニャは人に指示する立場の人間で、俺は人から指令を受けて動く立場の人間――フットボールに関してだけだが――だから、自然とそうなってしまった。
洞窟に戻り、ロープの準備をしてから、奥へ。ロープは一昨日と同じように外の木に結びつけておいた。俺が先に穴を降りて、後でダーニャが降りてくるが、心配だからと見上げるとダーニャの下着が見えてしまうので、敢えて見ない。
下の“大広間”に降りると、ダーニャが感心したように呟く。
「確かに広いですね。それに、床のこの砂。あなたが言ったとおり、誰かが住むのに使っていたのでしょう」
「それにしては、他の痕跡が少ないと思うんだな。生活道具や、服の切れっ端なんかが残っていてもよさそうなんだが」
「そういうのは腐敗の元になるので、外に捨てに行ったのかもしれませんよ。洞窟は匂いがこもると使えなくなりますからね。それで、まだ奥があるのでしょう?」
「こっちだ」
奥の穴へダーニャを導く。一度通っているので、足下の危ないところは判っているから、いちいちダーニャに注意する。ダーニャははいはいと元気に返事をするが、彼女の声は洞窟内によく響く。声の周波数がちょうど合っているのかもしれない。
「ところで、こういう暗いところは怖くないのか」
「いいえ、全く。むしろ、暗いところは好きです。女性は暗いところを怖がった方がいいと思いますか?」
「いいや、怖がらない方が気を遣わなくて済むから大助かりだ」
「それはよかったです。私が怖いのは雷だけです」
俺も雷は嫌いだな。ゲーム中に雷が発生すると、終わるのが遅くなって困るんだよ。雷鳴が聞こえなくなるまで何分待つとか、いろいろルールがあってさ。
50ヤードを斜めに下って、一番下の天井が開けたところに着いた。
「ここが終点ですか。なるほど、上の方はまだ続きがありそうですね」
「そっち隅の方に小さな穴がある。俺は入れそうもないが」
「私なら入れるかもしれませんね」
どうかな。尻が通らないと思うが。
「バックできなくなったら困るからやめておきなよ」
「そうします。でも、上の方はもう少し見ておきたいです。肩車をしてくれますか?」
そういうことを言いそうな気がしていた。俺がしゃがむと、ダーニャが靴下を脱いで肩の上に座った。ゆっくりと俺が立ち上がったが、たぶんこれくらいの高さでは上の方は見えないだろう。そして次に彼女が言うことも予想できる。
「高さが足りません。肩の上に立ってもいいですか?」
「
ダーニャが足の裏を肩に乗せてくる。その足首を掴んでやると、ダーニャがそろそろと立ち上がる。もちろん、洞窟の壁に手をつきながらだろう。上は見ないことにする。どうせライトは天井の方しか照らしていないだろうから、ダーニャの尻も何も見えないはずだし。
「もうあと1メートルくらいで届きそうなのに」
「じゃあ、シェーラも連れてきて3人で肩車するかあ」
「それほどの軽業は私たちにはちょっと無理かもしれません。もう結構です。降ります」
ダーニャがしゃがんできたので足首を離す。肩車の姿勢に戻るのかと思ったら、俺もしゃがむように指示された。そのとおりにすると、ダーニャが肩から飛び降りた。軽業、できるじゃないか。
「登るには梯子が要りますね」
「枯れ木とロープで作ってもいいが、島から脱出することの方が大事だから、余計なことはやめておきたいな」
「私もそう思います。でも、もし……いいえ、そろそろ戻りましょう。シェーラが、上で退屈しているでしょうから、代わってやらなければ」
自分で見張りするのかよ。本当、下働きが好きだなあ。
上に戻り、チョコレート・バーとジュースを持って頂上に行く。船は見えたかとシェーラに訊くと、「ずっと向こうに、飛行機が飛んでいるのが見えたのですが……」という答え。マイアミ空港と南米を結ぶ飛行機が付近を通るのかもしれないが、ジェット旅客機に助けを求めるのは無理だろう。
しかし、これで見つけてもらえる可能性が皆無ではないということが判ってよかった。俺が見張りを代わり、その間に二人でチョコレート・バーを食べながら小声で何か話している。洞窟探検の話ではなく、国のことを憂えているようだ。
密やかに話しているということは俺に聞かせようとは思っていないということだろうから、聞かないでおく。それでも、だいたいのところは聞こえてしまう。
「ところでシェーラ、眠くはありませんか? 寝不足なのでしょう?」
「いいえ、ダーニャ様、今はまだ眠くありません。お気遣いありがとうございます。でも、午後になったら眠気を催すかもしれませんが……」
「でも、ちょうどいいタイミングですから、今から仮眠なさい。昼には起こします。今夜の見張りのシフトはまだ考えていませんが、あなたにも頼むかもしれませんから」
「かしこまりました。では……」
従順なものだ。しかし、明らかにシェーラを追い払ったよな。どういうつもりなんだか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます