#10:第1日 (4) 洞窟探検

 陽は落ちたが、真っ暗にはならなかった。上天に半月が浮いている。星も明るく瞬く。目が慣れれば、懐中電灯フラッシュ・ライトを使わなくても砂浜が歩けるだろう。こんなに夜空が綺麗に見えるのは、メキシカン・クルーズ以来じゃないかな。暖かいし、風さえなければ、この砂浜で寝たっていいくらいだ。

 風は確かに気になる。夕方、島の西から見た空は、南の方に雲が広がっていた。もしかしたら今夜のうちに嵐が来るかもしれない。月は真夜中には沈んでしまうだろうし、そろそろ洞窟へ戻ろうか。

 さて、洞窟の探検だ。持っていく物はライト、ロープ、タオル、ナイフくらいかな。できればヘルメットと、それに取り付けるライトがあれが万全だが、そうはうまくいかない。

 まず全体の確認。入ったところは幅約10フィート、高さ約6フィート。既に頭を引っ込めないと歩けない。少し奥へ行くと広がり、15フィートと6フィート半くらいになった。天井の方は時々出っ張りがあるので、それなりに注意しなければならない。出っ張りは鍾乳石かな。つまりこれは珊瑚礁にありがちな鍾乳洞だろう。しかし足元は砂で、わりあい乾いている。誰かが浜から持って来て撒いたのだろうか。

 そこからは進むに従って幅が狭まり、天井が落ち込んでいく。20フィートほど進むと、高さ5フィート弱になった。中腰で歩くのはちょっとつらい。

 もう少し行くと急に天井が下がってくるが、床も窪んでいる。そろそろと這うように進むと――どうしてこんなところまで海岸の砂が撒いてあるんだ――奥へは行き止まってしまったが、斜め下に向かって直径3フィートばかりの穴が開いていた。

 ライトで穴の中を照らして覗き込む。凹凸が激しいが、大きさ的には俺の身体でも余裕で入れそう。入ってみるか? しかし、万が一落っこちて出られなくなったらゲーム・オーヴァーだ。落ちないようにするには、当然ロープを垂らす必要がある。腰に命綱を巻く、というところまではしなくていいかもしれないが、さてどうしようか。

 いったん洞窟を出る。入り口の近くに、頑丈そうな木が生えている。こいつにロープを結ぼう。ロープは一巻き100フィートもあるから、穴の中へ50フィートくらいは入れるはず。端をしっかりと木に巻き付けて――簡単でほどけにくい結び方を憶えておけばよかった――ロープの束を肩に掛けて、洞窟へと戻る。

 片手でロープを持ち、もう片手でライトを持って、足元を照らしながら、穴を降りていく。一歩ずつ足元を確かめながら、ゆっくりと。斜面は急だが、不思議と足場に困ることはない。そして意外と言うべきか、穴は短くて10フィートもないくらいだった。そこからは足元が平坦になっているのだ。そして頭の上も左右も開けている。

 ライトで周りを照らすと、そこに広い空洞があった。高さは6フィートそこそこで、立つと頭がつっかえるものの、幅20フィート、奥行き50フィートほどはあるだろう。大広間と言ってもよさそうなスペース。しかも、そこに海岸の砂を敷き詰めてある!

 過去に、ここを住み処にしようとした連中がいるということだ。ただし、最近使ったかどうかまでは判らない。

 歩き回りながら隅々までよく見てみる。物を運び込むのに使ったであろう木の箱が、壁際にいくつか転がっている。覗いてみたが、蓋はなく、中は空っぽだった。ゴミは特にない。座礁したクルーザーといい、ここを出て行く連中というのはよほど片付けが好きらしい。

 振り返って、穴をライトで照らしてみる。ここを広間として使ったのなら、穴は階段にしてあるのではないか? だが、どうやらそんなことはないようだ。ただ狭いので、両手で壁に突っ張りながら足元に気を付ければ、ロープがなくても上り下りできそう、ということが判った。慣れればライトなしでも歩けるかも。

 さて、まだ奥があるのか。あった。さっきよりも狭い穴が、斜め下に向かって延びている。少し先は広くなっているようだが、折れ曲がっていてライトの光が奥まで当たらない。けれど、深そうな予感がする。もはや砂は敷かれていなくて、ここに住み処を作った連中も、この先は使わなかったのだろう。

 あるいは、住み処ではないが、保存庫として使ったかもしれない。もしかしたら宝の隠し場所として、などという夢のある話もないではないから、できるだけ奥まで入ってみることにしよう。なに、時間は有り余っている。ただし、俺のターゲットは“羽根と宝石”であって、海賊の宝とは直接関係しなさそうだけれども。

 さて、ロープが足りないので、もう一束持って来なければならない。上に戻り、先程のロープの末端にもう一つのロープの端を結ぶ。こういうときも、いい結び方があるはずだが、どうするんだったかなあ。

 下の広間にまた降りて、さらに奥の穴へ。岩がせり出して、ところどころ狭くなっているのを慎重に通り抜けながら、もう一つの洞窟のことを考える。ここと、あそこはつながっているのか、ということだ。

 しかし、つながっているのなら風が通り抜けるはずで、夕暮れ時から結構風が強くなってきたというのに、洞窟中は全く風が通っていない。ということは、二つの洞窟はつながっていそうにないということであり、少なくともこちらの洞窟はどこかで行き止まりになっているということだろう。

 測量しながら探検したいところだが、あいにくそんな道具もない。平坦なところなら歩測することもできるが、これほどのでこぼこ道では無理だなあ。

 右へ右へと曲がりながら、75ヤードほど進んだところで、行き止まった。意外に深かった。上の方へ抜けている気がするので、照らして見上げる。天井が高い。20フィートほどか。無数の鍾乳石が槍のように垂れ下がっている。

 床は平らであるものの、広さはさほどでもない。“部屋”として使うには狭すぎる。やはり貯蔵庫だろう。置いている物は何もないけれど。

 だいぶ下に降りて来たという感じがして、洞窟の壁や床も湿気を帯びてきたが、海の高さまでは下がっていないはず。潮の香りもしない。

 狭いけれど、隅々まで調べる。そういえば、ここに降りてくるまで途中で分かれ道がなかった。それに、水も少ない。穴を穿った水は、どこへ流れて行ってしまったのか。

 一番奥に、人はとても通り抜けられそうにない小さな穴が開いていた。これが水の出口か。耳を近付けて済ますと、微かに水の滴る音がする。この下に水のたまり場がありそう。地底湖と言うべきか。

 それから天井をもう一度照らす。なぜだか知らないが、見えているよりも広い気がする。壁を蹴って、音を立ててみた。反響はやはり、もっと広い空洞のものだ。ほぼ垂直の壁の上の、死角になっているところに穴でも開いているのだろうか。

 ちょいと確かめてみる。穴が開いてそうなところに、石を投げてみればいい。とはいえ、手頃な石ころがありそうで、なかなか見つからないというのは面白い。この穴は岩盤が崩れてできたんじゃなく、水が溶かしたものだからなあ。

 ようやく石ころを見つけた。狙ったところへ投げるのなんて簡単だ。天井近くの、穴が開いてそうな辺りに向かって放り投げる。石は跳ね返ってこず、しばらくしたらチャポンと水の跳ねる音がした。やはり地底湖がある! どれくらいの広さかはもちろん判らないが。

 穴までの高さは? 15フィートから18フィートほどだろうか。梯子を架けないととうてい登れない高さだ。壁に足場がないか探してみる。ところどころ、穿ったような小さな穴が開いている。よく見ると、半ヤードほどの幅で、左右互い違いに並んでいる。小さすぎて足を掛けることはできないが、堅い棒を突っ込めば足場代わりになって、壁を登れるのでは?

 しかし今はそこまでする必要性を感じないなあ。時間は十分あるだろうけど、ターゲットと関係なさそうだし。それに木の枝を切り取るのなら、ナイフじゃなくて鉈がいるだろう。それなりの太さの木でないと、体重を支えきれないはずだ。鉈なんてクルーザーにはなかった。

 ああ、パンやハムをスライスするための、大きめの包丁があったか。明日取りに行ければ考えようか。しかし、どうせ鉈を使うなら梯子を作る方が、他にも使えて便利な気がするよな。いずれにしろ明日だ。

 とにかく、洞窟探検はこれでいったん終了。ロープの長さは十分だったが、特に必要な場面はなかった。坂を下りる上でも、枝分かれを調べる上でも。そういや、どうしてこの洞窟は一本道だったんだ。まあいいか、明日はもう一つの洞窟を探検しよう。

 入口近くまで戻ってくると、強めの風が吹き込んでいた。外を見ると、真っ暗。月はまだ沈んでいないはずだが、東の空にも雲が広がってきたようだ。やはり今夜は嵐が来るらしい。

 いったん外へ出て、山に登る。立木の葉が揺れてざわざわと騒ぎ立てる。月明かりも星明かりもなくなっていた。波の音が大きく響く。ハリケーンかサイクロンか、はたまた台風タイフーンか。いや、どれも同じものなんだけど。仮想世界に来て、こういう天気は初めてだな。

 足元に気を付けながら、洞窟へ戻る。雨が降り込んできたら寝られそうにないので、物資をなるべく奥の方に移し、俺自身は“大広間”へ降りて寝ることにした。そこだと、風の音が聞こえる程度で、吹き込んでは来ないようだ。

 まだ8時過ぎだが、外は真っ暗だし、ライトを点けっぱなしだと電池が心配だし、他にすることもないので、もう寝ることにしよう。嵐で土砂崩れが発生して洞窟の入口が塞がれた、なんてことにならないことを祈る。

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