ステージ#9:終了

#9:バックステージ

「ステージの結果について、クリエイターからのコメントをお伝えします」

 2時間ほど前、ビッティーに言ったとおり、今回の評価を聞くのが怖い。いや、怖いというのは正しくなくて、気が重いと言うべきだろう。

 何しろ、ターゲット探しよりも、カウンティング・チームへの対策の方に時間を使いすぎたからなあ。しかも、ターゲットが何であるかに気付いたのが、終了の6時間前だぜ。いくら何でも遅すぎるって。

「今回のステージでは想定された時点までにターゲットの同定ができなかったが、これはキー・パーソンの選択を誤ったことによるものが大きい。また、キー・パーソンあるいはそれに準ずる人物から幅広く情報を集めたものの、その中の共通項を見定めることができず、結果としてキー・パーソンへのフィードバックができなかったことにより、必要な情報を集めきれなかった。さらに、特定のイヴェントに対して時間を割き過ぎたことも、情報の収集が遅れた要因として挙げられる。情報が少ない中でターゲットの同定ができたものの、演繹的推理よりも思い付きに頼ったことは明白であり、低ランク評価を与えざるを得ない。情報の取捨選択と、時間配分の改善を求める。以上です」

 メキシカン・クルーズのステージで敗者になったときでも、一つくらいは褒めてくれたのだが、今回はまるっきりダメだったな。お説ごもっともユー・ハヴ・ミー・ゼアとしてただ受け容れるしかないほどの、惨憺たるありさまだから仕方ない。他の競争者コンテスタンツ、特にマルーシャに惑わされたってのもあるけど、それは最初からの想定事項だから。

「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」

「今回のステージでは、キー・パーソンは何人設定されていたんだ?」

「詳細な人数はお答えできません。ただし、他のステージに比べて多く設定されていたことだけはお伝えします」

「ジャンヌがキー・パーソンでなかったってことはないよな」

「お答えできません」

 彼女は博覧会EXPOに関係していたから、キー・パーソンに間違いないと思うんで、彼女一人に絞っていれば良かったのかも。

 退出前に1時間ほど考える時間があって――あれは正しく反省の時間だったが――、その時に思い返したのは、なぜ博覧会EXPOのことを詳しく調べようと思わなかったのか、だ。

 島の地図を入手したときに、博覧会EXPOの会場であったことは明記されていたし、博覧会EXPOを想起させる建物が随所にあったし、カジノのレストランにはパヴィリオン67というのまであった。

 これほど博覧会EXPOが前面に押し出されているのに、それを避けるかのように調査していたなんて、自分で自分が信じられないね。

 F1グランプリというもう一つの大きなイヴェントがあったにせよ、博覧会EXPOも注目していて当然だった。しかも、遊園地のシーズン・パスを“パスポート”と呼ぶという、最大のヒントまで得てるんだぜ。これで、ターゲットは博覧会EXPO入場券パスポートかもしれないって思わないのは、どうかしてるだろうよ。

「他に質問はありますでしょうか」

 あまり思い付かないな。解らないことはたいていマルーシャに訊いたから。

「カジノの賭けでやけに勝っていたのは運が良かったのか、それともシナリオどおりだったのか」

「シナリオに含まれています。ただし、特定の条件を満たしたときのシナリオ進行であって、全ての賭けにおいて勝つことになっていたわけではありません」

「ハロルド・ザ・スリムってのに勝ったのもシナリオのうち?」

「はい」

「奴は負けた後、どうしたのかな」

「お答えできません」

「その前に発生していたイヴェントへの対応によっては、俺が負けるシナリオも存在していたのかね」

「詳細は説明できませんが、そのとおりです」

 ギャンブルの結果までシナリオどおりってのはすごいな。あのカジノではこの1週間だけで数え切れないほどの賭けが行われていたに違いないが、そのシナリオを全部書いたってのか。

 あるいは、競争者コンテスタンツとカウンティング・チームに関するシナリオだけ書いて、後はランダムってのでも良さそうだが。論文に書いてあったシミュレーションも、そんな感じだったもんな。

「ロジスティクス・センターに送った荷物を入手できなかったんだが、それを入手するシナリオもあったのか?」

「ありました」

「今回入手できなくても、次のステージでは受け取ることはできる?」

「状況によっては可能です」

「その荷物と、今持ってる鞄の中身を入れ替えたりすることはできるか」

「はい、可能です。次のステージ開始前にご案内します」

 どうして前回の開始前には言ってくれなかったんだ。

「他に質問はありますでしょうか」

「エヴィーやカティーはまた恋人を作れるだろうか」

「お答えできません」

「シックは俺があげたチップを全部貯金してるのかな」

「お答えできません」

「カロリーヌやミレーヌは立派な警備員になれるだろうか」

「お答えできません」

「現実のカジノ・モントリオールのディーラーは本当に美人揃いなんだろうか」

「お答えできません」

「フィーの人付き合いの悪さは今後改善されるんだろうか」

「お答えできません」

「マレー主任が明るい表情で仕事できるようになる日は来るだろうか」

「お答えできません」

「月曜日にカジノでエヴィーを見つけていたら、家に連れて帰ってくれただろうか」

「お答えできません」

「ジャンヌがワールド・チャンピオンを獲得するのは何年後なんだろう」

「お答えできません」

「ジャンヌのキャンパーのベッドの寝心地を確認していたら、今回の結果は変わってただろうか」

「お答えできません」

「マーゴがマルーシャと入れ替わってなかったら、彼女は俺の論文に興味を持ってくれただろうか」

「お答えできません」

「あの論文って本当は誰が書いたんだ?」

「あなたが書きました」

 あの論文が現実世界に存在するのかって訊いた方が良かったかな。どうでもいいや。

「よし、次のステージだ」

「了解しました。アーティー・ナイトは第10ステージに移ります。ターゲットは“羽根と宝石ザ・フェザーズ・アンド・ジェムズ”」

 2種類あって、しかも両方とも複数形。恐らく、何かの固有名詞だろうな。パスポートよりは判りやすいか。

競争者コンテスタンツはあなたを含めて3名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターとの通信ができません」

「7日間も君の声を聞けなかったら、欲求不満に陥ってやる気をなくすぜ、ビッティー」

「申し訳ありませんが、ルールですのでご了承願います。ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください。装備の変更を行いますか?」

「そうしたいが、どうするんだ。床に鞄の中身をぶちまけて選ぶのか?」

「装備をホログラム・アイコンにして目の前に並べますので、アイコンを移動させて入れ替えをお願いします」

 ビッティーの言葉が終わる前に、目の前の暗闇に“アイコン”が浮かび上がってきた。左と右に、それぞれ40インチのディスプレイくらい大きさの、四角形で囲われている。画面の片隅に、左側はバッグ、右側は荷物ラゲッジと表記が。アイコンは服とそれ以外に分けて並べられていた。

 右側の服の数の多いこと。服のデザインはアイコンで判るのだが、手を近付けると――さっきまで身体の感覚が無かったのに、気が付くとアイコンの灯りに照らされて、身体まで見えている!――文字で説明が浮き出す。アイコンは“掴む”こともできる!

 掴んだという感触はないのだが、アイコンに指を突き刺すようにしても動かすことが可能だった。

「……別送した衣類がないな」

 セシルの見立てで買って、後から送った衣類はどこへ行ったんだ。

「別送品は入れ替えの対象外です」

 荷物の性質として、それは正しい扱いであるという気がするが、何と杓子定規ハード・アンド・ファストなこと。少し考えて、鞄の中に入っている服を、小綺麗なものと入れ替える。その他のものは動かさないでおく。

 ファッションにうるさい人間なら小一時間もかけて入れ替えするかもしれないが、俺はそういうのにはこだわらないので、5分もかからずに終わった。

「左側の背景が少し赤く見えるのはなぜだ、ビッティー」

「鞄に詰め過ぎであることを示しています。もう少し減らされた方がよろしいでしょう」

 試しに上着ジャケットを1枚右へ動かすと、背景が無色に近い緑になった。

「次のステージでは防寒着はいるのかいらないのか」

「不要です」

「じゃあ、これでいい」

「了解しました」

 アイコンが消えていく。同時に身体の感覚もなくなった。

「その他の装備の変更は、金銭の補充以外、特にありません。前のステージであなたが入手した装備は継続して保持できます。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

「次のステージでは、ロジスティクス・センターに別送した荷物も受け取れるんだよな」

「状況によっては可能です」

「今からでも頼めばもう一度入れ替えできるのかね」

「できます。変更しますか?」

「いや、しない。ところで、次のステージのための肩書きを選べるんだろうな」

「はい、今回の場合ですと、財団の研究員、現実世界での肩書き、またはNFLのプレイヤーの三つから選択できます」

 前回と同じだ。

「よし、マイアミ・ドルフィンズのQBクォーターバックにしよう。ジャージー番号は14で」

 ボブ・グリーシーの12、ダン・マリーノの13に続く番号だ。ドルフィンズ・ファンならこの番号に憧れる気持ちがわかるだろう。

「ポジションとジャージー番号までは指定できません」

「じゃあ、別のポジションと番号でもいいから、後で頭の中の知識に追加しておいてくれよ」

「了解しました」

「それから、あのIDカードだ。財団の研究員じゃないから、クレジット・カードとしてしか使えないんだろうが、金額はいくらまで使える?」

「ステージ内の最高額の品物を購入することができます。事実上、無制限と考えていただいて結構です」

 ひゅう、と口笛を吹く。戦闘機でも買ってみるか。

「他に質問がなければステージを開始します」

「OKだ」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

 マイアミ・ドルフィンズの肩書きを使うのは、非常に楽しみだ。前回のステージでは、その肩書きの方が良かったかもしれない。余計な仕事をやらされずに済んだだろうからな。それに、仕事のことや論文のことを答えるのも面倒だし。

 その点、フットボール・プレイヤーなら説明は楽だ。昨シーズンの成績を訊かれたらどうするかな。頭の中の知識に追加しておいてくれると信じよう。レギュラー・シーズンでパス獲得4000ヤード、40TDタッチダウンを達成したということにしてくれれば文句はない。

「ステージを開始します。あなたの幸運をお祈りしますアイ・ウィッシュ・ユア・グッド・ラック

「ハロー、アーティー・ナイトだ。アーティーと呼んでくれ。仕事? 知ってのとおり、マイアミ・ドルフィンズのQBクォーターバックだ!」

 自己紹介の練習をしてみる。それだけでも気分がいいぜ!

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