#9:第7日 (7) 作戦続行

 さて、昼勤でない4人はそろそろ帰らねばならない時刻で、特にミレーヌを始めとする警備部の3人は今からすぐにでも寝ないと夜勤に差し障ってしまう。ロキサーヌも家に帰らねばならないだろう。

「あとは4人で何とかするから」

「4人? あたし、この後も手伝うなんて言ってないけど」

「まあ、まあ、まあ」

 フィーを宥めようとしているところで、携帯端末ガジェットのメロディーが鳴った。まさにその4人のが鳴っている。俺のはどうして鳴らないのだろう。メッセージを読んだカロリーヌの顔色が変わった。

「前の、カウンティング・チームがまた来たそうです」

「ほう」

 こちらに顔が割れているのは解っているだろうに、堂々としたものだ。つまり、囮役なのだと思う。本隊はどこにいるのか、見破ってみろというわけだ。昨夜来た連中のように、団体でやれば見破るのに時間がかかるわけで、こちらが気付く前に立ち去ってしまえば勝ち、とでも思っているのだろう。

「でも、アクセス・ポイントを私たちが除去してしまったので、彼らは通信ができないのでは……」

 ミレーヌが屈託のない笑顔で言う。除去されていたときのことは、彼らも考えてると思うんだがね。ただ、彼女にはそろそろ寝てもらっていいかと思うんで、それは言わないでおく。

「別のを持って来てるかもしれないわね」

 だから、それを言うなよ、フィーよ。この後、手伝わないつもりなら、黙ってりゃいいのに、みんなが動揺してしまった。

「じゃあ、また見つけに行かないと……」

 ミレーヌは今にも立ち上がって部屋を飛び出しそうな勢いだ。このままでは、寝ろと言って宿泊室に押し込んでも、目が冴えて寝られないだろうな。どうしたものか。

「まあ、落ち着け。カウンティング・チームの監視は、我々以外の警備部とサーヴェイランス・チームでやってくれるだろう。我々は今日はあくまでも“不正規隊”であって、彼らの狙いを、彼らが思いも付かない方法で阻止することにある。つまり、正攻法は採らない。しかし、ミレーヌ、ペリーヌ、それにティファ。君たちはいったん、休息に入ってくれ」

 1時間でもいいから、仮眠を取れ、と指示したのだが、3人とも言うことを聞かない。ミレーヌが俺のために働きたがっているのは解るが、どうして他の二人がそれに同調するんだ。そうなると、ロキサーヌも続けると言い出す。俺はどうも若い女に言うことを聞かせることが下手だ。一番難しそうなフィーにはうまくいったのに、どういうことだ。

「解った。では、作戦を続けよう。先ほど、フィーが指摘してくれたように、我々としては、彼らの仲間が持ち込む新たなアクセス・ポイントを見つけ出す必要がある。しかし、彼らも何らかの作戦を考えているはずで、そうなると我々もさっきとは違う方法を使う必要がある。ところで、フィー」

「気安く呼ばないでよ」

 しかし、他にどう呼べばいいのか。ミズ・バーク?

「こいつの出力だと、電波は外まで届きそうか?」

「無理ね。弱すぎて、本館までも届かないんじゃないの」

 そうだろうな。この時代の通信事情はよく解ってないが、電話回線と広域ネットワークはどういう区分になっているのだろう。要するに、カジノの外にいるカウンティング担当と、どうやって通信しているかを考えているのだが、まさか専用線を引いたとかではあるまい。

「別に、外で電波を拾う必要なんてないじゃない。手洗いにでも隠れて、タブレットで見りゃいいのよ」

 待て、どうして俺の考えてることが判ったんだ。まあ、それもシナリオのうちなのかもしれないが。

「2階から3階に直接電波は届きそうか?」

「無理でしょ、ここの床厚じゃ」

「じゃあ、君ならどうする?」

「そうね、階段の踊り場あたりに中継器リピーターを一つ置いて……」

 フィーは何気ない感じで答え始めたが、急に何かに気付いたように、ぴたりと口をつぐみ、無表情になった。「手伝うなんて言ってない」と言った手前、質問に対して気軽に答えたことを後悔しているのかもしれない。そういう意固地なところは何となく可愛らしくもある。

「カロリーヌ、ロキサーヌ、階段の辺りをもう一度調べてきてくれ」

「あたし、そろそろ自分の仕事に戻りたいんだけど」

 カロリーヌとロキサーヌが立ち上がるのと同時に、フィーが言う。それをミレーヌが宥める。

「まあ、フィー! そんなこと言わずに……」

「いや、仕方ないだろう。君にも他にやるべき仕事があるはずだからな。数時間のことだったが、協力してくれてありがとう。しかし、この後も君にいくつか質問することがあると思うが、それには協力してくれるな?」

「他の仕事との優先度によりけりね。そもそも、カウンティング・チームが来てるんだから、サーヴェイランスは最優先でそっちの仕事があるのよ。これ以上、あんたのこと手伝ってる余裕があるかどうか」

「今日の未明に来たような連中を見張る仕事には入れるか?」

「さあね。あたしに決める権限はないわ。決めるのはTLチーム・リーダーだから」

「TLはワテレ主任の支配下じゃないのかね」

「そのもう一つ上の警備部長よ。もう戻っていい?」

「結構だ」

 フィーが肩掛け鞄を携えて颯爽と控え室を出て行った。まだ立ったままでいるカロリーヌとロキサーヌに、階段付近を調べるように言う。ミレーヌたちの携帯端末ガジェットに、カウンティング・チームが1階、2階、3階に分かれてバラバラのテーブルに着いたという報せが入ってくる。ペリーヌとティファとアンヌとエリザに、手分けしてもう一度各階の電波状況を調べるように指示する。後にはミレーヌと俺だけが残った。

「あの、アーティー副主任スー・シェフ、私は何を……」

「ワテレ主任に警備部長を紹介してもらって、そこへ行く」

「警備部長?」

「フィーに協力してもらいたいだろ」

 ミレーヌの表情が明るくなった。外ではドライヴァーズ・パレードが始まる直前のはずだが、見ている暇はなさそうだ。

 警備部長がマレー主任の叔父だというのには驚かされた。彼よりも多少威厳はあるが、カウンティング・チームの動向に神経をかなりやられているらしいことは、表情で判った。俺がワテレ主任から“不正規隊”を率いるのを認めてもらっていることを話し――こういう時は隠さず正直に話すのがいいものだ――、サーヴェイランス・チームからも協力者が一人欲しいことを伝えた。

「今日は特別に増員していて、それでも持ち場のやりくりが厳しいと聞いてるんだがね」

 警備部長は言いながら、それでもTLに電話を入れ、都合が付くようなら“未明に発生したような案件のチェックをする担当”にフィー・バークを回すよう指示してくれた。

 ミレーヌを連れて行ったのは不正規隊の“戦果”を報告させるためで――もちろん、制服に着替えてからだが――、無線通信を使用していることを説明すると、部長は世も末だという表情を見せ、それがマレー主任にあまりにもそっくりなので、思わず笑いそうになってしまった。ミレーヌも必死になって堪えていたようだ。

 控え室に戻ると、他の6人は既に戻っていたが、皆一様に当惑した表情を浮かべている。まずは階段の方の報告を聞く。

「ごく弱い電波が出ているのを検出しましたが、場所がよく判らないんです。フィーにこっそり訊いたら、階段の壁で電波が乱反射してるからだろうって……」

 警備部長へ申し入れに行く前に、フィーに相談してしまっているが、それはカロリーヌからだからいいとして、確かに階段は三方を壁に囲まれているので、そういうことはあるだろう。そしておそらく階段の照明器具の陰とか、目に付きにくいところに隠してあるに違いない。

 それを探すには警備部だけでは手が足りず、設備管理とかそういう連中に頼まなければならないだろう。不正規隊としては、そこまで手がかけられない。だから他の対策を採る必要がある。で、各階の再確認の方だが。

「やはり新たなアクセス・ポイントが持ち込まれていたようです。各階に3、4ヶ所ずつです。でも、先ほどと同じようにして設置場所を特定しようとしたんですが、発信源が突然消えて、別の場所に現れたりして、全く見つけられないんです……」

 恐らく多数の中継器リピーターを持ち込んで、周期的に電源オン・オフを切り替えているのだろう。場所も固定ではなく、“人”がポケットに入れて、適当な時間を置いて移動しているに違いない。電源オンの間に発信源の位置が確定できたとしても、警備員がそこへ着く前にオフにして、立ち去ってしまえば見つからなかったのと同じ、というわけだ。

 単純だが、効果的なやり方だ。フロア内の1ヤード四方に一人、警備員を配置できれば捕まえられるかもしれないが、もちろん無茶な話だ。

 さて、そうなると俺たちとしては、フロア内のどこかでカウンティングをしている奴を見つける方が実際的、ということになる。フロア内でラップトップやタブレットを操作していると警備員に見つかってしまうから、フィーの言ったとおり手洗いにでも隠れているのかもしれないが、俺としては手洗いはないと思う。この手の施設では、個室にずっとこもっていると、犯罪防止の観点から監視システムが検出してしまうことがほとんどだ。

 では、他に居座れそうな場所は、バーか、レストランか、VIPルームか……VIPルームにカウンティング・チームを呼ぶことはないだろう。しかし、バーでもレストランでも、長居しながらラップトップやタブレットを触っていたら、いくら何でも判るだろう。しかし、それが逆に盲点になることもあるので、とりあえずバーとレストランを調べて来てもらうことにする。

 6人が控え室を出て行ったが、なぜかミレーヌだけが残っている。

「あの、私にはまた何か特別な指示があるかと思いましたので」

「特にないな。3階のレストランは広いから、手伝ってやってくれ」

「了解しました!」

 ミレーヌが元気よく出て行こうとしたが、携帯端末ガジェットが鳴った。メッセージか。彼女のだけでなく、俺のも鳴っている。フィーからだ!

「2階、3階でそれぞれテーブル三つ、団体あり。個人は動きなし」

 ミレーヌの顔色が変わる。団体というのは、今日の未明のように7人で順番に勝つ連中のことだろう。テーブルの番号も書かれている。個人というのは水曜日に来た連中のことか。俺の考えでは、彼らの方が囮なのだが。

「アーティー副主任スー・シェフ、どうしましょう?」

「彼らが儲けすぎたら警備部が何とかするだろう。とりあえず君はレストランを探しに行ってくれ」

「了解しました!」

 そしてミレーヌが部屋を出た途端、周りに黒幕が降り始めた。何だ何だ? ああ、そうか、退出期限まで12時間を切ったから、ゲートがオープンしたのか。

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