#9:第5日 (5) ポーカー勝負
突然現れたコレットが声をかけてきた。やけにいいタイミングだが、まさか偶然ではあるまい。マーゴかテーブル・マネージャーが呼び出したのか? 黙っていたら、テーブル・マネージャーが事情を説明してくれた。
「まあ、それは困った事が起こりましたのね。結構ですわ、このメッセージについては私どもの方で調査し、犯人を捕まえてあなたやハロルドに謝罪させるようにします」
謝罪を要求したことについては言わなかったのに、どうやら彼女は気付いたらしい。周りがそういう連中ばかりだからだろうな。しかし、俺はハロルドに一言謝罪してもらいたいんであって、メッセージの犯人はどうでもいいのだが、まあいいか。
「ところでハロルド、私はあのメッセージを支持するわけではありませんが、一度こちらのアーティーと勝負されてみてはいかがですか? 彼はギャンブラーではありませんが数理心理学の権威ですから、ギャンブラーの心理を計算して、興味深い勝負になるかもしれませんわよ?」
またまたそんな余計なことを。どうして俺がこんな奴と勝負しなきゃならないんだ。
「時間の無駄だ。ディーラー、次のゲームだ」
「俺もそう思うなあ。それに、俺が彼に勝っても、自慢にならないよ」
「あら、どうしてです? 彼はプロのギャンブラーですのに」
コレットの言葉にカウボーイ・ハットは何の反応も示さずテーブルに向かったままだったが、他の参加者がこちらの方に注目してしまっている。そのせいでマーゴも、これじゃあカードを配るに配れないわ、というような表情をしている。彼女を困らせるつもりはないんだが、カウボーイ・ハットをちょっとからかわないと気が済まないんで、申し訳ないな。
「だって俺の知り合いには、彼のことを知ってる奴はいないと思うんだ。だから、ハロルド・ザ・スリムに勝ったと言っても『誰?』と返されるだけだと思うんでね」
またあのハゲで白髭の男が「何と失礼な……」と力む。カウボーイ・ハットはこちらから見る限りは何の反応もない。そして「ディーラー、何をしている、次のゲームだ」と冷静な口調で言う。俺のマーゴに偉そうに指示してんじゃねえよ、全く。
「いいえ、ハロルド、ここでは私の指示に従っていただきますわ。アーティーと勝負なさって下さい。もし、従っていただけない場合は、即刻退場していただきます」
コレットが微笑みながら、しかし強い口調で言う。さて、彼はどう出るかな。カジノから追い出されるなんてのはギャンブラーにとって最大の恥だろうが、もしプライドが高ければ、そんなカジノはこちらからお断りだ、と言って出て行くこともできる。ちなみに白髭男は今回ばかりは「何と失礼な……」とは言わなかった。
「いいだろう、ちょいとばかり遊んでやろう。さっさとテーブルに着けよ」
「あんたの指示には従わないよ。俺はコレットの指示に従うだけだ」
「ありがとう、アーティー。どうぞお座りになって」
コレットが勧めてくれた椅子に座る。マーゴから見て左の端、カウボーイ・ハットと反対側だ。マーゴが不安そうな顔で俺と奴を交互に見ているが、俺の方を見る時間が若干長い、と思う。それだけ俺のことが心配なのかもしれないが、まあそうだろう。
だが、そんなに心配するほどのことでもない。何しろ、俺から勝負を挑んだんじゃないんだから、負けてもどうってことはない。
コレットがマーゴの後ろに立って、勝敗の決め方を説明する。
「では、スタートは互いに1000ドルずつ持って、30分または10ハンズ終了時点の所持額決めることにしましょう。ブラインド・ベットは25-50から……」
「スタートは3000ドルだ。それが俺と勝負する時の最低ラインだ」
カウボーイ・ハットが横槍を入れて、コレットが少し機嫌を悪くする。
「スタートはこちらが肩代わりするつもりでしたが、購入していただけますか?」
「よかろう」
「アーティーはいかがです?」
「1万ドルにした方がいいんじゃないの」
どうせ俺の金じゃないし、賭けるのなら高額の方が周りが盛り上がるだろう。カウボーイ・ハットがビビることは別に期待していない。奴だって、財布の中にはたっぷり現金を持っているはずだ。あるいは、俺のとは違う種類のカードを持っていて、それで支払いできるのかもしれないが、ギャンブラーがカード払いなんて様にならないから、やはり現金だろう。
「それはあまりにも高額すぎますわ。やはり3000ドルにしましょう。ただし、アーティー、あなたにはこちらから別のことも依頼していますから、差額のみの精算で結構です。ハロルド、3000ドル分のチップを購入して下さいな」
カウボーイ・ハットが無言で顎を動かす。力みやすい白髭男が、スーツの内ポケットから革の財布を取り出す。自分で払わないのかよ。なるほど、ギャンブラーについてエヴィーが言っていたことが解ってきた。
つまり、カウボーイ・ハットは白髭男をパトロンとして捕まえて、彼から無制限に借金できる状態なのだろう。もちろん、この世界に来てから捕まえたのだろうし、この二人が一緒にいるところを見たのはついさっきだから、あの時に捕まえたのかもしれない。ただし、パトロンはこの白髭男一人だけではないという気もする。
白髭男は小切手に金額とサインを書くと、テーブルに置いた。マーゴがそれを取ってコレットに渡す。コレットが頷き、マーゴが3000ドル分のチップをカウボーイ・ハットと、そして俺の前に置く。青や黒や紫など、あまり見慣れない色のチップが並んでいる。俺は赤のチップばかり使ってたからな。
「スタートの額を上げたので、ブラインド・ベットは50-100にしましょう。ポジションは私が決めさせていただきますわ」
コレットはCSMからカードを2枚取り出し、表に返しながらカウボーイ・ハットと俺の前に置いた。カウボーイ・ハットがK、俺が2。カウボーイ・ハットの取り巻きがどよめく。いや、こんなところで大きい数字が出ても意味ないし。
「では、最初はハロルドがボタンで
「その前に」
今度は俺が横槍を入れる。タイムアウトを要求する。
「何です?」
「ルールと用語を確認したいから、ディーラーと話をさせてくれ。90秒だ」
テーブルの周りの客がざわつく。俺がルールを知らずにゲームをしようとしているので、驚いているのだろう。仕方ないじゃないか。俺はここがポーカーの“テキサス・ホールデム”のテーブルだということを知っているだけで、ルールをほとんど知らないんでね。知ってるのは
プレイヤーは自分の手にカードを2枚持ち、場に置かれた5枚のカードと組み合わせて
二人のプレイヤーのうち、“ボタン”というマーカーを持っているのが
その後、ベットする機会は4回あり、ラウンドという。ホール・カードが配られたらプリ・フロップ・ラウンドで、SBがアクション、つまり
次にコミュニティー・カードを3枚だけ出し、これがフロップ・ラウンド。BBからアクションする。更に4枚目を出すターン・ラウンド、5枚目を出すリヴァー・ラウンドのいずれもBBからアクション。どちらもフォールドしなかったら、最後にコールした方からショーダウンし、
以上だが、マーゴの説明は何と解りやすいのだろう。これだけで、俺でもテキサス・ホールデムのプロになった気がしてくる。俺が説明を聞いている間、取り巻きがカウボーイ・ハットに小声でこそこそと話しかけていたようだが、どうせ「あんな素人は簡単に捻ってやってくださいよ」とでも言っているのだろう。
「OKだ」
俺が言うと、カウボーイ・ハットが青い$50チップを場に置く。俺は黒い$100チップを置く。マーゴが2枚ずつカードを配る。俺がそのカードを取り上げて手に持つと、後ろから忍び笑いが起こった。
普通はカードをテーブルに伏せたまま、端の方だけめくって数字とスートを確認し、憶えておく。それは知ってるが、何しろこちらは素人なんだ。憶えている自信がないし、プレイ中に何度もカードをめくる方が煩わしいんだし、いいじゃないか。
配られたカードはスペードのJとハートの10。奴がいきなり200ドルにレイズする。ホール・カードがペアだったのだろうか。たぶん、組み合わせによってはフォールドする方がいいとか色々戦略があるのだろうが、別に俺の方は勝つ気がないんだからどうでもいいことだ。だからコールする。
コミュニティー・カードが出されて、ハートの2、クラブの6、ダイヤの10。俺は何の組み合わせもできていない。つまりハイ・カードだ。
4枚目が出て、スペードのA。相変わらず俺はハイ・カードなので
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